親の通帳からの使い込みについては、刑事責任を追及することは困難です。
刑法244条・251条により、刑罰が免除されるためです。
刑罰は科されないとしても、民事上の損害賠償請求や不当利得返還請求をすることは可能です。
親のお金を勝手に使い込むことは道義上許されることではありません。
関係者(使い込まれた本人の配偶者、子供、ご兄弟など)としては、なんとかしたいと考えていらっしゃるかと思います。
ここでは、預貯金の使い込みが問題となるケースについて具体的にあげて、なぜ刑事責任が認められていないのかを解説します。
また、民事上の責任追及の具体的な方法についても解説しますので、ぜひ参考になさってください。
親の通帳の使い込みは罪?刑事告訴できる?
親族間の横領や窃盗は免除される
他人の通帳からの使い込みは、横領罪又は窃盗罪などの犯罪が成立します。
しかし、刑法では一定の親族間の犯罪について特例があります(刑法244条・251条)。
すなわち、親族が「配偶者・直系血族・同居の親族」の場合には、法律により刑が免除されます。
(親族間の犯罪に関する特例)
第二百四十四条 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。
2 前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
3 前二項の規定は、親族でない共犯については、適用しない。
(準用)
第二百五十一条 第二百四十二条、第二百四十四条及び第二百四十五条の規定は、この章の罪について準用する。
引用元:刑法|電子政府の窓口
したがって、子供が親の預貯金を使い込んだ場合、横領罪や窃盗罪が成立しても、その刑が免除されるのです。
なぜこのような法律があるのでしょうか。
いくつかの見解がありますが、「法律はなるべく家族の問題に関与しない」という考えが古くからあり、親族という特殊な身分関係によって犯罪は成立するものの、刑が免除されるという考え方が有力です。
なお、この考え方に対しては、昔と異なり、家族関係が多様化している現在においては見直すべきとの意見もあります。
しかし、現在の日本においては、子供が親の通帳を使い込んだ場合に、刑事責任を追及するのは困難といえます。
実際に警察は親族間の財産関係の犯罪については、とても消極的です。
例えば、預貯金の使い込みが発覚して警察に行ったとしても、「民事不介入」「弁護士のところに相談に行ってください。」などの対応となるでしょう。
横領罪について
横領とは、自らが占有している他人の物を、無断であたかも自分の物かのごとく使用したり売却したりすることをいいます。
横領罪は、単純横領罪(5年以下の懲役)、業務上横領罪(10年以下の懲役)に分かれています(刑法252条、253条)。
第二百五十二条 自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
2 自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。(業務上横領)
第二百五十三条 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する
引用元:刑法|電子政府の窓口
例えば、親の面倒を見ていた子供がその親の通帳を預かっている場合(上記パターン1)で、支出の権限を超えて、金銭を引き出して着服したような場合は横領罪が成立する可能性があります。
なお、業務上横領の「業務」とは社会生活上の地位に基づいて、反復・継続して行う事務を意味します。
例えば、子供が成年後見人として親の財産管理を行っていたのであれば、この業務上横領罪が成立する可能性があります。
窃盗罪について
窃盗とは、他人が占有する物を、その人の意思に反して自分や第三者の下に持ち去る犯罪をいいます。
窃盗罪の場合、法定刑は「10年以下または50万円以下の罰金」と定められています(刑法235条)。
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
根拠条文:刑法|電子政府の窓口
窃盗と横領との違いは、通帳を自分が占有していていたか否かです。
例えば、子供が親の通帳を持ち去ったような場合(パターン2)、窃盗罪が成立する可能性があります。
パターン1の単純横領の法定刑は「5年以下」の懲役でしたが、窃盗の場合は「10年以下」となるため、パターン2の方が法定刑が重くなるといえます。
これはまったく管理を任されていない者の犯行なのでより悪質性が高いといえるからです。
親の通帳からの使い込みが問題となるケース
親の預貯金の使い込みが問題となる典型的な事例は次の2つに分けられます。
- パターン1 子供が親から通帳を預かり、財産管理を任されていた
- パターン2 子供が勝手に親の通帳を持ち出した
子供が親から通帳を預かり、財産管理を任されていたケース
このパターンでは、子供は一応親から財産管理を任されています。
したがって、親のために必要な支出であれば、基本的に問題はありません。
例えば、親の治療費、住居費などを親のために支払っていたような場合です。
しかし、この場合に、自分のために預貯金を使い込んでしまった場合は問題となります。
例えば、子供が自分の借金や生活費のために親の預貯金を使い込んだような場合です。
また、子供が自分自身ではなくても、他人のために親の預貯金を使い込んでも問題となります。
よくあるのは自分の子供(親の孫)の教育資金として使い込んだような場合です。
子供が勝手に親の通帳を持ち出したケース
このパターンは、子供が親から財産の管理を任されていません。
いくら子供であっても、本人の承諾なく通帳を持ち出し使い込むのは問題があります。
以下では、具体的にどのような責任を追及できるのか、くわしく解説いたします。
親の通帳からの使い込みを取り戻す方法
子供が親の通帳を勝手に使い込むのは道義上許されません。
また、このような行為を放置できるとしたら、相続人が大きな損失を被ることとなります。
例えば、もともと財産が1000万円あったものの、1人の相続人(子供)の使い込みによって、遺産が300万円になったとします。
このような場合、本来相続人が取得できた遺産の額が大幅に減ってしまうことになります。
また、親本人がそのような結果を望んでいたわけでもなく、本人の意思に反することになるでしょう。
したがって、刑罰の適用がなかったとしても、民事上の責任を追及していくべきです。
具体的には不法行為に基づく損害賠償請求や不当利得返還請求といった手段を使って使い込んだ額を取り戻していくこととなります。
不当利得返還請求
不当利得返還請求とは、ある人が法律上の原因なしに利益を得たときに、損害を受けた人が利益の返還を請求することです。
たとえば、子供が自分のために親の通帳からお金100万円を引き出した場合、その子供は不当に利益を得ている状態になります。
親は損失を被っているので、子供に対して不当利得返還請求権を行使して横領されたお金を取り戻せます。
親が亡くなった場合は、その相続人がこの不当利得返還を行います。
不法行為に基づく損害賠償請求
不法行為に基づく損害賠償請求とは、他人の不法な行為によって損害を受けた場合に、その被害を回復するために損害賠償を求めることです。
たとえば、子供が自分のために親の通帳からお金100万円を引き出した場合、その子供は親に100万円の損害を与えたことになります。
親はその被害回復のために、子供に対して損害賠償請求を行うことができるのです。
親が亡くなった場合は、その相続人がこの損害賠償請求権を相続します。
なお、不当利得返還請求でも、不法行為に基づく損害賠償請求でも、求める額は同じです。
例えば、100万円の預貯金の使い込みがあれば、100万円を請求できます。
預貯金の使い込みを証明する方法
預貯金の使い込みを相手が認めていればよいのですが、筆者の経験上多くのケースにおいて、相手は使い込みを否定します。
この場合、不当利得返還や損賠賠償請求を行う被害者が相手の使い込みの事実を証明する必要があります。
すなわち、親の通帳やキャッシュカードを管理していたのが相手であったことや、親が引き出す可能性はなかったことなどを証明して、相手が引き出したことを証明することになります。
例えば、親が認知症であったことやベッドから動けなかったことなどを証明できるカルテ等を病院に開示してもらって証拠資料を収集するようにしましょう。
また、相手が親の通帳からの引き出し自体は認めているものの、介護費用など、親のために使用したと述べているケースも多いです。
この場合、引き出されている額が介護等に用いた額として適正かが問題になります。
例えば、病院の入院費等の明細や、生活費としてどのくらいかかっていたかなどをしっかり押さえておきましょう。
親の通帳の使い込みと一口に言っても状況は様々です。
具体的な状況に応じて証明方法は異なるので、使い込みにくわしい専門家に相談なさることを強くおすすめいたします。
まとめ
以上、子供が親の通帳を使い込んだ場合について、 くわしく解説しましたがいかがだったでしょうか。
子供が親の通帳を使い込んだ場合、その刑が免除されるため刑事責任を追及していくことは困難です。
しかし、民事上、不法行為などの問題が生じ、使い込んだ額を請求してくことができます。
もっとも、預貯金使い込みのケースは、使い込んだ金額がわからない、相手が認めない、などの様々な難点が予想されます。
したがって、預貯金の使い込みでお困りの方は相続問題に詳しい弁護士へのご相談をお勧めいたします。
当事務所には相続問題に注力する弁護士のみで構成される専門チームがあり、LINEなどを使った全国対応を行っています。
まずは当事務所までお気軽にお問い合わせください。