先日父が亡くなり、私Aと母のBが相続人となりました。
Bは、数年前から認知症がひどくなったので、家庭裁判所に申し立てをして、私が成年後見人となっています。
遺産はBが住んでいる自宅不動産と預貯金が少しなので、Bにすべて取得してもらえばいいかなと思っています。
父の遺産分割について、私とBが署名押印することになると思うのですが、私がBの成年後見人として署名押印をして大丈夫なのでしょうか。
おしえてください。
原則として、成年後見人であるAさんと、その成年被後見人であるBさんが相続人となっている遺産分割の手続において、AさんがBさんの成年後見人として署名押印しても、無権代理となり、遺産分割自体が無効であると解されています。
そのため、Aさんとしては、Bさんの代わりに遺産分割協議書に押印をしてくれる人として、家庭裁判所に特別代理人選任の申立てをして、特別代理人にBさんの代わりに署名押印をしてもらうという手続きが必要になります。
利益相反行為について
成年後見人は、成年被後見人の法律行為について代理権を持っていますが、成年後見人と成年被後見人の利益が相反するような状況の場合には、成年後見人が成年被後見人の代理を行うと、成年被後見人の権利が害されてしまう可能性があるため、そのような利益相反行為をするには特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければならないとされています(民法860条本文、826条を準用)。
成年被後見人と成年後見人の両方が相続人となっている場合
成年被後見人と成年後見人が相続人となっている相続の場合、成年後見人が成年被後見人の代理をしてしまうと、成年後見人の有利な遺産分割となってしまう可能性があり、上述の利益相反があるとされています。
そのため、原則としては、上記のとおり、特別代理人の選任を家庭裁判所に請求して、特別代理人を選任してもらって、その特別代理人が成年被後見人の代わりに遺産分割手続きを行うことになると言えます。
この特別代理人の選任を怠り、成年後見人が代理をした場合には、無権代理になると解されています。
遺産分割自体が無効となってしまいますので注意が必要です。
成年被後見人に有利な内容でも特別代理人が必要か
成年被後見人と成年後見人が利益相反となるように見える場合でも、遺産分割の内容が、実質的には成年被後見人にとって不利ではなかったり、むしろ有利である場合は少なくないかと思います。
本件では、Aさんは遺産分割協議で自らは遺産を取得せず、Bさんにすべての遺産を取得させるとしようとしているのですから、そのような遺産分割内容であれば、わざわざ利益相反といって特別代理人の選任という手続きまで経る必要はないように思えます。
この点については、判例は外形説といって、「行為の外形から、一般的抽象的に利益が害される危険がある」場合には、利益相反となり、特別代理人の選任が必要になるとされています。
確かに、成年被後見人にとって有利かどうかの判断が難しい場合も多いですので、判例の立場も理由があるといえます。
以上から、判例の立場や現在の実務を前提とすると、遺産分割の内容を見て、実際に成年被後見人に有利かどうかを判断するのではなく、形式的に判断されているので、本件においても特別代理人の選任の申立ては必要になってくると思われます。
特別代理人選任を不要とはできないか
今回の場合、特別代理人の選任を申し立てるのが筋ですが、本件においてそのような手続きを経ないようにすることは可能でしょうか。
Aさんが相続放棄をする
この点、Aさんが相続放棄をした場合には、Aさんは相続人ではなくなるのでBさんとの利益相反の状態も解消され、Bさんの成年後見人として遺産分割の代理を行うことができます。
もっとも、相続放棄をした場合には、次順位の人が相続人となるため、Aさんが成年後見人として次順位の相続人と遺産分割の話し合いをすることになります。
そのため、相続放棄をしても他の相続人がいないという場合、または次順位の相続人もAさんが考える遺産分割と同じ内容の遺産分割を行ってくれるという場合にはAさんは相続放棄をするという選択肢もあり得ます。
もっとも、次順位の相続人がいる場合には、Aさんが相続放棄をした後に翻意する可能性もあり、リスクは残ります。
利益相反を実質で考える
また、利益相反は実質的にはないという点を重視して、特別代理人の選任を不要と考えることもできなくはありません。
前述のとおり、Aさんは相続放棄をすればBさんの代理を行うことができるので、Aさんが相続放棄をしたのと遺産分割でBさんが全ての遺産を取得するのは同様の結論が得られるか、又は有利な結論であることが明白であるといえます。
そのため、判例の立場でも、本件のような明らかに成年被後見人に有利となる場合にまで利益相反とはしないという立場をとることもあり得ると思われます。
もっとも、このような結論は裁判で争わないと分からないので、リスクが大きいです。
結論
本件では、判例の立場から原則的に利益相反になるといえますので、Aさんは素直に特別代理人の選任を請求するのが無難でしょう。
相続では、手続きを間違えると、無効となったり、手続きが再度必要になることもありますので、手続きだけの場合でも専門家である弁護士に相談することが大事になってきます。
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