平成30年に民法の相続部分が改正され、様々な制度の導入と、現在の制度の変更がされました。
しかし、その制度の変更は今すぐに適用されるものではなく、施行日や経過措置によって決まっているものです。
また、すでに相続が開始しているものに適用があるものと、そうでないものがあるなど、その適用関係が複雑になっていますので、適用関係の整理を具体的な事例や簡易QAも交えても試みたいと思います。
なお、改正自体の解説は、こちらをご参照ください。
施行日と適用関係
まず、施行日は下記の通りとなっています。
原則として施行日以前に開始した相続については改正前の民法が適用されます。
最も例外などもありますので、下記ではそれぞれの改正についてひとつずつ見ていきましょう。
自筆証書遺言の方式緩和
遺言については、民法によりその方式定めており、方式に違背すると遺言自体がむこうとなります。
そうすると、自筆証書遺言の方式緩和については、相続の開始時点よりも、遺言作成時の規律がどのようなものかが大事になるので、施行日以前に作成された遺言については、改正後の民法は適用されないものと規定されています。
要は、2019年1月12日までに作成された遺言については、改正前の民法が適用になり、同月13日以後に作成された遺言については改正後の民法が適用になるということです。
上述のとおり、相続の開始時期は関係ありません。
遺言書の方式について改正前民法と改正後民法のどちらが適用になるか?
遺言の作成が施行日の2019年1月13日前ですので、相続開始が施行日以後であっても、改正前民法が適用されます。
- 遺産分割前の預貯金債権の払戻し制度
- 遺産分割前の預貯金債権の仮分割の仮処分の要件緩和
- 20年以上の婚姻期間のある夫婦の居住用不動産の贈与又は遺贈の持戻免除の意思表示の推定
- 遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲
- 遺言執行者の権利義務
- 遺留分制度の見直し
- 相続の効力等に関する見直し
- 特別寄与料制度の創設
遺産分割前の預貯金債権の払戻し制度
相続開始の日付を問わず、施行日以後は、当該制度の適用がされます。
施行日前に相続が開始した場合にも適用としたのは、これにより不都合が生じることはなく、むしろ銀行側が施行日以前か以後かでその対応を変える手間などがかかることも考慮されたのではないかと思われます。
現在、同年7月3日であるが、被相続人の相続人は銀行に預貯金債権の払い戻しを請求できるのか?
相続開始が施行日前の2019年7月1日前ですが、相続開始日にかかわらず適用するものとされているので、銀行に被相続人の預貯金債権の払い戻しを求められます。
遺産分割前の預貯金債権の仮分割の仮処分の要件緩和
預貯金債権の仮分割の仮処分の要件緩和は、もともとあった制度の要件緩和なので、施行日と相続開始の前後とは関係なく、施行日後であれば適用されます。
20年以上の婚姻期間のある夫婦の居住用不動産の贈与又は遺贈の持戻免除の意思表示の推定
この制度の適用については、被相続人の意思の推定規定であることから、施行日までの被相続人の意思を尊重する必要があります。
そのため、施行日前になされた贈与又は遺言書による遺贈の場合には、適用はないものとされています。
つまり、相続開始が施行日以後であっても、遺言の作成日が施行日前であれば、適用はないのです。
持戻免除の意思表示の推定規定の適用はあるか。
持戻免除の意思表示の推定は、遺言書の作成日を基準にすることになりますので、施行日前の遺言書による遺贈は、その効力発生日が施行日以後であっても、持戻免除の意思表示の推定はされません。
遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲
原則どおり、施行日以後に開始した相続に適用されます。
遺言執行者の権利義務
遺言執行者の権利義務関係については、その改正された条文の趣旨により、適用の時期が決まっていますので、条文ごとに適用の時期が異なり、複雑になっています。
改正民法1007条2項の遺言執行者が就任した後の相続人に対する通知義務や、改正民法1012条の一般的な権利義務関係に関する規定については、相続の開始日ではなく、遺言執行者の就任の時点で施行日以後であれば、改正後民法が適用されます。
改正民法1014条2項から4項までの規定は、遺言者の一般的な意思を推定した規定だとされているので、施行前に作成された遺言には適用されず、施行後に作成された遺言による遺贈等にのみ適用されることになります。
最後に、遺言執行者の復任権の規定である改正民法1016条についても、遺言の作成時期によって適用が決まり、遺言の作成が施行日後の場合のみ適用されます。
遺留分制度の見直し
遺留分制度の見直しについては、原則どおり、施行日以後に開始した相続に適用されます。
相続の効力等に関する見直し
相続の効力に関しては、各共同相続人の法定相続分を超える部分の権利の取得について、対抗要件を必要とするとの改正がされますが、原則どおり、施行日以後に開始した相続にのみ適用されます。
もっとも、改正民法899条2の第2項の債権に関する対抗要件の規定については、施行日前に開始した相続であっても、遺産分割により債権の承継がなされ、施行日以後に承継の通知がされる場合には適用されることになっています。
特別寄与料制度の創設
特別寄与料の制度については、施行日以後に開始した相続にのみ適用されることになっています。
特別寄与料は、被相続人に対する療養看護等について相続人に寄与料を請求する制度ですが、その寄与自体が施行日前にされたものである場合であっても、施行日以後に開始した相続には適用されます。
- 配偶者居住権
- 配偶者短期居住権
配偶者居住権
配偶者居住権については、今回初めて創設される権利であるため、施行日以後に開始した相続にのみ適用されることになります。
もっとも、相続の開始が施行日以後であっても、遺贈により配偶者居住権を取得させる旨が記載されていた場合、その遺言の作成日が施行日以前の場合には、その遺言当時には存在しない権利を目的とする遺贈ということになるため、適用はないとされています。
要は、遺言の作成日が施行日以後でない場合には、遺贈により配偶者居住権を設定することはできないことになります。
2020年1月1日は施行日前ですので、遺言の作成が施行日前の場合には、その遺言による遺贈で配偶者居住権を設定することはできません。そのため、遺された配偶者が配偶者居住権を取得するためには、他の相続人と協議をして設定するか、裁判所の審判で配偶者居住権の設定を求めるしかありません。
配偶者短期居住権
原則どおり、配偶者短期居住権は、施行日以後の相続にのみ適用されます。
もっとも、施行日以前であっても判例法理があり、配偶者は自宅に居住するための使用借権があるものと解される場合はあります。
- 自筆証書遺言の保管制度
自筆証書遺言の保管制度
保管制度ですので、適用というよりは、この制度自体の開始が施行日ということになります。
そのため、遺言書の作成日などとは関係なく、施行日以後に遺言書の保管を法務局に申請できることになります。
具体的な事例で考えてみましょう
上記適用関係について、抽象的な説明では理解が難しい場合があると思いますので、具体的な事例でそれぞれの改正の適用があるかどうかを見ていきましょう。
事例は下記のとおりです。
事例 配偶者居住権に配慮した遺言を残したが、遺留分の請求をされた事例
長男に不動産等を引き継がせることを意図しながら、配偶者の居住権についても配慮した遺言を残したが、DはBやCに対して遺留分の請求をしてきたという事案です。
現在日 :2019年10月10日
相続開始日:2019年5月5日
被相続人 :A
相続人 :配偶者B、長男C、二男D
遺産 :預貯金2000万円、不動産2000万円
遺言日 :2019年1月15日
適用関係
適用関係についての概要は下記のようになります。
施行日 | 改正内容 | 適用 | 説明 |
---|---|---|---|
2019.1.13 | 自筆証書遺言の方式緩和 | ◯ | 施行日以後にした遺言書に適用 |
2019.7.1 | 遺産分割前の預貯金債権の払戻し制度 | ◯ | 施行日以後は相続開始日にかかわらず、適用 |
遺産分割前の預貯金債権の仮分割の仮処分の要件緩和 | ◯ | 施行日以後は相続開始日にかかわらず、適用 | |
20年以上の婚姻期間のある夫婦の居住用不動産の贈与又は遺贈の持戻免除の意思表示の推定 | × | 施行日以前の贈与又は遺贈には適用なし | |
遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲 | × | 施行日以前に開始した相続には適用なし | |
遺言執行者の権利義務 | △ | 遺言者執行者の就任が施行日以後であれば、一部適用 | |
遺留分制度の見直し | × | 施行日以前に開始した相続には適用なし | |
相続の効力等に関する見直し | △ | 施行日以前に開始した相続には適用なし。ただし、遺産分割により債権の承継がなされ、施行日以後に承継の通知がされる場合には適用 | |
特別寄与料制度の創設 | × | 施行日以前に開始した相続には適用なし | |
2020.4.1 | 配偶者居住権 | × | 施行日以前に開始した相続には適用なし |
配偶者短期居住権 | × | 施行日以前に開始した相続には適用なし | |
2020.7.10 | 自筆証書遺言の保管制度 | × | 施行日以前に開始した相続には適用なし |
解説
上記事例の場合、相続開始日が2019年5月5日ですので、自筆証書遺言の方式緩和以外の施行日は来ていませんので、原則として改正前民法が適用になります。
例えば、この事例で配偶者居住権を遺言に書いていたとしても、適用はありませんし、自宅をBではなくCやDに対して相続させると遺言に書いてあると、Bには配偶者短期居住権が成立しませんので、Bは自宅から出ていかなければならない可能性があります。
また、遺言でBにすべて相続させると書いてあった場合、CやDはBに対して遺留分減殺請求ができますが、遺留分侵害額請求はできません。
しかし、現時点は同年10月10日であり、同年7月1日に施行される制度については適用の可能性があります。
具体的には銀行への払い戻し請求や、仮分割の仮処分については対象になります。そして、遺言執行者の就任が施行日以後であれば、一部の規定は適用になります。
そして、相続の効力等に関する見直しも、遺産分割で債権の帰属が決まって、施行日以後に通知をする場合には、適用されます。
もっとも、施行日である2019年7月1日以前に通知していた場合には適用はありません。
まとめ
以上のとおり、改正の適用については、その制度ごとに時期が異なり、その適用関係をしっかり見ないと、遺言の作成が無駄になったり、解釈に疑義が生じてしまう可能性もあります。
そのため、適用関係をしっかり見極めて、相続の対策を行ったり、遺産分割を行わなければならない時期にあるといえます。
上述のとおり、遺言の作成時期などが問題となる改正もあるので、このことは、2020年4月1日の施行以後も同様です。
相続の問題は、専門家である弁護士にしっかりと相談しておきましょう。