遺産の使い込みが発覚した場合、使い込んだ相手に対して損害賠償請求等による責任追及が可能です。
当事務所の相続対策チームには、預貯金の使い込みについて以下のようなご相談がたくさん寄せられています。
- 預貯金の使い込みを取り戻せますか?
- 遺産分割はどうなりますか?
- 相手が認めていない場合の対応方法を教えてください。
このページでは、具体例を用いて、預貯金の使い込みで泣き寝入りしない方法をわかりやすく解説いたします。
ぜひご参考になさってください。
遺産の使い込みとは?
遺産の使い込みとは、被相続人(亡くなった方のこと)の財産(預貯金や現金)を本人に無断で使うことをいいます。
使い込みには2種類ある
このような遺産の使い込みは、①生前の使い込みと、②死後の使い込みの2つの種類があり、それぞれで状況が異なります。
以下、泣き寝入りしない方法をケース別に解説します。
ケース1生前の使い込みが発覚した場合
具体例
Xさんがお亡くなりになられました。
ご遺族(相続人)には、妻A、長男B、長女Cの3人がいます。
妻Aが夫から預貯金の管理を任せられており、Xさんの死後、妻Aの管理に関して合計500万円もの使途不明金があることが発覚しました。
このような場合、BやCは遺産分割を行うことができるでしょうか?
遺産の使い込みをAが認めていない場合
B及びCがAを追求したところ、Aが「知らぬ存ぜぬ」の対応の場合、遺産分割協議は困難です。
このような場合、裁判所に対して、民事訴訟を提起する方法があります。
その際の法的な根拠としては、不当利得返還請求(民法703条)ないし不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)が考えられます。
裁判では、預貯金の使い込みを主張する、BないしCに立証責任が課せられます。
そのため、訴訟を提起する前に、例えば、当該預貯金の取引履歴を取り寄せて、出金の年月日、額などを調査するなどして、立証の可否等を検討する必要があります。
なお、取引履歴の開示について、銀行等の金融機関は、プライバシーを理由に開示しないことも考えられます。
しかし、相続人は利害関係を有するので、預貯金の取引履歴については、相続人が単独で行うことが可能です(最判平21.1.22)。
遺産の使い込みをAが認めた場合
B及びCがAを追求したところ、Aが預貯金の使い込みを認めた場合、遺産分割協議が可能です。
この場合、遺産分割協議において、使途不明金について、具体的に遺産であることを互いに確認するとよいでしょう。
遺産分割協議書の記載例
では、具体的に、どのような遺産分割協議書を作成すればよいのか、以下ではサンプルを示しながら解説します。
【使途不明金がある場合の遺産分割協議書】
第○条
A、B及びCは、次の財産が被相続人Xの遺産であることを互いに確認し、これをAが取得するものとする。
○○銀行 ○○支店 普通 口座番号○○○○○の使途不明金500万円に係る返還請求権
第○条
次の預金は、Bが取得するものとする。
○○銀行 ○○支店 普通 口座番号○○○○○○○円(相続開始日の残高)
第○条
次の預金は、Cが取得するものとする。
○○銀行 ○○支店 普通 口座番号○○○○○○○円(相続開始日の残高)
使途不明金の法的性格
Aの預貯金の管理が被相続人Xとの管理委任契約によって行われている場合、委任者であるXは、預貯金を使い込んだAに対して、委任契約上の返還請求権(民法646条1号)又不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)を有します。
この請求権は、Xの遺産となり、遺産分割の対象となります。
なお、仮に、XがAに預貯金の管理を任せていなかった場合は、不当利得返還請求(民法703条)ないし不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)を有するものと解されます。
使途不明金の精算方法
本件では、Aが預貯金の使い込みを認めているため、その精算方法を遺産分割協議書に記載することで、解決が可能です。
具体的な方法としては、Aが使い込んだ500万円をいったん、現金で返還するという方法も可能ですが、煩雑です。
そこで、Aが返還請求権を遺産として自ら相続取得することとし、それを前提に、残りの遺産を分割すれば、簡便に遺産分割を処理することが可能です。
上記のサンプルは、その方法を前提に作成しています。
ケース2死後の使い込みが発覚した場合
遺産の使い込みをBさんが認めている場合
AさんとCさんは、Bさんに対し、預貯金の使い込みを指摘したところ、Bさんが預貯金の使い込みを認めているとします。
この場合は、特に裁判になどせずに、遺産分割協議が可能です。
遺産分割協議では、Bさんの使い込んだ預貯金について、共同相続人間で不公平にならないように処理することがスムーズに運ぶためのポイントとなります。
法定相続分を算出する
遺産の総額 300万円(福岡銀行預貯金)+ 300万円(Bが使い込んだ額)+ 300万円(博多銀行預貯金)+ 600万円(自宅不動産)=1500万円
妻 A・・1500万円 × 1/2 = 750万円
長男B・・1500万円 × 1/4 = 375万円
長女C・・1500万円 × 1/4 = 375万円
上記のとおり、このケースにおいて、各共同相続人が受けることができる法定相続分は、Aさん750万円、Bさん375万円、Cさん375万円となります。
遺産の取得について協議する
次に、遺産の取得(誰が何をどの程度取得するのか)について協議します。
必ずしも、法定相続分どおりに分割する必要はありません。
しかし、遺言がない事案においては、法定相続分どおりに分けることが相続人間で納得感を得やすいので、重要な基準となります。
生活状況に配慮することもポイントとなります。
具体例 今回のケースの場合例えば、上記の事案で、妻Aさんが自宅不動産で生活しており、長男、長女ともに独立しているような場合、Aさんが自宅を取得したほうがAさんにとっては助かるでしょう。
また、長男、長女は、自宅不動産で生活しているわけではないので、これを手放して、現金を取得したほうがよいでしょう。
このような場合、Aさんが自宅(600万円)を取得し、法定相続分(750万円)に満たない150万円(750万円 − 600万円)を、他の遺産(預貯金)から取得する、BさんとCさんは、現金で375万円ずつ取得する、という帰結が望ましいでしょう。
遺産分割協議書の記載例
では、具体的に、どのような遺産分割協議書を作成すればよいのか、以下ではサンプルを示しながら解説します。
【死後の使い込みがある場合の遺産分割協議書】
第○条
次の預金は、Aが取得するものとする。
福岡銀行 ○○支店 普通 口座番号○○○○○ 600万円(相続開始日の残高)
第○条
A、B及びCは、前条の遺産からBが300万円を引き出して受領していることを互いに確認する。
第○条
次の各号の不動産は、Aが取得するものとする。
①土地 所 在 ◯◯◯◯ ◯丁目
地 番 ◯番
地 目 宅地
地 積 ◯◯.◯◯㎡
②建物 所 在 ◯◯◯◯ ◯丁目◯番地
家屋番号 ◯番
種 類 居宅
構 造 木造瓦葺2階建
床面積 1階 ◯◯.◯◯㎡
2階 ◯◯.◯◯㎡
第○条
次の預金は、Cが取得するものとする。
博多銀行 ○○支店 普通 口座番号○○○○○ 300万円(相続開始日の残高)
第○条
Aは、第○条及び第○条の遺産を取得することの代償として、Bに75万円、Cに75万円を支払うものとする。
死後に使い込んだ預貯金の法的性格
仮に、Bの預貯金の管理が被相続人Xとの管理委任契約によって行われている場合、委任者であるXは、預貯金を使い込んだBに対して、委任契約上の返還請求権(民法646条1号)又不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)を有します。
この請求権は、Xの遺産となり、遺産分割の対象となると考えられます。
しかし、本件では、死後にBが預貯金を使い込んだことから、委任契約は存在しません。
そのため、Bに対する請求権を遺産分割の対象とはしていません。
また、Bが300万円を受領していることを書面に残していた方が、遺産分割協議の経過等が明確になるため、上記のサンプルでは、Bが「すでに受領していることを確認する」と記載しています。
調停や審判外での遺産分割協議ですので、このような確認事項を記載することも可能と考えられます。
代償金の精算
Aさんが自宅不動産(600万円)のほかに福岡銀行の預貯金(現在残高300万円)を取得するため、法定相続分を超える額(900万円 − 750万円 = 150万円)を取得することとなります。
そのため、上記のサンプルではBさん及びCさんそれぞれに、代償金として75万円を支払うとしています。
遺産の使い込みをBさんが認めていない場合
A及びCがBを追求した際、Bが「知らぬ存ぜぬ」の対応の場合、当事者間での遺産分割協議は困難です。
このような場合、一般的には裁判所に対して、民事訴訟を提起する方法があります。
その際の法的な根拠としては、不当利得返還請求(民法703条)ないし不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)が考えられますが、これは、前記のとおり、自己の相続分を侵害されている場合となります。
本事例のように、使い込んだ額が相続分を超えていない場合、遺産分割の調停を申立てることを検討すべきでしょう。
調停は裁判とは異なり、話し合いの場ですので、厳密な意味での主張立証の責任は負いません。
しかし、調停委員会や相手方を説得するための資料として、預貯金の使い込みを証明する資料を提出したほうがよいでしょう。
例えば、当該預貯金の取引履歴を銀行から取り寄せて、出金の年月日、額などを調査して意見書とともに、証明資料として提出します。
遺産の使い込みは罪となる?刑事告訴できる?
例えば、介護スタッフなどの職員が被介護者の遺産を使い込んだような場合、窃盗罪や業務上横領罪が成立します。
このような場合、上で解説した民事上の責任だけでなく、刑事責任の追求も可能でしょう。
しかし、使い込んだのが親族の場合は刑事責任を追求できない場合があります。
例えば、子供が親の通帳を使い込んだ場合、窃盗罪や横領街が成立しても、法律上刑が免除されることとなります(刑法244条・251条)。
引用元:刑法|電子政府の窓口
したがって、刑事責任を追求することは困難です。
遺産使い込みの問題点
預貯金の使い込みには、以下のような問題点が考えられます。
問題点①使い込みの額の調査が難しい
一般の方の場合、取引履歴の開示請求がわからない、という問題があります。
また、取引履歴を取り寄せることができたとしても、どこが使い込みの箇所に該当するのかがはっきりしないという問題が生じます。
問題点②調停や民事訴訟で戦うのは容易ではない
遺産分割調停において、意見書を作成したり、証拠資料を準備したりするのは簡単ではありません。
また、民事訴訟において、預貯金の使い込みを主張立証するのは専門的知識が必要となります。
預貯金の使い込みに精通した弁護士でなければ裁判所で戦うのは難しいと考えられます。
また、調停や民事訴訟は長期化します。解決まで数年間を要することも珍しくありません。
問題点③遺産分割協議書の作成
仮に、相手方が預貯金の使い込みを認めたとしても、適切な遺産分割協議書を作成しなければ、後々トラブルとなる可能性があります。
そのため、遺産分割協議書の作成は重要です。
当事務所では、遺産分割協議書のサンプルをホームページから無料で閲覧・ダウンロード可能としています。
遺産分割協議書のサンプルはこちらのページをご覧ください。
まとめ
以上、預貯金の使い込みについて、生前と死後の事例にわけて、詳しく解説しましたがいかがだったでしょうか。
預貯金の勝手な使い込みは、被相続人の意思に反する許されない行為です。
被相続人の想いを引き継ぐために、確実に返還を求めていくことが必要です。
しかし、預貯金の使い込みの状況は様々であり、具体的な状況に応じた専門的判断と対応が必要となります。
そのため、素人判断ではなく、相続問題に詳しい弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
当事務所の相続対策チームは、相続問題に注力する弁護士、税理士等で構成されるチームであり、遺産について調査するだけでなく、評価についてもサポートしています。
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