うつ病が原因で、賠償金額が減額されることはありますか?
うつ病が原因として治療期間が長引いた場合などの事情があれば、素因減額される可能性があります。
素因減額とは?
被害者が、事故前に身体的あるいは心理的に疾患等を抱えており、それが原因で損害が発生・拡大した場合には、賠償金が減額されることがあります。
この減額のことを素因減額といいます。
具体的にいかなる心理的要因があれば減額されるのか、その意義については、裁判例においても明確になっておらず、個別事案によって判断されています。
そこで、以下では裁判例について検討します。
素因減額に関する裁判例
素因減額を認めた裁判例
判例① この事例では、以下の事由から、素因減額として損害額が10%減額された事案です。被害者は、Xと記載しています。
- 本件事故以前の50歳ころから不眠、頭痛、首筋の痛み、肩のこり、めまい等の症状を訴えてAクリニックに受診し、うつ病と診断されて頻繁に治療を継続してきたこと
- 本件事故後のXの訴える症状は多岐にわたり、かつ頻繁に変遷するなど原告の受傷状況や受傷内容に照らして整合しないものが含まれていること
- 原告は、本件事故直後、救急搬送されることもなく、B病院を受診し、頚椎捻挫、胸椎捻挫により安静加療一四日間の診断を受けており、受傷の程度は必ずしも重篤なものではなかったこと
- 原告の頚椎には、本件事故以前から椎間板膨隆や骨棘形成など頚椎の変性が存在していたこと
こうした事由を前提として、裁判所は、
「Xの本件事故によって負った胸椎捻挫、頚椎捻挫の治療が約六か月間もの長期間に及んだことについては、既往症を原因とする心的要素等が少なからず影響したことは否定できず、その程度は10%をもって相当とする。」
以上のように判断しています。
【神戸地判 平成26年8月20日】
この事例においては、判断要素として、うつ病と診断されたことも指摘されていますが、それのみで素因減額されているのではなく、事故による負傷が比較的的軽微であり、身体的にも椎間板膨隆などがあったことを指摘した上で、素因減額を認めています。
素因減額として損害額から70%を減額された裁判例
判例② この事例では、以下の事由から、素因減額として損害額から70%を減額された事案です。被害者はX、加害者はYと記載しています。
- 本件事故によるY車の衝撃の程度は軽微なものであり、Xの身体に与えた衝撃の程度も比較的軽微なものであったと推認されること
- Xの種々の症状を他覚的に裏付ける医学的所見は認められず、Xが受診した複数の病院の医師がXの症状に心因的要因が影響している旨の見解を示していること
以上の事情を指摘した上で、
「本件事故後出現し、その後継続しているXの強固な項頚部等の痛み、しびれ、めまい等の種々の症状は、本件事故の態様から通常発生する程度、範囲を超えるものであり、かつ、その損害の拡大については原告の心因的要因が奇与しているものと認められる。」
【横浜地裁川崎支部 平成26年12月17日】
以上のように判示して、70%の素因減額を認めています。
素因減額を認めなかった裁判例
判例③ この事例では、うつ病等で後遺障害等級12級が認定されていた事案につき、以下のような判断がされています。被害者は、Xと記載しています。
「本件事故が比較的軽微であること、本件事故により原告が負った身体的傷害が軟部組織の損傷にとどまること、原告には、抗不安薬の処方を継続的に受けていた時期があることからすると、原告の性格・器質などがうつ病の発症及び増悪に影響したことは否定できない。」としつつも、
- Xは脳神経外科医であり、右手指の自覚症状は、Xの職業生活を左右しかねないものであったから、仕事へ復帰できるかの不安を抱える等の抑うつ状態については事故との因果関係が認められること
- 本件事故後の治療内容、症状の推移、症状固定までの期間、後遺症の程度に鑑みると、素因減額を認められるのは妥当でないこと
などを理由に、素因減額を否定しました。
【東京地判 平成27年2月26日】
うつ病により素因減額がなされるかどうかの判断要素
上記裁判例をみるに、被害者の心因的要素のみだけではなく、それぞれの事故の態様や事故当初の受傷の状況などから、被害者の行った治療が、通常の治療の範囲を超えるかという観点から素因減額の可否について検討されています。
したがって、被害者に心因的な弱さや疾患があるというだけでは素因減額はされず、それが原因として、通常の範囲を超えて損害が発生している場合に、素因減額がされる可能性が出てくることとなります。
- 事故態様、事故規模
- 傷害の部位、程度
- 事故後の治療内容、症状の推移
- 事故前の精神科への通院歴
- 事故以外に被害者の精神へ影響を与える事象があったかどうか
通常発生する損害の範囲という線引きは、難しい判断になりますが、保険会社が心因的な要因での素因減額を主張してきた際には、事故の規模や態様からして、発生している損害は相当な範囲内であることを説明し、主張を排斥する必要があります。