遺産分割前に、勝手に、親の預貯金を使い込んだ場合、その使い込んだ者に対して返還を求めていくことになります。
具体的な方法としては、弁護士に交渉を任せる、調停手続、裁判などがありますが、状況によって最適な方法を選択する必要があります。
ここでは、ケース別に預貯金の使い込みの証拠の集め方、取り返す方法やポイントを解説しています。
親の預貯金の使い込みで困っている方はぜひ参考になさってください。
目次
親の預貯金を引き出すケースとは
親の預貯金から引き出すケースとしては、大きく分けて
① 親に無断で引き出すケース
② 親の同意を得て引き出すケース
③ 親の生活費に使うケースの
3つがあります。
①無断で預貯金を引き出していた場合
この場合、他の相続人は、預貯金を引き出した者に対して、「不法行為に基づく損害賠償請求」または「不当利得に基づく利得金返還請求」をすることができます。
②同意を得て引き出していた場合
親から同意を得て預貯金を引き出し、自分のためものとした場合、親から引き出した者への贈与があったと考えられます。
引き出した者が相続人の場合は特別受益があったとして、遺産分割で特別受益の持ち戻し(引き出し多額を遺産へ組み込んで遺産を分割する)を主張していくこととなります。
特別受益がある場合の遺産分割について、くわしくは以下をご覧ください。
預貯金を引き出した者が実際には親の同意がなかったにも関わらず、同意があったと説明しているケースがあります。
この場合、同意の有無は預貯金を引き出した者が立証すべきです。
同意の有無を示す証拠(贈与契約書等)がなければ、同意がなかったとして、①の不法行為に基づく損害賠償請求」または「不当利得に基づく利得金返還請求」を行えばよいでしょう。
③親の生活費に使っていた場合
親の生活費に全額を使っていた場合、預貯金を引き出していたとしても返還請求することはできません。
引き出されていた額が毎月数万円ならば、親の生活費や介護費用に充てていた可能性も十分に考えられます。
まずは、無断で預金を使い込んだと決めつけず、以下のような点を調べる必要があります。
- 引き出したのは誰なのか
- 引き出したのは親の指示ではなかったか
- 引き出されたお金は何に使われたの
親の預貯金の使い込みの証拠を集める
まず、預貯金の使い込みを認めていない場合はもちろん、認めている場合でも、いくら引き出したのかを確認する必要があります。
そのために証拠資料を集めていきます。
では、どのような証拠を集めればよいのでしょうか。これは、場合分けして考えるのが分かりやすいと思います。
以上のようなことが考えられ、場合によって対応を変えていくのがよいでしょう。
親の預貯金の引き出しを認めない場合
話し合いで解決するにしても裁判を見据えるにしても、相手が引き出したことを証明できる資料を確保しておく必要があります。
この場合、通帳やキャッシュカードを管理していたのが相手であったことや、親が引き出す可能性はなかったことなどを証明して、相手が引き出したことを証明することになります。
例えば親が認知症であったことやベッドから動けなかったことなどを証明できるカルテ等を病院に開示してもらって証拠資料を収集するようにしましょう。
介護費用などに使用したと述べている場合
引き出されている額が介護等に用いた額として適正かが問題になります。
病院の入院費等の明細や、生活費としてどのくらいかかっていたかなどをしっかり押さえておきましょう。
介護してくれた御礼に贈与を受けたと述べている場合
親に贈与する意思があったのかが問題となります。
明確に書かれた手紙やメールのようなものがあればわかりやすいですが、そうでなくても、親が「贈与するつもりはない」等との言動がなかったか思い出して、その日時や状況を書き留めるなどしておきましょう。
仮に、贈与だとすればその贈与が特別受益に当たる可能性も出てきます。
特別受益については以下をご覧ください。
引き出したことを認め、自分のために使ったと述べている場合
この場合は立証の問題がないように思えます。
しかし、後から言動を翻すことも考えられます。
そのため、金銭がしっかり返還されるまでは上の記述を参考に証拠を残しておきましょう。
また、どの場合であっても、預貯金が引き出されていたことを証明する必要があります。
銀行に取引履歴の開示を請求し、取引経過をしっかりと証拠として手元に残しておくべきです。
早期に行動しないと、お兄さんが引き出したお金を使ってしまったり、隠匿してしまったりすることもあるかもしれません。
また、使い込んだかの判断や証拠の収集の判断は難しいと思いますので、もし不安があれば、早めに相続専門の弁護士に相談することをおすすめします。
預貯金の使い込まれたお金を取り返す方法
預貯金等の使い込みを取り返すための具体的な方法について説明します。
協議による解決
まず、使い込みを行った相手本人と直接協議を行って返還してもらうという方法があります。
この場合、次のメリットとデメリットがあります。
メリット
協議による解決は、裁判とは異なり、比較的、早期に解決する傾向があります。
また、裁判所に出向く必要がないことから、労力も小さくなる傾向です。
デメリット
あくまで話し合いですので、相手が応じてくれない場合、最終的に解決できません。
また、当事者同士の場合、次のような問題が想定されるため、円満解決が難しい可能性があります。
預貯金等の遺産の使い込みの事案では、双方が感情的になってしまい、冷静な話し合いが難しい場合が多々あります。
例えば、設例のように、被相続人(亡くなった方のこと)と同居していた親族が、これまでずっと被相続人の世話を行っていたような場合が典型です。
同居親族からすれば、突然、他の親族から犯罪者であるかのように扱われ、心外に思ってしまうことがあります。
また、相続事案の特殊性として、当事者の過去の関係も影響します。
例えば、もともと兄弟の仲が良くなかったような場合、嫌悪感があるため、疑心暗鬼となって相手の説明に納得できないことがあります。
当事者同士の場合、仮に、冷静に対応できたとしても、適切な解決とならない可能性があります。
すなわち、預貯金等の遺産の使い込みは、上記のとおり、使い込んだ額の正確な調査が必要です。
また、使い込んだ内容について、それが適切な支出か否かを判断できなければなりません。
このような調査能力や判断力は、専門的な知識や豊富な経験が必要であり、相続問題に精通した弁護士でなければ難しいと思われます。
裁判所の手続を利用する解決
次に、裁判所に訴訟を提起して解決するという方法があります。
具体的には、管轄の地方裁判所に対して、民事訴訟(不法行為に基づく損害賠償請求)を提起するというものです。
なお、法律構成としては、不法行為のほか、不当利得に基づく返還請求という方法もあります。
不法行為であっても、不当利得であっても、求める額は同じです。例えば、500万円の預貯金の使い込みがあれば、500万円を請求できます。
両者の違いですが、時効について異なります。
すなわち、不法行為の場合は損害及び加害者を知ってから3年、不当利得の場合は行為時から10年となります。
したがって、預貯金の使い込み等を知ってから3年以上経過している事案では、不当利得に基づく返還請求を行うこととなります。
しかし、そのような古い事案は稀ですので、実務上は両者の選択にそれほどこだわる必要はないと考えられます。
訴訟の場合、次のメリットとデメリットがあります。
メリット
協議による解決と異なり、相手が反論してきて和解が成立しない場合でも、最終的に「判決」という形で判断が示されます。
また、裁判官という専門職の公務員が判断するので、不適切な結果となる可能性は小さいと思われます。
デメリット
裁判は、判決が出るまで、長期間を要する傾向です。
また、本人訴訟も理論上は可能ですが、裁判手続は専門知識が必要となるため、多くの場合、弁護士に訴訟遂行を依頼することとなります。
一般に、示談交渉よりも訴訟手続の方が弁護士の労力も大きくなります。
したがって、弁護士に支払う報酬は示談交渉のときよりも高額化する可能性があります。
弁護士による示談交渉
当事者による協議や裁判による解決は上記のようなメリットとデメリットが考えられます。
弁護士による示談交渉は、そのようなデメリットを払拭できる可能性があります。
すなわち、相続問題に精通した弁護士が代理人となって相手と交渉するので、適切な解決が見込めます。
また、弁護士が本人に代わって、全面的な窓口となって、相手と交渉するので、冷静に話し合いを行います。そのため、示談による解決の可能性が期待できます。
さらに、裁判の場合と比べて、弁護士費用も低額になると思われます。
※正確には依頼予定の弁護士に見積もりを出してもらうと良いでしょう。
以上から、当事者の協議の場合、訴訟の場合、弁護士の示談交渉を比較すると、次の図となります。
当事者の協議 | 訴訟 | 弁護士の示談交渉 | |
---|---|---|---|
冷静な話し合い | △ | ○ | ○ |
解決可能性 | △ | ◎ | ○ |
依頼者の労力 | 大 | 小 | 小 |
経済的な負担 | ○ | × | △ |
※あくまでイメージであり、実際の結果は事案によって異なります。
親の預貯金の使い込みで遺産分割調停は可能?
この問題について、インターネット上、誤った情報が見受けられるので注意が必要です。
すなわち、「遺産の使い込みは遺産の範囲の問題であって、使い込みについて問題となっている事案は、遺産分割調停を申し立てても家裁は受け付けてくれない」などの記載が見受けられます。
確かに、不法行為や不当利得は上記のとおり、訴訟で解決すべき問題であって、遺産分割の審判では採り上げることはできないと考えられます。
そのため、無断引き出しについて、最終的に相手が自己使用を認めない場合、別に地方裁判所へ訴訟提起を行うべきです。
しかし、訴訟は上記のとおり、当事者の負担が大きくなります。
また、調停手続きの中で、使い込みの事実を説得的に主張し、かつ、その裏付けとなる証拠を提出することで、相手が自己使用を認めることがあります。
この場合、調停手続で解決できる可能性があります。
したがって、遺産の使い込みがある事案は遺産分割調停を利用できないという考えは不適切です。
親の預貯金の使い込みについてのQ&A
相手が「使い込んだ額がわからない」と述べているときどうすればいい?
被相続人(亡くなった方)の身近にいた方などが、預貯金を使い込んだに違いないが、「いくら使い込んだのかがわからない」というご相談が多くあります。このパターンのご相談には、相手方が使い込みを認めているが具体的な額が不明、というものと、相手方が使い込みを認めてない、というものがあります。
いずれにせよ、素人の方が使い込んだ額を調査することは難しく、相続に詳しい弁護士へのご相談をおすすめします。
相続問題に詳しい弁護士であれば、被相続人の方の預貯金の取引履歴を調査するなどして、およその使い込みの額を算出できる場合があります。
預貯金の使い込んだ額の調査方法を教えて下さい
そのために重要なのが、銀行口座の取引履歴の確認です。
取引履歴には、預貯金の引き出した額が記載されているからです。
しかし、相手が通帳のコピーを渡してくれないことがあります。
特に、預貯金の使い込みの事案では、通帳を開示することによって使い込みが発覚することをおそれて、協力してくれないことが多々あります。
このような場合、弁護士に対応を依頼することで、通帳のコピーを入手できる可能性があります。
すなわち、弁護士名で、開示を求めると、応じてくれることがあります。
また、任意に応じれくれない場合は、弁護士照会や裁判所を通した開示の手続きを行うことが可能です。
預貯金の取引履歴の中で不審な点があったらどうすればいい?
被相続人の生活状況に照らして、過大な額が引き出されていれば、勝手な使い込みの可能性が高いと思われます。
そのような不審な引き出しがあれば、相手に対して、具体的な使途についての照会を行います。
相手が納得がいく回答を行わなければ、横領等の可能性が高いと思われます。
まとめ
相続人による預貯金の勝手な使い込みについて説明してきましたが、いかがだったでしょうか?
預貯金の使い込みの事案では、使い込んだ額を調査する能力が必要となります。
また、調査した後は、相手に返還させるための交渉や法的手続きが必要となります。
調査する内容や返還させるための最適な方法は、事案によって異なります。
そのため、預貯金の使い込みに関しては、相続に精通した弁護士に相談しながら、サポートを受けることをおすすめします。
当事務所の相続対策チームは、親身になって解決方法をご提案いたします。
当事務所のご相談の流れについては以下のページを御覧ください。
預貯金の使い込みについては以下のページもご覧ください。