遺留分には、1年または10年という権利行使の期限が定められています。
1年の期限は「時効」であり、10年の期限は「除斥期間」であるとされています。
また、遺留分侵害額請求権を行使したことによって発生した金銭支払請求権について、1年の時効とは別に、5年の時効が定められています。
このように遺留分には3つの期間制限があり、その関係が複雑です。
この記事では、3つの期間制限について、相続に注力する弁護士がわかりやすく解説しています。
また、遺留分の時効を止めるための方法についても紹介していますので、ぜひ参考になさってください。
目次
遺留分の時効は何年?
遺留分侵害額請求権の時効(1年、10年)
遺留分には、「遺留分を知った時から1年」または「相続開始から10年」という2つの権利行使の期限が定められています。
民法1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅する。
相続開始の時から10年を経過したときも、同様とする。
引用元:民法 | e-Gov法令検索
1年の期限は「時効」であり、10年の期限は「除斥期間」であるとされています。
以下、くわしく解説します。
遺留分を知った時から1年
遺留分侵害額請求権は、遺留分の侵害を請求できる人(「遺留分権利者」といいます。)が、①相続が開始した事実(被相続人が亡くなった事実)と、②遺留分を侵害する贈与や遺贈があった事実を知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅します。
つまり、相手に「遺留分の侵害額を請求する」という意志を示すことなく1年が過ぎてしまうと、その後に請求する意志を示しても、もはや遺留分に不足する金銭の支払を求める権利(金銭支払請求権)が発生することはありません。
なお、相続は被相続人が亡くなったときに開始しますので、「相続が開始した事実」とは「被相続人が亡くなった事実」を意味します。
1年という期間はあっという間に過ぎてしまいますので、できるだけ早く遺留分侵害額の請求権を行使することが大切です。
遺留分の侵害があるかどうか等の判断には専門知識が必要となりますので、少しでもわからないことがあれば、弁護士などの専門家に相談しましょう。
相続が発生してから10年
相続開始の時(被相続人が亡くなった時)から10年を経過したときは、遺留分侵害額請求権は消滅します。
上で説明した1年の時効とは異なり、①相続が開始した事実や②遺留分を侵害する贈与や遺贈があった事実を知らなかったとしても、客観的に被相続人の死亡から10年が経過すると、権利が消滅します。
この10年の期限は、上で説明した「除斥期間」であると考えられています。
時効とは、一定の時間が経過することによって権利を取得することができたり、反対に、持っていた権利が消滅してしまったりする制度のことをいいます。
権利を取得することができる場合の時効を「取得時効」、権利が消滅してしまう場合の時効を「消滅時効」といいます。
遺留分については、権利を一定期間行使しない場合の消滅時効が問題となります。
時効と似たものとして「除斥期間(じょせききかん)」という制度があります。
どちらの制度も、一定期間権利を行使しない場合に権利を消滅させる点で共通していますが、両者には次のような違いがあります。
時効 | 除斥期間 | |
---|---|---|
更新(リセット)や完成猶予(ストップ) | あり | なし |
権利を消滅させるための意思表示(援用) | 必要 | 不要 |
期間のスタート時点 | 権利を行使することができるとき | 権利が発生したとき |
両社の大きな違いは、除斥期間は進行をリセット(更新)したりストップ(完成猶予)したりすることができないという点です。
金銭支払請求権の時効(5年)
さらに、遺留分侵害額請求権を行使したことによって発生した金銭支払請求権について、1年の時効とは別に、5年の時効が定められています。
遺留分侵害額請求権の行使期限
他人に何かを請求できる権利のことを、「債権」といいます。
金銭支払請求権は、相手に対して一定の侵害額を支払うよう請求できる権利なので、債権にあたります。
民法166条1項1号は、債権の時効は5年であると定めています。
民法 166条1項1号(債権等の消滅時効)
債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
① 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
引用元:民法 | e-Gov法令検索
そのため、「遺留分の侵害額を請求する」という意志を示しても相手がなかなか支払ってくれない場合には、支払いを説得したり、時効を止めるためのアクションをするなどの必要があります。
なぜ「遺留分侵害額請求権を行使できる期限」と行使したことによって生じた「金銭支払請求権の期限」を別に考える必要があるのでしょうか。
少し難しい話になるのですが、遺留分侵害額請求権は、相手に対して一方的に権利を行使する意志を示すだけで、一定の法律関係を発生させたり、消滅させたりすることができる権利です。
このような権利を、専門用語で「形成権(けいせいけん)」といいます。
より具体的には、相手に「遺留分の侵害額を請求する」という意志を示す(権利を行使する)ことによって、遺留分に不足する分の金額を支払うように請求する権利(金銭支払請求権)が発生します。
2つの権利の関係を図に表すと、次のようになります。
このように、「遺留分侵害額請求権」と、これを行使したことによって発生する「金銭支払請求権」という2つの権利のそれぞれについて、期限を考える必要があるのです。
遺留分の時効の起算点 〜いつからスタート?〜
遺留分侵害額請求権の時効
1年の時効のスタート
判例は、遺留分侵害額請求権について、贈与や遺贈があったことに加えて、これが侵害額請求の対象になることまでを認識した時から、1年の時効がスタートするとしています。
したがって、被相続人が贈与や遺贈をしていた事実を知っていただけでは、時効はスタートしません。
例えば、遺産の大部分が特定の人に贈与されたことを認識していたときには、自分の遺留分が侵害されていることを認識していたということができるため、時効がスタートします。
10年の除斥期間のスタート
一方で10年の除斥期間についてのスタートは「相続開始の時」すなわち、被相続人が亡くなった時と明確です。
金銭支払請求権(5年)の時効のスタート
金銭支払請求権は債権であるため、その時効は権利を行使することができることを知った時からスタートします(民法166条1項1号)。
遺留分侵害額請求権の場合、相手に「遺留分の侵害額を請求する」という意志を示す(権利を行使する)と同時に、金銭支払請求権が発生します。
また、この金銭支払請求権は発生した瞬間から相手に請求できる状態(権利を行使することができる状態)になっています。
つまり、遺留分侵害額請求権を行使する意志を示した時点で金銭支払請求権が発生し、かつ、これを行使することができることを知っている状態になるのです。
したがって、金銭支払請求権の時効は、相手に遺留分侵害額請求権を行使する意志を示した時からスタートします。
なお、内容証明郵便等の書面によって遺留分侵害額請求権を行使するときには、その書面が相手に届いたときから時効がスタートすると考えられます。
遺留分侵害額請求権の時効を止めるには?
内容証明を送る
遺留分侵害額請求権は、1年の時効が完成する前に「遺留分侵害額の請求をする」という意志を請求の相手に伝えるだけで「行使した」ということができ、時効によって消滅することはなくなります。
遺留分侵害額の請求をする意志を伝える(権利を行使する)場合には、内容証明郵便を差し出す方法を強くおすすめします。
遺留分侵害額請求権の行使方法について法律上の決まりはないことから、口頭や電話で意志を伝えるだけでも、これを「行使した」ということができます。
しかし、口頭や電話で伝えた場合、その証拠を残すことは非常に難しいといえます。
後になってから、相手が「そもそも請求を受けていない」「請求がされたのは1年以上経った(時効が完成した)後だった」などと言い出した場合、時効の完成前に権利を行使したことを証明できないというリスクがあります。
内容証明郵便を送付しておけば、いつ、誰が、誰に対して、どのような内容の文書を送ったのかということが客観的に証明することができるため、遺留分侵害額請求権を行使する際には、ぜひ内容証明郵便を利用しましょう。
なお、権利を行使したことによって発生する金銭支払請求権については、別途時効が問題となります(この点については後で詳しく説明します)。
内容証明郵便のサンプル
内容証明郵便のサンプルは、こちらでダウンロードしていただくことができます。
調停の申立てでは遺留分の時効は猶予されない!?
遺留分について、交渉で解決できる見込みがない場合には、調停の申立てを検討します。
調停は、家庭裁判所の調停委員会を通じて、当事者間で合意するための手続です。
では、この調停申し立てによって、時効は中断されるのでしょうか。
裁判実務では、家庭裁判所に対する調停の申立てをしただけでは、相手に対する意思表示をしたとはいえず、遺留分侵害額請求権を行使したことにならないと考えられています。
すなわち、遺留分の調停申立では、時効の完成を防ぐことはできない可能性が高いため、注意が必要です。
なお、民法では、家事事件手続法による調停は時効の完成を猶予できると定めています(民法147条)。
第147条 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から6箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
(略)
三 民事訴訟法第二百七十五条第一項の和解又は民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)若しくは家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)による調停
(略)
そのため、遺留分の調停を申し立てれば、時効を中断できると考えている弁護士も多いです。
しかし、上で解説したように、裁判所(ウェブサイトの記事)は調停とは別に内容証明郵便等で遺留分行使の意思表示をしないと時効を中断できないと明示しています。
この点について、家事調停の場合、訴訟と異なり送達手続きが要求されておらず、受領書面の提出も義務付けられていないことや、相手が調停に出頭しない場合もあること等から、調停の申立てだけでは、時効の完成は猶予できないという見解もあります。
条文との整合性については疑義が残りますが、調停申し立てでは遺留分の時効は止まらないことを前提とした方がリスクを回避できます。
金銭支払請求権の時効を止めるには?
上で解説したように、遺留分侵害額請求権を行使したことによって発生した金銭支払請求権については、さらに5年の時効が問題となります。
遺留分侵害額の請求をする意志を伝えた後、相手から支払いを受けられないまま5年が経つと時効が完成し、一切請求することができなくなる可能性があります。
そのため、相手が支払に応じてくれない場合、以下のような手段によって支払を求めることが考えられます。
- 当事者の交渉(話し合い)
- 調停の申立て
- 裁判(訴訟)
遺留分の問題についてはいきなり裁判を起こすことができず、裁判の前に必ず調停の申立てを行わなければなりません(これを「調停前置主義」といいます)。
最終的に裁判を行う場合であっても、次のように段階をふむ必要があります。
交渉→調停→裁判
または
調停→裁判
以下では、それぞれの手段について、詳しく説明していきます。
当事者の交渉(話し合い)
当事者同士の交渉(話し合い)の結果、相手が支払に応じてくれる場合には、権利を実現することができます。
しかし、交渉を続けても相手がなかなか支払ってくれない場合には、後の調停や裁判(訴訟)に備えて、時効を止めておくことが大切です。
具体的には、次のような手続をとることが考えられます。
催告にあたり、内容証明郵便等が相手に届いた時から6か月間は、時効の進行がストップします。
協議を行う旨の合意にあたり、合意をした日から1年間(当事者が1年より短い期間で合意した場合にはその期間)、時効の進行がストップします(最大5年まで延長が可能)。
相手が途中で「もう協議はしない」と言い出した場合でも、その旨の通知があったときから6ヶ月間は時効の進行がストップします。
後のトラブルを防止するため、合意した内容を合意書や覚書にすることが大切です。
債務の承認にあたり、承認の時点で、時効の進行が更新(リセット)されます。
この場合にも、相手方に支払義務があることを認める念書や覚書を作っておくことが大切です。
後のトラブルを防ぐために、上記の手続がとられたことを書面等の証拠によって残すことが大切です。
どのよう手段をとるべきかがわからない場合や、どのような書面を作ればよいかわからない場合には、弁護士などの専門家に相談しましょう。
本人が直接交渉しても相手が応じてくれないケースや、不利な条件であることを知らずに合意してしまうケースもあるため、弁護士に交渉の代行を依頼されるのがおすすめです。
調停の申立て
上で解説したとおり、遺留分について、交渉で解決できる見込みがない場合には、調停の申立てを検討します。
具体的には、家庭裁判所に「遺留分侵害額の請求調停」の申立てをします。
訴訟(裁判)の提起
調停が成立しなかった場合には、裁判所に訴訟(遺留分侵害額請求訴訟)を提起することを検討します。
訴訟を通じて金銭の支払を受けることができます。
訴訟の提起は「裁判上の請求」にあたり、訴訟が続いている間は時効の進行がストップします。
また、訴訟の途中で訴えを取り下げたために訴訟が終了した場合など、裁判所の判決によらずに訴訟が終わったときには、その時点から6ヶ月間、時効の進行がストップします。
訴訟の結果、裁判所が訴訟の相手に対し一定額の金銭を支払うことを命じる「判決」を出した場合、判決に記載された金銭支払請求権は、判決の時点から時効がリセットされます(時効の更新)。
また、判決に記載された金銭支払請求権の時効は、判決の時から10年となります。
判決が出たにもかかわらず相手が支払ってくれない場合、さらに、10年以内に強制執行等の方法をとることになります。
調停とは違い、訴訟の場合には、判決によって争いを解決することができます。
ただし、判決の内容が自分にとって有利なものであるとは限りません。
調停や訴訟は一般的に解決までに長年月を要することなどから、交渉で合意できない場合の次善の策として検討されると良いでしょう。
遺留分で時効が問題となるケースのポイント
遺留分侵害額請求権は1年という短期間で消滅してしまう可能性があります。
状況によっては、遺留分の侵害の有無や侵害額、請求の相手などを調べるのに時間がかかるケースがあります。
また、時効がいつからスタートしているのかの判断が難しいケースもあります。
時効の完成間近になってからでは準備が間に合わない可能性もありますので、時間的に余裕を持って対応することがポイントです。
遺留分の問題については専門的な知識が必要となることから、遺留分の請求を検討している場合には、早めに弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。
遺留分の時効についてのよくあるQ&A
遺留分の時効について法改正で変わった点は?
令和2年4月1日に施行された改正民法によって、債権の消滅時効に関するルールが次のように変更されました。
【改正前】権利を行使することができるときから10年
【改正後】権利を行使することができるときから5年
上で説明したとおり、遺留分侵害額請求権を行使することによって発生する金銭支払請求権は債権にあたることから、この民法改正の影響を受けます。
具体的には、遺留分侵害額請求権をいつの時点で行使していたか(いつ内容証明郵便等が相手方に届いたか)によって、時効の取扱いが異なります。
- 2020年3月31日以前に遺留分侵害額請求権を行使していた場合
改正前の民法が適用される:行使した(内容証明郵便等が相手方に届いた)ときから10年 - 2020年4月1日以降に遺留分侵害額請求権を行使した場合
改正後の民法が適用される:行使した(内容証明郵便等が相手方に届いた)ときから5年
代襲相続の場合の遺留分の時効はどうなるの?
代襲相続とは、被相続人が亡くなるより先に相続人が亡くなっていた場合などの一定の場合に、相続人の子や孫が、相続人の代わりに被相続人の遺産を相続することをいいます(民法887条2項、3項)。
例えば、被相続人には配偶者、長男A、長女Bがおり、長女Bは被相続人よりも先に亡くなったというケースにおいて、長女Bに子Cがいるときには、CがBの代わりに被相続人の遺産を相続します。
このような場合には、代襲相続をした子や孫に遺留分が認められることとなります。
したがって、「遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないとき」(民法1048条)は、代襲相続をした子や孫について判断されます。
つまり、時効は、代襲相続をした子や孫が①相続が開始した事実(被相続人が亡くなった事実)と②遺留分を侵害する贈与や遺贈があった事実を知ったときからスタートします。
まとめ
- 遺留分とは、一定範囲の相続人に認められている最低限の財産の取り分のことです。
- 遺留分を侵害された相続人は、遺留分を侵害している相手に対して「遺留分侵害額請求」を行うことができます。
- 遺留分の時効については、①遺留分侵害額支払請求権の時効と②遺留分侵害額支払請求権を行使することで発生する金銭支払請求権の時効という、2つの時効を考える必要があります。
- 時効を止める方法には、「時効の完成猶予」と「時効の更新」という2つの方法があります。
- 遺留分の侵害の有無や侵害額の計算、遺留分の時効のスタート時点など判断するためには、専門的な知識と経験が必要となります。
そのため、遺留分の請求や時効については、相続を専門とする弁護士等の専門家に相談することを強くおすすめします。
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