遺留分の放棄とは、家庭裁判所の許可をもらって、遺留分を請求できる権利を放棄することを言います。
遺留分(いりゅうぶん)は、被相続人(「亡くなった方」のこと)の相続財産のうち、一定の相続人に認められた最低限の権利(割合)をいいます。
遺留分の放棄は、相続人に認められたこの最低限の権利を放棄するという制度ですので、重大な影響が生じます。
しかし、遺留分の放棄は、複雑であり、具体的にどのような影響が生じるのかわかりにくいです。
そこで、このページでは、相続問題にくわしい弁護士が遺留分の放棄が認められる条件、メリットやデメリット等について、わかりやすく解説します。
ぜひ参考になさってください。
目次
遺留分の放棄とは?
遺留分とは
遺留分とは、被相続人(「亡くなった方」のこと)の相続財産について、一定の割合の相続財産を一定の相続人に残すための制度を言います。
相続財産は被相続人のものですから、本来、被相続人は自己の財産を自由に処分できます。
自分の財産をどのように管理・処分するかはその人の自由だからです。
しかし、相続財産は相続人の生活の保障となる場合もあり、これを全く自由に許すと、被相続人の財産に依存して生活していた家族は路頭に迷うことになりかねません。
たとえば、赤の他人に全財産を与えるなどという遺言がなされた場合、残された妻子はどうなるのでしょうか。
そこで、相続財産の一定割合を一定の相続人に確保するために設けられたのが、遺留分の制度です。
遺留分の放棄とは
遺留分の放棄は、この遺留分を家裁の許可を得て放棄するという手続きのことを言います。
遺留分放棄と相続放棄の違い
遺留分の放棄は、相続放棄と言葉が似ているため混同しがちです。
遺留分の放棄と相続放棄との違いをまとめると、下表のとおりとなります。
遺留分の放棄 | 相続放棄 | |
---|---|---|
特徴 | 遺留分を放棄する | 遺産すべてを放棄する |
生前の手続き | 可能 | 不可 |
家裁の許可 | 生前のみ必要 | 必要 |
相続人としての権利 | 遺留分のほかは影響しない | 権利がなくなる |
遺産分割協議 | 参加が必要 | 参加できない |
代襲相続 | 有り | 無し |
遺留分の放棄の件数
両者の家庭裁判所での1年間の件数を比較すると、相続放棄が26万7042件あったのに対し、遺留分の放棄は859件でした。
参考:司法統計|2021年
このデータからは、遺留分の放棄は、それほど件数が多くないことがわかります。
生前に遺留分の放棄が認められるか?
相続が発生したら、通常は法定相続分に応じ、遺産相続が行われることになります。
しかし、以下のような場合、法定相続分とは異なる割合で遺産相続を行いたいと考えるがいらっしゃいます。
- 長男に家業を引き継がせるため、長男にすべて相続させたい
- 相続人の中で、関係がよくない者を除外したい
- 疎遠な親族を相続に関わらせたくない
しかし、日本では、被相続人の生前に相続人が「相続放棄」をすることは認められていません。
そこで、ご本人(被相続人)が遺言を書き、その中で、特定の一人にすべてを相続させる旨の遺言書を作成したり、特定の相続人を除外する内容の遺言書を作成することが考えられます。
ここで問題になるのが、他の相続人の遺留分です。
この遺留分は、相続人に認められた最低限の相続分で、遺言をもってしても奪うことができません。
したがって、せっかく遺言を残しても、他の相続人がこの遺留分侵害額請求権を行使すれば、ご本人の意思を実現することができません。
もっとも、この遺留分は、相続分とは違い、特定の手続を経たうえで、被相続人の生前に放棄することが認められています。
したがって、遺言を残すことと、遺留分を行使してほしくない相続人に放棄の手続を行ってもらうことの両方を併用することで、ご本人の意思を実現することが可能になります。
遺留分の放棄が認められる要件
生前の遺留分の放棄については、法律上、家裁の許可が必要と規定されています。
第千四十九条 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。
2 共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。
引用元:民法|電子政府の窓口
家庭裁判所は、あらゆる事情を考慮したうえで、遺留分放棄が、特定の相続人から脅迫されたうえで行ったなどの不当な事情により行われたものでないかなどをチェックします。
遺留分の放棄の参考判例
「相続開始前の遺留分放棄につき家庭裁判所の許可を必要としたのは、被相続人が遺留分権利者に放棄を強要したり、その他相続法の理念に反するような手段に利用されることを防ぐためである。家庭裁判所は、遺留分権利者の放棄の意思を確認するだけでなく、放棄が合理的かつ相当なものかどうか、諸般の事情を慎重に考慮検討して許否の判断するのである。」
【仙台高裁昭和56年8月10日】
遺留分の放棄を却下した参考判例
「申立人と被相続人の間で、申立人の英人との結婚問題につき長い期間にわたり親子の激しい対立があり、被相続人の申立人に対する親としての干渉が繰り返された結果、申立人が家を飛び出し、英人と同棲する事態となり、遂には被相続人の意思に反してでも、申立人自らの意思で婚姻届をするに至つた経過があるうえ、本件申立もその婚姻届の翌日になされ、しかも被相続人からの働き掛けによるもので、申立人の本件申立をした動機も、被相続人による申立人に対する強い干渉の結果によることも容易に推認できるところである。これらのことからすると、本件申立は必ずしも申立人の真意であるとは即断できず、その申立に至る経過に照らしても、これを許可することは相当でないといわざるをえない。」
【和歌山家裁昭和63年10月7日】
したがって、遺留分放棄の申立てをすれば、必ず認められるというものではありませんが、放棄の必要性や合理性について、説得的な主張をすることで、認めてもらう可能性はあるといえます。
なお、相続発生後の遺留分の放棄については、家裁の許可は不要です。
遺留分放棄のメリットとデメリットとは
遺留分放棄のメリットとデメリットをまとめると、下表のとおりとなります。
メリット | デメリット |
---|---|
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遺留分の放棄のメリットについて
遺言と併用することで生前でも相続放棄が可能
上で解説したように、生前の相続放棄は認められていません。
遺言書+遺留分の放棄を行うことで、相続放棄と同じ効果をもたせることができます。
例えば、長男に会社の事業を継がせたい場合に、次男に遺留分の放棄を行ってもらったとします。
そして株式を長男に相続させる内容の遺言書を作成します。
この場合、相続開始後、次男から遺留分の侵害額請求を行うことを封じることができます。
遺留分の放棄を行わない場合、死後、次男から遺留分の侵害額請求が行われると、相続人間の紛争が生じます。
遺留分の放棄を活用することで相続人間の紛争を防止できるのです。
相続開始後の場合は家裁の許可が不要
相続放棄は相続開始以後に家裁での手続きが必要です。
遺留分の放棄の場合、このような手続きは不要ですので、負担がありません。
相続開始後であれば、面倒な手続きが不要という点で遺留分放棄のメリットがあります。
遺留分の放棄のデメリットについて
家裁の許可が必要で、かつ、許可の判断基準が明確ではない
相続開始前の遺留分の放棄は家裁の許可が必要です。
また、家裁がどのような場合に許可してくれるのか、判断基準が明確ではありません。
そのため、遺留分の放棄が認められるのかの見通しが立てにくく、実際に申し立てを行っては見たものの許可されないという事態が想定されます。
撤回が制限される
遺留分を放棄すると、後日、撤回したいと思っても、家裁の許可が必要であるため簡単にはできません。
そのため、遺留分の放棄をしようとする方は、遺留分を放棄した場合としなかった場合を比較し、慎重に判断するようにしてください。
遺留分の放棄の手続き
①生前の場合
遺留分権利者本人が家裁へ遺留分放棄の許可の審判を申し立てます。
被相続人の住所地を管轄する家裁
管轄裁判所を調べたい方はこちらから
- 申立書
- 被相続人の戸籍謄本
- 申立人の戸籍謄本
- その他主張を裏付ける資料
②相続発生後の場合
相続が既に発生している場合は、家裁の許可は必要ありません。
遺留分を放棄したい場合、遺留分権利者が遺留分侵害者に対し、遺留分を放棄する旨の意思表示をすれば足ります。
法律上、書面などは不要ですが、言った言わないのトラブルを防止するために、念書や証明書などの書面を作成する場合もあります。
○○殿
念書
私は、被相続人○○の相続財産について、遺留分侵害額請求権を放棄することを約束します。
○年○月○日
○○○○
遺留分放棄を検討すべきケース
遺留分の放棄は上で解説したデメリットがあります。
そのため、遺留分の放棄をしようとする方は、以下を参考に慎重に判断してください。
遺留分を放棄する理由に納得していないケース
遺留分の放棄を被相続人(予定者)から求められている場合、その理由に合理性があるか考えましょう。
例えば、父が「会社を長男に継がせるために自社株をすべて長男に相続させたい」などです。
この場合、全株式を1人に集中させることの合理性(経営の安定)、他の相続人がその株式を取得する必要性の有無等を判断します。
遺留分放棄の代償がないケース
遺留分の放棄は遺留分権利者にとっては最低限の取り分を失うことを意味するので「損失」といえます。
そのため、遺留分放棄の代償があったほうが望ましいと言えます。
例えば、父が会社を長男に継がせるために自社株をすべて長男に相続させるケースでは、次男に対し、代償として会社役員にする、役員報酬の一定期間の増額などが考えられます。
代償の証拠を確保できないケース
遺留分を放棄する理由に納得でき、かつ、相当な代償が約束されたとしても安心はできません。
代償が口頭のみで行われると、実行されなければ、「言った言わない」のトラブルとなります。
そのため代償については、合意書を作成するなど、証拠化できるようにしておきましょう。
感情的になっているケース
例えば、被相続人との喧嘩が原因で感情的になったときに、遺留分の放棄を申し立てるケースがあります。
感情的になっていると冷静な判断ができないため、後々後悔する可能性もあります。
遺留分の放棄はあわてる必要はありません。
冷静になってから上記をもとに慎重に判断するようにしてください。
遺留分の放棄を撤回できる?
遺留分放棄の審判を許可した当時の事情が変化し、遺留分放棄の状態を続けることが不相当となった場合、当該審判を取り消し、または、変更できる場合があります。
ただし、家裁の許可が必要となります。
遺留分の放棄の撤回に関する参考判例
「遺留分放棄を許可する審判を取り消し、又は変更することが許される事情の変更は、遺留分放棄の合理性、相当性を裏づけていた事情が変化し、これにより遺留分放棄の状態を存続させることが客観的にみて不合理、不相当と認められるに至った場合でなければならないと解すべき」
【東京高裁昭和58年9月5日】
遺留分の放棄に応じさせるポイント
遺留分の放棄は、遺留分権者本人の申立てが必要となります。
すなわち、遺留分権利者が応じてくれないと、この制度は使えないため、スムーズに応じてくれるようにすることがポイントとなります。
そのためには、「何故遺留分の放棄をしてもらう必要があるのか」を具体的に伝えることが重要です。
遺留分権者に対して、単に「遺留分を放棄してほしい」だけでは、納得が得られないと考えられるからです。
例えば、相続人の一人に家業を継いでほしいのであれば、なぜ、遺産を集中させる必要があるのかを伝えるべきです。
また、遺留分を放棄してもらうために、代償となるものを与えることも効果的でしょう。
ただし、この場合、特別受益となる可能性があるため、注意が必要です。
まとめ
以上、遺留分の放棄について、くわしく解説しましたがいかがだったでしょうか。
遺留分の放棄は、相続放棄と異なり、生前でも可能ですが、家裁の許可が必要となります。
そのため、遺留分の放棄を行う必要性や合理性についての説得的な主張を記載し、かつ、それを裏付ける資料を準備すべきです。
また、遺留分の放棄は、撤回にも許可が必要なため、慎重な判断が必要です。
そのため、遺留分の放棄については、専門家である弁護士にご相談されることをお勧めしています。
この記事が相続問題に直面している方にお役に立てれば幸いです。