アスベストに関する業務を行う際には、少なくともこれら6つの法令について、正確な情報を確認した上で遵守することが求められます。
法令を遵守しなかった場合には、行政指導、行政命令、罰則などを科されるおそれがある上に、損害賠償責任を負う可能性もあります。
また、近年の法令改正によって、これまで作業基準遵守義務を課されていなかった「下請負人」についても、作業基準遵守義務が課されることとなりました。
自分には関係ないと思っていると、思わぬ落とし穴にはまることになるかもしれません。
この記事では、近年立て続けに改正されている「大気汚染防止法」および「石綿障害予防規則」の改正部分について、重点的に解説を行います。
アスベストに関する業務を行っている方は、ぜひ参考にしてください。
目次
アスベスト・石綿に関する法律とは?
アスベストに関する法律としては、主として以下の2つが挙げられます。
- 労働安全衛生法
- 大気汚染防止法
労働安全衛生法は、労働者の健康を保護するために、アスベスト含有製品の製造、輸入、譲渡、提供、使用を全面的に禁止する法律です。
また、アスベストを取り扱う作業における安全基準も定めています。
大気汚染防止法は、アスベストによる大気中の汚染を防ぐために規制を行う法律です。
主として、建築物等の解体工事等の際のアスベスト飛散を防止するための措置について定めています。
また、これらの法律に関連して、アスベストに関するより詳細かつ具体的な規制内容等を定める法令として、以下の4つの法令があります。
法律 | 法律の内容を具体化する法令 |
---|---|
労働安全衛生法 |
|
大気汚染防止法 |
|
そのため、アスベストに関する事業を行う際には、少なくとも上記6つの法令を確認する必要があります。
参考:アスベスト関連法令
労働安全衛生法|e−GOV法令検索
大気汚染防止法|e−GOV法令検索
労働安全衛生法施行令|e−GOV法令検索
石綿障害予防規則|e−GOV法令検索
大気汚染防止法施行令|e−GOV法令検索
大気汚染防止法施行規則|e−GOV法令検索
アスベスト関連法の改正の背景
アスベストはかつて「奇跡の鉱物」と呼ばれ、耐熱性や絶縁性に優れた素材として広く使用されていました。
しかし、アスベストを吸入すると、その微細な繊維が肺に蓄積し、約20〜50年の潜伏期間を経て、中皮腫(ちゅうひしゅ)や肺がんなどの重篤な疾病を引き起こすことが明らかになりました。
アスベストが原因で発症する病気には様々なものがありますが、その中でも、中皮腫はアスベスト以外の原因で発症することが稀な病気として知られています。
そのため、中皮腫による死亡者数の増加をアスベストによる健康被害の指針としてご紹介します。
中皮腫による死亡者数は、1995年(平成7年)には500人でしたが、2022年(令和4年)には1554人に達しており、およそ30年で約3倍にまで増加しています。
その他のアスベスト関連疾患による死亡者数に関する統計データは発表されていませんが、中皮腫による死亡者数が大幅に増加していることから、他のアスベスト関連疾患で死亡した方も増加していると考えられます。
日本では、アスベストの製造・使用は2006年(平成18年)に禁止されていますが、アスベストが多く使用された1970年〜1980年頃に建造された建築物等はそのままになっています。
これらの建築物等が2020年以降一挙に耐用年数を迎え、解体工事等の件数が増加することから、しっかりとしたアスベスト対策を施すことが重要です。
これらの事情から、アスベスト関連法令が近年立て続けに改正されるに至りました。
参考:都道府県(特別区-指定都市再掲)別にみた中皮腫による死亡数の年次推移(平成7年~令和4年)
アスベスト関連法の内容
アスベスト関連法には複数ありますが、その中でも2020年に改正された「大気汚染防止法」および「石綿障害予防規則」が特に重要です。
これらの関連法令の改正によって、「規制対象」「事前調査」「作業記録」「罰則」「罰則対象者」などに関する規定が創設および拡大されました。
2021年4月1日からは、これらの法令が順次施行されています。
法令に違反した場合には、行政命令や罰則を科されるおそれがあるため、改正内容を把握しておくことが必要不可欠です。
法規制の概要について
近年、「大気汚染防止法」および「石綿障害予防規則」が立て続けに改正されています。
これらの法令改正によって、「規制対象」「事前調査」「作業記録」「罰則」「作業基準遵守義務者」などに関する規定が創設および拡大されることとなりました。
改正点のポイントについて、以下で詳しく解説していきます。
アスベスト関連法の主な改正点
2020年6月に「改正大気汚染防止法」が公布され、7月には「改正石綿障害予防規則」が公布されました。
これらの法令は、2021年4月より順次施行されています。
これまで課題とされてきた問題点およびこれを解決するための法令改正については、以下の表をご覧ください。
課題 | 主な改正事項 |
---|---|
規制対象でない石綿含有成形板等の不適切な除去により石綿が飛散 |
|
不適切な事前調査による石綿含有建材の見落とし |
|
短期間の工事の場合など、命令を行う前に工事が終了するケースがある |
|
不適切な作業による石綿含有建材の取り残し |
|
規制対象の拡大
石綿は多種多様な場所で使用されてきたため、用途等によって様々な石綿含有建材があります。
これらの建材は、発じん性(粉じんのしやすさ)によって、レベル1〜レベル3に分けられています。
レベルの分類 | 建材の種類 | 発じん性 |
---|---|---|
レベル1 | 吹付け石綿 | 著しく高い |
レベル2 |
|
高い |
レベル3 | 上記以外の石綿含有建材 | 比較的低い |
大気汚染防止法の改正がされるまで、レベル3の建材については規制がされていなかったため、不適切な除去によって石綿が飛散することがありました。
これを受けて、2020年の改正により、今まで規制の対象ではなかったレベル3の建材についても規制の対象とされることとなりました。
※石綿障害予防規則では、改正前から全ての石綿含有建材が規制対象とされていました。
事前調査の義務化等
法令改正がされるまでは、事前調査が不十分なために石綿含有建材が見落とされることがありました。
そのため、2020年の改正により、事前調査についても厳しくルールが定められることとなりました。
施行日 | 改正事項 |
---|---|
2021年4月 |
|
2022年4月 |
|
2023年10月 |
|
現在は、有資格者(特定建築物石綿含有建材調査者、一般建築物石綿含有建材調査者、一戸建て等石綿含有建材調査者など)による事前調査の実施が義務付けられています。
調査を実施する際は、「書面調査」および「目視調査」は原則として必ず実施する必要があります。
これらの調査で石綿含有の有無が判明しなかった場合には、「分析調査」もしくは「石綿含有ありとみなした上での作業」を行わなければなりません。
また、調査結果の記録を作成し都道府県等に報告の上、保管および控えを現場に備え置くことも忘れないようにしましょう。
作業結果記録の作成、報告、保存の義務化等
法令改正がされるまでは、不適切な作業によって石綿含有建材が取り残されることがありました。
そのため、2020年の改正により、作業完了後の確認作業についても厳しくルールが定められることとなりました。
施行日 | 改正事項 |
---|---|
2021年4月 |
|
2021年4月以降は、作業中に作業の実施状況の記録・保存を行う必要があります。
また、作業が完了後には有資格者(石綿含有建材調査者もしくは石綿作業主任者)による取り残しの有無の確認が義務化されています。
有資格者による確認が完了したら、確認結果の記録を作成し、発注者へ書面で報告します。
これらの記録は、工事が終了した日から3年間は保存しておく義務があります。
直接罰の創設と作業基準遵守義務者の拡大
法令改正がされるまでは、短期間の工事の場合など、行政が命令を行う前に工事が終了してしまい、石綿の飛散を止めることができないケースがありました。
そのため、2020年の改正により、直接罰の規定が新たに創設され、作業基準遵守義務者の範囲も拡大されました。
改正前まで、大気汚染防止法では下請負人は作業基準の遵守義務の対象となっていませんでしたが、2021年4月以降は、下請負人であっても作業基準遵守義務を課せられることとなりました。
作業遵守義務に反した場合には、罰則等を科されるおそれがあります。
違反した場合の罰則
大気汚染防止法や石綿障害予防規則の規制に違反した場合には、それぞれ罰則が科されるおそれがあります。
科されるおそれがある罰則については、以下のとおりです。
根拠法令 | 罰則 |
---|---|
大気汚染防止法 | 6月以下の懲役または50万円以下の罰金 |
労働安全衛生法(石綿障害予防規則) | 6月以下の懲役または50万円以下の罰金 |
建設業者の法的なリスク
建設業者が負う可能性がある主要な法的リスクとしては、以下のものが挙げられます。
- アスベスト関連法令に違反した場合の罰則等
- 発注者や近隣住民に対する法的責任
- 建設作業員に対する法的責任
アスベスト関連法令に違反した場合の罰則等
アスベスト関連法令に違反した場合、前述の罰則を受けるおそれがあります。
また、作業遵守義務に違反した場合、行政から作業基準に従うよう命令されたり、作業の一時停止を命令されたりするおそれがあります(大気汚染防止法18条の21)。
発注者や近隣住民に対する法的責任
建築物等の改修・解体の際にアスベストが飛散した場合、発注者や近隣住民などに対して損害賠償責任を負う可能性があります。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
民法の規定によれば、「わざと」アスベストを飛散させた場合はもちろん、「うっかり」アスベストを飛散させてしまった場合にも、損害賠償責任を負うことになります。
実際に、名古屋市営地下鉄の六番町駅構内で2013年12月12日から13日にかけて高濃度のアスベストが飛散した事件では、施工業者が設置していた「負圧除じん装置」では国の定めた基準を満たしていないとして、施工業者に損害賠償責任が認められました。
また、東京都中野区内では、スーパーマーケット解体中にアスベストが飛散したとして、近隣住民が施工業者に対して、2006年に損害賠償を求めて訴訟を提起した事件もあります。
この事件は訴訟提起から約2年後に訴訟上で和解が成立しています。
アスベスト除去等の作業については、厳格な作業基準が設けられているため、この基準を満たさず作業を行った場合には、ほぼ確実に損害賠償責任を負うことになるので、注意が必要です。
参考:民法|e−GOV法令検索
建設作業員に対する法的責任
企業(使用者)は、労働者の生命や身体の安全を確保する配慮を行った上で労働をさせなければなりません。
企業に課せられるこのような義務を「安全配慮義務」といいます。
アスベストに関連する作業を行う企業は、大気汚染防止法や石綿障害予防規則の規定に従わなければなりません。
これらの法令に違反したことが原因で従業員(労働者)にアスベスト関連疾患が発症した等の場合には、安全配慮義務に違反したとして、債務不履行を理由とする損害賠償責任を負うことになります。
実際に、建設現場や工場などで労働をしたことが原因でアスベスト関連疾患が生じたことを理由として、労働者から所属企業、建材メーカーなどに対し、これまで複数の裁判が提起されており、損害賠償請求が認められている事例も多数存在します。
アスベスト被害者の救済に関する法律
アスベスト被害者の救済に関する法律としては、以下の3つが挙げられます。
- 労働者災害補償保険法
- 特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律
- 石綿による健康被害の救済に関する法律
なお、国や会社に対して裁判上で損害賠償請求をする場合には、「国家賠償法」または「民法」に基づき請求をすることになります。
今回は、アスベスト被害者の救済に特化している上記3つの法律について解説を行います。
労働者災害補償保険法
「労働者災害補償保険法(労災補償保険法)」は、労働者が業務中に負った怪我や病気に対して、医療費などを補償するための法律です。
業務中にアスベストを吸入したことが原因でアスベスト関連疾患を発症した場合には、労災による補償を受けることができます。
特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律
「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律(建設アスベスト給付金法)」は、建設現場でのアスベストばく露によって健康被害を受けた労働者に対して、国が責任を認め、給付金を支給する制度を定めた法律です。
この法律は、アスベストの使用が広く行われていた建設業界で働いていた労働者が、長年にわたりばく露された結果、深刻な健康被害を被っていることを受けて制定されました。
そのため、建設業務に従事したことが原因でアスベスト関連疾病を発症した場合には、建設アスベスト給付金法による給付を受けることができます。
労災補償保険法と建設アスベスト給付金法の関係
労災補償保険法による補償と建設アスベスト給付金法による給付は、いずれもアスベストによる健康被害を受けた労働者に対する補償を提供するために設けられた制度です。
そのため、いずれを請求するべきか悩むことがあります。
労災補償保険法に基づく補償は、公的保険制度による補償です。
これに対し、建設アスベスト給付金法に基づく給付は、被害者に対する賠償という性質を有しています。
2つの制度はそれぞれ異なる目的で作られたものであり、給付の内容も異なっているため、請求の要件を満たしているのであれば、両方について請求することができます。
石綿による健康被害の救済に関する法律
「石綿による健康被害の救済に関する法律(石綿健康被害救済法)」は、アスベストによる健康被害を受けた人々を迅速に救済するために制定された法律です。
この法律によって、労災保険の対象とならない方や、労災保険の時効により給付を受けられない方でも、給付を受けることができるようになりました。
アスベスト関連法に対応するためのポイント
アスベスト関連法に対応するためのポイントは、以下の3つです。
アスベスト関連法に関する情報収集を欠かさない
アスベスト関連法に対応するためには、最新の法改正や規制に関する情報を常に収集し、理解しておくことが重要です。
なぜなら、アスベスト関連法は、労働者や国民の健康を守るために、新しい規制が追加されることが多々あるからです。
最新のアスベスト関連法に対応できなかった場合には、法律違反となり、罰則が科されるだけでなく、労働者や近隣住民等の安全が脅かされることにも繋がりかねません。
正確な情報を収集するためには、環境省や厚生労働省の公式ウェブサイト、専門機関のレポート、業界団体のガイドラインなど、信頼性の高い情報源から最新情報を取得することが大切です。
労働者や下請負人に対する教育体制を確保する
アスベスト関連法に対応するためには、労働者や下請負人に対する適切な教育体制を確保することが重要です。
なぜなら、アスベストに関する適切な知識がないまま作業を行うと、労働者自身が健康被害を受けるだけでなく、アスベストが周囲に飛散し、他の作業者や一般の人々にまで影響を及ぼす可能性があるからです。
特に、アスベスト関連法は、今後も改正がされる可能性が高いことから、最新の法令内容について労働者や下請負人に周知することが大切です。
アスベストに強い弁護士に相談する
アスベスト関連法に適切に対応するためには、アスベストに関する専門的な知識と経験を持つ弁護士に相談することが重要です。
アスベストに関する規制を正確に理解するためには、法律だけでなく、規則やガイドラインなどについても確認する必要があります。
また、各自治体ごとに異なった対応が求められるケースもあり、法令等にあまり馴染みがない一般の方が、これら全てを把握するというのは非常に困難です。
アスベストに強い弁護士であれば、このようなアスベスト関連法令等について網羅的に確認した上で、様々なリスクを最小限に抑えるためのアドバイスをすることができます。
アスベストの法律についてのQ&A
アスベストの法律に関するご質問にお答えします。
アスベストは法律で禁止されていますか?
石綿含有量が重量の0.1%を超える製品は、労働安全衛生法施行令16条9号により、2006年(平成18年)9月から製造、輸入、譲渡、提供、使用が全面的に禁止されています。
アスベスト調査の義務化はいつから?
なお、2023年10月1日からは、有資格者によるアスベスト調査が義務化されています。
まとめ
2020年には、「大気汚染防止法」および「石綿障害予防規則」が立て続けに改正され、「規制対象」「事前調査」「作業記録」「罰則」「作業基準遵守義務者」などに関する規定が創設、拡大されました。
また、アスベストに関する法令改正は、今後も頻繁に起きることが予想されます。
そのため、今後、アスベストに関する業務を行っていくという方は、最新の法令内容等について、正確な情報を継続的に収集の上、労働者等にも共有していくことが重要です。
法令に違反した場合には、様々な法的リスクが実現する可能性が高く、そうなると事業を続けられなくなる企業もあると思います。
最新の法令内容を把握するためには、信頼性の高い情報源から情報を収集することをおすすめします。
自分でアスベストに関連する全ての法令内容を確認することが難しいと思われる場合や、確認内容に抜けがあるのではないかと不安に思われる場合には、ぜひ法律の専門家である弁護士に相談してください。
弁護士法人デイライト法律事務所では、アスベスト問題に注力する弁護士が在籍しています。
電話、メール、オンラインでのご相談にも対応していますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。