配偶者居住権とは、簡単に言うと、「相続が発生したときに、配偶者が自宅の所有権を取得しなかったとしても、一定の要件のもと、自宅に住み続けることができる」という制度です。
配偶者居住権は、配偶者の生活環境を保護できる制度であり、今後の積極活用が期待されています。
しかし、自宅の時価査定と比べて、評価が難しいため、遺産分割協議が難航することが想定されます。
ここでは、配偶者居住権の内容やポイントについて、弁護士と税理士の資格を持つ専門家がわかりやすく解説します。
目次
配偶者居住権とは
配偶者居住権とは、簡単に言うと、「相続が発生したときに、配偶者が自宅の所有権を取得しなかったとしても、一定の要件のもと、自宅に住み続けることができる」という制度です。
配偶者居住権について、なぜ、わざわざ法律で創設する必要があったのか、具体例で解説いたします。
具体例
被相続人(なくなった方):夫
相続人: 妻Aさん(75歳)、長女Bさん(40歳)
夫の遺産:自宅不動産(3000万円※時価)、預貯金(3000万円)
遺言:なし
妻Aさんは夫とともに、15年前から上記の自宅で生活してきました。
Aさんは、高齢であり、長く生活してきた自宅を離れることは体力的にも精神的にもできないと感じています。
妻Aさん、長女Bさんの法定相続分は、それぞれ2分の1です。
つまり、それぞれが取得できる遺産の総額は3000万円ということになります。
(自宅 3000万円 + 預貯金 3000万円)= 6000万円
■妻Aさんの取り分:6000万円 × 1/2 = 3000万円
■長女Bさんの取り分:6000万円 × 1/2 = 3000万円
妻Aさんが自宅での生活を希望した場合、法定相続分で遺産分割を行うとなると、Aさんは自宅しか取得できず、長女Bさんが預貯金 3000万円をすべて取得することとなります。
しかし、妻Aさんとしては、老後のために、多少の預貯金も相続したいと考えているかもしれません。
また、妻Aさんは、自宅の「所有権」までは必要と考えておらず、単に「生活(使用収益)したい」と考えているだけです。
そのため、この「使用収益権」のみ「所有権」から分離して、時価評価できれば好都合です。
使用収益権だけであれば、完全な所有権と比べて評価額が低くなるため、これを相続しても、預貯金も多少は相続できることになるからです。
例えば、使用収益権を 1500万円とすると、もともと 3000万円だった自宅の評価額は、使用収益権 15000万円とそれ以外の所有権 1500万円に分離されることになります。
上記の場合、妻Aさんは、1500万円の使用収益権に加えて、15000万円の預貯金も相続できることになります。
他方、長女Bさんは、自宅の所有権と 1500万円の預貯金を取得することとなります。
また、この問題は、不動産以外に遺産があまりない状況のときで、かつ、配偶者とその他の相続人との関係が悪いケースでは、もっと深刻化します。
例えば、上記の事例で、遺産の預貯金が 500万円だけだったとします。
このとき、それぞれが取得できる遺産の総額は 1750万円ということになります。
(自宅 3000万円 + 預貯金 500万円)= 3500万円
■妻Aさんの取り分:3500万円 × 1/2 = 1750万円
■長女Bさんの取り分:3500万円 × 1/2 = 1750万円
もし、使用収益権の分離が認められない場合、妻Aさんが 3000万円の自宅の取得を希望すれば、法定相続分を 1250万円もオーバーすることとなります。
3000万円 − 1750万円 = 1250万円
長女Bさんとしては、公平な遺産相続でなければ納得しないため、妻Aさんに対して、自宅を取得するのであれば、その代償金として、1250万円の支払いを求めるでしょう。
しかし、妻Aさんには、そんな大金を支払う余裕はないでしょう。
結局、妻Aさんは、自宅の取得を諦めなければならないこととなります。
これでは、配偶者である妻Aさんがかわいそうです。
このような問題が背景とあり、一定の要件を満たす配偶者については、「使用収益権」を所有権と分離して認めることとなったのです。
配偶者居住権の要件
では、どのような要件を満たせば配偶者居住権は認められるのでしょうか。
要件は、下記のいずれかに該当する場合です。
ⅰ)遺産分割によって配偶者居住権を取得するものとされた場合
ⅱ)配偶者居住権が遺贈の目的とされた場合、のどちらかに該当する場合
この要件から、「配偶者居住権」の取得ができるのは、協議や遺産分割調停で相続人間の合意ができた場合や、配偶者に配偶者居住権を遺贈する旨の遺言があった場合などに限られることになります。
第千二十八条 被相続人の配偶者(以下この章において単に「配偶者」という。)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下この章において「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。
一 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。
二 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。
引用元:民法|電子政府の窓口
審判で取得する場合の要件
もっとも、協議や遺産分割調停ではなく、「遺産分割の審判」という裁判所が決定してくれる手続きであれば、合意や遺言がなくとも、被相続人の配偶者が配偶者居住権を取得する審判を出してくれる可能性があります。
家庭裁判所が、審判で「配偶者居住権」を取得する旨を定める場合、下記の二つの要件を満たしていることが必要になります。
ⅰ)配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合であって
ⅱ)居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき
第千二十九条 遺産の分割の請求を受けた家庭裁判所は、次に掲げる場合に限り、配偶者が配偶者居住権を取得する旨を定めることができる。
一 共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき。
二 配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき(前号に掲げる場合を除く。)。
引用元:民法|電子政府の窓口
ⅰ)は分かりやすい要件ですので、説明は不要でしょう。
問題は、ⅱ)についてです。
居住建物の所有者の受ける不利益の程度と配偶者の生活の維持の必要性の比較衡量にはなりますが、「特に必要がある」と限定しているところを見ると、審判においても、簡単には「配偶者居住権」を取得する旨を定めてくれるものではないでしょう。
また、「配偶者居住権」は、原則として、終身、つまり亡くなるまで存続する権利となっていますが、協議や遺言でその期間を短くすることもできますし、審判で裁判所が「配偶者居住権」の取得の旨を定める場合にも、裁判所が期間を定めることがあります。
おそらく、上記要件のⅱ)について、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を勘案して、この「存続期間」が定められることになると考えられます。
そのため、配偶者の生活の維持のための必要性が弱いときでも、存続期間を定めることで「配偶者居住権」を認める可能性は十分にあると思われます。
効力
配偶者居住権には、以下のような効力があります。
- ① 権利者は、存続期間中、居住建物を使用収益できます。
- ② 権利者は、居住建物の所有者に対し、「配偶者居住権」の登記設定を請求できます。
- ③ ②の登記があれば、第三者に配偶者居住権を対抗できます。
- ④ 権利者は、居住建物にかかる通常の必要費を負担する義務を負います。
- ⑤ 「配偶者居住権」は譲渡することができません。
配偶者居住権の評価
配偶者居住権は、使用収益権を所有権から分離して評価できるため、自宅に住みたい配偶者の保護につながります。
上記の事例では、使用収益権を「1500万円」と記載しましたが、実務上、この評価は決して簡単ではありません。
そして、この評価には、民法上の評価と税法上の評価があります。
①民法上の評価
民法上の評価は、遺産分割の際に問題となります。
法務省は評価方法の一例として、下記の方法を紹介しています。
自宅の現在価値(時価)− 負担付所有権の価値※ = 配偶者居住権の価値
※負担付所有権の価値は下記で算出するようです。
自宅の現在価値☓存続期間(注1)に対応するライプニッツ係数(注2)
注1:終身の間(簡易生命表記載の平均余命を前提に計算)の配偶者居住権を設定したものとして計算します。
注2:ライプニッツ係数表は下表を御覧ください(2020年4月1日以降)。
1年 | 0.971 | 11年 | 0.722 | 21年 | 0.538 |
---|---|---|---|---|---|
2年 | 0.943 | 12年 | 0.701 | 22年 | 0.522 |
3年 | 0.915 | 13年 | 0.681 | 23年 | 0.507 |
4年 | 0.888 | 14年 | 0.661 | 24年 | 0.492 |
5年 | 0.863 | 15年 | 0.642 | 25年 | 0.478 |
6年 | 0.837 | 16年 | 0.623 | 26年 | 0.464 |
7年 | 0.813 | 17年 | 0.605 | 27年 | 0.450 |
8年 | 0.789 | 18年 | 0.587 | 28年 | 0.437 |
9年 | 0.766 | 19年 | 0.570 | 29年 | 0.424 |
10年 | 0.744 | 20年 | 0.554 | 30年 | 0.412 |
具体例 上記事例で自宅の時価が4200万円の場合
妻Aさんの年齢(75歳)
簡易生命表の平均余命:15年
15年に対応するライプニッツ係数:0.642
参考:法務省ホームページ
なお、遺産分割協議において、相続人全員が配偶者居住権の評価額に納得して合意すれば、上記のような計算は不要となります。
しかし、評価の基準がまったくないと、むしろ協議が難航するでしょう。
そのため、多くのケースでは、協議の前提として、上記のような計算方法を用いて評価額を示し、それをたたき台として、協議することになると予想されます。
②相続税を申告するための評価
相続税の評価については、民法上の評価と異なり、相続税法に明記されています。
税務上の評価は、課税するためのものに過ぎず、簡易迅速な評価が優先されるからです。
引用元:配偶者居住権等の評価|国税庁
計算式に当てはめるだけですが、素人の方は複雑と思われます。
そのため、相続税の申告が必要な場合は、税理士に相談されると良いでしょう。
配偶者居住権の存続期間
配偶者居住権は、上記のとおり、原則として、終身、つまり亡くなるまで存続する権利となっています。
しかし、協議や遺言でその期間を短くすることもできますし、審判で裁判所が配偶者居住権の取得の旨を定める場合にも、裁判所が期間を定めることがあります。
配偶者短期居住権について
配偶者短期居住権というのは、遺産分割協議や調停が終わるまでの間や、遺言で配偶者以外の者に遺贈された場合でも、すぐに配偶者に出て行くように求めることは酷なので、暫定的に建物の無償使用する権利を認めるものです。
これは、遺産分割協議の成立までの間は、配偶者に「無償で使用させる旨の合意があったものと推認される」として、配偶者に使用貸借契約関係を認めていた判例を少し修正して明文化したものといえます。
月日この権利は、配偶者居住権とは異なり、配偶者が被相続人名義の居住用不動産に住んでいる場合には、当然に認められる権利となっており、その存続期間が異なるのみとなっています。
権利の期間については、以下の期間まで、配偶者短期居住権が認められることになります。
遺産分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から6ヶ月を経過する日のいずれか遅い日まで配偶者短期居住権が認められます。
居住建物取得者が、配偶者短期居住権の消滅の申し入れをした日から6ヶ月を経過する日、まで配偶者短期居住権が認められます。
「配偶者居住権」と「配偶者短期居住権」の違い
「配偶者居住権」と「配偶者短期居住権」は名前は似ているのですが、その性質は異なります。
「配偶者居住権」というのは、簡単にいうと「使用収益権」なのですが、この権利は、遺産分割の結果として配偶者が取得する権利であって、語弊をおそれずにいえば、所有権を「配偶者居住権の負担付き所有権」と「配偶者居住権」に分離して考えて、配偶者が「使用収益権」という自宅不動産の一部を相続したといえるでしょう。
一方、「配偶者短期居住権」というのは、あくまで遺産分割が成立するまでの暫定の権利、ないし遺産分割によらずに自宅不動産の権利者が確定した場合に配偶者が住宅をすぐに追われるということがないように定められた権利であって、無償で認められる権利なのです。
ここで注意していただきたいのですが、「配偶者短期居住権」には「収益権」はありません。
これは改正案が作られる形で明確に「収益」を除いており、例えばですが、配偶者短期居住権を有する建物を民泊などに用いて収益することは認められないということです。
仮にこれに反して、配偶者短期居住権を有する配偶者が収益をしたとすると、居住配偶者短期居住権が消滅させられる可能性があります。
配偶者居住権のメリットとデメリット
以上から、配偶者居住権のメリットとデメリットを簡単にまとめると、下表のとおりとなります。
-
メリット自宅に住み続けることができる
使用収益の価値を分離して評価できる
配偶者は自宅以外も相続しやすくなる -
デメリット評価が難しい
配偶者居住権を使った相続税の節税
配偶者居住権は、通常の所有権と切り離してその使用収益権の価値を評価するものです。
したがって、当該権利をもつ配偶者が死亡したら、配偶者居住権自体が相続税の対象となるとも思えます。
しかし、配偶者居住権は、その権利をもつ配偶者が死亡したときに相続税の対象となっていません。
したがって、配偶者居住権を設定することで、相続税の節税効果につながります。
配偶者居住権に関するよくあるご相談
①相続放棄をしたら配偶者はどうなりますか?
相続放棄をすると、配偶者居住権を相続することはできません。
しかし、配偶者短期居住権により、一定期間、自宅に居住することが可能です。
建物の所有者から、「配偶者短期居住権の消滅の申し入れ」を受けた日から、6か月、無償で自宅に住めるので、その間に転居先を探すことが可能です。
②固定資産税は誰が払いますか?
自宅の固定資産税は、自宅の所有者が納税義務を負っています。
したがって、他の相続人が自宅を承継した場合、その相続人が支払います。
もっとも、配偶者居住権を有する配偶者は、通常の必要費を負担しなければなりません。
したがって、自宅の所有者は配偶者に対して固定資産税を請求することが可能です。
③自宅の名義が夫と長男の共有となっている場合、配偶者居住権を設定できますか?
自宅が被相続人と第三者の共有の場合、配偶者居住権を設定できません。
配偶者居住権を設定する場合、相続前に第三者の共有を外す(夫の単独名義か、妻との共有にする)必要があります。
④自宅の名義が夫と妻の共有となっている場合、配偶者居住権を設定できますか?
設定できます。
⑤建物の増改築ができますか?
配偶者は自宅所有者の承諾がなければ、増改築を行うことはできません。
⑥修繕費は誰が負担しますか?
配偶者が負担しなければなりません。
⑦自宅を第三者に賃貸できますか?
可能です。
⑧老人ホームに入るになったため、配偶者居住権を第三者に譲渡できますか?
できません。
まとめ
以上、配偶者居住権について、要件、評価方法、問題点等を解説しましたがいかがだったでしょうか。
配偶者居住権は、配偶者の生活環境を保護できる制度であり、今後の積極活用が期待されています。
しかし、新しい制度であり、詳しい専門家は少ないと思われます。
また、自宅の時価査定と比べて、評価が難しいため、遺産分割協議が難航することが想定されます。
そのため、配偶者居住権については、相続専門の弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
この記事が相続人の方にとってお役に立てれば幸いです。