・認知症の状態の遺言は無効ですか?
・遺言の効力を争う場合はどうすればいいですか?
・遺言書の効力を示す証拠にはどのようなものがありますか?
当事務所の相続対策チームには、このようなご相談が多く寄せられています。
被相続人が認知症の場合のポイントについて、実際の相談事案を題材として解説しますので参考にされてください。
目次
事案
私には高齢の母がいます。母には認知症の疑いがあり、家族のことを思い出せないこともあります。
母は私の兄と同居しているのですが、兄から、母が自筆証書遺言を書いたと聞きました。
遺言の内容は、兄にとても有利な内容のようですが、ところどころ理解できない部分もあるようです。
しかし、今の状態の母が書いた遺言が、本当に母の意思を反映したものなのか、私としてはとても疑問です。
このような状態の母が書いた遺言でも、母の死後効力が認められるのでしょうか。
認知症の人が書いた遺言は、遺言の要件を欠き、無効となる可能性があります。
遺言書とは
人が自分の死後、その効力を発生させる目的で、あらかじめ書き残しておく意思表示のことを遺言といい、遺言書はその遺言が記された書面のことをいいます。
遺言書は、法律上、一定の要件を満たした書き方をしていなければ、無効となってしまいます。
そのため、注意が必要です。
遺言書の書き方についてはこちらのページをご覧ください。
認知症とは
認知症とは、生後いったん正常に発達した種々の精神機能が慢性的に減退・消失することで、日常生活・社会生活を営めない状態のことをいいます。
認知症か否かについては、医師の診断が必要となります。
なお、判断能力の衰えをセルフチェックできる質問表として、「長谷川式簡易知能評価」というものがあります。
これは、長谷川和夫医師によって作成された簡易的な知能検査です。
引用元:改訂長谷川式簡易知能評価(HDS-R)|一般社団法人 日本老年医学会
ご自身で簡単にチェックできるという利点がありますが、自宅でお使いになる場合は参考程度にとどめ、気になる場合は、病院での検査を受けるようにしてください。
遺言能力
遺言が有効なものとして認められるには様々な要件がありますが、認知症に関連するものとしては遺言能力というものがあります。
すなわち、遺言をするには、遺言の内容を理解し、遺言の結果を理解できる意思能力が必要となります。
法律上、年齢の基準として、満15歳以上であれば、基本的に遺言能力があるとされています(民法第961条)。
しかし、遺言をするには意思能力が必要とされていますので、15歳以上であっても、意思能力の無い者により書かれた遺言は無効となります。
したがって、認知症の人が書いた遺言は、この要件を欠いている可能性があります。
遺言の能力の裁判例
意思能力の有無が問題となった事案において、裁判例は、通常人としての正常な判断力、理解力及び表現力を備え、遺言内容について十分な理解を有していたと言えるか否かを基準に遺言能力を判断しています。
判例 昭和63年 4月25日 東京地裁 昭60(ワ)6743号
本件遺言書作成当時、亡トカレフは通常人としての正常な判断力、理解力及び表現力を備え、遺言内容について十分な理解を有していたものと認められるのであって、遺言能力としての意思能力に何ら欠けるところはなかったものと解するのが相当である。
したがって、認知症の事案においても、直ちに遺言能力が否定されるわけではなく、判断力、理解力及び表現力を備えていたか、また、遺言の内容について十分な理解があったかを個別具体的に検討しなければなりません。
成年後見の場合
上述したように、法律上、15歳以上であること、また、意思能力があれば遺言の能力があります。
そのため、成年被後見人だからといって、直ちに遺言の能力が否定されるわけではありません。
もっとも、成年被後見人については、法的に保護すべきという観点から、法律上、「事理を弁識する能力を一時回復した時」で、かつ、「医師二人以上の立会いがなければならない」と規定されています(民法第973条)。
遺言書の種類による違い
自筆証書遺言
遺言にもいくつか種類がありますが、自筆証書遺言の場合は、遺言者が自ら書く必要があります。
遺言の種類について、詳しくはこちらのページで解説しています。
自筆証書遺言では、遺言の内容が合理的で、内容が簡単で理解可能なものであれば、比較的有効と判断される傾向にあります。
公正証書遺言
これに対して公正証書遺言の場合、遺言者が自ら書くということはありません。
そのため、認知症の疑いのある人が公正証書遺言を作成しようとする場合には、公証人が事前に遺言者と面会し、意思能力があるかどうかの確認を行います。
また、公正証書遺言は、証人2名以上の立会いの下に、遺言者が公証人に遺言の趣旨を口頭で伝え、公証人が遺言者の口述内容を筆記する方法で作成します。
このような方式を取るため、公正証書遺言は、自筆証書遺言と比べて、一般的には効力が否定されにくいと考えられます。
しかし、公正証書遺言であっても、認知症の程度が重い、遺言の内容が複雑などの状況であれば、遺言能力が否定される可能性は十分あります。
例えば、公正証書遺言の遺言能力が問題となった事案で、医師によって高度の痴呆との診断が出ている遺言者について、遺言の内容が比較的複雑であったことから、遺言能力を否定した裁判例があります。
判例 平成18年 9月15日 横浜地裁 平17 (ワ)678号
「本件遺言の内容は、多数の不動産やその他の財産について複数の者に相続させ、しかもその一部の財産は共同して相続させ、遺言執行者の指定についても項目ごとに2名を分けて指定し、1人についての報酬は細かく料率を分けるなどという比較的複雑なものであったこと、谷川公証人は,東洋信託銀行において作成された本件遺言の原案を条項ごとに読み上げて花子にその確認をしたが、花子の答えは「はい」、「そのとおりで結構です。」などの簡単な肯定の返事をするにとどまったというものであったことなどに照らし、中等度から高度の認知症に陥っていた花子において、その遺言内容を理解し、判断した上での返事であったか疑問があるといわざるを得ず、本件遺言作成時点において、花子が本件遺言の内容を理解し、判断することができていたとはいまだ認め難い。」
今回のケースは、認知症の疑いのあるお母さんが自筆証書遺言を書いたという状況です。
あくまで、「認知症の疑い」にすぎないので、判断力、理解力及び表現力について、不十分だったとまでは明確に言えない状況です。
しかし、遺言書の内容が合理性を欠いていたり、複雑で理解しにくいものであった場合には、遺言が無効と判断される可能性があります。
遺言書の無効を争う方法
認知症を理由として、遺言書の無効を争う場合、弁護士による交渉のほか、遺言無効確認の調停や裁判が考えられます。
弁護士による交渉
裁判所の手続きは、一般的に解決まで長年月を要します。
そのため、いきなり裁判所の手続きを利用するのではなく、対立する相手(この問題では遺言書の有効を主張する相続人)との協議を弁護士に依頼し、代わりに交渉してもらうという方法がお勧めです。
相続人同士の協議は、感情的な対立などから冷静に話し合うことができない場合があります。
間に専門家に入ってもらい、交渉してもらうことで早期に解決できる可能性があります。
遺言無効の調停を利用する
しかし、遺言書の有効や無効については、法的な評価が問題となるため、弁護士の交渉でもまとまらない場合があります。
そのような場合、家庭裁判所に調停を申し立てることも可能です。
なお、交渉を弁護士に依頼している場合、通常、家裁への調停も弁護士に引き続き依頼するケースが多いと思われます。
遺言無効の裁判を起こす
裁判所を利用するとはいっても、調停は結局、話し合いによる解決を目指す手続きです。
話し合いでの解決が難しい場合、裁判(遺言無効確認訴訟といいます。)についても検討せざるを得ないでしょう。
遺言書の効力を示す証拠とは?
遺言の能力は、上述したように、遺言した人の判断力、理解力、表現力などが判定要素となります。
したがって、これらを裏付ける資料が遺言の有効性を示す証拠となります。
例えば、診断書やカルテ、遺言作成の様子を録画した動画、遺言者の日々の様子がわかる日記、目撃証言などが考えられます。
また、最近では、LINEなどのSNSについても、遺言者とのやり取りなどがあれば証拠となり得る場合があり混ます。
特に、主治医の診断書やカルテは、医学的見地からの専門的な評価が記されているので、一般的には信用性が高く、有力な証拠となる可能性があります。
もっとも、証拠の評価は専門的な知識や経験がないと難しいです。
そのため、遺言能力に関する証拠については、専門家にご相談された方が良いでしょう。
まとめ
以上、認知症の場合の遺言の問題について、くわしく解説しましたがいかがだったでしょうか?
認知症だからといって、遺言が直ちに無効となるわけではありません。
遺言能力の有無は、遺言した人のその時点における、判断力、理解力、表現力などが大きく考慮されます。
また、遺言書の内容も大きな影響を与えるため、個別具体的に検討する必要があります。
遺言書の効力については、高度な専門知識と経験が必要です。
そのため、遺言書の問題については、相続問題に詳しい弁護士に助言をもらわれることをお勧めいたします。
当事務所の相続対策チームは、相続問題に注力する弁護士・税理士のみで構成される専門チームであり、遺言書の作成やその有効性の判断について、強力にサポートしています。
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