死亡事故の逸失利益とは?-弁護士が解説ー
死亡逸失利益とは、交通事故によって死亡したことで、将来得ることができたはずの収入が得られなくなったことに対する補償です。
この逸失利益の計算方法は、以下のとおりです。
死亡による逸失利益の計算式
基礎収入額 ×( 1 - 生活費控除率 )× 就労可能年数に対応するライプニッツ係数 = 死亡による逸失利益
逸失利益を計算にあたっては、事故に遭っていなければ被害者が得ることができたであろう年収を基礎として考えなければなりません。
この基礎となる年収のことを基礎収入と言います。
基礎収入は、被害者の立場によって算定方法が変わってきます。
給与所得者(会社員)のケース
給与所得者の基礎収入
給与所得者とは、雇用契約等に基づき、会社から給料をもらっている方々です。
会社員や契約社員、アルバイト、パートなどの方々が給与所得者となります。
給与所得者の場合、原則として、事故前の収入を基礎として基礎収入を定めることになります。
ここでいう収入は、税金等の控除がされていない総支給額を指します。
つまり、源泉徴収票に記載のある「支払金額」が基礎収入の金額となります。
収入の証明は、給与所得者の場合、源泉徴収票を用いることが多いですが、役所が発行する所得証明でも構いません。
若年者の基礎収入
上記のように、給与所得者は、原則、事故前の収入を基礎収入として計算することになりますが、この方法を貫くと10代、20代で就労している若年者は不利になることがあります。
つまり、10代、20代の就労している若年者は、一般的に収入はそれほど多くありませんが、将来的には収入が増えることが予想されます。
にもかかわらず、将来の収入の補償である逸失利益の算定にあたって、事故前の少ない年収を基礎収入とするのは妥当とはいえません。
また、大学生の基礎収入は、賃金センサス(平均賃金がまとめられたもの)を利用して決められますが、賃金センサスの男女の平均賃金は 497万2000円(平成30年)となっており、一般的な企業が若年者に支払う給料の平均よりも高額になっています。
大学生は、賃金センサスを基礎収入とできるのに、大学を卒業して間もない若年者は、事故前の実収入を基礎収入とするのは明らかに不均衡です。
したがって、概ね30歳未満の若年者については、賃金センサスを利用して基礎収入を決めることが多いです。
もっとも、賃金センサスの平均賃金の100%を基礎収入にできるとは限りません。
逸失利益は、将来の収入を補償するものなので、将来において賃金センサスの年収額を得ることができる蓋然性(がいぜんせい)がなければ、100%を基礎収入とすることはできないのです。
その当時の年齢や年収、職種、資格の有無などを勘案して、場合によっては賃金センサスの金額から一定の割合を控除した金額を基礎収入とされることもあります。
なお、当然のことながら、賃金センサスよりも高額な収入を得ている場合には、実収入を基礎収入とすることになります。
裁判例の中には、将来の昇給について、定年までの毎年の昇給を会社の賃金規定に基づいて認めた事例もあります(大阪地判平3.1.29、広島高判平5.8.31)。
また、昇給規定がなくても、将来の昇給が証拠に基づいて相当の確かさをもって推定できる場合には、昇給も考慮することができるとの判例もあります(最判昭43.8.27)。
事業所得者のケース
事業所得者の基礎収入
自営業者、自由業者、農林水産業などについては、事故前年の確定申告の所得額を基礎収入とします。
ただし、青色申告控除や専従者控除など、税金上の優遇措置を利用している部分については、所得額に加算して基礎収入とすることができます。
また、所得金額に波がある場合には、過去数年分を平均して計算することもあります。
確定申告の所得を超える基礎収入の主張
事業所得者の場合、節税のために所得を抑えているという話を聞くことがあります。
そういった場合には、その確定申告の所得を超える所得金額を証明することができれば、その金額を基礎収入とすることができます。
もっとも、この証明は容易ではありません。
本来、適切な所得を確定申告で申告しなければならないところ、それと異なる所得を主張することになるからです。
裁判所も、確定申告の所得よりも高額の所得を認める場合には、厳格な立証を求める傾向にあります。
確定申告と異なる所得を主張する場合には、客観的な証拠によって主張立証しなければ認められないでしょう。
家族で事業を営んでいる場合
所得が家族の労働などの総体のうえで形成されている場合、所得に対する本人の寄与部分の割合によって算定することになります。
本人の寄与分は、事故前後の収入状況、事業の業種・業態、本人の技能・能力、家族の関与の程度などを考慮して算定されます。
この場合、被害者本人の労働状況や役割などを明確に主張立証しなければなりません。
例えば、1000万円の所得の内、本人の寄与分が70%と認定された場合には、700万円が休業損害の基礎収入となります。
判例 本人の寄与の割合に関する裁判例
郵便局長兼農業従事者の男性(56歳)が事故により死亡した事例
農業収入について、135万2550円であったところ、被害者は、妻とともに農業に従事していたことから、被害者の寄与度は概ね50%だとして、基礎収入を上記金額の50%と認定しました。
【神戸地判H10.11.5】
確定申告をしていない場合
確定申告をしていない場合には、帳簿や、通帳の取引履歴などから、実際の収入を算出する必要があります。
通帳に取引先からの入金の記録があるのであれば、それを売上とし、業務関係に関する請求書や領収書の合計金額を経費として考えて所得を出すことが考えられます。
もっとも、通常、お金の流れは、このように単純ではない場合が多いかと思いますので、実収入額の証明は容易ではないでしょう。
会社役員のケース
会社役員は、役員報酬につき、労務提供の対価部分は認められますが、利益配当の実質を持つ部分は、基礎収入とは認められません(大阪地判H4.9.21)。
労務提供の対価といえるかどうかは、当該役員の地位、職務内容、役員の報酬の額、会社の利益状況等を総合考慮して判断されます。
家事従事者(主婦・主夫)のケース
家事従事者(主婦・主夫)の基礎収入
家事従事者は、自宅で家事をしているのであり、家事をしたことの対価として収入を得ているわけではありません。
したがって、そもそも、収入が0なので、逸失利益は発生しないとも思われます。
しかし、家事従事者の家事労働も金銭的に評価されるべきと考えられているため、家事従事者も逸失利益の請求が可能です。
家事従事者については、賃金センサス(第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計、女性労働者の全年齢平均の賃金額)を基礎として、収入が認められます。
平成30年度の賃金センサスでは、女性平均が382万6300円とされており、同金額を基礎収入として考えます。
兼業主婦・主夫の場合
パートタイマーや内職等の兼業主婦・主夫については、現実の収入額と女性労働者の平均賃金額のいずれか高い方を基礎として算出することになります。
なお、主夫の場合であっても、使用する賃金センサスは、女性の平均賃金を使用します。
無職者のケース
失業者の基礎収入
失業者は、事故当時においては、収入はありません。
しかし、将来において全く収入を得ないということは考えづらく、就職して収入を得る可能性もあります。
したがって、失業者については、労働能力及び労働意欲があり、就労の蓋然性があるものについては、基礎収入が認められます。
具体的には、再就職によって得られたであろう収入が基本となりますが、特段の事情のないかぎり失業前の収入が参考となります。
失業前の収入が平均賃金以下の場合には、平均賃金が得られる蓋然性があれば、賃金センサスを基礎収入とすることができます。
病気等により長期間就労していなかった場合や、定年退職後全く求職していなかった場合には、就労可能性が認められず、逸失利益が認められない場合もあります。
学生の基礎収入
学生については、賃金センサス(第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計、男女別全年齢平均の賃金額)をもとに基礎収入が算定されます。
小学生、中学生、高校生について、その家庭環境や本人の成績などから大学に進学することがほぼ確実と認められる場合に新大卒の平均賃金によることが認められる場合もあります。
女子年少者について、保険会社は女性労働者の平均賃金を主張してくることもありますが、男女格差をできるだけ小さくするために、男女を含む全労働者の全年齢平均賃金で算定すべきです。
高齢者のケース
事故当時に就労していなかった場合でも、就労の蓋然性が認められれば、賃金センサスの年齢別平均賃金を基礎収入として逸失利益が認められる場合があります。
また、年金を受給している場合には、年金額も考慮されます。
老齢年金、障害年金などは、逸失利益性が認められますが、遺族年金については、逸失利益性は否定されています。
判例や裁判例で認められたものとしては、国民年金(最判平5.9.21)、老齢厚生年金(東京地判平13.12.20)、地方公務員の退職年金給付(最判平5.3.24)、国家公務員の退職年金給付(最判昭50.10.24)などがあります。
生活費控除率について
被害者の方が亡くなられた場合、被害者の収入はなくなるとともに、他方において被害者が生存していれば生じた生活費は発生しなくなります。
したがって、逸失利益の算定にあたっては、この生活費を控除して計算することになります。
生活費控除率は、被害者の立場によって変わってきます。
家族関係、性別、年齢に照らして下表の割合が目安とされています。
被害者の立場 | 生活費控除率 | |
---|---|---|
一家の支柱 | 被扶養者が1名 | 40% |
被扶養者が2名以上 | 30% | |
女性(主婦、独身、幼児等含む) | 30% | |
男性(独身、幼児等含む) | 50% | |
年金受給者 | 通常よりも高い割合(50~70%) |
※この表は、目安であり、個別具体的事情によって異なる控除率で算定されることもあります。
就労可能年数に対応するライプニッツ係数について
就労可能年数
就労可能年数は原則として67歳です。
つまり、就労可能年数は、67歳から死亡した時点の年齢を差引いた年齢になります。
例えば、43歳で亡くなった場合には、24年が就労可能年数になります。
ただし、例外があります。67歳までの年数が平均余命の2分の1よりも短くなる方は、平均余命の2分の1が就労可能年数となります。
具体例 被害者が58歳の場合
67歳までは9年です。
平均余命は、男性と女性で異なってきますが、賃金センサスと同様に毎年統計が出されています。
平均余命が25年の場合
2分の1にすると、25 ÷ 2 = 12.5年
9年よりも長くなるので、12.5年を就労可能年数として考えることになります。
最新の簡易生命表はこちらをご覧ください。
未成年者の就労の始期については、18歳が基本ですが、大学卒業を前提とする場合、大学卒業予定時が始期となります。
ライプニッツ係数
逸失利益は、事故に遭わなければ被害者が将来にわたって得られたはずの利益です。
つまり、未来に得ることができたお金をすぐにまとめて受領することになるので、その金額をそのまま受け取ると、本来受け取ることができる時点(未来)までに発生する利息分を被害者が取得することになります。
こうした利息(中間利息)控除するための係数としてライプニッツ係数が用いられています。
なお、民法改正の影響で2020年3月31日までの事故と、2020年4月1日以降の事故では、用いるライプニッツ係数が異なります。
ライプニッツ係数表(法定利率5%)をご覧ください。
ライプニッツ係数表(法定利率3%)をご覧ください。
死亡逸失利益の計算方法の具体例
給与所得者(会社員)のケース
被害者が、男性(会社員、35歳)で年収は450万円、独身のケースでの死亡逸失利益は、以下の金額になります。(2020年4月1日以降の事故として算定)
基礎収入:450万円
生活費控除率:50%(独身男性)
就労可能年数:32年
就労可能年数に対応するライプニッツ係数:20.3888(法定利率3%)
死亡逸失利益の計算式
450万円 ×(100% – 50%)× 20.3888 = 4587万4800円
このケースでは、4587万4800円が死亡逸失利益となります。
個人事業主(事業所得者)のケース
被害者が、男性(自営業、51歳)で、確定申告の所得金額が650万円、妻と二人暮らしのケースでの死亡逸失利益は、以下の金額になります。(2020年4月1日以降の事故として算定)
基礎収入:650万円
生活費控除率:40%(一家の支柱、被扶養者1名)
就労可能年数:16年
就労可能年数に対応するライプニッツ係数:12.5611(法定利率3%)
死亡逸失利益の計算式
650万円 ×(100% – 40%)× 12.5611 = 4898万8290円
このケースでは、4898万8290円が死亡逸失利益となります。
会社役員のケース
被害者が、男性(会社役員、46歳)で、役員報酬が1300万円で労務対価部分が70%の910万円で独身のケースでの死亡逸失利益は、以下の金額になります。(2020年4月1日以降の事故として算定)
基礎収入:910万円
生活費控除率:50%(独身男性)
就労可能年数:21年
就労可能年数に対応するライプニッツ係数:15.4510(法定利率3%)
死亡逸失利益の計算式
910万円 ×(100% – 50%)× 15.4510 = 7030万2050円
このケースでは、7030万2050円が死亡逸失利益となります。
家事従事者のケース
被害者が、女性(専業主婦、28歳)で、夫と二人暮らしのケースでの死亡逸失利益は、以下の金額になります。(2020年3月31日以前の事故として算定)
基礎収入:377万8200円
生活費控除率:30%
就労可能年数:39年
就労可能年数に対応するライプニッツ係数:17.0170(法定利率5%)
死亡逸失利益の計算式
377万8200円 ×(100% – 30%)× 17.0170 = 4500万5540円
このケースでは、4500万5540円が死亡逸失利益となります。
学生のケース
就労可能年数に対応するライプニッツ係数
就労の始期は、特段の事情がない限りは18歳として考えます。
したがって、単純に67歳までの年数を就労可能年数とするのではなく、18歳になるまでの年数分のライプニッツ係数を差引かなければなりません。
計算方法の具体例
被害者が、女性(学生、15歳)のケースでの死亡逸失利益は、以下の金額になります。(2020年4月1日以降の事故として算定)
具体例
基礎収入:497万2000円(平成30年賃金センサス男女平均)
生活費控除率:30%
就労開始年齢:18歳(高卒で就労する前提)
ライプニッツ係数:23.3376
この場合のライプニッツ係数は、事故時の年齢15歳から67歳までの52年間のライプニッツ係数(26.1662)から、15歳から就労可能年数の18歳までの3年間分のライプニッツ係数(2.8286)を差し引いて計算します。
したがって、このケースの使用するライプニッツ係数は、26.1662 – 2.8286 = 23.3376となります。
死亡逸失利益の計算式
497万2000円 ×(100% – 30%)× 23.3376 = 8122万4183円
このケースでは、8122万4183円が死亡逸失利益となります。