父が死亡し、相続人は私A、姉のB、妹のCだけでした。
私たち3人は、父の遺産について法定相続分で分けることし、その遺産分割協議も終わったのですが、その後、親戚から「生前に父が遺言を遺していると言っていた」という話を聞いたので、気になって公証役場に問い合わせたところ、死亡する3年前に遺言書を作成していることが分かりました。
BやCにこの事実を伝えたところ、Bが父から公正証書遺言の正本の保管を依頼され、その存在は知っていたそうで、Cにも遺言の存在は伝えていたそうです。
遺言書の内容は「Aが5分の1、BとCが5分の2ずつ相続するように」と書いてあり、Bが言うには、「遺言にはAの取り分が少なく書いており、ショックを受けるかもしれないと思い言えなかった」ということでした。
私としては、Bが遺言書の存在を隠していたことの方がショックでした。
遺言書を隠すと相続人の資格を失うと聞いたのですが、Bは相続人の資格を失わないのでしょうか。
教えてください。
Bさんが公正証書遺言の存在をAに伝えなかったことが、相続欠格事由の一つである「被相続人の遺言書を隠匿した」といえるかが問題となりますが、結論としては、相続欠格にはならないものと思われます。
まず、公正証書はそもそも照会手続きをすれば誰でもその存在を確認できるものであること、遺言書の存在をCには伝えていることなどから、「隠匿」に該当しないと思われます。
次に、仮に隠匿したと言えたとしても、そのことに故意が必要になり、「相続に関して不当な利益を目的とすること」が必要になります。
しかし、今回BがAに遺言書の存在を伝えなかった理由は、Aが遺言の内容にショックを受けることを避けるためであったうえ、遺産分割協議で法定相続分で分割したことから遺言よりもむしろ不利な分割に同意をしており、「不当な利益を目的とした」とは到底言えないものです。
そのため、「隠匿」に該当しないか、「故意」がないものとして、相続欠格にはならないという結論となります。
相続欠格とは
相続欠格とは、一定の重大な事由が存在するために、相続人の資格自体を失うというものです。
その事由は、被相続人を死に至らしめたことや、強迫によって遺言を書かせたことなどであり、一般的にもそのような人を相続人とするのは妥当ではないと考えられる事由が並んでいます。
相続欠格となった場合の効果としては、相続人としての地位を失うのですから、相続権が無くなるということです。
遺言によって受遺者になっていたとしても、受遺者としての地位も失うものとされています。
▼相続欠格について、詳しくはこちらをご覧ください。
遺言書を隠匿した場合の欠格
民法891条5号では、相続欠格の事由として「相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者」が掲げられていますが、本件で関係のある隠匿について解説していきたいと思います。
遺言書を隠匿したというのは、「遺言書の発見を妨げるような状態に置くこと」と理解されています。
公正証書に隠匿はあり得るか
そもそも、遺言書の発見を妨げるのが隠匿だとすると、公正証書遺言は全国の公証役場で照会が可能であり、その発見を妨げることができるのかという疑問があります。
これについては、全国の公証役場で検索できるのであるから、公正証書遺言はそもそも隠匿の対象とはならないという学説もありますが、判例は公正証書遺言についても「隠匿」はありうるという立場に立っています。
どのような場合に隠匿と言えるか
それでは、どのような場合に隠匿といえるかですが、判例や裁判例の判断を見る限り、以下のようなことが考慮されているようです。
①相続人を含めて他に知っていた人がいるか
②遺言執行者が存在するか
③他の相続人に遺言書の存在を伝えたという事情があるのか
この判断にあたっては、やはり公正証書であることが前提とされているように思われますが、そもそも公正証書遺言の正本を保管しておいたとしても、それを開示する義務があるとまでは言えないように思いますので、よほどの事情がない限りは隠匿にはならないのではないかと思います。
あえて隠匿に該当するような場合を考えると、例えば、「公正証書の照会をしたが、公証役場から存在しないと言われた」と他の相続人に伝えたり、公証役場の書面を偽造したりした場合には、「隠匿」といえるでしょう。
隠匿には二重の故意が必要
相続欠格事由には、二重の故意が必要と言われています。
二重の故意とは、その行為をする認識だけではなく、「相続に関して不当な利益を得ようとする動機・目的」が必要という意味です。
これは、相続において、自らに有利な結果を得ようとしたり、自らに不利な結果を回避しようとする目的と言われています。
例を挙げると、遺留分の請求を避け、時効にかからせるという目的、遺言では法定相続分より指定相続分が少ないので、通常の遺産分割をする目的などです。
▼遺言書の偽造・隠匿について、詳しくはこちらをご覧ください。
本件では
本件では、他の相続人であるCに遺言書の存在を伝えていますし、公正証書なので検索しようと思えばいつでもできたことを考えると、そもそもBの行為は隠匿に該当しない可能性が高いといえます。
また、仮に隠匿に該当したとしても、Bが遺言書をAに開示しなかった動機目的というのは、Aのためを思ったものであり、Bの有利な結果を得ようというものではありませんので、Bには隠匿の故意はないと言えます。
まとめ
相続欠格というのは、相続人としての資格を失わせるものであり、かなり重たいものであるため、その判断は慎重になされているといえます。
また、遺言の存在については、公正証書は自ら調査可能であり、その調査を怠ることは相続人の落ち度でもあるといえますので、相続が開始した場合には、その点の調査をしっかりとすることが必要になります。
相続においては、様々なことが問題となり、法的なことが分からないと思わぬところで争いになったり、不利な結果となったりする場合もあります。
本件の事例でも、Bは良かれと思ってAに遺言を隠したわけですが、それがAの不信感などを喚起してしまったのです。
遺言を遺す場合には、しっかりと相続人に伝わるようにしておくのが良いでしょう。
公正証書遺言であっても、公証役場に照会をする人は多くはありませんので、相続人ではなく、弁護士や第三者に公正証書の原本を託して、亡くなった際には弁護士から連絡が行くようにするというのも手です。
遺言書を作成する場合には、様々なリスクを考慮する必要がありますので、しっかりと専門家である弁護士に相談をして作成するようにしましょう。