交通事故により肩腱板断裂(損傷)。後遺障害に認定される?

執筆者:弁護士 西村裕一 (弁護士法人デイライト法律事務所 北九州オフィス所長、パートナー弁護士)

 

肩腱板とは、肩関節の周りを囲む腱・筋の集まりです。

肩腱板損傷は日常生活を送っていても、機能低下により生じる可能性もあります。

そのため、交通事故により腱板断裂(損傷)が生じたかどうかについて、保険会社と因果関係が問題となるケースもあります。

後遺症が残った場合、因果関係の立証が極めて重要なポイントとなります。

肩関節の可動域が健側(怪我をしていない側の肩関節)と比べ制限されている場合、10級10号または12級6号、

肩関節について「関節の用を廃したもの」と評価されれば、8級6号、

痛みが残存する場合には、神経症状として12級13号、または14級9号に該当する可能性があります。

肩腱板とはなんですか?

肩のケガのイメージイラスト肩腱板とは、肩関節の周りを囲む腱・筋の集まりで、肩関節を回転させる役割があります。

肩腱板には棘上筋(きょくじょうきん)、棘下筋(きょっかきん)、小円筋(しょうえんきん)、肩甲下筋(けんこうかきん)があり、このうち棘上筋が断裂しやすいと言われています。

 

 

 

肩腱板断裂の発症原因を教えてください

痛む女性肩腱板断裂(損傷)は、腱板が骨と骨の間に位置していて、老化により機能低下を起こすという特徴から、スポーツ外傷や加齢変性によっても一般的に発生することが知られています。

スポーツ外傷による場合では、野球の投手がオーバースローで投球動作を繰り返すと、よく発症することが知られています。

交通事故での外傷としては、

  • 追突された際、衝撃でハンドルの方へ腕を突き出した
  • 自転車やバイクで転倒の際、地面に手をついた
  • 歩行者で歩いていたとき、自動車にひかれて肩を強打した

といったケースで発症するケースがあります。

また、年齢により腱板の機能低下が生じているので、40代以降、特に50代以降で比較的多く生じるけがです。

断裂まで至らない場合でも、部分的に腱板を損傷しているというケースもあります。

腱板断裂(損傷)の難しい点に、高齢者の場合、交通事故の以前から腱板の損傷が存在することもあるという点が挙げられます。

すなわち、肩腱板損傷は日常生活を送っていても、機能低下により生じる可能性もあります。

そのため、交通事故により腱板断裂(損傷)が生じたかどうかについて、保険会社と因果関係が問題となるケースもあります。

 

 

どんな症状がでますか?

肩のケガのイメージイラスト肩腱板の症状は、肩を回す動作をしたとき、肩に痛みが出ます。

その痛みのため自分では腕を上げることができなくなります。

 

 

肩腱板断裂の後遺障害について教えてください。

肩関節のケガですから、肩関節の動きに影響がでます。

肩関節の可動域が以下に該当する可能性があります。

肩腱板断裂の後遺障害
  • 10級10号
    健側(怪我をしていない側の肩関節)と比べ1/2以下制限されている
  • 12級6号
    健側(怪我をしていない側の肩関節)と比べ3/4以下制限されている

病院での治療のイメージ画像また、肩関節について「関節の用を廃したもの」と評価されれば、8級6号に該当する可能性があります。

痛みが残存する場合には、神経症状として12級13号、または14級9号に該当する可能性があります。

関連:自賠責保険(共済)における後遺障害の等級と保険金額|一般財団法人 自賠責保険・共済紛争処理機構

 

 

交通事故での肩腱板断裂の注意点

XP検査やMRI検査を早めに受ける

このように、交通事故で肩腱板断裂あるいは腱板損傷のけがを負った場合、後遺症が残り、後遺障害の手続を行わなければならない可能性がありますが、注意点があります。

それは、先ほども述べたとおり、腱板断裂(損傷)の難しい点に、高齢者の場合、交通事故の以前から腱板の損傷が存在することもあるという点が挙げられます。

そのため、交通事故により腱板断裂(損傷)が生じたかどうかについて、保険会社と因果関係が問題となるケースもあります。

肩の痛みが続くようであれば、交通事故から早めにXP検査やMRI検査を受けることが大切です。

因果関係が問題となると、腱板断裂や損傷がそもそも交通事故によるけがなのかが争われることになります。

この場合には、肩の画像が非常に重要になります。

すなわち、腱板のMRI検査の画像で、その損傷が事故から間もない時期に起こったものなのか、それとも以前からすでに存在していたものなのか(「陳旧性」という言葉が使われます。)を医師に判別してもらうのです。

例えば、転んでできた傷も最初は血や膿が出るため、ジュクジュクした状態ですが、一定期間経過すればかさぶたとなり、乾燥した状態へと変化します。

腱板損傷もこれと同じで、検査した時点で、けがからどのくらい経過したものなのかで因果関係を検討するのです。

 

可動域検査をきちんと行ってもらう

肩関節は様々な方向に動かすことができる関節です。

そのため、膝関節のように単純に膝の曲げ伸ばし運動があるだけでなく、以下のような運動があります。

  • 屈曲・伸展 気をつけの姿勢から腕を真上に挙げてくる運動
  • 外転・内転 気をつけの姿勢から腕を横から耳につける運動
  • 外旋・内旋 肘を曲げた直角に状態で肩を開いたり閉じたりする運動

機能障害の評価においては、こうした各運動の可動域が損傷している肩とそうでない肩とでどの程度差があるかによって、判断されます。

したがって、症状固定の段階で、後遺障害診断書作成にあたって、可動域の検査をきちんと行ってもらうことが大切です。

なかなか被害者自身ではお願いしづらいという場合には、専門家の弁護士から検査を行ってもらうように手紙を出したり、実際に検査に同行したりというアプローチするという方法もあり得ます。

後遺障害診断書は一度作成されると修正をしてもらうのは非常に難しいですので、作成前の段階でしっかりと準備をしておくことが大切になってきます。

 

 

後遺障害が認められた場合の賠償金は?

肩腱板断裂で、仮に、後遺障害が認められた場合、どの程度の賠償金を得ることができるのかは重要な関心事だと思います。

交通事故の賠償金は、被害者の方の収入、年齢、過失割合、怪我の程度等によって様々です。

したがって、ここでは、参考事例を前提として、どの程度の賠償金を得る見込みがあるのかについて解説します。

※具体的な状況によって賠償金の額は異なるため、あくまで参考程度にとどめてください。
なお、各賠償額については、いわゆる「赤い本」(損害賠償額算定基準上巻)から算出しています。

関連:赤い本 「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」|日弁連交通事故相談センター東京支部

事例 ケース1

被害者:35歳、年収450万円、会社員

後遺障害の等級:8級6号 1上肢の3大関節中の1関節の用を廃したもの(肩の関節がまったく動かない、又は、自分で関節を動かせる範囲が10%程度となった場合)

入院期間:6か月間 通院期間:6か月間 休業日数:12か月


損害の項目 賠償額 備考

積極損害

治療費 実費
入院雑費 27万円
—————
1500円 ☓ 180日 = 27万円
入院雑費:1日につき1500円
通院交通費 実費 基本は電車、バスの料金。

消極損害

休業損害 450万円
—————
550万円 ☓ 1年間 = 450万円
事故前の収入(会社員の場合は手取りではなく税込み額)を基礎として休業したことによる現実の収入減。
後遺障害の逸失利益 3200万468円
—————
450万円 ☓ 0.45 ☓ 15.8027 = 3200万468円
後遺障害8級の場合の労働能力喪失率:45%
参照:別表Ⅰ 労働能力喪失率表|労働省労働基準局長通達(昭和32年7月2日基発第551号)
67歳までのライプニッツ係数:15.8027
後遺障害の慰謝料 830万円 後遺障害8級の場合の慰謝料
入通院慰謝料 282万円 基準額であり、状況によっては増減
合計 4789万468円

以上より、ケース1では、4789万468円が適切な賠償額の基準となります(治療費と通院交通費は別途)。

事例 ケース2

被害者:40歳、年収500万円、会社員

後遺障害の等級:10級10号 1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの(肩の関節を動かせる範囲が2分の1以下となった場合)

入院期間:4か月間 通院期間:4か月間 休業日数:6か月


損害の項目 賠償額 備考

積極損害

治療費 実費
入院雑費 18万円
———————-
1500円 ☓ 120日 = 18万円
入院雑費:1日につき1500円
通院交通費 実費 基本は電車、バスの料金。

消極損害

休業損害 250万円
———————-
500万円 ☓ 0.5年間 = 250万円
事故前の収入(会社員の場合は手取りではなく税込み額)を基礎として休業したことによる現実の収入減。
後遺障害の逸失利益 1976万8050円
———————-
500万円 ☓ 0.27 ☓ 14.643 = 1976万8050円
後遺障害10級の場合の労働能力喪失率:27%
参照:別表Ⅰ 労働能力喪失率表|労働省労働基準局長通達(昭和32年7月2日基発第551号)
67歳までのライプニッツ係数:14.643
後遺障害の慰謝料 550万円 後遺障害10級の場合の慰謝料
入通院慰謝料 226万円 基準額であり、状況によっては増減
合計 3020万8050円

以上より、ケース2では、3020万8050円が適切な賠償額の基準となります(治療費と通院交通費は別途)。

事例 ケース3

被害者:45歳、年収550万円、会社員

後遺障害の等級:12級6号 1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの(肩の関節を動かせる範囲が4分の3以下となった場合)

入院期間:2か月間 通院期間:4か月間 休業日数:3か月


損害の項目 賠償額 備考

積極損害

治療費 実費
入院雑費 13万5000円
———————-
1500円 ☓ 90日 = 13万5000円
入院雑費:1日につき1500円
通院交通費 実費 基本は電車、バスの料金。

消極損害

休業損害 137万5000円
———————-
550万円 ☓ 0.25年 = 137万5000円
事故前の収入(会社員の場合は手取りではなく税込み額)を基礎として休業したことによる現実の収入減。
後遺障害の逸失利益 1013万5510円
———————-
550万円 ☓ 0.14 ☓ 13.163 = 1013万5510円
後遺障害12級の場合の労働能力喪失率:14%
参照:別表Ⅰ 労働能力喪失率表|労働省労働基準局長通達(昭和32年7月2日基発第551号)
67歳までのライプニッツ係数:13.163
後遺障害の慰謝料 290万円 後遺障害12級の場合の慰謝料
入通院慰謝料 165万円 基準額であり、状況によっては増減
合計 1619万5510円

以上より、ケース3では、1619万5510円が適切な賠償額の基準となります(治療費と通院交通費は別途)。

 

 

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