亡くなった父が、生前、自分の財産をすべて長男に相続させるという内容の遺言書を作成していました。しかし、父は亡くなる10年前くらいから認知症に罹っていたため、私は、この遺言書は長男が判断能力のない父に無理やり書かせたものであって、無効な遺言書ではないかと考えました。
そこで、遺言書が無効なものであることを前提に、私は、長男に対し、遺産分割協議を申し入れています。
現在、長男は、私の申し入れを無視したまま、父が亡くなって半年が過ぎようとしています。私は、遺言書が無効だと考えているので、長男に対し遺留分侵害額請求を行っていないのですが、このまま請求しないで大丈夫でしょうか?
遺留分侵害額請求は、父が亡くなって1年以内にしないといけないと聞いたので、このままでよいのか不安に思っています。
遺留分の時効に注意が必要です。
遺産分割とは
遺産分割とは、被相続人(亡くなった方)が死亡時に有していた遺産について、個々の遺産の権利者を確定させるための手続をいいます。
上記の事例では、相続人が兄弟二人です。この場合、それぞれの法定相続分は2分の1ずつとなります。
しかし、遺産について、具体的に、誰が、何を、引き継ぐかが決まっていません。
そこで、遺産について、終局的な帰属を確定する必要があります。
その手続が遺産分割です。
遺留分とは
遺留分とは、被相続人(「亡くなった方」のこと)の相続財産について、一定の割合の相続財産を一定の相続人に残すための制度を言います。
相続財産は被相続人のものですから、本来、被相続人は自己の財産を自由に処分できます。
しかし、相続財産は相続人の生活の保障となる場合もあり、これを全く自由に許すと、被相続人の財産に依存して生活していた家族は路頭に迷うことになりかねません。
そこで、相続財産の一定割合を一定の相続人に確保するために設けられたのが、遺留分の制度です。
遺産分割を申し入れてしていても遺留分の請求が必要となる?
財産をほとんど取得できない相続人が遺言書の効力を争う場合、遺言が無効であることを前提に、他の相続人に対して遺産分割協議を申し入れることになります。
遺産分割協議が円滑に進むのであればとくに問題は生じないのですが、遺言が無効であるという点について、遺言の内容が自己に有利であった相続人との間で合意をすることは極めて困難です。
そのため、遺言の効力を争う場合には協議での合意が容易ではなく、解決までに長い時間を要することが多い傾向にあります。
そこで、遺言書の記載どおりに遺産を分けると財産をほとんど取得できない相続人は、遺留分侵害額請求を行うことで、侵害された遺留分の範囲に限り被相続人の財産を承継することが可能です。
この点、遺留分侵害額請求権には1年間の消滅時効が定められているということが問題となります(民法1048条)。
第千四十八条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
引用:民法|電子政府の窓口
仮に、遺産分割協議の申し入れの中に遺留分侵害額請求が包含されていると考えられるのであれば、遺産分割協議の申入れのほかに遺留分侵害額請求を行う必要はありません。
しかし、遺産分割協議の申し入れの中に遺留分侵害額請求が内包されていない場合は別途遺留分侵害額請求を行う必要があるため、遺産分割協議の申入れと遺留分侵害額請求の関係をきちんと把握しておかなければなりません。
なお、遺言書の効力を争う場合に、遺言の無効を前提とした遺産分割協議の申入れのみを行い、遺留分侵害額請求をしないままされている相続人の方も見受けられます。
しかし、このような対応をしていると、最終的に遺言が有効であると判断された場合に、相続人が侵害された遺留分の範囲さえ財産を取得できないことになる恐れがありますので注意が必要です。
判例
最判平成10年6月11日(民集52巻4号1034頁)は、
「遺産分割と遺留分減殺とは、その要件、効果を異にするから、遺産分割協議の申入れに、当然、遺留分減殺の意思表示が含まれているということはできない。しかし、被相続人の全財産が相続人の一部の者に遺贈された場合には、遺贈を受けなかった相続人が遺産の配分を求めるためには、法律上、遺留分減殺によるほかないのであるから、遺留分侵害額請求権を有する相続人が、遺贈の効力を争うことなく、遺産分割協議の申入れをしたときは、特段の事情のない限り、その申入れには遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。」
平成10年6月11日(民集52巻4号1034頁)
引用:裁判所
と判断しています。
これは、分割すべき遺産が存在しない場合であり、かつ、遺言の効力を争わない場合、財産を全く承継しなかった相続人が、財産を承継した相続人に対し、遺産分割協議を申し入れたとしても、これは実質的には遺留分侵害額請求の意味合いしか有さないため、遺産分割協議の申入れの中に遺留分侵害額請求の意思表示が含まれていると判断したものと考えられます。
検討
上記の判例を前提にすると、遺産分割協議の申し入れと遺留分侵害額請求の関係については、以下のように整理されるでしょう。
遺言の内容が「特定の人に対し全財産を相続させる又は遺贈する」ものであった場合
【遺言の効力を争わないとき】
・被相続人の財産を承継した人に対して遺産分割協議を申し入れることで遺留分侵害額請求をしたことになる。
【遺言の効力を争うとき】
・被相続人の財産を承継した人に対して遺産分割協議を申し入れても遺留分侵害額請求をしたとは扱われない。
遺言の内容が上記以外の場合
被相続人の財産を承継した人に対して遺産分割協議を申し入れても遺留分侵害額請求をしたとは扱われない。
まとめ
以上のように、遺産分割協議の申し入れを行えば遺留分侵害額請求を行う必要がない場合も存在します。
もっとも、これは、遺産分割協議の申入れの内実が遺留分侵害額請求であったとしか考えられない場合にのみ認められるにすぎません。
したがって、遺言の効力を争う場合はもちろん、遺言の効力は争わずに遺言の記載と異なる分割割合を求める際は、遺産分割協議を申し入れるのに併せ、遺留分侵害額請求を予備的に行うべきであると考えられます。
なお、遺留分侵害額請求は、遺留分侵害額請求を行ったという事実が事後的に争われないような内容、方法で行う必要があるため注意が必要です。
当事務所には相続対策チームがあり遺留分侵害額請求事件を多数取り扱っておりますのでお気軽にご相談ください。