交通事故で高次脳機能障害。後遺障害は認定される?【弁護士解説】
交通事故で高次脳機能障害の後遺症が残った場合には、自賠責保険による後遺障害が認定される可能性が非常に高いです。
きちんと後遺障害の認定手続きを行いましょう。
目次
高次脳機能障害とは
交通事故により、人間にとって非常に重要な脳に外傷(けが)を負ってしまうことがあります。
高次脳機能障害とは、交通事故により脳に外傷を負った被害者の方が記憶や認識に異常を来したり、コミュニケーションが取れなくなったり、行動障害が生じたり、人格の変化が起こったりする症状をいいます。
そして、こうした高次脳機能障害の症状により、交通事故の被害者が日常生活や社会生活を営むに当たって、仕事を転職せざるを得なくなる、対人関係でトラブルが増える、一人で身の回りのことができず、介護が必要になるといった支障が生じます。
交通事故により上記のような支障が生じた場合、交通事故の後遺症として、後遺障害の認定手続を受けなければなりません。
しかしながら、高次脳機能障害は、寝たきりになるようなケース以外では、外見上はなかなか症状を判断できず、画像所見が見られにくいこともあり診断が難しい障害であるといわれています。
高次脳機能障害が疑われる症状
交通事故後に、以下の症状が現れた場合、高次脳機能障害の可能性があります。
- 記憶障害(新しいことを覚えられない)
- 注意力障害(気が散りやすい)
- 遂行機能障害(行動を計画して実行できない)
- 周囲の状況を考え適切な行動ができない
- 自分の身に降りかかる危険を予測して回避行動をすることができない
- 社会のルールやマナーを守ることができない
- 気力の低下
- 自発的に行うことができなくなる
- 衝動的な行動が多くなる
- 怒りやすくなる
- 自己中心的になる
高次脳機能障害の判断
高次脳機能障害の判断にあたっては、以下の4点が基本的な要素となります。
- ①交通事故により頭部に外傷を負ったこと
- ②受傷後に意識障害があったこと
- ③交通事故の外傷により脳の受傷を裏付ける画像上の所見があること
- ④認知障害及び行動障害、人格の変化などの症状が生じていること
まず、高次脳機能障害の前提として、脳が格納されている頭部を交通事故によりけがしている必要があります。
そのため、①が要素として挙げられます。
その上で、高次脳機能障害が生じるのは、②の『受傷後に意識障害があった』ものになります。
ここで意識障害があったと評価されるには、GCSやJCSといった意識障害を測定する医学指標を用いて、頭部外傷後6時間以上の意識障害があることが一つの目安になります。
事案によっては、交通事故にあってから健忘症あるいは軽度意識障害が1週間以上続くこともあり、意識障害がどの程度続いていたかも高次脳機能障害の判断に当たっては1つのポイントとなります。
次に、③の『頭部に外傷を負った』上で、脳にも損傷があることが高次脳機能障害の判断要素になります。
この脳の受傷を裏付ける画像所見は、脳に器質的な病変が生じていることを認定するための資料として重要なものとなります。
したがって、頭部を受傷した場合には、必ず適切な時期にMRIやCTの撮影をすることが大切です。
脳に損傷が確認された場合には、外傷性くも膜下出血や硬膜下血腫、びまん性軸索損傷といった診断が下されることが多いです。
最後に、④の『実際に認知障害や行動障害、人格障害が生じていること』が必要になります。
この症状の把握が非常に難しいというのが高次脳機能障害の難しさです。
医師は、交通事故の前の被害者の生活状況や人格・性格を把握しているわけではないため、交通事故前後でどのように変わったかがはっきりとわからないためです。
また、被害者の方自身も自分が変わってしまったことを自覚できていないことも多くあります。
そこで、後遺症の症状については、医師の所見だけでなく、交通事故前の被害者の人格・性格を把握している家族や友人、職場の方などに事故後における被害者の性格や行動の変化を聞き取ることが重要となります。
これまで説明してきた要素を踏まえて、高次脳機能障害の症状があるといえるのかどうかが判断されることになります。
もっとも、高次脳機能障害の症状があると判断されたとしても、その上で、後遺症の程度が自賠責保険の後遺障害の何級に該当するのか、労働能力喪失率(仕事や家事に対する影響の度合い)はどれくらいかといった点が問題となり得ます。
高次脳機能障害と後遺障害
高次脳機能障害による後遺症も他の後遺症と同じく、自賠責保険の後遺障害の認定をされなければ、保険会社から補償を得ることが原則としてできません。
自賠責保険が高次脳機能障害の後遺障害の等級について、どのように定めているかをみていきます。
後遺障害の等級
▶高次脳機能障害の後遺障害等級一覧
等級 | 内容 |
---|---|
別表1 1級1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの |
別表1 2級1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの |
別表2 3級3号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの |
別表2 5級2号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの |
別表2 7級4号 | 神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの |
別表2 9級10号 | 神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの |
このように、高次脳機能障害について、自賠責保険の後遺障害では、等級が1番高く、症状が最も重篤である1級から9級までの基準を設定しています。
なお、症状が極めて軽度な場合には、9級10号より下の等級である12級13号や14級9号の神経症状の後遺障害が認定されることもあります。
1級と2級では、介護が必要という点は同じですが、「常に」なのか「随時」なのかで変わってきます。
また、3級と5級、7級、9級については、仕事や家事に影響があるという点は同じですが、「全く働くことができない」(3級)のか、単純作業といった「特に簡単な仕事しかできない」(5級)のか、「比較的簡単な仕事しかできない」(7級)のか、「できる仕事がある程度絞られる」のか(9級)によって、認定される等級が変わってきます。
労災保険の場合と自賠責保険の場合での等級の認定が異なります。
労災保険の場合
具体的に被害者の高次脳機能障害による後遺症がどの程度の後遺障害に該当するかについて、労災保険では、①意思疎通能力、②問題解決能力、③作業負荷に対する持続力・持久力、④社会行動能力という4つの能力という観点からその能力の程度によって、等級を認定しています。
- ①意思疎通能力
この能力は、記憶や認知、言語力に関する能力で、職場において他人とのコミュニケーションを適切に行えるかどうか等について判定することとされています。 - ②問題解決能力
この能力は、理解力や判断力に関するもので、作業課題に対する指示や要求水準を正確に理解して、適切な判断を行った上で、円滑に業務ができるかどうかについて判定されます。 - ③作業負荷に対する持続力、持久力
この能力は、一般的な就労時間に対応できるだけの能力があるかどうかという観点で判定されます。精神的な意欲や気分又は注意の集中がどの程度継続できるかどうかが問われます。 - ④社会行動能力
この能力は、協調性に関するもので、職場や家族などのコミュニティーにおいて他人と円滑な共同作業、社会的な行動ができるかどうかについて判定されます。主に協調性があるかどうかやその場に不適切な行動を行うことがあるか、その頻度について検討がされます。
自賠責保険の場合
他方、自賠責保険では、労災保険と異なり、等級に応じた補足的な考え方が示されており、この考え方に照らして等級が認定されています。
等級 | 補足的な考え方 |
---|---|
別表1 1級1号 | 身体機能は残存しているが高度の痴呆があるために、生活維持に必要な身の回り動作に全面的介護を要するもの |
別表1 2級1号 | 著しい判断力の低下や情動の不安定などがあって、1人で外出することができず、日常の生活範囲は自宅内に限定されている。身体的動作には排泄、食事などの活動を行うことができても、生命維持に必要な身辺動作に、家族からの声掛けや監視を欠かすことができないもの |
別表2 3級3号 | 自宅周辺を1人で外出できるなど、日常の生活範囲は自宅に限定されていない。また声掛けや、介助なしでも日常の動作を行える。しかし記憶や注意力、新しいことを学習する能力、障害の自己認識、円滑な対人関係維持能力などに著しい障害があって、一般就労が全くできないか、困難なもの |
別表2 5級2号 | 単純くり返し作業などに限定すれば、一般就労も可能。ただし新しい作業を学習できなかったり、環境が変わると作業を維持できなくなるなどの問題がある。このため一般人に比較して作業能力が著しく制限されており、就労の維持には、職場の理解と援助を欠かすことができないもの |
別表2 7級4号 | 一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの |
別表2 9級10号 | 一般就労を維持できるが、問題解決能力などに障害が残り、作業効率や作業能力などに問題があるもの |
こうした補足的な考え方も踏まえると、病院や介護施設で寝たきりとなり、ベッドから起き上がることができないといった場合には1級1号に該当するでしょう。
また、介護施設や自宅から1人で外に出ることができない場合には2級、何とか1人で外出できたり、トイレや食事、着替えが自分でできるといった場合には3級(場合によっては5級)に該当するといえるでしょう。
仕事ができているケースでは、その内容や転職をしているかなどによって、5級から9級の判断がなされることになります。
裁判例
高次脳機能障害の認否について裁判例をご紹介します。
判例 追突事故により、外傷性脳損傷の傷害を負い、後遺障害3級3号の高次脳機能障害が残ったと主張した事案【東京地判H27.8.4】
- 受傷時に意識障害がなかったこと
- 事故時に頭部を打撲した形跡がないこと
- 特徴的な画像所見がないこと
- 原告自身が自賠責の後遺障害等級認定に関し、自発的、積極的に行動していること
これらの事実を根拠に、後遺障害を認めませんでした。
判例 原告が原動機付自転車、被告が普通乗用車で交差点で接触し、原告に高次脳機能障害が残ったと主張した事案【東京地判H16.9.22】
- 受傷時に意識障害があったこと
- 脳幹周囲のくも膜下出血や高度の脳腫脹、左側頭葉の海馬を含む脳挫傷の画像所見が認められること
- ストーブの火をつけたまま忘れるなどの物忘れ症状があること
- 易怒性や易興奮性が認められること
これらの事実を根拠に、5級2号の後遺障害を認めました。
高次脳機能障害の後遺障害の認定手続き
高次脳機能障害の後遺障害の認定手続きの方法ですが、他の後遺障害の認定手続きと同様に、相手方の任意保険会社を通じて手続きを行う事前認定と被害者が直接相手方の自賠責保険に書類を提出する被害者請求という2つの方法があります。
もっとも、高次脳機能障害の案件の場合、以下の特徴があります。
高次脳機能障害を負った被害者ご本人は寝たきりで何もできないということもありますので、この場合には被害者のご家族や代理人の弁護士が後遺障害の認定手続きを行います。
この関係で、後遺障害の認定にあたって、裁判所に成年後見の申立てを行わなければならないというケースもでてきます。
一概にはいえませんが、3級程度の後遺障害が認定される可能性がある場合には、成年後見の申立てを検討する必要がでてきます。
通常の後遺障害の認定手続きは損害保険料率算出機構が各地域に設けている自賠責損害調査事務所で後遺障害に該当するかどうか、該当する場合、何級に当たるかの判断を行います。
ところが、高次脳機能障害の後遺障害については、被害者に残っている後遺症も重篤であるのはもちろん、後遺症の程度を具体的に認定して、等級を決定するのは非常に難しいものです。
そのため、高次脳機能障害の案件については、特定案件と位置付けられており、外部の脳外科の医師なども認定手続きに参加する自賠責保険審査会というところで審査が行われます。
そのため、記録の整理を自賠責損害調査事務所で行ったのち、自賠責保険審査会へ記録が送付されますので、通常の後遺障害の認定手続きよりも時間がかかります。
早ければ3か月程度で結果がでるケースもありますが、半年程度は時間を要することもあります。
高次脳機能障害の後遺障害の認定手続きにあたっては、交通事故の直後にどの程度の意識障害があったか、どのくらいの期間意識障害が続いていたか、その後の症状推移はどうであったかを把握しなければなりません。
そのため、他の後遺障害のケースと異なり、手続きにあたっては、カルテを提出することが必ず必要になってきます。
さらに、高次脳機能障害の案件では、後遺障害診断書の記載はもちろん、そのほかにも、現在の被害者の方の日常生活の状況を記載する日常生活状況報告書や初診時の意識障害の程度を記載する書類、被害者の方の症状を医師がどのように判定しているかを示す医学的所見に関する書類を提出しなければなりません。
日常生活状況報告書は、被害者のご家族が作成しますが、初診時の意識障害の程度に関する書類や医学的所見に関する書類は主治医に作成をお願いしなければなりません。
このように、高次脳機能障害の後遺障害の認定手続きは、申請に当たっての準備もそれだけ大変になってくるため、専門家である弁護士のサポートを受ける必要性が高いといえます。
後遺障害が認定されたあとに必要なこと
高次脳機能障害の後遺障害の認定手続きが終わったあとには、保険会社との示談交渉が必要です。
このとき、高次脳機能障害の事案では、通常の後遺障害慰謝料や逸失利益という項目についての交渉はもちろん、近親者の精神的な苦痛を補償してもらう近親者慰謝料や近親者の介護費用、これから先の介護費用(将来介護費)、自宅のリフォーム費用といったものも保険会社と話し合う必要があります。
おのずと、請求する賠償金の額も高額になってきますし、被害者の方がご自身で保険会社と交渉する金額と弁護士が代理人として交渉する金額ではその額が大幅に変わってくることも多くあります。
示談交渉に当たっても、専門家である弁護士に相談をして進めてくのが適切な補償を得るためにも必要になってきます。
最後に
このように、高次脳機能障害の問題は、交通事故の中でも非常に難しい分野であるといえます。
そのため、交通事故で頭部にけがを負った場合には、被害者だけでなく、専門家である弁護士のサポートを受けることが適切だといえます。
その際には、家族や周りのサポートも非常に重要になりますので、協力体制をいかに築くかが大きなポイントになります。