人身傷害保険で既往症の影響はある?【弁護士解説】
私は、交通事故でけがをしました。
実は、事故の前に、「腰椎椎間板ヘルニア」の手術をおこなって、病院に通院をしていました。
その通院をしている状況で、今回の交通事故で「腰椎捻挫」と診断されました。
事故の加害者の保険会社からは、過失相殺だけでなく、腰椎椎間板ヘルニアを既往症として、賠償金の減額を受けてしまいました。
私としては、減額された部分について、自分が契約していた人身傷害保険からお金を受け取りたいと思っていますが、可能でしょうか?
人身傷害保険を上手に活用することで、交通事故の過失部分は保険金を受け取ることができる可能性がありますが、既往症の減額部分については、人身傷害保険でも支払いを受けることはできません。
したがって、人身傷害保険において、既往症の影響はあります。
人身傷害保険とは
人身傷害保険とは、交通事故の相手方の保険ではなく、自分自身の自動車保険についていることの多い保険です。
自動車に関する交通事故が発生した場合に、保険会社が定めている基準にしたがって保険金を支払うというものです。
この人身傷害保険での支払いは、賠償ではなく、保険金という性質になります。
人身傷害保険の計算方法
人身傷害保険は、賠償ではなく、保険金という性質があるため、具体的にいくら支払われるかということについて、あらかじめ計算方法が定められています。
どこで定められているかというと、保険会社の「約款」です。
普段、約款を細部まで見ることはないかと思いますが、この約款は非常に重要で、どのような場合に保険金を支払うのか(また支払わないのか)、いくら支払うのかということが記載されています。
人身傷害保険の具体的な給付内容は、保険会社ごとに微妙に異なっているため、一律ではありません。
したがって、ご自身が加入されている保険会社の約款をきちんと確認することが重要です。
また、保険会社の方では、定期的に約款の細かな部分を修正しているので、最初に契約したときと条件や給付内容が変わっているということもあります。
したがって、いつの時点の約款が適用されるのかということもチェックしておく必要があります。
既往症とは
「既往症」とは、漢字のとおり、すでにある病気という意味です。
つまり、交通事故が起こった時点より前に、被害者の方がすでにもっていたけがや病気が既往症ということになります。
具体的に交通事故のどのくらい前のものが既往症になるのかという点ですが、明確な基準はありません。
ただし、手術歴は随分前のものでも、既往症として取り扱われる可能性が高いといえます。
むちうちに関していえば、「ヘルニア」の手術歴や「後縦靭帯骨化症」といったものがあげられます。
交通事故は、整形外科の領域であることが多いので、かぜといった病気は通常、既往症としては取り扱われません。
交通事故と既往症の関係
交通事故にあった段階で既往症が被害者にあった場合、事故後の治療について、既往症の影響があったのではないかと考えられます。
仮に、既往症の影響があったと考えられる場合に、相手方保険会社に治療費のすべてを負担させるのは、不法行為責任の原則である公平性の観点から問題が出てきます。
そこで、賠償実務上は、損害額から既往症の影響を控除して、補償を行うことになります。
このことを「素因減額」といいます。
素因減額がなされると、過失相殺と同じように、加害者から受け取る賠償金が減ってしまうことになります。
具体例 素因減額がなされた場合
治療費 50万円
休業損害 50万円
慰謝料 50万円
合計 150万円
既往症の影響 30%
加害者の賠償 150万円 ×(1−0.3)= 105万円
既往症の影響の度合いについては、病気の内容、事故の前の通院状況、事故によりけがをした内容、程度といった事情を考慮して、◯%という形で決定することになります。
人身傷害保険と既往症の関係
人身傷害保険は、被害者に一定の過失が認められる事案において、上手に活用することで、減額された部分を人身傷害保険によって補うことができる可能性があります。
人身傷害保険を利用して過失の部分も賠償を得られた事例はこちらをご覧ください。
そうすると、過失相殺と同じように、既往症があって、加害者からの賠償金が減額された場合に、人身傷害保険を使ってその部分を補うことができるかどうかが問題となります。
しかしながら、過失相殺と異なり、既往症による減額の部分について、人身傷害保険から支払いを受けることはできません。
なぜなら、人身傷害保険の約款には、「被保険者が被ったことにより支払う保険金は傷害が下記の影響により重大となった場合には、その影響がなかったときに相当する金額を支払う」という内容の記載があるケースがほとんどだからです。
そして、その一つの事情として、「被保険者が被害を被った時、既に存在していた身体の障害または疾病の影響」というものがあります。
これが既往症と呼ばれる項目です。
したがって、設例の事案では、腰椎の手術をして通院している最中に、同じ部位である腰部に交通事故でけがを負っているため、既往症と評価がなされる可能性が高いといえます。
そうすると、人身傷害保険は既往症の部分を考慮、つまり減額して算出することになるため、損害額全額を補填することはできないことになります。