私は福岡市に住む者です。
先日、夫がYの運転する車に轢かれて亡くなりました。
Yさんに対しては、交通事故専門の弁護士に保険会社との交渉を依頼し、その結果、保険会社が7000万円の損害賠償金を支払うこととなりました。
相続人は、妻である私A(62歳)のほか、長男B(32歳)、長女C(30歳)の3人です。
夫の遺産は、以下のとおりです。
- 預貯金:1500万円
- 甲生命保険:死亡保険金1000万円(保険金受取人を「A」と指定)
- 乙生命保険:死亡保険金3000万円(保険金受取人を「相続人」と指定)
家族会議の結果、預貯金や賠償金については、法定相続分どおりで分けようということになりましたが、賠償金のようなものを遺産分割することができるのでしょうか?
また、乙生命保険については、受取人が私(A)となっているので、私だけが取得するという理解でよろしいでしょうか?
目次
賠償金(損害賠償請求権)が遺産分割の対象となるか?
交通事故の場合、被害者の方は加害者(通常はその保険会社に請求)に対して、不法行為に基づく損害賠償請求が可能となります。
その具体的な内容としては、慰謝料、逸失利益、休業損害、治療費等の積極損害です。
しかし、本件のように、被害者の方がお亡くなりになられていると、被害者の方は請求することはできません。
このようなケースにおいて、判例は、被害者は傷害の瞬間に損害賠償請求権が発生し、死亡によってその権利が相続人に承継されると解しています。
すなわち、即死であったとしても、時間的な間隔があると観念し、損害賠償請求権の相続性を肯定しているのです。
また、これは慰謝料であっても変わりません。
このような判例の立場からすると、相続人は、亡くなった被害者の方の損害賠償請求権を相続するといえます。
他方で、遺産分割前の遺産の性質について、最高裁は、民法249条以下に規定されている「共有」とする見解をとっています(最判昭30.5.31)。
この判例からすれば、被相続人(亡夫)の損害賠償請求権は、給付が可分である以上(このような債権のことを「可分債権」といいます。)、相続開始時(夫の死亡時)に当然分割され、各相続人に法定相続分に応じて帰属することになるため、遺産分割の対象にならないと考えられます(最判昭29.4.8)。
この立場によると、本件損害賠償請求権については、Aさんが2分の1、Bさん及びCさんがそれぞれ4分の1ずつ、遺産分割を経ることなく請求できることとなります。
生命保険の扱いは?
甲生命保険については、受取人が「A」と指定さています。このような場合、判例は、指定を受けた者が固有財産として保険金請求権を取得し、これが相続財産を構成することはないと判示しています。
したがって、保険金1000万円について、Aは遺産分割を経ることなく、単独で保険金を請求できます。
また、乙生命保険については、受取人が「相続人」と指定されています。
このような場合も、判例は、相続人が固有の権利として保険金請求権を取得すると判示しています。
そして、可分債権は、前記のとおり、相続開始とともに当然分割され、各相続人に法定相続分に応じて帰属するというのが判例の立場です。
そこで、保険会社に対して、Aさんは1500万円、BさんとCさんは750万円を請求できます。
賠償金や保険金を遺産分割の対象とする合意はできる?
損害賠償請求権については、実務上は、相続人全員で遺産分割の対象とする旨合意したときは遺産分割の対象とする見解が取られることが多くあります。
また、トラブルになりそうな場合は、遺産分割協議書の中に、損害賠償請求権についても明記することが望ましいと考えられます。
これに対して、保険金については遺産分割の対象とならないことがほぼ常識化しています。
また、相手方が保険会社であり、受取人に対して、機械的に支払うことが多いようです。そのため、遺産分割協議書には通常記載しません。
賠償金(損害賠償請求権)の遺産分割協議書の記載例
では、具体的に、どのような遺産分割協議書を作成すればよいのか、以下では今回のケースの例を示します。
【賠償金(損害賠償請求権)の遺産分割協議書】
第◯条 損害賠償請求権について
1 相続人A、B及びCは、次の損害賠償請求権が被相続人の遺産であることを確認する。
①事故日 ◯年◯月◯日
②損害賠償請求金 7000万円
③加害者(債務者) Y(住所◯◯◯◯)
2 Aは、前項の損害賠償請求権を持分2分の1で共有取得する。
3 B及びCは、第1項の損害賠償請求権を持分4分の1で共有取得する。
第◯条 預貯金について
1 次の預貯金はAが取得する。
◯◯銀行 ◯◯支店 普通 口座番号◯◯◯◯ 1500万円(相続開始日の残高)
2 Aは、前項記載の預貯金を取得する代償として、各相続人に次の価額の債務を負担することとし、それぞれの指定する口座に◯年◯月◯日限り、振り込む方法により支払うものとする。振込手数料はAの負担とする。
Bに対し、金325万円
Cに対し、金325万円
遺産分割協議の書式のダウンロードはこちらからどうぞ。
賠償金(損害賠償請求権)の遺産分割協議書のポイント
賠償金については、まだ加害者から支払われる前であれば、遺産分割協議書に明記しておくと、今後のトラブル防止につながる可能性があります。遺産分割協議書に明記する場合は、当該債権を特定するため、事故日、賠償金の額、債務者等を明記します。
保険金については、上記の理由から例には明記していません。
ただし、相続税法上は、相続税の課税対象となるので注意してください。
なお、相続税についてはこちらをごらんください。
本件事案では、預貯金を法定相続分どおりに分割する場合、それぞれが受け取るべき額は、Aさん750万円、Bさん325万円、Cさん325万円です。
ところが、サンプルでは、まずAさんが預貯金の全額1500万円を取得し、その代りに、Bさんに325万円、Cさんに325万円を支払うという内容にしています。
このような記載内容にしているのは、手続の円滑化のためです。
すなわち、相続人間の話合いで、銀行預金を分割すると、遺産分割協議書だけでなく、金融機関の所定の書類にも、AからCさん全員の署名捺印を求められるのが一般的です。
そのため、大変な手間暇を要することとなります。
そこで、Aさんに預貯金を集中して相続させ、そのかわりにBさんとCさんに代償金を支払うという分割協議にしています。
賠償金(損害賠償請求権)の遺産分割協議の問題点
遺産に賠償金(損害賠償請求権)があるケースの遺産分割協議には、以下のような問題点が考えられます。
賠償金(損害賠償請求権)を確定するのが困難?
上記の事案は、賠償金(損害賠償請求権)の額について、確定できている前提で解説しています。
しかし、相続実務において、賠償金(損害賠償請求権)が当初から確定できていることは稀です。
特に、交通事故の場合、相手方の保険会社は被害者の請求額をすんなりと認めることは少なく、通常は過失の程度や賠償額について争ってきます。
そのような事案では、賠償額をまずは確定しなければなりません。
そのため、交通事故に詳しい弁護士に相談するなどして、賠償額を確定していきます。
なお、当事務所の場合、このような賠償金が問題となる事案では、相続専門の弁護士が交通事故専門の弁護士とチームを組んで対応しています。