死後事務委任契約とは、委任者(ご高齢の方など)が死後に発生する事務(葬儀や各種費用の支払いなど)について、生前、弁護士など特定の者に委任する契約のことを言います。
死後事務委任契約は、生前の本人の意思を死後に実現するための方法として、近年注目されています。
しかし、適切な対策を取っておかなければ、トラブルの発生が懸念されます。
ここでは、死後事務委任契約を締結するケース、メリット、トラブルや対策、費用等について、相続問題に注力する弁護士が解説しています。
死後事務委任契約にご関心がある方はぜひ参考になさってください。
目次
死後事務委任契約とは
死後事務委任契約とは、委任者が死後に発生する事務について、生前、弁護士など特定の者に委任する契約のことを言います。
人が亡くなった場合、病院などから遺体を引き取った上、葬儀、法要などを行うことが必要となります。
これらの事務は、一般に、相続人や祭祀承継者によって行われますが、必ずしも本人のご意思に沿った形で葬儀などが行われないことがあります。
とくに、最近では、宇宙や海へ散骨されたいという方やお墓ではなくお寺に永代供養してほしいと希望される方がおられますが、この希望がかなえられるかどうかは相続人や祭祀承継者次第となっているのが現状です。
上記のような状況を踏まえ、生前の本人のご意思に沿った方法で葬儀等を執り行ってほしいという場合に、あらかじめこれを他者へ委任しておくというのが死後事務委任契約です。
死後事務委任契約の根拠
死後事務委任契約は、委任者と受任者との間の合意に基づく委任契約です。
契約の場合、委任した本人が死亡すれば、契約自体がなくなってしまうのでは?という疑問が浮かびます。
法律上も、委任契約は、委任者、又は、受任者が死亡した場合、委任契約は終了すると規定しています。
(委任の終了事由)第六百五十三条 委任は、次に掲げる事由によって終了する。
- 一 委任者又は受任者の死亡
- 二 委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと。
- 三 受任者が後見開始の審判を受けたこと。
引用元:民法|電子政府の窓口
しかし、この点について、最高裁は、特約がない場合であっても、委任者の死亡によって委任契約が終了しない場合があると判示しているので、法的には問題ないと考えられます。
参考判例
判例 最高裁判例:平成4年9月22日
自己の死後の事務を含めた法律行為等の委任契約が丙山と上告人との間に成立したとの原審の認定は、当然に、委任者丙山の死亡によっても右契約を終了させない旨の合意を包含する趣旨のものというべく、民法六五三条の法意がかかる合意の効力を否定するものでないことは疑いを容れないところである。
死後事務委任契約は誰に委任できる?
死後事務委任契約を委任する相手に基本的には制限はありません。
ただし、未成年者、認知症のご高齢の方などは法律行為ができないため受任することができません。
死後事務委任契約は、死後の大切な事務を依頼するという性質上、信頼できる親戚や専門家(弁護士等)に依頼することが一般的と言えるでしょう。
死後事務委任契約を検討したほうがいいケース
死後事務委任契約を締結すべきと考えられるのは、以下の場合です。
- 相続人や祭祀承継者などがいない場合
- 相続人や祭祀承継者に任せると、本人の希望どおりにならないことが予想される場合
- 相続人に負担をかけたくない場合
死後事務委任契約の3つのメリットとは?
死後事務委任契約は、次のメリットがあります。
①判断能力がある状況で死後のことを決定できる
死後事務委任契約は、生前のお元気なうちに締結することで、判断能力が衰える前に、死後のことを意思決定できます。
②ご家族の負担を減らせる
死後の雑多な事務処理を第三者に依頼することで、ご家族の負担を減らすことが可能となります。
③親族間のトラブルを防止する
死後事務委任契約を第三者である専門家に託すことで、親族間のトラブルを回避できる可能性があります。
また、遺言書を合わせて作成することで、不安を解消できます。
死後事務委任契約の流れ
死後事務委任契約を結ぶ際の基本的な流れは次のとおりです。
以下、くわしく見ていきましょう。
①委任する内容を検討する
まずは、自分が亡くなった後にどのような事務手続きを委任したいのかを具体的に考えましょう。
②委任する相手を選ぶ
委任する相手を選びます。
信頼できる親戚や専門家などが考えられます。
③死後事務委任契約書を作成する
依頼する内容、受任者の権限、費用の負担、報酬等を記載した契約書を作成します。
④公正証書を作成する
作成した契約書は、公正証書にすることで、法的効力が高まり、後のトラブルを防止することができます。
⑤契約内容を見直す
状況の変化に応じて、契約内容を見直すことも必要です。
委任できる死後事務
死後事務の内容として、主に想定されるものは以下のとおりです。
- ① 遺体の引き取りに関すること
- ② 葬儀に関する事務と費用支払い
- ③ 法要、供養に関する事務と費用支払い
- ④ 墳墓の管理に関する事務と費用支払い
- ⑤ 家財道具の処理など居宅の明渡しに関すること
- ⑥ 生前の未払い債務の清算
その他委任事項として検討するもの
上記の他に、近年では下記のような事項を委任の内容とする例もあります。
- 医療契約・介護施設利用契約等の解約に関すること
- 遺品整理に関すること
- SNS、メールアカウント等の削除に関すること
- 委任者の指定する関係者への死亡通知に関すること
委任できない死後事務
死後事務委任契約は、上記のような事務手続きを、信頼できる人に託すことができる便利な契約です。
しかし、 委任できない死後事務も存在します。
主なものを以下にまとめます。
①相続・遺贈など財産に関すること
預貯金の解約、不動産の売却、株式の名義変更など、相続財産に関わる手続きは死後事務委任契約ではできません。
これらについては、遺言書で遺言執行者を指定する必要があります。
②身分関係に関すること
認知、養子縁組など、身分関係に関わる手続きも委任できません。
③生前に発生する手続き
財産管理、身の回りの世話、介護など、生前に必要な手続きは死後事務委任契約の対象外です。
これらには、成年後見制度や任意後見制度などを利用する必要があります。
④法律で制限されている行為
死亡届の提出など、法律で資格者等に限定されている行為は死後事務ではできません。
⑤高度に専門的な知識や資格を必要とする事務
税務申告、訴訟など、専門家(税理士や弁護士)による対応が必要な事務は、死後事務委任契約で委任できる範囲を超える可能性があります。
死後事務委任契約のトラブルと対策
契約の有効性をめぐるトラブル
上記のとおり、最高裁は、死後事務委任契約について肯定的に解しています。
しかし、トラブルを回避するためには、適切な内容の契約書を作成し、「委任者の死亡によっても契約書の効力が失効しない」旨を明示しておくことをお勧めします。
また、契約書は、トラブルを防止できる内容にすることが重要です。
例えば、委任事務の内容をできるだけ具体化する、費用を明記する、契約を解除できる場合を明記する、などを検討するようにしましょう。
遺言書に記載するだけでは不十分
死後の事務について、遺言書の中に書いておけば大丈夫なのではないかとも考えられます。
しかし、遺言によってなしうる事項は法律上定められており、それ以外の事項については遺言に定めても法的な効力は生じません。
そのため、死後の事務の委任について、遺言書に記載してもそもそも何ら法的な効力が生じず、遺言書に死後の事務を記載しているだけではその事務が実際に行われない可能性が否定できません。
そこで、お墓の管理の仕方などについて、ご自身の死後にやってもらいたい事務がある方は、あらかじめ死後事務委任契約を締結しておくことをおすすめいたします。
資格がない者のサポートに注意
死後の事務処理は、それだけを見ると弁護士以外の非資格者であってもサポートできるように感じます。
しかし、死後事務の委任にあたって、相続に関するご相談も想定されます。
そして、相続に関する法律相談や法律事務は、原則として弁護士にしか認められていません。
弁護士以外の者が法律事務に関与すると、間違った対応や詐欺的な行為等により深刻な事態に陥る可能性があるからです。
弁護士以外の非資格者が相続問題等の法律事務を扱えるのは、法律で例外的に定められた場合に限ります。
これをまとめたのが下表です。
弁護士 | 行政書士 | 司法書士 | 税理士 | 各種団体等 | |
---|---|---|---|---|---|
法律相談 | ◯ | × | × | × | × |
遺産分割協議書 | ◯ | ×※1 | △※3 | × | × |
遺言書 | ◯ | ×※2 | ×※4 | × | × |
相続放棄 | ◯ | × | △※5 | × | × |
交渉代理 | ◯ | × | ×※6 | × | × |
調停代理 | ◯ | × | × | × | × |
訴訟代理 | ◯ | × | × | × | × |
登記 | ◯ | × | ◯ | × | × |
相続税 | ◯ | × | × | ◯ | × |
※1:遺産分割協議書は、①相続全般に関する一般的な説明は行政書士も可能ですが、②どのような内容の遺産分割協議書にするか等の個別具体的な相談については、法律相談となるので弁護士しかできません。
※2:遺言書の内容をどのようにすれば良いかについての相談は法律相談となるので、行政書士の業務範囲ではありません。 ※3:司法書士はすべての遺産分割協議書の作成はできませんが、遺産の中に不動産があり、相続登記を行う場合は許されます。 ※4:遺言書の内容をどのようにすれば良いかについての相談は法律相談となるので、司法書士の業務範囲ではありません。 ※5:司法書士が相続放棄の手続については、書類作成の代理権しかないため、家裁から相続放棄照会書・回答書などが送られてきた場合、本人が対応しなければなりません。 ※6:司法書士は140万円以下の請求の民事事件の代理人にはなれますが、遺産分割協議など家事事件の代理人にはなれません。 |
上の表から明らかなとおり、相続問題において弁護士はすべての業務が可能ですが、弁護士以外の者は、ほとんどの業務ができません。
したがって、相続に関するご相談は弁護士にされたほうが確実といえます。
死後事務委任契約の弁護士費用
死後事務委任契約が注目されるようになったのは高齢化社会になってからであり、比較的最近のことです。
そのため、死後事務委任契約については、それをサポートできる法律事務所は決して多くないと考えられます。
また、弁護士の費用は各法律事務所によっても異なります。
そのため、弁護士の費用については、法律相談時にご確認されることをお勧めいたします。
明朗会計の事務所であれば、依頼を受ける前に、お見積書を出してくれます。
また、法律相談だけであれば、無料の事務所もありますので、死後事務委任契約を検討されている方は、まずご相談されてみられるとよいでしょう。
まとめ
以上、死後事務委任契約のポイントについて詳しく解説しましたがいかがだったでしょうか。
死後事務委任契約には、様々なメリットがあります。
しかし、トラブルを回避するためには、法的に有効な内容の契約書を作成すべきです。
また、弁護士以外の非資格者は、相続に関する法律相談を原則として受けることができません。
そのため、相続問題に詳しい弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
この記事が死後事務委任契約を検討されている方にとってお役に立てれば幸いです。