私は福岡県糸島市に住む者です。
私は日本のハワイとも呼ばれる糸島の海のロケーションが好きで、夫ともに10年前に福岡に移住しました。
移住に際して、海のそばの土地を借りて小さな自宅を建築して海辺の生活を楽しんでしました。
ところが、先日、夫が亡くなってしまいました。
私としては、このまま自宅で生活したいと考えています。
相続人は、妻である私A(60歳)のほか、長男B(26歳)、長女C(25歳)の3人です。
夫の遺産は、以下のとおりです。
- 自宅建物(借地権付き):建物の時価500万円、借地権の評価額300万円
- 預貯金:2000万円
子どもたちと話し合ったところ、私が自宅を取得することに異論はないようですが、土地は夫の名義ではありません。
借地権のような権利が遺産分割の対象となるのでしょうか?
また、遺産を法定相続分に応じて取得する場合、どのように分ければよいでしょうか?
借地権は相続の対象?
相続について、民法は以下のとおり規定しています。
第八百九十六条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
引用元:民法|電子政府の窓口
民法896条ただし書に規定されている、「被相続人の一身に専属したもの」(「一身専属権」といいます。)とは、その権利義務の性質上、被相続人のみに帰属すべきものであり、例示すると次のものがあります。
- 使用貸借契約における借主の地位
- 雇用契約における使用者・被用者の地位
- 委任契約における委任者・受任者の地位
- 代理における本人・代理人の地位
借地権は、一身専属権ではありません(大判大13.3.13)。したがって、相続財産に含まれます。
また、借地権は可分債権ではありませんので、相続によって当然分割されません。
したがって、遺産分割の対象となります。
なお、相続についてはこちらをごらんください。
借地権の遺産分割協議書の記載例
では、具体的に、どのような遺産分割協議書を作成すればよいのか、以下では今回のケースの例を示します。
【借地権の遺産分割協議書】
第◯条 建物等について
1 相続人Aは、次の建物を取得する。
所在 糸島市◯◯町◯丁目◯番地
家屋番号 ◯番◯
構造 木造スレート葺1階建
床面積 ◯◯平方メートル
2 相続人Aは、次の土地の借地権を取得する。
所在 糸島市◯◯町◯丁目◯番地
地番 ◯番◯
地目 宅地
地積 ◯◯平方メートル
第◯条 預貯金について
1 次の預貯金はAが取得する。
◯◯銀行 ◯◯支店 普通 口座番号◯◯◯◯ 2000万円(相続開始日の残高)
2 Aは、前項記載の預貯金を取得する代償として、各相続人に次の価額の債務を負担することとし、それぞれの指定する口座に◯年◯月◯日限り、振り込む方法により支払うものとする。振込手数料はAの負担とする。
Bに対し、金700万円
Cに対し、金700万円
なお、当事務所では各種遺産分割協議書のサンプルをホームページ上に掲載しており、無料で閲覧・ダウンロードが可能です。
借地権の遺産分割協議書のポイント
借地権の明記について
借地権は、目に見えない権利であって物理的な形を有していません。
そのため、遺産として認識しづらいため遺産分割の対象から漏れてしまいことがあります。
しかし、上記のとおり、遺産分割の対象となるため、遺産分割協議書に明記することが必要です。
その場合、土地の謄本(全部事項証明書)の情報(所在、地番、地目、地積)によって、どの土地の借地権であるかを特定するようにしましょう。
流動資産で調整する
遺産総額を法定相続分どおりに分割する場合、それぞれが受け取るべき額は、Aさん1400万円、Bさん700万円、Cさん700万円です。
A 2800万円 ✕ 1/2 = 1400万円
B 2800万円 ✕ 1/4 = 700万円
C 2800万円 ✕ 1/4 = 700万円
上記の取得額となるように、預貯金や現金等の流動資産を使って調整します。
本事案では、Aさんが預貯金の他に自宅(時価500万円)と借地権(評価額300万円)を取得しています。
そのため、Aさんは、預貯金から600万円を取得すれば、1400万円分取得できることとなります。
また、BさんとCさんは、預貯金から700万円ずつ取得すれば問題ありません。
代償分割について
例では、Aさんが預貯金の全額2000万円を取得し、その代りに、Bさんに700万円、Cさんに700万円を支払うという内容にしています。
このような記載内容にしているのは、手続の円滑化のためです。
すなわち、相続人間の話合いで、銀行預金を分割すると、遺産分割協議書だけでなく、金融機関の所定の書類にも、AからCさん全員の署名捺印を求められるのが一般的です。
そのため、大変な手間暇を要することとなります。
そこで、Aさんに預貯金を集中して相続させ、そのかわりにBさんとCさんに代償金を支払うという分割協議にしています。
借地権の遺産分割協議の問題点
遺産に借地権があるケースの遺産分割協議には、以下のような問題点が考えられます。
不動産や借地権を評価するのが困難?
上記の事案は、自宅の時価や借地権の評価額について、確定できている前提で解説しています。
しかし、相続実務において、不動産の時価や借地権の評価額が当初から確定できていることは稀です。
まず、不動産は預貯金等と異なり、景気や売り手買い手の状況など様々な事情によって価額が変動するという問題があります。
なお、不動産について、固定資産税の評価額をもって遺産の評価額と考えている方を見受けますが、これは誤りです。
固定資産税の評価額は、課税の局面での評価額です。
遺産分割協議では、時価が基準となります。
また、固定資産税の評価額は、通常時価よりも価額が低いので、遺産分割協議においては適正額ではないことがほとんどです。
もちろん、当事者全員が納得すれば、固定資産税の評価額を基準として遺産分割協議書を作成してもよいのですが、その場合、不公平な結果となることを覚悟すべきです(本事案の場合、時価よりも低く評価されることでAさんには有利になりますが、BさんとCさんには不利になります。)。
次に、借地権については、特殊な評価手法(取引事例比較法、土地残余法、借地権割合法など)を用いて評価するので、素人の方では評価が困難です。
まとめ
以上、借地権の遺産分割の可否について、詳しく解説しましたがいかがだったでしょうか。
借地権は、遺産分割することが可能です。
トラブル防止のためには、遺産分割協議書に借地権を明記したほうがよいでしょう。
しかし、実際には不動産の時価や借地権評価額を算出するのは素人の方には難しいと思われます。
これらをスムーズに行うためには相続税法に対する専門知識と豊富な経験が必要となるため、相続問題の専門家に相談されることをお勧めいたします。
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