相続放棄ができない事例は、①法定単純承認が成立した場合、②熟慮期間が経過している場合、そして、③必要な書類が不足している場合の3つです。
故人の遺産に借金がある等の理由により、相続放棄を検討している方は、相続放棄が認められるかご不安だと思います。
ここでは、相続放棄が認められなかった事例を紹介し、相続放棄を失敗しないためのポイントや対処法についてわかりやすく解説いたします。
ぜひ参考になさってください。
相続放棄とは
相続放棄とは、被相続人(亡くなった方のことです)の財産を一切相続しないことです。
相続放棄をすると、最初から相続人でないことになりますので、被相続人の借金を負うことは一切ありません。
したがって、被相続人に借金がある場合は相続放棄をすることは有効な手段です。
そして、相続放棄は家庭裁判所に相続放棄の申し立てをする必要があります。
それでは、家庭裁判所に相続放棄の申し立てをして、どのような確率で申し立てが認められるのでしょうか。
相続放棄ができない事例
①法定単純承認が成立した(民法921条)
以下の行為は、単純承認とみなされて相続放棄をすることができなくなる可能性があります。
なぜなら、相続人として相続財産を相続することが前提となった行為だからです。
- 現金を使い込んだ
- 預貯金の解約や払い戻しを行った
- 経済的価値のある遺品を持ち帰った
- 不動産の名義変更をした
- 賃貸物件を解約した
- 自動車を処分した
- 携帯電話を解約した
- 債務(借金や税金)を支払った
- 不動産のリフォームを行った
- 遺産分割協議に参加した
- 相続した株式の名義を変更した
- 相続した株式の議決権を行使した
- 遺産を浪費した
自己判断はせずに、相続に強い弁護士に助言をもらうようにしてください。
判例上単純承認に該当し、相続放棄が認められなかった事例
以下のような裁判例があります。
判例① 相続人が被相続人の有していた債権の取り立てをした場合の裁判例
相続人が、被相続人の債権を取り立て・回収する行為は「相続財産の処分」に該当します。
【最高裁昭和37年6月1日】
判例② 経済的価値のある遺品のほとんどをもって帰った場合の裁判例
「被相続人の遺品を形見わけしただけでは、民法921条3項の隠匿には当たらないが被相続人のスーツ、毛皮、コート、靴、絨毯など財産的価値を有する遺品のほとんど全てを自宅に持ち帰る行為は、同号に該当し、法定単純承認となる」
【東京地裁平成2年3月21日】
②熟慮期間が経過している
相続人が自己のために相続開始があったことを知ったときから3か月経過すると、家庭裁判所の判所へ相続の放棄ができなくなります。
でも、亡くなった方(例えばご両親)とずっと離れて暮らしていた場合、亡くなった方に借金があるかどうか知らない場合も多いかと思います。
そこで、判例は一定の場合、熟慮期間の起算点を後にずらすことを認めています。
熟慮期間の起算点を後にずらすことを認めた裁判例
判例 熟慮期間の起算点を後にずらすことを認めた裁判例
相続人が相続放棄等をしなかったのが
「被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信じるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知ったときから熟慮機関を起算すべきであるとすることは相当でないというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時から起算すべきものと解するのが相当である」と判示しています。
【最高裁第2小法廷判決昭和59年4月27日】
また、相続財産の存在はわかっていたが、自分が相続すべき財産はないと信じていた場合で以下の判例があります。
判例 熟慮期間の起算点を繰り下げることを認めた裁判例
「相続人が相続財産の一部の存在を知っていた場合でも、自己が取得すべき相続財産がなく、通常人がその存在を知っていれば当然相続放棄をしたであろう相続債務が存在しないと信じており、かつそのように信じたことについて相当の理由があると認められる場合は、上記最高裁の趣旨が妥当するというべきであるから、熟慮期間は、相続債務の存在を認識いた時又は通常これを認識し得うべき時から起算すべきものと解するのが相当である」
【福岡高裁平成27年2月16日決定】
この福岡高裁の事案は、父が商売をしていて父の財産はほかの兄弟が相続するので、自分の相続分はないと思っていたものの、父の死亡後数十年たった後父が保証人となっていた債権者から突如として、支払いを求められたというものです。
この場合も、判例は熟慮期間の起算点を繰り下げることを認めています。
これらの判例を踏まえて、熟慮期間に関し、相続放棄ができない事例は以下の場合です。
相続開始から3か月経過した場合
債権者から請求後、3ヶ月が経過した場合
③書類に不備があった、照会書に回答しなかった
相続放棄をする方は、家庭裁判所に「相続放棄申述書」と「添付書類」を提出する必要があります。
また、被相続人の「住民票除票」または「戸籍の附票」のどちらかを取得して提出しなければなりません。
さらに、自分の戸籍謄本を取得して提出する必要があります。
これらの書類に不備があると、家庭裁判所は相続放棄を受理してくれません。
そして、相続放棄の必要書類を提出すると、後日、家庭裁判所から「相続放棄の照会書」という書類が送られてくることがあります。
相続放棄の照会書には、必要事項を記入して返送する必要があるのですが、これを行わないと、相続放棄が却下される可能性があるので注意してください。
相続放棄の確率
家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合以外は、相続放棄の申述を受理すべきであるとされています。
これは、判例(東京高裁平成22年8月10日)で判示されています。
判例 相続放棄の申述を受理すべきであるとされた裁判例
「相続放棄の申述がされた場合、相続放棄の要件の有無につき入念な審理をすることは予定されておらず、受理がされても相続放棄が実体要件を備えていることが確定されるものではないのに対し、却下されると相続放棄が民法938条の要件を欠き相続放棄したことを主張できなくなることにかんがみれば、家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合以外は、相続放棄の申述を受理すべきものと解される」
【東京高裁平成22年8月10日】
したがって、家庭裁判所は広く相続放棄について門戸を開けているといっていいでしょう。
ただ、注意していただきたいのは、相続放棄について家庭裁判所は広く相続放棄の申し立てを認めていますが、家庭裁判所が相続放棄を認めたからといって、相続放棄が「確定」するわけではないのです。
他の相続人(またはお金を貸した人)が、相続放棄の有効性を争って裁判になると、裁判所(地方裁判所)が改めて相続放棄について判断することになります。
逆に言いますと、後に裁判所(地方裁判所)で相続放棄の効力が否定されることを考えて、最初の入口の段階では、家庭裁判所は相続放棄を認める確率を高くしているとも言えます。
相続放棄を失敗しないための3つのポイント
相続放棄は、借金などマイナスの財産が多い場合に有効な手続きですが、一度行うと取り消しができません。
後から「こんなはずじゃなかった…」と後悔しないために、以下の3つのポイントをしっかり押さえましょう。
① 相続財産を徹底調査!「プラス」「マイナス」を見極める
安易な放棄は禁物です。
まずは、プラスの財産(現金、預貯金、不動産など)とマイナスの財産(借金、保証債務など)を全て洗い出し、相続する方が有利かどうかを慎重に見極めましょう。
②期限厳守!3ヶ月以内の手続きを忘れない
相続放棄は、被相続人が死亡したことを知るなどして相続の開始を知ったときから「3ヶ月以内」に家庭裁判所へ申し立てなければなりません。
期限に間に合わない場合でも、正当な理由があれば、3ヶ月を過ぎても申立てできる可能性がありますが、まずは早めに申し立てるようにしましょう。
③専門家によるサポートで安心を手に入れる
相続問題は複雑で、専門知識が必要となるケースも少なくありません。
書類作成や手続きが不安な方、相続財産の調査方法が分からない方、期限が迫っていて急いでいる方など、弁護士に相談することで、スムーズな手続きを実現し、トラブル回避にも繋がります。
相続放棄ができない場合の対処法
家庭裁判所が、相続放棄の申し立て却下した場合であっても、2週間以内であれば即時抗告をすることができます。
家庭裁判所が、相続放棄の申し立てを却下する場合は、法定単純承認が成立している場合や、3か月間の熟慮期間が経過している場合が考えられます。
具体的な事実の適示をすれば、法定単純承認ではないと判断される可能性や、3か月の熟慮期間の起算点を後にずらすことができる可能性もあります。
したがって、このような場合は相続問題に詳しい弁護士にされるとよいでしょう。
「相続放棄ができない」に関するQ&A
ここでは、相続放棄ができないケースに関してのよくあるご質問をご紹介いたします。
相続放棄ができない理由は何ですか?
相続放棄ができない理由としては、①「単純承認」に該当する行為を行った場合、②熟慮期間(3ヶ月)を経過した場合、③必要書類がそろっていない場合です。
①については、相続人であることを前提としたかのような行動(例えば遺産である預貯金の払い戻しなど)を取っている以上、後から相続放棄を認めるべきではありません。
そこで、このような行動を「単純承認」として、相続放棄を制限しています。
②の熟慮期間が設けられている理由は、相続による権利義務関係を早期に確定すべきという考えがあるからです。
親の借金は相続放棄できない?
親の借金であっても相続放棄はできます。
ただ、相続放棄のデメリットとして、プラスの財産もすべて取得することができなくなります。
そのため、親の自宅などの不動産は諦めなければなりません。
他方で、形見分け程度(故人が愛用していた品物で経済的価値が高くないものの取得)であれば可能です。
どのような遺品であれば問題があるかは専門的な判断が必要です。相続に強い弁護士へ相談されることをお勧めいたします。
連帯保証人は相続放棄できない?
故人(被相続人)が連帯保証人だった場合でも、相続放棄はできます。
相続放棄をすると、連帯保証人の義務(借金の返済)を免れることができます。
ただし、相続放棄をすると、プラスの財産も取得することができなくなるので注意しましょう。
土地は相続放棄できない?
遺産が土地であっても相続放棄することができます。
あなたが相続放棄を行い、他に相続人がいる場合、その方が土地を含めた遺産を引き継ぐこととなります。
配偶者は相続放棄できない?
配偶者は相続放棄することができます。
もっとも、配偶者の方で故人(被相続人)名義の自宅に居住しているようなケースでは、相続放棄をするとその自宅から立ち退く必要が出てくるでしょう。
そのため、相続放棄をするか否かは慎重に判断しましょう。
相続放棄できない人とは?
相続放棄は、相続人であれば誰でも可能です。
ただし、相続放棄をするには、相続開始後3ヶ月以内に行われなければなりません。
相続人全員が相続放棄することはできない?
相続人全員で相続放棄することは可能です。
相続放棄するか否かは各個人の自由であり、誰か一人は相続を受けなければならないという法的な義務はありません。
もっとも、不動産がある場合、相続人全員が相続放棄すると、その不動産の管理を今後どのようにするかという問題が生じることががあります。
このような場合、相続財産管理人が選任される可能性があります。
相続放棄すると自己破産できない?
相続放棄をしても自己破産は可能です。
ただし、自己破産手続開始決定前の相続の場合、破産法上、限定承認としての効力のみをもつこととなります。
相続放棄をするには調査しなくてはいけませんか?
相続放棄の前提として、遺産の調査を行う法的な義務はありません。
しかし、可能な限り、遺産の内容を調査することをお勧めいたします。
プラスの財産の内容(預貯金、株式、不動産など)やマイナスの財産の内容(借金など)がわかれば、相続放棄をした方が良いか否かについて判断がしやすくなるからです。
ただ、遺産の調査は素人の方では難しいケースもあります。
そのような場合、相続問題にくわしい弁護士に相談すると良いでしょう。
故人の身の回りのものを処分したら相続放棄はできなくなりますか?
身の回りの品物を整理しただけでは、相続放棄ができなくなることはありません。
仮に、被相続人の身の回りの品物を形見分けなどして処分したとしても、それほど価値の高くないものを一般的に認められる範囲で処分した場合には、相続放棄できなくなるようなことはありません。
まとめ
以上、相続放棄ができない事例について、詳しく解説しましたがいかがだったでしょうか。
相続放棄は、法定単純承認に該当する場合、熟慮期間を過ぎた場合、必要書類が不足する場合に認められないことがあります。
このような事態を回避するために、①遺産を適切に管理すること、②熟慮期間を過ぎないようにすること、③隠れた債務に注意することが重要となります。
また、相続放棄が認められるか否かを適切に判断するためには専門的な知識と経験が必要となります。
したがって、相続放棄については、相続問題に詳しい弁護士に相談されることをお薦めします。
この記事が相続問題でお困りの方のお役に立てれば幸いです。