養育費の強制執行とは?流れやデメリットを弁護士が解説
養育費の強制執行とは、養育費を支払ってくれない相手に対して、その財産を差し押さえる手続きのことを言います。
ここでは、養育費を強制執行するメリットやデメリット、手続きの流れ、必要な書類や費用について、離婚問題に精通した弁護士が解説しています。
ぜひ参考になさってください。
養育費の強制執行とは?
養育費の強制執行とは、養育費を支払ってくれない相手に対して、その財産を差し押さえる手続きのことを言います。
養育費は、子を育てている人(監護者)が子を育てていく上で、必要不可欠なものといえます。
この養育費の中から、子が生活をしていく上で必要な費用(食費、雑費、校納金など)の一部をまかなうことになります。
しかし、時に、子を育てていない人(非監護者)からの養育費が何らかの事情で滞ってしまうことが起こります。
このとき、非監護者に催促をして任意に支払ってもらえればそれでよいのですが、任意に支払ってもらえない場合もあります。
そのような場合に検討するのが、養育費を回収するための強制執行になります。
養育費の強制執行の要件
強制執行するためには「執行力のある債務名義の正本」というものがなければなりません(民事執行法22条)。
例えば、調停調書、判決文(確定判決)や公正証書(強制執行認諾文言のあるもの)がこれにあたります。
強制執行というのは、相手の財産や給与から強制的にお金を回収してしまうものになりますので、差し押さえるための、いわば「公の証明」という道具が必要になるというイメージです。
単に、2人で交わした、「契約書」や「覚書」といったものでは、強制執行のための道具にはなりません。
その他にも、確定証明書や送達証明書などの各書類も必要になるのですが、まずは、「執行力のある債務名義の正本」が必要になるということを押さえてください。
養育費の強制執行で差し押さえが可能な財産
強制執行で差し押さえることができる財産としては、債権、不動産、動産などがあります。
下表は代表的なものを整理したものです。
差し押さえ可能な財産 | 内容 |
---|---|
給与 | 相手が会社から受け取る手取りの給与(ボーナスも)について、その2分の1が対象 |
預貯金 | 未払い分についてすべて対象 |
生命保険 | 解約返戻金相当額が対象 |
有価証券 | 株式や投資信託があれば対象 |
不動産 | 競売可能。ただし、ローンが残っている場合は控除した残額が対象 |
自動車 | 競売可能。ただし、ローンが残っている場合は控除した残額が対象 |
貴金属 | 売却して回収 |
現金 | 66万円を超える現金が対象 |
養育費の強制執行のメリット
養育費が未払いの場合に強制執行をするメリットとしては、「相手に差し押さえが可能な財産がある場合」、これを差し押さえることで養育費を確保することができるということです。
養育費は、慰謝料や財産分与とくらべて毎月の支払額が低額であることが通常ですから、未払の場合は、まず給与の差押えを検討します。
養育費は特別に保護されており、慰謝料などと異なり、給与(手取り額)の2分の1まで差押えることが可能です。
また、養育費については、将来支払ってもらう分についても、差押えが可能です。
例えば、毎月の養育費が5万円であったところ、相手方が6回分を支払っておらず、未払い養育費が30万円(5万円 × 6か月 = 30万円)に達していたとします。
この場合、未払分の30万円だけではなく、将来受給予定の月額5万円についても、差押えることができ、毎月、相手方の勤務先から直接支払ってもらうことが可能です。
また、相手が定職についていない場合やすぐに辞める可能性がある場合、他の財産(預貯金、不動産、株式等)への強制執行も検討が必要となります。
このように、令和2年4月1日から施行された改正民事執行法により、従来は諦めていた養育費の差し押さえが格段に行いやすくなりました。
養育費の強制執行の流れ
養育費の強制執行は、大まかには、事前の準備、調査→強制執行の申立て→回収(取立)という流れになります。
事前の準備、調査
強制執行の申立てをするためには、事前に準備、調査をしておくことがいくつかあります。
事前に準備するもの
上で解説したように、債務名義を準備します。
養育費における債務名義の典型的なものとしては、調停調書、公正証書、判決書、審判書となります。
事前に調査をすること
強制執行は、相手の財産や給与から強制的にお金を回収するものです。
そのため、相手にどのような財産があるのか?相手の勤務先はどこか?という内容を把握しておく必要があります。
もちろん、既に相手の財産を把握している、相手方の勤務先を知っているという場合は調査の必要がないのですが、養育費の強制執行を行うのは、離婚後しばらくしてからということも少なくありません。
そのため、こうした財産(預貯金等)、勤務先を調査する必要が出てくることもあります。
なお、こうした事項の調査については、財産開示手続き、第三者からの情報取得手続きという方法も有用です。
強制執行の上で、相手の現住所を把握しておかないと手続きを進めていくのが困難です。
そのため、相手が現在どこに住んでいるのか?を把握しておく必要があります。
とはいえ、養育費の強制執行を行うのは、離婚後しばらくしてからということも少なくありません。
そのため、相手の現住所が分からない場合は、住民票の調査を行うなどして、住所調査を行う必要があります。
住民票の調査は、通常、戸籍の附票という書類を取り寄せて行います。
弁護士に依頼されると、相手方の住所の調査が可能ですので、詳しくは弁護士にご相談されることをおすすめいたします。
ワンポイントアドバイス
以上のように、強制執行の申立てにあたっては、事前に調査を要する場合もあります。
とはいえ、申立ての前に調査事項がたくさんあると、それだけで大きな負担となります。
そのため、例えば、公正証書を作成するときに、「通知義務」という条項を盛り込んでおくことも1つの方法です。
例えば、
「●と●は、住所、勤務先を変更した場合は、互いに相手方に通知するものとする。」
という内容の条項を入れることも有用です。
強制執行の申立て
事前の準備、調査ができたら、強制執行の申立てを行います。
強制執行の申立ては、原則として債務者の住所地を管轄する地方裁判所に申立てを行います。
※申立てはどこの裁判所にしてもよいわけではなく、一定のルールの範囲の地方裁判所に行う必要があります。
これが「管轄」です。
申立てを行うと、裁判所の方での書類審査がなされます。
書類審査が終わると、裁判所から差押命令が出されます。
この差押命令が、相手方(債務者)や相手方の働いている会社、預金のある銀行など(第三債務者)に送達されます。
その後、いくつか手続きを経て、養育費の回収(取立)に入っていきます。
養育費の回収(取立)
申立後、養育費の回収(取立)に入っていくことになりますが、例えば相手方(債務者)の給与を差し押さえた場合、毎月、相手方の勤務先(第三債務者)から、一定の金額を回収していくことになります。
毎月回収(取立)をできる範囲は、
というように、一定のルールがあります。
簡単に言うと、手取りの給料の2分の1というイメージです。
具体例
手取り給料20万円の場合
⬇
月額10万円を差し押さえることができる!
計算式:20万円 ✕ 1/2 = 10万円
手取り給料100万円の場合
⬇
月額67万円を差し押さえることができる!
計算式:100万円 − 33万円 = 67万円
※手取り給与が月額66万円を超える場合は2分の1ではなく33万円を控除した残額を差し押さえ可能
このようにして、これまで支払ってもらえなかった養育費の未払い分や、これからの養育費を毎月一定金額ずつ回収していくことになります。
ここまで説明をしてきた、強制執行の申立てから回収までの流れを簡略化すると、以下のようになります。
養育費の強制執行にデメリットはある?
このように養育費を回収するための強力な手段である強制執行ですが、気にしておかないといけないこともあります。
弁護士費用の負担
強制執行をするには、裁判所に申し立てを行わなければなりません。
その際、差し押さえの対象となる財産の種類に応じた申立書を作成し、様々な書類を添付することになります。
この手続は複雑で、通常は弁護士にご依頼されることになるかと思います。
弁護士に依頼すると、専門家が代わりに申し立てを行ってくれるので簡単ですが、弁護士報酬を支払う必要があります。
感情的な対立を生みやすい
強制執行は、裁判所からの命令で無理矢理財産を奪うこととなるため、相手の反感を買って感情的な対立が生じる可能性があります。
特に、子供がいる場合は、離婚後も面会交流などで相手と接触することが想定されるため、このような対立は避けるにこしたことはありません。
相手方が仕事をやめてしまったとき
上記の感情的な対立という部分とも関連しますが、例えば、相手方が感情的になって勤務先を辞めてしまった場合、その勤務先からの給与をこれ以上、差し押さえることはできなくなります。
その場合であっても、上述した、「財産開示手続き」や「第三者からの情報取得手続き」を活用することで、転職先を突き止められる可能性がありますが、少なくともせっかく差押に成功した現在の勤務先からの給与を差し押さえることはできなくなります。
別の口座を作られてしまう
相手方が別の口座を作ってしまうということも考えられます。
ただし、そもそも既に差し押さえられた口座からの預金の移動はできません。
また、仮に新しい口座の方に財産を形成するようになった場合であっても、上記の「第三者からの情報取得手続き」などをうまく活用することにより、差押対象の口座にたどり着ける場合もあります。
とはいえ、別の口座の特定が困難になることは否めません。
強制執行によるデメリットを避けるには?
強制執行のデメリットを避けるために、強制執行以外の3つの方法を検討してみましょう。
①任意の支払請求
相手方が支払ってくれなくても、いきなり法的措置をとるのではなく、相手方と連絡が取れるのであれば、まずは相手方に支払うように伝えるべきです(任意の支払請求)。
相手方としては、悪気がなく単に忘れているという可能性もあります。
また、相手方が経済的に苦しく支払えない場合もあります。
このような場合、強制執行をしても、「押さえる財産がない」という状況も考えられます。
そのため、いきなり強制執行するよりも、支払いを猶予してあげるなどしてあげたほうがスムーズにいくことが多いです。
なお、相手方に代理人弁護士がついている場合、相手方本人に直接請求せず、代理人弁護士に連絡するとよいです。
弁護士が辞任している場合、その旨回答するはずですので、その場合は相手方本人に連絡します。
また、相手に連絡しにくいという方は、弁護士に依頼して代わりに請求してもらうとよいでしょう。
②履行勧告
履行勧告とは、支払義務者が支払ってくれない場合に、当該義務を定める調停等をした家庭裁判所へ申出ることにより、裁判所が履行を勧告する手続です。
これは慰謝料や養育費などの金銭的なものだけではなく、面会交流の拒否なども利用できる手続です。
申出の方式に制限はなく、書面、口頭、電話による申出も認められます。
申出があると、家庭裁判所調査官が不履行の有無、理由などを調査し、履行勧告をしてくれます。
ただ、この手続は法的な強制力はなく、義務者に心理的な効果を与えるにとどまります。
したがって、あまり利用はされていません。
③履行命令
履行命令とは、支払義務者が支払ってくれない場合に、当該義務を定める調停等をした家庭裁判所へ申立てることにより、裁判所が相当の期限を定めて履行を命じる手続です。
この手続は、養育費や慰謝料などの財産上の給付を目的とする債務に限られます。
万一、相手方が履行命令にしたがわない場合、10万円以下の過料に処せられます。
しかし、制裁が軽微なため、実務上は履行勧告と同様あまり利用されていません。
まとめ
以上、養育費の強制執行について、その流れや留意点などについて説明をしてきましたが、いかがだったでしょうか?
強制執行にあたっては、準備しなければならないこと、考えなければならないことなどが多々ありますし、負担も大きなものとなります。
そのため、現在養育費が滞っている、支払われていないという方につきましては、この問題に詳しい専門家に相談されることをお勧めします。
なぜ離婚問題は弁護士に相談すべき?弁護士選びが重要な理由とは?