遺産分割協議書に捨印がなくても直ちに法的な効力がなくなるわけではありませんが、円滑な手続きのためには捨印があると便利な場合があります。
遺産分割協議書は、被相続人の預貯金の解約や相続税の申告等の際に利用されることになりますが、記載漏れや記載ミスがあると、銀行や税務署は有効な書類として受け付けてくれず、手続きが進められない可能性があります。
捨印を押しておくことで、軽微なミスや記載漏れについては、相続人から訂正印をもらわなくても訂正できるようになるため、手続きを円滑に進めるためには、捨印があった方が望ましいと言えます。
ただ捨印で訂正できる範囲は限定されていますし、適切な方法で捨印しなければ訂正の効力が否定されかねません。
また、捨印は悪用されるリスクもあります。
ここでは、そもそもの遺産分割協議書の用途や、捨印の意義・方法等を、弁護士がわかりやすく説明します。遺産分割協議書を作成しようとされている方は、是非参考になさってください。
遺産分割協議書とは?
遺産分割協議書とは、相続人がどの遺産をどのように相続するのかということを記載した書面のことです。
被相続人(亡くなった方のことです)が遺産を残していた場合、相続人が、全員で、誰がどの遺産を相続するのかを話し合います。
この話し合いのことを「遺産分割協議」といい、その協議の結果を書面としたものが遺産分割協議書です。
遺産分割協議書はなぜ必要?
相続財産の名義書換などの各種手続きのため
相続した不動産や預貯金の名義変更、相続税の申告など、相続人が相続した財産について各種の相続手続きを行うときに、法務局や銀行、税務署等から、遺産分割協議書の提出を求められることがあります。
遺産分割協議書の提出を受けた法務局や銀行、税務署等は、遺産分割協議書の内容を見て、相続人の間で確かに遺産分割協議が行われ、その結果について相続人全員が合意していることを確認したうえで、手続を進めます。
このように、遺産分割協議書は、遺産分割協議の結果を対外的に証明するために必要となります。
相続人間のトラブル防止のため
遺産分割協議書には、相続人全員が内容を確認したうえで署名し、実印を押すのが一般的です。
そのため、後から「他の相続人が勝手に作った」などと言い出す相続人が出てきてトラブルとなることを防ぐことができます。
このように、遺産分割協議書は、相続人全員で合意した内容を示す証拠として必要となります。
捨印とは?
捨印(すていん)とは、あらかじめ文書の余白部分に印鑑をおしておき、あとで軽微な記載漏れや書き間違いが見つかったときに訂正印として利用することができるようにしておくものです。
訂正印とは
文書の一般的な訂正方法には、訂正印による訂正が用いられています。
これは比較的馴染みがある方法であると思いますが、文書の中で例えば自分の住所の表記等を間違って記載してしまったような場合に、間違いの箇所を二重線で消して、その上もしくは訂正箇所の近くに押印して訂正する方法です。
捨印のメリット
訂正印による訂正は、本人が訂正印を押して訂正する方法であり、ごく一般的に用いられている、原則的な訂正方法といえます。
しかし、この方法によると、文書が本人の手元を離れて、例えば他の相続人の手元に移ってしまっていたら、訂正するのが困難になります。
相続人が多数いてそれぞれが遠くに離れて暮らしているようなケースでは、訂正のために何度も遺産分割協議書を郵送等しなければならず、場合によっては数週間かかってしまうこともありえます。
そのような場合を見越して、軽微な誤りがあった場合でも、上記で説明したような各種手続きを進める人の方で、訂正してもらえるようにあらかじめ訂正印を押しておくのが捨印であり、捨印の最大のメリットになります。
遺産分割協議書に捨印は必要?
捨印がないと遺産分割協議書の効力が法的に認められないというわけではありませんので、捨印を利用するかどうかは、相続人の判断に委ねられています。
以下のメリットとデメリットをよく理解した上で、捨印を利用するかどうかを判断してください。
捨印のメリット
すでに触れたように、文書の訂正を容易に行えるのが捨印のメリットです。
特に、遺産分割協議書は、上で触れたような、不動産や預貯金の名義変更、相続税の申告など、相続人が相続した財産について各種の相続手続きで用いられますが、これらの文書の提出を受ける銀行、登記所(法務局)や税務署は、遺産分割協議書の内容に少しでも不備があると手続きを進めてくれません。
捨印を押しておかないと、そのような場合、都度相続人に訂正印をもらわないと訂正ができず、場合によっては手続きが何ヶ月も遅れてしまうといった事態になりかねません。
従って、遺産分割協議に基づく上記各種手続きを円滑に行うためには、捨印が必要といえるでしょう。
捨印のデメリット
一方で、捨印には、本人の意図しない修正が加えられてしまう可能性があるというデメリットもあります。
遺産分割協議書への捨印は、本人が後日どこが訂正されるか分からないまま、他の相続人等に遺産分割協議書を預ける行為です。そのため、遺産分割協議書を預けた相手が、本人の意図しない箇所を勝手に訂正してしまうリスクがあります。
下記の注意点でも触れるように、捨印で訂正できる範囲は、基本的には誤字脱字の範囲に限定されてはいるものの、遺産の受取人の氏名を変えてしまうようなことはできてしまう可能性があります。
以上のように、捨印には遺産分割手続きを円滑に進められるという大きなメリットがある代わりに、悪用の恐れというデメリットもありますので、誰に何のために捨印をした文書を預けるのか、慎重に判断することが必要です。
遺産分割協議書の訂正方法
ここでは、捨印を用いた遺産分割協議書の訂正方法を説明します。
例えば、相続人Aの住所に間違いがあった場合、誤記部分を二重線で消して、その近くに正しい記載をします。
その上で、捨印部分の近くに、削除した文字数と追加(訂正)した文字数を記載します。
上記具体例では、誤記である住所末尾の「2−7−55」という6文字を削除し、「1−17−51」という7文字を追加していますので、捨印の近くに「6文字削除、7文字追加」と記載します。
使用する印鑑
捨印は、遺産分割協議書の署名押印(記名押印)の欄に押印したものと同じ印鑑で押印する必要があります。
これによって、遺産分割協議書に署名押印(記名押印)した人が自ら捨印による訂正に同意したことを明らかにすることができるからです。
遺産分割協議書には通常実印で押印しますので、捨印も実印で押印することになります。
捨印の場所
捨印を押す場所は特に決まりはありません。文書の余白部分に押せば良いですが、一般的には、文書の頭書の余白部分に押します。
そして、文書が複数ページに渡る場合は、どのページに訂正が入るかわからないため、全てのページの余白部分に押す必要があります。
捨印の注意点
どのような内容でも訂正できるわけではない
捨印で訂正できるのは、あくまでも軽微な記載漏れや書き間違いに限られます。
捨印での訂正という簡便な方法で訂正ができるのは、それが、捨印を押した人本人も、当然訂正することを承知するようなことであり、本人の意思を害しないと言える事項の訂正であるからです。
軽微な記載漏れや書き間違いとはいえない場合には、本人の意思を害することになりかねないため、捨印で訂正することはできません。
この点、最高裁の判例においても、「債務者のいわゆる捨印が押捺されていても、捨印があるかぎり、債権者においていかなる条項をも記入できるものではな」いと判断されています(最判昭和53年10月6日)。
どこまでが軽微な書き間違いと言えるかは、難しい問題ですが、明らかな誤字脱字や、相続人の氏名・住所等の一部の修正が限度と考えておいた方が良いでしょう。
悪用される可能性もある
捨印には、上でも触れた通り、本人の意図しない修正が加えられてしまうリスクがあります。
確かに、本人の意図しない修正がされたとしても、それはそもそも軽微な書き間違いの訂正とはいえず、捨印による訂正の効力が認められない可能性もあります。
しかし、遺産分割協議書を受け取った銀行、登記所(法務局)や税務署の判断しだいで手続きが進められてしまう可能性はありますので、やはりリスクとしては残ることになります。
特に遺産相続に争いがある場合や、信頼できない相続人がいるような場合には、捨印を押した遺産分割協議書を預けることは避けた方が良いでしょう。
遺産分割協議書と捨印についてのQ&A
遺産分割協議書に捨印は全ページに必要?
遺産分割協議書は、通常複数ページになりますが、どのページに訂正が入るかわからないため、全ページに押しておくべきといえます。
遺産分割協議書に実印がない場合どうなる?
実印がなくても、遺産分割協議自体の効力が否定されることはありません。しかし、遺産分割の手続きとして、預貯金の払い戻し、不動産名義の変更や税務申告をする際には、遺産分割協議書への実印押印と印鑑証明書の提出が求められることがほとんどです。
実印及び印鑑証明書がないとこれらの手続きができないため、事実上実印が必須になります。印鑑登録をしていない相続人がいる場合には、早めに印鑑登録しておくことが望ましいでしょう。
遺産分割協議書に割印は必要ですか?
割印とは、複数の独立した文書が同時に作成されたものであることを示すために押印する印を意味します。
遺産分割協議書は、相続人全員が署名押印した原本と控えを作成します。不動産登記や預金の名義変更を行う代表者が原本を、その他の相続人が控えを保有することになるのが一般的です。
この原本と控えとが同時に作成された関連するものであることを示すために押印する印が「割印」です。
割印がなくても、遺産分割の法的効力には影響がありませんが、このように複数の独立した文書(原本と控え)が同時に作成されたものであることを示すことで、後々の相続人間などの紛争を防ぐことができますので、一般的には割印は押すことが多いです。
遺産分割協議書に契印は必要ですか?
契印とは、複数ページある文書が、一つの一体となった文書であることを示すために押印する印を意味します。
遺産分割協議書は、通常複数ページにわたりますが、契印をしておくことで、一部のページを抜き取って改ざんするようなことを防ぐことができます。
割印と同様、契印がなくても遺産分割の法的効力に影響はありませんが、改ざん防止のため、一般的には遺産分割協議書には契印を押すことが多いです。
まとめ
遺産分割協議書に捨印を押しておくと、遺産分割手続きを円滑に行うことができます。実際、実務でもよく使われています。
悪用のデメリットもあるため捨印を押すことに不安もあるかもしれませんが、遺産をめぐる紛争がないような場合には捨印を押しておくと良いでしょう。
ただ、捨印で訂正可能な「軽微な記載漏れや書き間違い」かどうかの判断は難しい部分がありますので、判断に迷う際は、弁護士など専門家に相談する方が良いでしょう。
当事務所には相続問題に注力する弁護士・税理士で構成される相続対策チームがあり、遺産分割協議を強力にサポートしています。
遺産分割協議についてお困りのことがあれば、当事務所にお気軽にご相談ください。