交通事故で有給を使用しても休業損害・休業補償は請求できる?

執筆者:弁護士 鈴木啓太 (弁護士法人デイライト法律事務所 パートナー弁護士)

交通事故でけがをして通院や治療が必要になり、有給休暇を使わざるを得なかった。

そんなとき「有給を使ったから休業損害は請求できないのでは?」と不安に思う方は少なくありません。

結論から言うと、有給を使用した場合でも休業損害は請求可能です。

本来なら自由に使えるはずだった有給を、事故のために消費してしまったこと自体が「損害」と考えられるからです。

一方、労災保険から支払われる休業補償は、有給を使用した場合は支給されません。

この記事では、有給を使った場合でも休業損害が認められる理由や休業損害の計算方法、休業補償との違いについて交通事故に注力する弁護士がわかりやすく解説します。

有給休暇の消化しても休業損害は支払われる

そもそも「休業損害」とは?

休業損害とは、事故に遭ったことで働くことができなくなり収入が減ってしまう損害をいいます。

有給の場合、「収入が減る」ということがなく、休業損害が認められないと思われますが、実務上、有給取得日も休業日数としてカウントされ補償がされています。

 

有給休暇で休業損害が認められる理由

有給休暇を使って通院した場合には、原則収入は減りません。

しかし、もし交通事故に遭わなければ、有給休暇を他のために自由に使用することができたはずです。

また、有給休暇は、労働者の権利として財産的な価値があるものですから、交通事故の治療のために使用した場合には、財産的損害が発生したともいえます。

こうした事情から、交通事故が原因で有給休暇を取得した場合には、休業損害を請求することができるのです。

実際に交通事故で有給を使用して、休業損害が認められた事例を紹介します。

判例 大阪地判平成30年6月22日
14級9号の認定を受けた会社員について、事故前3ヶ月の給与の合計105万円を稼働日数67日で除した金額を1万5672円を1日単価として認め、有給休暇12日分の約18万円を休業損害として認めた。
判例 仙台地判令和元年6月26日
有給で15日間休んだ看護師について、事故前3ヶ月の給与収入を稼働日数で除した金額1万7029円を基礎として15日分の休業損害を認めた。
また、症状固定後の手術のために取得した有給については、手術前3ヶ月の給与を稼働日数で除した金額を1日単価として休業損害を認めた。

 

有給取得で休業損害が認められないケース

有給休暇の取得で休業損害が認められないケースとしては、以下の2つのケースが考えられます。

 

私的な理由で取得した有給休暇

治療期間中に使用した有給休暇であっても、それが私的な理由で取得したものであれば、休業損害として請求することはできません。

休業損害として認められるには、交通事故が原因で有給休暇を使用することが必要となります。

 

交通事故から相当期間経過して取得した有給休暇

交通事故から相当期間経過してから、有給休暇を取得した場合には、本当に治療のために必要であったのか保険会社から争われることがあります。

特に、事故から近接した時期は休んでいないのに、相当期間経過して有給休暇を取得するような場合には、その理由を合理的に説明できなければ、休業損害として認められない可能性が高いです。

 

 

休業損害証明書とは?有給の記載を確認しよう

休業損害証明書とは?

休業損害証明書とは、事故によって会社を休んだことを会社に証明してもらうための書類です。

会社をいつ休んだか、休んだことによって減給したか、事故直近3ヶ月の給料はいくらかなどを会社に記載してもらいます。

所定の様式がありますので、様式がない場合には、保険会社から取り寄せることができます。

休業損害証明書について、詳しくはこちらをご覧ください。

 

有給休暇を使った日の記載を確認しよう

有給取得日を休業損害として補償してもらうには、休業損害証明書に有給を取得したことが記載されており、休業日数としてカウントされていることが必要です。

【休業損害証明書確認事項】

  • 有給取得日に有給の印がついているか確認
  • 有給取得日数が正確に休業日数としてカウントされているか確認

 

通院以外で有給をとった場合も休業損害証明書に書ける?

休業損害として補償される有給は、事故が原因で有給を取らざるを得なくなった場合です。

したがって、治療期間中であっても、事故が原因でなく私用で有給をとった場合には、補償の対象にはならず、休業損害証明書に休業日として記載することはできません。

もっとも、通院以外でも、医師から働くことを制限されていて自宅療養が必要であるような状況で有給を取得する場合には、事故が原因で有給をとったといえるため、休業損害証明書に記載しても問題ありません。

 

 

有給休暇を取得した場合の休業損害はいくら?

休業損害を計算する際には、主に次の3つの基準があります。

  • 自賠責保険基準

最低限の補償を目的とした基準。もっとも低い金額になる。

  • 任意保険基準

各保険会社が独自に定めている基準。金額の詳細は非公開だが弁護士基準より低いのが一般的。

  • 弁護士基準(裁判基準)

裁判で認められる水準を基準にした算定方法。もっとも高額になることが多い。

休業損害の計算方法は、いずれの基準であっても以下の計算式は同じです。

休業損害の計算方法

上記の計算式のうち、「1日単価」の算出の方法が異なります。

以下では、具体的な休業損害の計算例を自賠責保険基準、弁護士基準、任意保険基準の各基準を用いて説明します。

前提となる数値(具体例)
事故日 2021年3月21日
直近3ヶ月の給与 105万円
直近3ヶ月の稼働日数 64日
休業日数 15日

 

自賠責保険基準で計算した場合

自賠責保険では、休業損害は、原則1日6100円と決まっています(2020年3月31日以前に発生した交通事故は1日5700円)。

実際の収入が6100円よりも低い金額であったとしても、6100円で計算してもらうことができます。

もっとも、1日の実収入が6100円よりも高額であることを証拠によって証明することができれば、1万9000円を限度として実際の収入の金額で計算してもらうことができます。

具体例を用いて計算すると以下のようになります。

 

直近の給与が105万円であることを証明できる場合

(105万円 ÷ 90)× 15日 = 17万4990円

この場合の休業損害は、17万4990円となります。

 

直近の給与が105万円であることを証明できない場合

6100円 × 15日 = 9万1500円

この場合の休業損害は、9万1500円となります。

 

任意保険基準で計算した場合

任意保険会社は、1日単価について、直近3ヶ月の給与を90日で除して1日単価を計算してくることがほとんどです。

計算式
(直近3ヶ月分の給与の合計 ÷ 90)× 休業日数 = 休業損害

つまり、以下の計算式となります。

(105万円 ÷ 90) × 15日 = 17万4990円

この場合の休業損害は、17万4990円となります。

任意保険基準の場合、自賠責保険基準と違って、1日の上限が1万9000円までといった制限はありません。

 

弁護士基準で計算した場合

弁護士基準の場合、交通事故の直近3ヶ月の給与を「稼働日数」で割って1日単価を出し、その金額に休業日数を乗じて計算します。

計算式
(直近3ヶ月分の給与の合計 ÷ 稼働日数)✕ 休業日数 = 休業損害

具体例を用いて計算すると以下のようになります。

(105万円 ÷ 64日) × 15日 = 24万6090円

この場合の休業損害は、24万6090円となります。

 

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交通事故で有給を使ったら休業補償を請求できる?

休業損害と休業補償の違い

休業損害は、これまで説明したとおり、交通事故によって減収したことに対する補償のことをいいます。

他方で、休業補償は、一般に労災保険から支給される休業に対する補償のことをいいます。

正確には、休業補償給付といいます(通勤災害の場合は休業給付)。

休業補償給付は、業務災害や通勤災害に遭った場合に、休業から4日目〜支給されるものです。

支給額は、給料の約60%で、それに加えて特別支給金として約20%支払われるので、実質給料の約80%が補償されることになります。

交通事故で労災保険が使用できる場合、労災保険から約60%の補償を受けた後、残りの約40%を保険会社(加害者側)に請求することが可能です(特別支給金の約20%も手元に残すことができます)。

先に保険会社から100%の補償を受けている場合は、特別支給金の約20%分を請求することができます。

つまり、交通事故で労災保険が使用できる場合には、実質約120%の給与を補償してもらうことができます。

 

有給を使っても休業補償は請求できない

休業補償は、有給を使用した場合には支給されません。

休業補償が支給される条件として、給料をもらっていないことが条件となっているからです。

 

 

有給でなく代休の場合の休業損害は?

代休とは、土日などに休日出勤をした代わりに、平日に休みが付与されるというものです。

では、代休に通院した場合、休業損害を請求できるのでしょうか。

残念ながら代休の場合には、休業損害を請求することはできません。

代休は、交通事故が原因で休みになったわけではなく、休日出勤したことが原因で休みになっているので、交通事故との関係性が認められないのです。

 

 

事故で欠勤した結果、有給が付与されなかった場合の補償は?

有給休暇は、入社してから6ヶ月が経過し、かつ、その期間の全労働日の8割以上出勤した場合に付与されるものです(労働基準法39条)。

交通事故によって、長期間にわたり会社を休まざるを得なくなった場合には、8割以上の出勤の条件を満たすことができず、有給休暇の付与を受けることができない可能性があります。

有給休暇は、労働者にとって財産的に価値あるものなので、交通事故が原因で付与されなかったとすれば、やはり財産的損害があるとして賠償が認められるべきです。

この点について、裁判例でも休業損害として賠償を認めたものがあります。

判例 大阪地判H20.9.8

34歳の男性会社員が、交通事故が原因で会社を293日欠勤し、出勤日数が全労働日の8割未満だったため、事故翌年度と翌々年度に付与されるはずであった有給休暇の合計20日分が付与されませんでした。

裁判例では、この付与されなかった20日分について、休業損害として認めました。

このように、交通事故によって有給休暇が付与されなかった場合も、その付与されなかった日数分を休業損害として請求できる可能性がありますので、請求漏れがないように注意が必要です。

 

 

有給休暇を使用した場合の休業損害の請求方法

有給休暇を使用した場合の休業損害の請求方法は、通常の休業損害の請求方法と同じです。

会社に休業損害証明書を作成してもらい、保険会社に提示します。

休業損害の請求方法や流れについて詳しくはこちらをご覧ください。

 

 

有給と休業損害に関するQ&A

半日だけ有給を使った場合はどうなりますか?

半日の有給を取った場合には、半日分の休業損害を請求することができます。

休業損害証明書には、半日分の有給を取得したことが分かるように記載することができますので、会社に休業損害証明書を作成してもらい、保険開始に請求することで半日分が補償されます。

 

休業損害証明書に嘘を書くとバレますか?

休業損害証明書は会社が作成するものです。

したがって、そもそも嘘を書くことはできません。

内容を改ざんしたり、自分で勝手に休業損害証明書を作成して休業損害を請求した場合には、有印私文書偽造行使罪や詐欺罪が成立します。

バレるかどうかという問題ではなく、絶対に嘘を書いてはいけません。

 

有給と労災の休業(補償)給付、どちらを選んだ方が得ですか?

労災事故の場合には、労災を使用することができ、休業(補償)給付を受けることができます。

休業(補償)給付は、事故後4日目以降から、給料の約80%を補償してもらうことができます(特別支給金も含んでいます)。

有給を取得したほうがいいのか、休業(補償)給付を利用したほうがいいのかは、ケースバイケースや被害者自身の考え方によって左右されます。

有給を使用した場合には、給与の100%が保険会社から比較的速やかに支払いを受けることができます。

しかし、有給を消費することになり、将来、自由に使える有給が減ります。

休業(補償)給付を利用した場合は、100%の休業損害を回収するには、休業(補償)給付で約80%の給与を回収した後に、残りの部分を保険会社に請求して回収するという流れになり、少し手間がかかります。

しかし、休業(補償)給付を利用する場合には有給は消費せずに済みます。

また、休業(補償)給付の約80%のうち、約20%は特別支給金といって、労災保険から特別に支給されるお金であり、損益相殺の対象になりません。

よって、保険会社に対して、給与の約40%分を追加で請求することができ、実質、約120%の休業補償を受け取ることができることになります。

それぞれ、一長一短あるかと思いますので、判断に迷われたら弁護士に相談することをおすすめします。

 

 

まとめ

休業損害は、事故によって収入が減少したことに対する補償です。

したがって、有給を使用した場合には、収入は減らず、休業損害は発生しないとも思えます。

しかし、上記したとおり、有給自体に経済的な価値があるため、収入が減っていなくても、有給が減っていることから、その分の休業損害を請求することができるのです。

休業損害は、生活に直結する大事な補償です。

休業損害について、お困りのことがあれば、当事務所にお気軽にご相談ください。

当事務所では、交通事故を日常的に取り扱う弁護士が所属しており、相談対応、事件処理の全てを専門の弁護士が対応しています。

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