夫が死んだ後、銀行の口座から生活費を引き出せますか?


弁護士法人デイライト法律事務所 代表弁護士保有資格 / 弁護士・税理士・MBA

 

夫が亡くなった後、夫名義の銀行口座から生活費を引き出すことは、原則としてすぐにはできません。

銀行などの金融機関は、名義人の死亡を知ると、その預貯金口座を凍結するのが通常です。口座の凍結を解除してお金を引き出すには、相続人全員の同意が必要になります。

そのため、妻は生活費に困ってしまう可能性があります。

こうした事態を防ぐには、生前に生活資金の一部を妻の口座に移す、遺言を作成する、生命保険に加入して受取人を妻にするといった対策が有効です。

もし事前の対策ができていなかった場合でも、銀行から一定額を引き出す方法や、緊急の資金を確保する手段があります。

本記事では、夫が亡くなった後の銀行口座はどうなるのか、生前にできる対策と、それをしていなかった場合のリスクについて相続専門の弁護士が詳しく解説します。

夫が死んだ後の銀行口座はどうなるか

夫が死亡し、死亡の事実を役所等に届け出たとしても、銀行に伝わるわけではないので、自動的に銀行口座が凍結されるわけではありません。

相続人などが銀行に口座名義人の死亡を伝えて初めて銀行口座が凍結されることになるのです。

そして、銀行口座が一度凍結されてしまえば、凍結を解除して、払い戻しを受けるためには、相続人全員の同意を得なければなりません。

しかし、相続人がどこへ行ったかわからない状態であったり、一部の相続人が非協力的であったりする場合には、長期間払い戻しをしてもらうことができないということになりかねません。

そのため、生前に払い戻しをしたり、被相続人の口座のパスワードを知っている場合は被相続人の死後にATMで払い戻しを受けたりするケースが見受けられます。

もっとも、このような対応は、法的な紛争を招くことがあるため注意が必要です。

現在の制度では、相続人が銀行に請求すれば、遺産の一部を払い戻すことが可能です。

さらに、それでも足りない場合は、裁判所の手続きを利用してお金を引き出す方法(仮分割の仮処分)もあります。

以下では、事前にできる対策と、銀行からお金を引き出す2つの制度について解説します。

 

 

夫と生前にできる対策とリスク

別口座にお金を移しておく

生前の対策については、いくつか考えられますが、一番簡単なのは生活費分を別口座にうつしておく(贈与してもらう)ことでしょう。

この方法は、死後に必要な生活費を予め移しておくことで安心できます。

もっとも、この方法では、後の遺産分割でもめてしまう原因となったり、贈与を受けた人の特別受益となる可能性が高いので贈与を受けた人が死後にもらえる分が減ることになるため、注意が必要です。

 

遺言を書いてもらう


次に、遺言を書くことが考えられます。

遺言で預貯金を誰に相続させるか指定しておけば、遺言書だけでその人が銀行口座から払い戻しを受けることができるようになります。

自筆証書遺言を作成する場合には、遺言の形式に不備がないように作成しないと無効とされる可能性があります。

また、法務局の遺言の保管の制度を用いない限りは、死後に遺言書の検認という裁判所を用いた手続きが必要となり、払い戻しまで時間を要することがありうるという欠点があります。

一方、公正証書遺言であれば問題は生じにくいですが、遺産の額に応じた作成費用がかかり、金銭的な負担が生じることになります。

 

生命保険に加入してもらう

最後に、生命保険を用いるという手段もあります。

生命保険金は、一般的には長期間かけて保険料を支払っていき、思いもよらない事故などで亡くなった場合の遺族の生活保障に用いることが多いです。

しかし、高齢になっても一時払いで生命保険に入ることで、ほぼ掛け金と同じ額か元本割れの生命保険金しか返ってこないものの、配偶者の当面の生活資金を遺すことができます。

生命保険金は、受取人が迅速に受け取れること、遺産とは異なるもので原則として特別受益には該当しないものであること、相続税について非課税枠があることなど、メリットは多くありますので、対策の一つとして検討しても良いかと思います。

 

 

夫の生前対策がない場合の具体的な対処法

前述のような生前の対策をしていない場合、遺族の多くの方はATMで引き出すことが多いようですが、後に他の相続人と紛争になる可能性が高いので、おすすめはできません。

生前の対策をしていない場合の方法

銀行に対する払い戻し請求

銀行に対する払い戻し請求とは、故人の預貯金の払い戻しを一定額を限度として認めるものです。

払い戻しができる額は、「相続開始のときの預貯金債権の額の3分の1 × 払い戻しを求める相続人の法定相続分」の額です。

そして、その上限額は 150万円と定められております。

具体的な額を入れて見てみましょう。

相続人は、配偶者と子ども2人で、相続財産として一つの金融機関に 1500万円の預貯金債権があるとします。

この場合に遺産分割を経ないで、払い戻しを受けられる額はいくらでしょうか。

具体例 配偶者と子ども2人で、相続財産として一つの金融機関に 1500万円の預貯金債権がある場合

【配偶者】1500万円 × 3分の1 × 2分の1 = 250万円

この額は上限額の150万円を超えていますので、上限額の150万円が払い戻しを受けられる額ということになります。

【子ども】1500万円 × 3分の1 × 4分の1 = 125万円

上限額を超えていないので、125万円が払い戻しを受けられる額となります。

払い戻しを受ける際の必要書類について、詳しくは下記のページをご覧ください。

 

仮分割の仮処分

銀行への払い戻し請求だけでは資金として足りない場合、家庭裁判所に預貯金債権の仮分割の仮処分を求めることができます。

この仮分割の仮処分は、申し立てた相続人が預貯金債権を行使する必要性と、他の相続人の利益を害しないかの2つの要件を検討して、家庭裁判所がその可否を判断することになります。

なお、この仮分割の仮処分を求めるにあたっては、それ単体で求めることはできず、遺産分割の調停又は審判が家庭裁判所に係属している必要がありますので、注意が必要です。

この制度の詳細については、下記のページを御覧ください。

 

 

夫が亡くなった後の生活についてのQ&A

旦那が死んだら貯金はどうなるの?


亡くなったご主人の預貯金について、最高裁は「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」と判示しています(平成28年12月19日最高裁判決)。

この場合、他の相続人と遺産分割協議を成立させて、取得する者が決まってから引き出しを求めるのが原則となります。

すなわち、妻は自分の法定相続分(2分の1)についても、銀行に引き出すことはできません。

 

生活費は勝手に引き出していいの?


たとえ生活費であったとしても、他の相続人の同意なく、勝手に引き出すとトラブルとなる可能性があります。

例えば、他の相続人から引き出す権限がないのに無断でお金を引き出したとして、不当利得返還請求等を求められることがあります。

上で解説したとおり、他の相続人と遺産分割協議を成立させて、取得する者が決まってから引き出しを求めるのが原則となります。

 

 

まとめ

夫が亡くなる前の場合は、その間に対策をとるのが最も簡便と言えます。

対策を取る際には、夫がどのような形で妻にお金を渡すことを望んでいるのか、お子さんに対する相続についてはどう考えているかなどを考慮の上、対策する必要があり、いずれにしても妻の協力が不可欠になります。

また、もし夫が急死してしまった場合や、妻の協力が得られない場合にも、上述の通り、預貯金債権の一部の払い戻しを受けることができますので、死亡後早い段階で戸籍等の資料を集めて、銀行に払い戻しを求めることで当面の間の生活資金は確保できるものと思われます。

それでも対応できないような大きな支出がある場合には、家庭裁判所に対して仮分割の仮処分を求める方法もありますが、裁判所を用いた手続きになるので、弁護士に相談することをおすすめします。

 


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