別居後受け取った児童手当は国に返納するべき?
【事例】
Aさんは、妻との離婚を決意して別居しました。
別居後、Aさんはこれまでと同様に児童手当を受給していました。
しかし、Aさんは、自分が子どもを監護しているわけではないので、妻の求めに応じて、受給した児童手当の全額を妻に送金していました。
6月になって、役場から現況届(注1)が自宅に送られてきました。そこで、事実(現在、子どもと同居していない)をありのまま記載し、提出しました。
それからしばらくして、Aさんは国(市町村長)から児童手当を不正受給しているとして、別居してから現況届を提出するまでに受給した児童手当全額の返納を求められました。
Aさんは、びっくりして、担当者に確認すると、担当者は、受給権者はAさんではなく、妻であるため児童手当を国庫に返納しなければならないと回答しました。また、妻が児童手当を申請しても、過去に遡っては受給できないとのことでした。
Aさんは、何も嘘をついていないのに、結局、自分も妻も児童手当をもらえなくなることに納得が行かず、弁護士に相談しました。
注1:現況届
児童手当の受給者が、毎年6月1日の状況を、6月30日までに、児童手当を支給している市区町村に対して届け出るものです。
現況届に基づき、受給者の受給資格、所得等について確認し、6月分以降(翌年5月分まで)の手当の支給の可否等が判断されます。
児童手当とは
児童手当とは、高校卒業まで(18歳の誕生日後の最初の3月31日まで)の児童を養育している方に対して支給される金額をいいます。
支給額は、下表のとおりです。
児童の年齢 | 児童手当の額(一人あたり月額) |
---|---|
3歳未満 | 1万5000円(第3子以降は3万円) |
3歳以上高校卒業まで※ | 1万円(第3子以降は3万円) |
※18歳の誕生日後の最初の3月31日まで
返納義務があるか
事例のケースにおいて、妻が受給権者だとすると、夫は国に児童手当を返納しなければならないのでしょうか。
多くの世帯では、夫が受給権者として、児童手当を受給しています。
離婚を前提として別居しても、離婚が成立するまでは、事例のケースのように、いちいち受給権者の変更など行わず、夫がそのまま受給していることがほとんどです。
しかも、夫は妻に児童手当全額を渡しています。このようなケースで夫が国に児童手当を返納しなければならないという結論は、不当と思われます。
そもそも、国が夫に対して児童手当の返納を求める根拠は何かを考える必要があります。
この点、児童手当法は、国が支給した児童手当を徴収できる場合について、当該受給者が「偽りその他不正の手段により児童手当の支給を受けた」場合と規定しています(注2)。
注2:不正利得の徴収
児童手当法14条1項は、偽りその他不正の手段により児童手当の支給を受けた者があるときは、市町村長は、地方税の滞納処分の例により、受給額に相当する金額の全部又は一部をその者から徴収することができる。」と規定しています。
ここでいう、「偽りその他不正の手段」とは、例えば、夫が現況届の際に、児童と同居していないにもかかわらず、同居していると偽ったような場合であると考えます。
上記のケースは、単に夫が別居し、同居時と同じように受給していたに過ぎず、詐欺行為等はありません。このような場合は「偽りその他不正の手段により児童手当の支給を受けた」場合に該当するとはいえないと思われます。
確かに、夫は別居した時点で、役場に対して、受給権者の変更を行えばよかったのかもしれません。
しかし、そのような手続があることを知っている方は少なく、その手続をしなかったことをもって、「偽りその他不正の手段」というのは理不尽です。
仮に、事例のような場合が不正利得に該当するとすれば、児童手当を返納しなければならない人は莫大な数に上るはずです。
また、児童手当法は、「偽りその他不正の手段により児童手当の支給を受けた」場合、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処すると規定しています。
このような厳しい罰則があることからも、「偽りその他不正の手段」の意義は、積極的な詐欺的行為の存在を要すると解すべきです。
なお、福岡市においては、事例のような場合、返納を求めることはないようです。
しかし、他の自治体等においては、児童手当法の解釈を誤り、事例のようなケースで夫を不正受給者として扱い、返納を求めることがあります。
このようなことがないように、国は、児童手当法を正しく運用すべく、統一的なガイドラインを示す等の対応が必要と思われます。
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