認知症の場合に公正証書遺言が無効となるのが「稀」といえるかどうかは、とらえ方によって異なります。
作成される公正証書遺言の全体総数の中で、認知症の方が作成した公正証書遺言が無効となる場合は稀であるといえます。
これに対して、認知症を理由に公正証書遺言の無効が裁判で争われた場合に、無効とされるのは「稀」とまではいえません。
この記事では、公正証書遺言が無効となる場合や、公正証書遺言に納得がいかない場合(遺言の無効を主張したい場合など)の対処法、公正証書遺言の無効やその他のトラブルを避けるためのポイント等について、相続問題にくわしい弁護士がわかりやすく解説します。
公正証書遺言とは
公正証書遺言とは、公証人(職務として文書の存在や内容を証明することを職務とする公的な立場にある人のことです。)が、遺言者(遺言を作成される方のことです。)の意思にもとづいて作成する遺言のことです。
公正証書遺言は証人2名以上の立会いのもとで作成され、作成後は公証役場で保管されます。
公正証書遺言について詳しくはこちらをご覧ください。
公正証書遺言が無効となるのは稀?
作成された公正証書遺言全体の総数に対して、認知症等を理由として公正証書遺言が無効と判断されるのは稀です。
ただし、裁判所で公正証書遺言の有効性が争われた場合に公正証書遺言が無効と判断された件数は一定数あります。
そのため、公正証書遺言の有効性が争われる場合、無効となるのは稀とはいえません。
実際に公正証書遺言を無効と判断されたケースの多くは、遺言者本人が認知症であったケースです。
そのほかには、遺言者が勘違い(錯誤)によって公正証書遺言を作成したケース、公証人による作成手続きにミスがあった(口授の手続きをしていなかった)ケースなどがあります。
公正証書遺言が有効となる条件
公正証書遺言が有効となるための条件は次のとおりです。
以下のいずれかの要件を満たさない場合、公正証書遺言であっても無効となります。
- ① 遺言者に遺言能力(意思能力)があること
- ② 公正証書遺言の形式的要件(民法969条)を満たしていること
・証人2名以上の立ち会いがあること
・遺言者から公証人に対する遺言の趣旨の口授を行うこと
・公証人による筆記、読み聞かせまたは閲覧が行われること
・遺言作成者、証人および公証人の署名捺印が行われること - ③ 民法上の無効原因(公序良俗違反など)がないこと
- ④ 遺言者が被後見人の場合、遺言の内容が後見人等の利益になる内容でないこと(後見人が被後見人の直系血族、配偶者、兄弟姉妹であるときは除く。)
公正証書遺言の無効が問題とされるケースの大半は、①遺言能力が争われる場合です。
遺言能力(意思能力)とは、作成する遺言の内容を理解し、その遺言によってどのような結果がもたらされるのかを理解できる能力のことをいいます。
なお、民法上、15歳未満の者については一律に遺言能力がないとされています。
公正証書遺言の効力について詳しくはこちらをご覧ください。
認知症でも公正証書遺言を作成できる?
遺言者が認知症でも公正証書遺言を作成することはできます。
ただし、認知症の場合には遺言の内容や遺言をすることによる結果を理解できる状態にあったのかどうかが疑われ、公正証書遺言が有効となる条件の1つである遺言能力(意思能力)の有無が争われることがあります。
認知症であれば必ず遺言能力(意思能力)がないとされるわけではなく、遺言能力(意思能力)の有無は、公正証書遺言を作成した当時の遺言者の状態に応じて判断されます。
遺言能力の判断基準
遺言能力(意思能力)が争われた過去の裁判例では、以下のような点が総合的に考慮されています。
- 遺言者の病状・程度(診断書やカルテの記載内容から判断)
- 遺言者の年齢(高齢であるほど遺言能力は否定されやすくなる)
- 遺言前後の言動や状況
- 遺言内容の複雑さの程度(複雑であるほど遺言能力は否定されやすくなる)
- 遺言作成の経緯や動機・理由(不自然であれば遺言能力は否定されやすくなる)
公正証書遺言が無効となりにくい理由
公正証書遺言が他の種類の遺言(自筆証書遺言など)に比べて無効になりにくい主な理由は、公証人が作成し、公証役場で保管される点にあります。
原則として、公証人は裁判官・検察官・弁護士(法曹)として長年の実務経験のある人の中から、法務大臣によって任命されることとなっています。
このように法律の専門家である公証人が、その職務として公正証書遺言を作成することから、公正証書遺言が法律の要件を満たしていないという理由で公正証書遺言が無効となるケースはほとんどありません。
また、公正証書遺言は公証役場で保管されることから、第三者による不正な持ち出しや内容の書き換え(偽造)によって遺言が無効とされるリスクもありません。
公正証書遺言に納得がいかない方の対処法
公正証書遺言に納得がいかない場合の対処法は、納得がいかない理由によって異なります。
次の表は、公正証書遺言に納得がいかない主な理由とその場合の対処法についてまとめたものです。
納得がいかない理由 | 対処法 |
---|---|
公正証書遺言が無効である | 公正証書遺言の有効性を争う |
公正証書遺言は有効であるものの遺言の内容に不満がある | 遺産分割協議をする |
公正証書遺言は有効であるものの遺言の内容が遺留分を侵害している | 遺留分侵害額の請求をする |
以下では、それぞれの対処法について詳しく解説します。
公正証書遺言の有効性を争う(認知症の場合など)
たとえば、遺言者が公正証書遺言の作成時に重度の認知症であり、遺言能力(意思能力)の要件を満たさず無効であると考える場合には、次のような方法で公正証書遺言の有効性を争うこととなります。
まずは相続人同士で話し合い
まずは相続人同士での話し合いによる解決を試みます。
公正証書遺言が無効であると考える相続人は、他の相続人に無効であると考える理由(公正証書遺言が有効となる要件をどのように満たしていないのか)を具体的に伝えて納得してもらう必要があります。
相続人だけで話し合いをしても感情的になってしまい収拾がつかない場合には、弁護士に話し合いの代理を依頼することを検討しましょう。
法律の専門家である弁護士が間に入ることによって、客観的・合理的な話し合いが行われることが期待できます。
裁判所を介した調停や訴訟によって対処する場合には、一般的に、半年から数年程度を要するといわれており、解決までに長い時間がかかってしまいます。
そのため、当事務所では、いきなり調停や訴訟を行うのではなく、できるだけ話し合いによる解決(弁護士を通じた話し合いを含みます。)をめざすことをおすすめしています。
話し合いの結果、公正証書遺言の内容が無効であることについて合意できた場合には、相続人全員で遺産分割協議(相続人全員の話し合いで遺産の分け方を決める手続きのことです。)をして遺産の分け方を決めます。
遺言無効確認調停・遺言無効確認訴訟を行う
相続人同士の話し合いで解決できない場合には、裁判所を介した遺言無効確認調停や遺言無効確認訴訟を通じた解決をめざすこととなります。
調停は、家庭裁判所において、調停委員会が当事者の間に入って当事者の意見のすりあわせを行い、当事者同士の合意による解決をめざす手続きです。
これに対して、訴訟は簡易裁判所または地方裁判所において、当事者の合意にかかわらず裁判官(裁判所)が判断を下す手続きです。
遺産分割協議をする
公正証書遺言の有効性については争うつもりがないものの、遺言の内容に納得がいかない場合には、他の相続人を説得して、公正証書遺言にしたがわずに遺産分割協議によって遺産を分けることが考えられます。
相続人の全員が合意しているときは、有効な公正証書遺言が作成されている場合であっても、公正証書遺言にしたがわず、遺産分割協議によって遺産の分け方を決めることができます。
なお、他の相続人が一人でも反対しているときは、公正証書遺言が有効である限り遺言の内容にしたがわなければならず、遺産分割協議をすることはできません。
公正証書遺言の効力を争う方法について詳しくはこちらをご覧ください。
遺留分侵害額の請求をする
公正証書遺言の有効性については争うつもりがないものの、遺言の内容が遺留分を侵害しているため納得がいかないという場合、遺留分を侵害された相続人は、他の相続人等に対して金銭の支払いを求めることができます(遺留分侵害額の請求)。
遺留分とは、相続人のうち配偶者(妻・夫)、子ども、父母・祖父母に対して法律上認められている遺産の最低限の取り分のことです。
例えば、配偶者(妻)のほかに長男と長女がいる遺言者が「遺産の全部を長男に相続させる」という内容の公正証書遺言を作成した場合、妻と長女の遺留分が侵害されています。
妻と長女は、この公正証書遺言の内容に納得がいかない場合、長男に対して侵害された遺留分の金額を請求することができます。
遺留分侵害額の請求
遺留分侵害額の請求に1年の期限があるため、遺留分の侵害に気づいたらできるだけ早く、相手方に内容証明郵便等で「遺留分を侵害されているため、遺留分侵害額の請求をする」という内容の通知をします。
遺留分侵害額の請求調停・遺留分侵害額請求訴訟
相手が金銭の支払いに応じてくれない場合には、裁判所を介した調停や訴訟の手続きを行うこととなります。
遺留分について詳しくはこちらをご覧ください。
遺留分侵害額の請求について詳しくはこちらをご覧ください。
公正証書遺言を作成する側のポイント
認知症の場合は主治医の診断書等を入手しておく
遺言者が認知症の場合には、後から相続人が公正証書遺言の有効・無効をめぐって争いとなる可能性があります。
そのような事態を避けるためには、公正証書遺言を作成する段階で遺言者に遺言能力があることを示す主治医の診断書やカルテを入手しておくことを強くおすすめします。
裁判所で遺言能力が争われる場合には、主治医の診断書やカルテの内容が特に重視されるためです。
ただし、どのような内容の診断書であれば無効となるリスクを小さくすることができるのかを一般の方が判断されるのは難しい面があります。
認知症の方が公正証書遺言の作成を希望する場合には、相続にくわしい弁護士に相談されることを強くおすすめします。
公証役場に問い合わせる
公正証書遺言の作成についてわからないことがある場合には、公証役場に問い合わせ・相談をすることができます。
公証役場では公正証書遺言の作成を職務として行っていることから、公正証書遺言の作成方法に関する一般的な質問(必要書類や手続きの進め方など)について、相談にのってもらうことができます。
ただし、「相続トラブルを防ぐためには公正証書遺言の内容をどのようにすべきか」、といった個別具体的な状況に応じたアドバイスを行うことは、公証役場の職務の範囲外です。
相続にくわしい弁護士に相談する
遺言者が亡くなった後に、一部の相続人から「公正証書遺言は無効である」「公正証書遺言の内容に納得がいかない」といった主張がなされ、相続人同士の争いとなることを避けるには、相続に詳しい弁護士に相談するのがおすすめです。
相続に詳しい弁護士であれば、具体的な状況に応じて、公正証書遺言が無効とならないためのポイント(公正証書遺言の記載内容のほか、認知症の場合の資料の集め方など)について的確なアドバイスをすることができます。
また、必要書類の取得や公証人との打ち合わせなどの面倒な手続きをご自身で行うのがおっくうな場合には、公正証書遺言の作成にかかわる手続き自体を弁護士に依頼することもできます。
弁護士にはそれぞれ専門領域があり、相続は高度の専門知識を要する領域であることから、弁護士の中でも相続問題に詳しい(力を入れている)弁護士に相談することが大切です。
相続問題に詳しい(力を入れている)弁護士かどうかは、ホームページ上に相続問題の専用ページがあるか、取扱いの実績を掲載しているか、などの観点から判断することができます。
相続問題については初回の相談を無料とする弁護士も多いことから、こうした無料相談を活用するのもよいでしょう。
なお、相続トラブルを防ぐためには遺言書の内容をどのようにすべきか、といった具体的な状況に即して法的アドバイスは「法律相談業務」にあたり、弁護士以外の者(弁護士以外の士業やコンサルタントなど)が行うことは法律によって禁止されています(「非弁行為」という違法行為です)。
違法な業者に相談した結果、トラブルに巻き込まれてしまったという事例も報告されていますので、ご注意ください。
相続問題を弁護士に相談すべき理由はこちらをご覧ください。
まとめ
・認知症でも公正証書遺言が無効となるのが稀といえるかどうかは、捉え方によって異なります。
・裁判で認知症の遺言者が作成した公正証書遺言の無効が争われた場合には、無効となるケースが一定数あり、「稀」とまではいえません。
・公正証書遺言が有効になるための要件の1つに「遺言能力」があり、認知症の場合にはこの遺言能力がないとされ無効となる可能性があります。
・公正証書遺言に納得がいかない場合には、納得がいかない理由に応じて、①遺言の有効性を争う、②遺産分割協議をする、③遺留分侵害額の請求をする、などの対処法があります。
・公正証書遺言を作成した遺言者が亡くなった後、遺言をめぐって相続人同士のトラブルが起きることを防ぐためには、相続問題にくわしい弁護士に相談されることを強くおすすめします。
・当事務所では、認知症の方による公正証書遺言の作成に関するご相談や公正証書遺言に納得がいかない場合のご相談をはじめ、相続人の調査、遺産の調査、遺産分割協議、相続登記、相続税の申告、節税対策など、相続全般に関する幅広いご相談をうけたまわっています。
・相続問題に注力する弁護士からなる相続対策専門チームが対応させていただきますので、安心してご相談ください。