家族信託は、家族と本人の間で契約(信託契約)を結び、家族が本人のために、財産の管理・運用・処分を行うというものです。
親が認知症になってしまったり、介護が必要になってしまい、自分で財産を管理することが難しくなるといったケースに備えて、家族信託は活用されています。
しかし、本人が認知症になった場合、症状が軽度であれば家族信託ができる可能性はありますが、認知症が進んでしまった段階では家族信託はできません。
家族信託を検討していたり、家族信託に向けて準備を進めている中で、親の認知症が進んでしまった結果、家族信託ができなくなるということもあります。
ここでは、どの程度の判断能力があれば家族信託ができるのか、認知症の判定方法、認知症の場合の対処法、認知症がある場合の注意点について、わかりやすく説明いたします。
認知症の発症後でも家族信託はできる?
原則、認知症になると家族信託はできない
本人が認知症になった場合、原則として、家族信託はできません。
家族信託も、家族と本人の間で結ばれる契約に基づくものです。
通常契約を結ぶ際には、契約当事者に判断能力(自分の行為の利害得失を判断することができる能力)が必要とされますが、家族信託においても同様です。
認知症で判断能力を失っている場合には、家族信託契約が締結できなくなる(仮に締結したとしても無効)というわけです。
認知症が軽度であれば、家族信託はできる可能性がある
もっとも、認知症であれば、必ずしも家族信託ができなくなるというわけではありません。
症状が軽度であれば、家族信託ができる可能性があります。
認知症が進んでしまっている場合、すなわち判断能力を失っている場合に家族信託ができなくなるということであり、症状が軽度であれば、判断能力を失っているわけではなく、低下しているに過ぎないため、家族信託ができる可能性はあります。
家族信託に必要な条件とは?
結局、家族信託ができるかどうかは、判断能力によります。
認知症の場合、判断能力の低下具合によっては、家族信託が活用できるかもしれません。
認知症の一歩手前の状態とされる「軽度認知障害(MCI)」であれば、家族信託を利用できる可能性があります。
軽度認知障害(MCI)とは、判断能力について正常な状態と認知症の中間であり、記憶力や注意力などの認知機能に低下がみられるものの、日常生活に支障をきたすほどではない状態を指します。
軽度認知障害(MCI)の定義
- 年齢や教育レベルの影響のみでは説明できない記憶障害が存在する。
- 本人または家族による物忘れの訴えがある。
- 全般的な認知機能は正常範囲である。
- 日常生活動作は自立している。
- 認知症ではない。
認知症の判定方法とは?
自宅でできる認知症診断テスト
医療機関で認知症の検査を受ける前に、自宅でできる認知症の診断テストを紹介します。
もっとも、自宅で行う場合は簡易なものとなりますので、正確に把握するためには医療機関で受診しましょう。
認知症予防協会「認知症自己診断テスト」
自分でできる認知症の診断テストとして、一般社団法人の認知症予防協会による「認知症自己診断テスト」があります。
なお、このテストはWeb版とプリント版の2つがあります。
テストを行なった後に採点し、合計点数が80点以上であれば、現時点で認知症の心配はない、と判断できます。
参考:認知症予防協会
東京都福祉保健局「とうきょう認知症ナビ」
ほかに自分でできる認知症の診断テストとして、東京都福祉保健局「とうきょう認知症ナビ」があります。
10個のチェック項目に回答し、20点未満であれば、現時点で認知症の心配はない、と判断できます。
医療機関で検査を受ける場合
医療機関で検査を受けた場合、問診・面談・一般身体検査・神経心理学検査・脳画像検査といった検査を受けることになります。
以下では、認知症の検査の基本的な流れについてご説明します。
問診・面談
認知症の可能性のある本人や家族から、医師が現在の状況やこれまでの経過について聞き取りを行います。
認知症は、本人が自分の症状に気づいていない場合も少なくありません。
正しい診断を受けるため、家族や日常的に関わりのある関係者から客観的な情報を伝えることがとても大切です。
一般身体検査
認知症の検査とともに、鑑別診断のため血液検査、心電図検査、感染症検査、X線検査などの一般的な身体検査も行われます。
今後の医療方針や介護方針を決めるためにも、認知症だけでなく他の病気の可能性の有無を調べることは重要です。
神経心理学検査
神経心理学検査は、認知症によって生じた知能、記憶、言語等の高次脳機能の障害を評価する検査です。
検査の多くは、口頭での質問や、文字・図形・絵などを書くというものです。
一定の基準を下回ると認知症の疑いがあると判断されます。
脳画像検査
脳画像検査では、医療機器で得られた脳の画像をもとに、脳の萎縮度や脳血流の低下を調べ、脳の状態から診断を行います。
主に4種類の検査があり、脳の形状や、脳の働きを調べます。
神経心理学検査の種類
改正長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
認知症の診断にあたって信頼性の高い評価方法として、日本国内の多くの医療機関で用いられているのが、改正長谷川式簡易知能評価スケールです。
記憶力を中心とした大まかな認知機能障害の有無を調べます。
内容としては、自分の年齢、日付や曜日、自分が現在いる場所を答えたり、簡単な計算をしたりして評価します。
質問項目は9項目で、30点中20点以下で認知症の疑いが高いと判断されます。
長谷川式簡易知能評価スケールについては、こちらからどうぞ
ミニメンタルステート検査(MMSE)
ミニメンタルステート検査は、世界的にも用いられている認知症スクリーニングテストの一つです。
簡易な検査で低下している認知機能を調べることができます。
内容としては、日付や曜日、自分が現在いる場所を答えたり、簡単な計算をしたり、図形の描写をしたりします。
質問項目は11項目で、30点中21点以下で認知症の疑いが高いと判断されます。
時計描画検査(CDT)
時計描画検査は、数字と針のある時計の絵を描く検査です。
円の大きさ、数字の配置、針の位置、中心点の位置の描き方から、認知機能を評価します。
認知症の場合には、時計の形が極端に小さかったり、数字や針に間違いが見られたりといった症状が見られます。
検査に対する抵抗が少ないため、認知症スクリーニングとして用いられています。
また、改正長谷川式簡易知能評価スケールなどの知能検査とあわせて行うことで、認知機能障害を総合的に把握することができます。
ABC認知症スケール(ABC-DS)
ABC認知症スケールは、日本の研究者が開発したアルツハイマー型認知症の進行度合いについて調べる検査です。
質問項目は13項目で、9段階で評価を行います。
本人ではなく介護者から、本人の認知機能、行動・心理症状、日常生活動作について質問する点や、専門医や臨床心理士でなくても検査できる点に特徴があります。
Mini-Cog
Mini-Cogは、3つの単語を覚えて思い出す、時計を描くといったことを行います。
2分以内で終わる簡単な認知機能のテストですが、ミニメンタルステート検査と同様の診断の精度があるとされています。
MoCA
MoCAは面接式の検査で、質問内容は改正長谷川式簡易知能評価スケールやミニメンタルステート検査と重なるところもありますが、8〜10分ほどかけて、より広い質問内容で認知機能を評価します。
30点満点中、25点以下で軽度認知障害(MCI)の疑いがあるとされます。
改正長谷川式簡易知能評価スケールやミニメンタルステート検査では判定が難しい、軽度の認知症の判断に適した検査方法です。
地域包括ケアシステムにおける認知症アセスメントシート(DASC-21)
DASC-21は、21の質問によって「認知機能」と「生活機能」の障害を把握することで、認知症の判断を行う検査です。
本人の家族や介護者に、日常生活の様子を確認しながら評価していきますが、家族や介護者がいない場合は、患者さん本人に質問したり、様子を観察したりするなどして評価を行います。
この検査を実施することで、認知症の進行具合の評価も行うことができます。
脳画像検査の種類
CT(Computed Tomography)
CTを用いて、人体の輪切り画像をコンピュータによって再構成します。
全身の撮影ができ撮影時間も短い上、0.5ミリメートルの間隔で断層画像を作成できるため、ごく小さい病変も描出可能です。
脳疾患のスクリーニングだけでなく、直接、認知症を発見することも可能です。
認知症では、記憶を司る側頭葉という部分と脳の真ん中にある海馬という部分に萎縮が見られますが、これが画像から直接発見できるためです。
MRI(Magnetic Resonance Imaging)
MRIは、電磁気を利用して撮影を行う画像検査です。
認知症の検査においては頭部の撮影を行い、脳梗塞・脳出血・脳腫瘍の有無について調べます。
VASRAD(Voxel-based Specific Regional analysis system for Alzheimer’s Disease)
VSRADとは、MRIの検査データを利用して、アルツハイマー型認知症の原因である脳の萎縮を調べるもので、特に発症早期に萎縮が見られる海馬傍回 、海馬、扁桃の萎縮度を痛みもなく簡単に調べられることができます。
SPECT(Single Photon Emission Computed Tomography)
SPECTは、微量の放射線を出す検査薬を投与し、その検査薬が集積した部位から出てくる放射線を検知し、画像化する検査です。
脳の各部における血流状態や脳の働きを診ることができます。
MRIやCTでは捉えられない早期の脳血流障害の検出や神経症状の責任病巣の検出、脳の機能評価などに有効です。
認知症の場合の対処法
判断能力を証明できるようにする
認知症ではないことを家族信託契約を結ぶ前にはっきりさせておきたい場合は、医療機関で「改正長谷川式認知症スケール」といった認知テストを受けておくのも一つの手です。
また、軽度認知症だった委託者(親)が認知症になったり、亡くなったりした後に、家族間で信託契約の内容についてもめるような事態にならないよう、事前に家族内で十分に話し合うことが重要です。
公正証書の作成を検討する
認知症というのは、いわゆる医師の診断書に記載されているものですが、これで、家族信託の判断能力が決まるわけではありません。
信託契約書は、公正証書で作成するのが一般的ですが、公正証書で契約書を作成する場合、公証人や本人たちに代わって契約書を作成した専門家が、委託者本人の判断能力を確認します。
委託者が、本当に契約内容を理解できているのか、ということを確認し、認知症の程度が軽度であり、契約内容を理解していれば信託契約書の作成を行うことはできます。
委託者の意思を確認するために、公証人は委託者に対して様々な質問をします。
重要なものとしては、以下のようなものがあります。
- 委託者本人の氏名、生年月日、住所
- 信託契約の内容
- ①どの財産を、②どのくらい、③誰に託し、④どのように管理・処分・運用してもらうの か
公証人からの質問に、委託者がきちんと口頭で回答できたなら、公証人は委託者の判断能力に問題なしとして公正証書を作成するでしょう。
成年後見制度を検討する
認知症になってしまったために、自分で財産の管理をできなくなった本人のために財産の管理を行う方法として、家族信託とは別に、成年後見制度があります。
成年後見制度には「法定後見制度」と「任意後見制度」があります。
「法定後見制度」は、すでに認知症等によって判断能力が不十分となった場合に、家族などの利害関係人が裁判所に対して、成年後見人等(成年後見人、保佐人、補助人)の選任の申立てをし、裁判所によって選ばれた成年後見人等(成年後見人、保佐人、補助人)が、本人のために財産管理や契約などの法律行為を行ったり、本人が自分で法律行為をするときに同意を与えたり、本人が同意を得ないでした不利益な法律行為を後から取り消したりするというものです。
「任意後見制度」は、認知症等によって判断能力が不十分となる前に、あらかじめ自分が選ぶ人(任意後見人)に、判断能力が低下したときの財産の管理の方法や、療養看護等についての希望を伝えておき、代理権を与える契約を結んでおくというものです。
法定後見制度の活用を
認知症が進んでしまい、判断能力が著しく低下、または喪失してしまった場合には、法定後見制度を検討しましょう。
法定後見制度は、家族信託とは異なり、判断能力が低下した後からでも新たに利用できます。
また、法定後見制度では、後見人は「財産管理」だけではなく、「身上監護」も可能です。
「身上監護」とは、本人の生活や健康の維持、療養等に関する仕事を指します。
例えば、本人の住まいの確保、生活環境の整備、施設に入所する契約、本人の治療や入所の手続きなどが、「身上監護」にあたります。
なお、食事の世話や実際の介護などは含まれません。
家族信託との違いとして、法定後見制度では、財産を管理する人を選べないという点が挙げられます。
後見人選任の申立てをする段階で、希望として後見人候補者を挙げることはできますが、後見人は、家庭裁判所が適当と認める者を選任するため、必ずしも後見人候補者として記載された者が後見人に選任されるとは限りません。
また、裁判所が後見人を選任した後は、その裁判所の選任に対して不服申立てをすることができません。
もう一点、家族信託との違いとして、法定後見制度では、本人(被後見人)の財産の処分や管理方法に制限がかけられます。
本人のすべての財産が家庭裁判所の管理下に置かれます。
そのため、後見人は本人の財産を管理することはできても、自らの判断で運用したり、処分したりすることは原則としてできません。
法定後見、任意後見、家族信託の違い
法定後見、任意後見、家族信託の違いを簡単にまとめると、下の表のとおりです。
後見制度 | 家族信託 | ||
---|---|---|---|
法定後見 | 任意後見 | ||
権限 | 財産管理のほか、身上監護も可能 | 契約で定めた範囲 財産管理のほか、身上監護も可能 |
財産管理のみ 身上監護はできない |
開始時期 | 本人の判断能力が低下してから | 契約締結と同時に開始 | |
財産を管理する人を自由に選べるか | 家族を候補者として立てることはできるが、事案によっては弁護士などが選ばれる可能性あり。
裁判所が成年後見人等を選任した後は、その裁判所の選任に対して不服申立てをすることができない。 |
契約によって誰を任意後見人とするかは自由。
しかし、任意後見監督人(任意後見人を監督する人)が裁判所によって選任されれば、以後任意後見監督人の監督下に置かれる。 |
契約によって財産を管理する人を自由に選べる。
家族以外でも可能。 |
報酬 | 法定後見人(弁護士等)に対する報酬が亡くなるまでずっと必要となる可能性。 | 任意後見人の報酬は契約による。
しかし任意後見監督人が選任されると、約2〜3万円/月の報酬が亡くなるまでずっと必要。 |
財産を管理する人の報酬は契約による。 |
認知症の場合の注意点
症状が軽度であれば、早めに動く
先にご説明したように、親(委託者)が認知症になった場合、症状が軽度であれば信託契約ができる可能性はありますが、認知症が進んでしまった段階では信託契約はできません。
家族信託を検討している中や、信託契約の締結に向けて準備を進めている中で、親(委託者)の認知症が進んでしまった結果、信託契約ができなくなるということもあります。
また、信託契約の内容が複雑になる場合などは、契約の締結までに長期間かかる場合もあります。
親(委託者)が軽度の認知症で、家族信託を検討している方は、特に早めに動かれた方がよいでしょう。
家族内で十分に話し合う
家族信託では、本人が亡くなった後の財産の処分についても決めることができます。
具体的には、家族信託の契約書において、委託者(親)の死亡後に誰が財産を引き継ぐかを指定することができます。
家族信託契約により財産の承継者を決めておくことで、相続が発生した場合の遺産分割協議が不要になります。
遺産分割協議では、相続人全員で話し合い、誰が何を相続するのかを決めなければなりませんが、家族信託を用いれば遺言としての機能を果たすことになります。
委託者(親)の意向によって相続が決まるわけです。
そのため、相続財産を受けることのできない親族からすれば、自分が関与していないところで勝手に契約が締結され、その結果、自分が相続できたはずの財産が相続できなくなったと感じてしまいます。
委託者(親)が認知症であれば特に、相続財産を受けることになった親族が委託者(親)に自分の都合のいい内容を吹き込んだと感じるかもしれません。
また、認知症の委託者(親)が契約内容をしっかりと理解していないばかりに、家族信託が終了するといったケースも考えられます。
家族信託を検討している場合には、委託者(親)本人には契約内容をきちんと理解してもらったうえで、家族内で十分話し合うことが重要です。
まとめ
以上、どの程度の判断能力があれば家族信託ができるのか、認知症の判定方法、認知症の場合の対処法、認知症がある場合の注意点について解説いたしました。
親(委託者)が認知症になった場合、原則として家族信託はできませんが、症状が軽度であれば家族信託ができる可能性があります。
仮に親(委託者)の認知症が進んでしまい、判断能力が著しく低下、または喪失してしまった場合には、家族信託とは別に法定後見人を選任して、親(委託者)の財産を管理するという方法もあります。
家族信託をお考えの方で、親(委託者)が認知症であるかもしれず、家族信託を有効に行えるか不安の方は、一度医療機関で受診し、いざ家族信託を行う際には、弁護士に相談されてみてはいかがでしょうか。