MTBI(軽度外傷性脳損傷)とは?症状・原因・治療法
MTBIとは、軽度外傷性脳損傷のことです。
「軽度」とありますが、これは受傷直後の意識障害の程度が「軽度」だったことを表しているもので、MTBIの症状については、かならずしも軽いとは限りません。
MTBIは、画像診断では診断がつけにくいことも多く、適切な診断を受けられないことも少なからずあります。
また、事故でMTBIになってしまった場合、適切な補償を受けるためには後遺障害等級認定を受けることが大切になりますが、画像診断がないことなどから、認定を受けることが難しくなることも少なくありません。
今回は、MTBIとは何か、MTBIの診断基準、症状、原因、治療法、MTBIについて後遺障害等級認定を受ける際に見込まれる等級、手続などについて解説していきます。
目次
MTBI(軽度外傷性脳損傷)とは
MTBIの正式名称
MTBIの正式名称は、Mild Traumatic Brain Injury(軽度外傷性脳損傷)です。
MTBIは、この正式名称を略したものになります。
病名に「軽度」という言葉が入っていますが、これは、受傷時の意識障害の程度や持続時間が軽度であった、ということを指しているだけであり、症状は決して軽いものとは限りません。
MTBIの診断基準
MTBIについては、WHOから2004年に次のような診断基準が公表されています。
- ① 以下の一つか、それ以上:混乱や失見当識、30分あるいはそれ以下の意識喪失、24時間以下の外傷後健忘期間、そして/あるいは一過性の神経学的異常、たとえば局所神経徴候、けいれん、手術を要しない頭蓋内病変
- ② 外傷後30分の時点あるいはそれ以上経過している場合は急患室到着の時点で、グラスゴー昏睡尺度得点(グラスゴー・コーマ・スケール。GCS)は13-15(*グラスゴー昏睡尺度得点は、意識障害レベルを点数で分類する評価指標)
一方、交通事故で自賠責による後遺障害等級認定を受ける場合、
- 意識障害が一定の時間以上継続したこと
- 画像所見があること
が重視されがちです。
これに対し、WHOの診断基準では、画像所見があることも、意識喪失があったことも必須とはされていません。
そのため、病院でMTBIと診断されても、後遺障害等級認定を受けることができない場合が少なくありません。
ただ、実は、厚生労働省からは、画像所見が認められない症例であって、受傷時に意識障害が軽度である場合にも高次脳機能障害を残す可能性について考慮する必要があるとの通達が出されています。
参考:画像所見が認められない高次脳機能障害に係る障害(補償)給付請求事案の報告について(◆平成25年06月18日基労補発第618001号)
その後、後遺障害等級認定の仕組みづくりに関わる「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会」も、平成30年5月付の報告書において、
- 画像所見が認められなくてもMTBI、軽度外傷性脳損傷の診断がなされている事案について、高次脳機能障害事案としての審査の対象から漏れることがないよう、審査対象を選別する要件の文言を修正する
- MRI、CT等の画像所見が認められず、MTBI、軽度外傷性脳機能損傷の診断がなされている事案については、損害保険料率算出機構において慎重に審査・認定を行う
- 画像所見があきらかではないが、中等度以上の意識障害が認められる場合、頭部外傷後に症状が発現し、軽快しつつも症状が残存し、神経心理学的検査等に異常所見が認められる場合には、脳外傷による高次脳機能障害と判断されることがある
などとしています。
参考:委員会(2018年5月)の報告書|損害保険料率算出機構
また、裁判例にも、意識障害がなく頭部外傷の画像所見も乏しい事案で高次脳機能障害を認めた裁判例があります(東京高裁平成22年9月9日判決、大阪高裁平成28年3月24日)。
東京高裁平成22年9月9日判決では、以下のような判断がされています。(被害者をXとしています。)
本件では、
- Xには本件事故直後に強い意識障害はなかった
- CT検査やMRI検査の画像所見において異常所見が認められなかった
- 同乗者には後遺障害が生じていなかった
というような事情があった。
しかし、軽度外傷性脳損傷においては事故後すぐに症状が現れるとは限らず遅発性に現れることもあり、また、軽度外傷性脳損傷の場合には必ず画像所見に異常が見られるということでもないというのであるから、上記1~3の事実をもって、本件事故により脳幹部に損傷を来した(脳細胞の軸索が損傷した)事実を否定することはできないものというべきである。【東京高裁平成22年9月9日判決】
このように、軽度外傷性脳損傷(MTBI)においても、高次脳機能障害の発症が認められ、後遺障害として認定されることもあります。
ただ、実務の実情としては、裁判例の多数は、高次脳機能障害の認定にあたり、頭部外傷の画像所見と一定の意識障害の持続を要求しており、上記の裁判例は極めて少数派の判決と言わざるを得ません。
また、厚生労働省の通達や高次脳機能障害認定システム検討委員会の平成30年の報告書があったといっても、実際にどの程度後遺障害等級認定を受けやすくなるかは、今後の推移も見ながら見極めていく必要があります。
そのため、今でも、MTBIによる高次脳機能障害について後遺障害等級認定を受けたい場合には、専門医の診察を受ける、事故に詳しい弁護士のサポートを受けるなど、十分な資料を提出できるよう準備していくことが重要です。
MTBI(軽度外傷性脳損傷)の症状
MTBIの症状にはさまざまなものがあり、どのような症状が出るかは人それぞれです。
MTBIで主にみられる症状は、次のようなものになります。
- 高次脳機能障害と同様の症状
- 注意障害(注意散漫になる、ぼーっとするなど)
- 記憶障害(新しいことが覚えられなくなる、以前のことを思い出せなくなるなど)
- 遂行機能障害(自分で段取りを立てて作業をすることができないなど)
- 社会的行動障害(怒りっぽくなる、感情のコントロールや行動の抑制ができないなど)
- 失語症(言葉が上手く話せない、読み書きが難しいなど)など
- 発作性意識障害(てんかん発作)
- 運動麻痺、感覚麻痺(手足が動きにくい、感覚が鈍いなど)
- 嗅覚障害、味覚障害など
- 排便・排尿障害
参考:MTBI(軽度外傷性脳損傷)について 墨田区公式ウェブサイト
MTBI(軽度外傷性脳損傷)の原因
MTBIの原因としては、まずは、頭を打ったことが挙げられます。
さらに、MTBIは、直接頭を打った場合でなくとも、頭を激しく揺さぶられることによっても発生する場合があります。
たとえば、交通事故などによってむちうちになるほど頭が激しく振られた場合、直接頭を打っていなくても、MTBIとなる可能性があります。
交通事故のほかにも、労災事故、転倒、スポーツ、転落、乳幼児の揺さぶり、暴力などによっても、MTBIとなることがあります。
MTBI(軽度外傷性脳損傷)は治る?治療法は?
現在のところ、MTBIに対する確立した治療法はありません。
症状に応じて、薬物療法、リハビリテーションによる対症療法が行われています。
MTBIによる高次脳機能障害の後遺障害
MTBIによる高次脳機能障害の後遺障害等級
上でもご説明したように、MTBIにより高次脳機能障害と同様の症状が発生することがあります。
こうした場合、高次脳機能障害が発生しているとして後遺障害が認定される場合があります。
MTBIによる高次脳機能障害と認定された場合には、その症状の程度に応じて、以下のような後遺障害等級が認定されます。
- 1級1号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)
- 2級1号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの)
- 3級3号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの)
- 5級2号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)
- 7級4号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの)
- 9級10号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)
症状の程度が軽微である場合には、後遺障害等級別表Ⅱの12級13号(局部に頑固な神経症状を残すもの)、14級9号(局部に神経症状をのこすもの)に認定されることもあります。
参考:後遺障害等級|一般財団法人 自賠責保険・共済紛争処理機構
後遺障害等級の認定については、以下のページもご参照ください。
後遺障害の申請手続
事前認定と被害者請求
交通事故の場合、治療をしても改善しない症状(後遺症)が残ってしまったら、後遺障害等級の認定を受けるため、申請を行います。
交通事故の場合、後遺障害等級認定の申請手続には、事前認定と被害者請求の2種類があります。
事前認定は、加害者側の保険会社が必要書類を揃えて申請をするものです。
事前認定では、手続のほとんどを保険会社が行いますので、被害者は手間をかける必要がない、というメリットがあります。
しかし、保険会社は、積極的に被害者に有利な資料を準備してくれるわけではありませんので、被害者の事情や被害の状況を十分に伝えることができなくなるというデメリットがあります。
一方、被害者請求では、被害者が自ら必要書類を揃えて申請します。
そのため、どのような症状が生じているか、それにより、生活や仕事にどのような支障が生じているか、事故の衝撃はどのようなものだったか、などを示す資料を、十分に提出することができます(日記、陳述書、事故車両の写真など)。
ただ、必要書類を全て被害者で揃える必要があるので、労力がかかるのが難点です。
しかも、MTBIの場合、画像所見が得られないなどといったことがあるため、適切な後遺障害等級認定を受けるためには、MTBIの後遺障害等級認定についての知識をもって、事案に応じて、必要な説明や資料を整える必要があります。
そのため、MTBIについて被害者請求によって後遺障害等級認定を受けようとする場合には、事故にくわしい弁護士のサポートを受けることが大切になります。
なお、労災事故の場合は、労働者から労働基準監督署に対し、労災保険給付(障害補償給付等)の申請を行います。
この場合にも、後遺障害診断書、画像所見その他判定のために必要な書類・資料を送付することになります。
そのため、交通事故の場合と同様、適切な主張・資料を提出できることが重要になります。
労災事故でMTBIになった場合にも、事故にくわしい弁護士のサポートを得て、労災保険料給付の申請を行うことをお勧めします。
被害者請求の流れ
交通事故の被害者請求の手続は、次のような流れで進みます。
事故~症状固定
上の図のとおり、後遺障害等級認定の申請は、治療によっても改善しない症状(後遺症)が残ることが分かった症状固定の後に行います。
そのため、まずは十分な治療を受けることが大切です。
医師に治療が必要だと言われているにもかかわらず、通院を止めてしまうようなことがあると、後遺障害等級認定に支障が出る場合もあります。
症状固定については、以下のページをご参照ください。
必要な資料・書類の準備~後遺障害等級認定申請
症状固定したら、交通事故証明書などの必要書類を取り寄せる、医師に後遺障害診断書などを作成してもらうなどして、必要書類を準備していきます。
適切な後遺障害等級認定を受けるためには、どのような症状があるかを示す資料(日記など)、事故の衝撃の激しさを示す事故車両・事故現場の写真なども提出した方が良い場合もあります。
事故にくわしい弁護士に相談し、助言を受けながら、十分な資料を準備しましょう。
必要な書類、資料が準備できたら、後遺障害等級認定申請を行います。
被害者請求に必要な書類については、以下のページもご参照ください。
後遺障害等級認定
後遺障害等級認定の申請をすると、審査を経て、後遺障害等級認定が行われます。
そこで認定された後遺障害等級に沿って、後遺障害慰謝料、後遺障害逸失利益を請求することになります。
後遺障害等級の認定に不満がある場合は、異議申立てをすることもできます。
異議申立てについては、以下のページもご参照ください。
他にも、加害者に対する損害賠償請求の訴訟を起こすことにより、裁判所で後遺障害等級を認定してもらうこともできます。
労災の場合
労災の場合も、治療を受け、症状固定したら、必要な資料・書類を準備し、障害補償給付等の支給を申請し、後遺障害等級認定を受けます。
労災の後遺症については、以下のページもご参照ください。
MTBIの賠償に関する争点
MTBIについての損害賠償を請求する際には、加害者との間で、因果関係・素因減額について争いになることが多いです。
それぞれの点について、どのように問題となるかをご紹介します。
因果関係
MTBIは、発症しているかどうか、いつどのような原因で発症したのか、といった点を、客観的な証拠から明らかにすることが難しい傷病です。
しかも、MTBIの症状は、事故後すぐには見られず、数週間、数か月あるいは数年経ってから現れることもあります。
こうした特徴から、事故の被害者が「事故でMTBIとなった」と主張すると、加害者側から、「そもそも、事故が原因でMTBIとなったのか」という点(因果関係)を争われることがあります。
因果関係が争われた場合には、事故以前の健康状態が良好であり、日常生活も支障なく過ごしていて、事故以外に原因が考えられないということなどを主張立証していくことになります。
素因減額
素因減額とは、元々被害者が持っている性質が原因で損害が拡大した場合に、損害額を一定割合差引くことです。
MTBIのケースでは、加害者側から「被害者が訴える症状は、被害者の性質(心因的素因、身体的素因)によって拡大している」と主張され素因減額が問題となることがあるのです。
被害者側としては、事故前の被害者の性格などについて立証し、事故のみが原因で症状が発症していることを積極的に主張立証していくことが大切です。
素因減額については、以下のページで詳しく解説しています。
MTBIについてのQ&A
軽度外傷性脳損傷は数年後どうなる?

リハビリの成功、生活環境の整備などにより、症状や日常生活における支障が軽減している場合ももちろんあります。
一方、症状が改善せず、うつ状態などの二次障害も発症してしまう場合もあります。
また、事故後当初は何の症状もなかったにもかかわらず、数年後にMTBIによる症状が現れる場合もあります。
まとめ
今回は、MTBIの診断基準、症状などについて紹介し、事故でMTBIとなり後遺障害等級認定を受ける場合の手続き、認定される可能性がある後遺障害等級などについて解説しました。
MTBIになると、注意散漫になる、怒りっぽくなる、麻痺がおこるなど、日常生活に支障を生じるような症状が出ることがあります。
ところが、MTBIでは、画像所見が認められにくいなどといったことから、正しい診断を受けるのに苦労することがあります。
さらに、交通事故などでMTBIとなった場合には、適正な補償を受けるためにも後遺障害等級認定を受ける必要があるのですが、その際にも、画像所見がないことなどから苦労することが少なくありません。
事故によるMTBIが疑われる場合には、事故に強い弁護士に相談する、専門医を受診するといった対応をとることによって、正確な診断を受け、後遺障害等級認定でも適切な結果を得られる可能性を高めていくことが大切です。
当事務所では、事故による人身障害を集中的に取り扱う人身障害部を設け、交通事故や労災事故の被害者の方が適切な後遺障害等級認定を受けるためのサポートに尽力しています。
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