交通事故で脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)に。後遺症になる?

執筆者:弁護士 鈴木啓太 (弁護士法人デイライト法律事務所 パートナー弁護士)

脳脊髄液減少症の後遺症について質問です

交通事故による外傷後、しつこい頭痛と立ちくらみのような症状がでています。

医師から脳脊髄液減少症ではないか?と言われました。

後遺症になるのですか?

弁護士の回答

めまいのイメージ画像脳脊髄液減少症は、外傷後起立性の頭痛やめまいなどの症状が発生する疾患です。

脳脊髄液減少症が外傷後に発症することは100年近く前から知られていました。

その疾患の診断法、治療法などについて医学的な争点があります。

交通事故が原因で脳脊髄液減少症と診断されれば、後遺障害等級14級が認定されることはありますが、多くの裁判例では脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)の発症自体を否定しています。

 

脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)とは

脳脊髄液(のうせきずいえき)は、脳脊髄腔を満たす液であり、この中に脳が浮かんでいます。

脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)は、何らかの原因で、脳脊髄腔に穴があいて脳脊髄液が外へ漏れ、脳脊髄腔の脳脊髄液が減り、脳脊髄腔内の髄液が低下し、起立性頭痛が生じる疾患です。

外傷後に発症することは100年近く前から知られていました。

2002(平成14)年に、ある医師がむちうち損傷(2か所)の原因と主張し話題になりました。

2010(平成22)年厚生労働省の「脳脊髄液減少症の診断・治療法の確立に関する」中間報告書でも、むち打ち損傷を原因とする髄液の漏出があることを否定されていません。

脳脊髄液減少症の治療としては、ブラッドパッチが有効とされています。

ブラッドパッチとは、髄液が漏れている付近に針を挿入して硬膜外腔に血液を注入し、凝固させ、硬膜の穴をふさぐ治療です。

交通事故の衝撃によって、脊髄の硬膜が破れてしまい脳脊髄液減少症と診断されることもありますが、以下で紹介する裁判例のように、交通事故と脳脊髄液減少症の因果関係を否定する裁判例が多い傾向にあります。

 

 

脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)の症状

脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)の症状は、起き上がると頭痛が増加する起立性の頭痛や、首の痛み、めまい、吐き気、耳鳴りなどです。

 

脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)の治療法

主にブラットパッチ療法が用いられています。

ブラットパッチ療法とは、髄液漏出部分に自家血を注入して漏出を止めるものです。

 

 

後遺障害認定にあたっての問題点

低髄液圧症候群と脳脊髄液減少症が同じ疾患なのか異なる疾患なのかという医学上の争点があるため、交通事故の後遺障害の認定にあたって、以下の問題が生じます。

  • 脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)の発症の認否
  • 後遺障害等級評価

多くの裁判においても、脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)の発症を否定されており、その理由は以下のような理由になります。

  • 病態の存在、診断方法が確立していない
  • 起立性頭痛がなく、低髄液圧症候群の治療であるブラッドパッチ療法の効果がない

脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)であると認められても後遺障害の等級評価は14級の認定にとどまります (横浜地判平21.5.15など) 。

現在のところ、労働能力の制限が客観的に認められる9級を超える等級の評価はされていません。

このように、脳脊髄液減少症について後遺障害等級を得ることは容易ではありません。

 

 

脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)が否定された裁判例

脳近年、脳脊髄液減少症という傷病に関する裁判例が多く見られるようになってきています。

神戸地裁で平成28年2月17日に出された判決も、脳脊髄液減少症についての裁判例です。

被害者の主張

この事案では、追突事故により当初頚椎捻挫、腰椎捻挫と診断された被害者(原告)がその後、頭痛をはじめとする種々の症状が出現し、脳神経外科で脳脊髄液減少症と診断されたと主張して争っています。

自賠責保険の判断

なお、この事案では自賠責保険は、頸部痛、腰痛についてそれぞれ14級9号の後遺障害を認定するのみで、被害者の主張する脳脊髄液減少症については、因果関係が認められないと判断しています(被害者は5級を主張)。

裁判の結論

裁判例は、まず日本脳神経外傷学会の「外傷に伴う低髄圧液症候群」の診断基準(平成22年3月)など複数の研究報告書において、起立性頭痛が前提とされていることから、起立性頭痛は、脳脊髄液減少症の特徴的な症状といえるとしています。

起立性頭痛の発症

その上で、この事案では、

  • 医療記録上、本件事故後、起立性の頭痛があることを窺わせる記載は1年半近く存在しないこと
  • 被害者が、病院の診療予約申込書において、現在の症状について起立性頭痛を窺わせる症状を申告していない事実を認定

これらのことから、起立性頭痛が生じていたとはいえないと認定しています。

また、起立性頭痛の症状は、「立位又は座位をとると15分以内ないし30分以内に増悪する頭痛であり、その症状は特徴的なものであるというべきであるから、原告に起立性頭痛の症状が生じていたにもかかわらず、それを自覚できなかったとは考えにくい」とも述べています。

 

ブラットパッチ治療

注射器のイラストさらに、この事例では、治療法の一つであるブラッドパッチについて、原告がブラットパッチ治療を受けた後に、症状自己採点表において、ブラットパッチを受けた後の数日間、それ以前と比較して頭痛が悪化した旨申告していることから、ブラットパッチ治療が原告の症状改善につながっていない点も指摘しています。

 

脳脊髄液の減少を示す画像所見

最終的に、髄液漏洩を示す画像所見もこの事例では認められないとして、脳脊髄液減少症は認められないと結論づけています。

こうした裁判例を踏まえると、脳脊髄液減少症の発症を裁判所が認定するためには、以下の3つが重要視されているといえます。

脳脊髄液減少症による後遺障害認定のための3つの要素(※1)
  1. 起立性頭痛の発症
  2. ブラットパッチ治療が効果的であり、症状が改善していること
  3. 脳脊髄液の減少を示す造影 MRI検査の画像所見

 

 

脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)の肯定裁判例

判例 脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)による後遺障害が認定された裁判例

  • 被害者は、本件事故日の10日後から起立性頭痛等の症状を訴え、主治医も低髄液圧症候群の可能性を具体的に認識していたと認められること
  • 2回のブラットパッチ療法を経て、起立性頭痛が完治していること
  • MRミエログラフィーにて髄液漏出と考えられる所見があること

以下の事情を踏まえて、後遺障害12級13号が認定されています。

【名古屋高判平成28.12.21】

弊所の解決事例でブラッドパッチの治療費を保険会社に認めてもらい、最終的に併合14級の後遺障害認定を受けた事例についてはこちらをご覧ください。

 

 

脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)と後遺障害

認定の可能性があるのは、以下の等級です。

該当可能性がある後遺障害等級

第9級10号
神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの

第12級13号
局部に頑固な神経症状を残すもの

第14級9号
局部に神経症状を残すもの

脳脊髄液減少症については、上記のような肯定例もありますが、基本的には、事故との因果関係が否定され、後遺障害に認定されることは難しい傾向にあります。

多くの場合は、後遺障害に認定されないか、あるいは、頚椎捻挫等による首の痛みに対して14級9号が認定されるにとどまるケースが多いように思います。

脳脊髄液減少症の立証ができれば、9級10号、12級13号に認定される可能性がありますが、上記の3つの要素(※1)について十分な立証ができなければ難しいでしょう。

脳脊髄液減少は立証が難しい傷病です。

少しでも適切な補償を受けるためにも、専門の弁護士に相談されることをお勧めします。

 

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