遺産分割協議に法律上の期限はありません。
しかし、相続の手続きには期限が決まっているものがあります。
遺産分割協議は、この相続手続きの前提となっています。
また、遺産分割を放置しておくと、相続関係が複雑になる、遺産が他人に取得されてしまう、などの問題が発生するリスクがあります。
そのため、遺産分割協議はできるだけ早く実施する方が望ましいと考えます。
この記事では、遺産分割協議を速やかに行う理由、遺産分割協議のメリットや遺産分割協議の方法等について、相続問題に注力する弁護士が解説していきます。
ぜひ参考になさってください。
遺産分割協議とは
遺産分割協議とは、相続人全員で被相続人(「ひそうぞくにん」亡くなった方のこと)の遺産の分け方を話し合って決めることをいいます。
被相続人が遺言書を残しており、それに従う場合には遺産分割協議を行う必要はありません。
また、相続人が1人しかいない場合や、相続人全員が相続を放棄し、あるいは相続人から除外されたことにより相続人がいなくなった場合には、遺産分割協議を行う必要はありません。
これに対して、遺言書がない場合や無効な場合や、遺言書があってもこれに従わない場合などは、遺産分割協議を行う必要があります。
遺産分割協議が成立したら、すみやかに相続人全員で合意した内容を反映した遺産分割協議書を作成します。
遺産分割協議の期限
遺産分割協議について法律で定められた期限はありません。
しかし、相続した財産について名義変更等の手続きを行う際には金融機関や公的機関に遺産分割協議書を提出しなければならないケースが少なくありません。
また、後から相続人間で「言った」「言わない」のトラブルとなることを防止するためにも、できるだけ早い段階で遺産分割協議書を作成しておくことが大切です。
なお、遺産分割協議は相続人全員が合意した場合に成立し、相続人が1人でも欠けていたり合意していない場合には成立しません(無効となります)。
そのため、後から遺産分割協議に参加していない相続人が判明するといったことがないよう、相続人の調査をしっかりと行うことがポイントです。
また、相続財産が後から見つかった場合には、改めてその財産について遺産分割協議を行わなければならない可能性もあることから、相続財産の調査を抜け漏れなく行うことも重要です。
遺産分割協議を速やかに行うべき理由
なぜ遺産分割協議を速やかに行うべきなのか。
ここでは速やかに遺産分割協議を行わない場合に想定されるリスクやデメリットについてご紹介します。
相続放棄【3か月】
相続放棄とは、相続財産の一切を放棄することができる制度です。
例えば、資産に比べて明らかに大きな借金があるときや、相続に伴うトラブルに巻き込まれたくないときなど、相続人は相続放棄をすることにより責任を負わなくてもよいことになります。
しかし、相続放棄をする場合、被相続人が死亡したことを知るなどして相続の開始を知ったときから3か月以内に家庭裁判所に相続放棄の手続きをする必要があります。
この3ヶ月間を「熟慮期間」といいます。
相続放棄をすると、相続人ではなくなるため遺産分割協議はできなくなります。
したがって、少なくとも熟慮期間の間に、相続放棄をするか、遺産分割協議を行うかを判断しなければなりません。
また、熟慮期間が過ぎた後、相続放棄をしたいと思っても基本的にできなくなってしまいます。
すなわち、被相続人に借金があった場合、これを引き継がなければならないというリスクがあります。
相続税の申告の期限【10ヶ月】
相続税とは、相続した遺産の価値に応じて支払わなければならない税金のことです。
相続税を支払わなければならない場合には、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に、被相続人が亡くなったときの居住地の税務署に対して行う義務があります。
相続税の申告を行うために、誰がどのような遺産を引き継ぐのかを確定しなければならず、その前提として遺産分割協議が成立していることが必要となります。
10ヶ月の期限内に相続税の申告をしなかった場合、次のようなデメリットがあります。
- 延滞税や無申告加算税などのペナルティが発生する
- 配偶者の税額軽減や小規模住宅等に関する特例などを利用することもできなくなる
なお、10ヶ月の期限内にどうしても遺産分割協議が整わない場合には、法定相続分で財産を分けたと仮定して、「未分割申告」という仮の申告をして相続税を支払います。
当然のことながら、その際には遺産分割協議書の提出は不要です。
申告期限(10ヶ月)からさらに3年以内に、遺産分割協議をととのえて修正の申告をすることで、税金を多く払いすぎた場合には返金を受けることができます。
もっとも、未分割申告の時点では相続税を軽減する特例を使うことができないため、後に返金を受けられるとしても、一時的な負担が増えてしまうことや、再申告の手間が発生することなどから、できる限り、期限内に遺産分割協議をととのえて申告するのが望ましいといえます。
預貯金の使い込みに対する返還請求【5年】
相続人の間で遺産を分ける前に、一部の相続人が私的に預貯金を使い込んでしまったという場合、他の相続人は、使い込まれた預貯金を取り戻すために「不当利得返還請求」をすることが考えられます。
不当利得返還請求権(民法上の債権です。)には5年の時効※があり、請求できることを知った日(使い込みの事実を知った日)の翌日から5年以内に請求をしなければ、時効にかかって消滅します(民法166条1項1号)。
※使い込みを知らなかった場合、上記の5年は10年となります(同条項2号)。
参考:民法|e-GOV法令検索
遺産分割を放置し、相続開始から5年経過してしまうと、預貯金の使い込みに対する返還請求ができなくなるというリスクがあります。
相続回復請求権の主張【5年】
相続権を他者から侵害されたとき、相続権を侵害されたことを知った時から5年間※は相続権回復の請求を行うことが可能です(民法884条)。
※知らなかった場合、相続開始の時から20年間
参考:民法|e-GOV法令検索
これを相続回復請求権といいます。
例えば、無権利者が遺産の不動産を占有している、遺産の預貯金を相続人の一人がすべて自分の口座へ移動した、などのケースです。
この場合、相続人は侵害している者に対し、その相続権の回復を請求できます。
ただし、この相続回復請求権は5年以内(知らなかった場合相続開始の時から20年間)という時効があります。
相続回復請求権の時効を踏まえると、少なくとも相続開始から5年が経過すると、遺産分割協議がスムーズにいかなくなるというリスクがあります。
寄与分、特別受益の主張【10年】
遺産分割の際に特別受益や寄与分が問題となるケースがありますが、これらについては、相続開始後10年を経過すると主張できなくなってしまいます(民法904条の3)。
参考:民法|e-GOV法令検索
寄与分
寄与分とは、被相続人(亡くなった方のこと)の財産の維持又は増加について特別の貢献をした相続人や親族がいる場合、その相続人等に対して、相続分以上の財産を取得させる制度のことをいいます。
寄与分は、相続人間の公平を図るための大切な制度です。
相続開始後、10年が経過すると、遺産分割においてこの寄与分の主張ができなくなってしまうため注意が必要です。
特別受益
民法は、被相続人(亡くなった方)から特定の相続人への贈与等があった場合に、その贈与等を相続分の前渡しとみて、計算上その贈与等を相続財産に持戻して(加算して)相続分を算定するとしており(民法903条)、ここでいう贈与等を特別受益といいます。
被相続人から生前に、独立開業に際しての運転資金や住宅購入資金の援助を受けている場合が特別受益の典型例です。
このような贈与を受けた相続人がいる場合、何ももらっていない相続人にすれば不公平になります。
相続開始後、10年が経過すると、遺産分割においてこの特別受益の主張ができなくなってしまうため注意が必要です。
数次相続のリスク
数次相続とは、既に開始した相続による遺産分割が未了の間にその相続人が死亡して第2の相続が開始した場合をいいます。
例えば、遺産に不動産がある場合で、遺産分割をしない場合、数次相続が発生することがよくあります。
この場合、次の2つのリスクが考えられます。
相続人の確定が大変
遺産分割の前提として行う相続人の確定作業は、被相続人の戸籍を出生時まで遡って調べるなどするため、膨大な資料が必要となることがあります。
これが数次相続となると、相続人の確定だけでも大変な作業となることが予想されます。
遺産分割協議がまとまらない可能性がある
遺産分割協議は、全員が合意して効力が認められるものです。
相続人の数が増えると、合意がまとまらない可能性が高くなります。
また、結果的に合意がまとまったとしても、話し合いの時間や労力が余計にかかることが通常です。
そのため、通常の遺産分割協議以上に複雑化することがあります。
遺産分割が難航しているときの対処法
遺産分割の動きが遅い場合の対処法についてご紹介します。
専門家に間に入ってもらう
当事者同士の話し合いの場合、感情と感情のぶつけ合いになり、冷静な話し合いができないことがあります。
そのような場合は、相続専門の弁護士に間に入ってもらうという方法があります。
弁護士が介入することで、当事者は直接話をせずに済み、大きなストレスから解放されます。
専門家の話を取り入れながら冷静に話し合うことが可能になり、迅速な解決が期待できるでしょう。
相続問題に精通した弁護士であれば、遺産の調査が可能です。
例えば、遺産を管理している相手が開示してくれない場合、弁護士名で開示請求を行うことが考えられます。
さらに、評価について問題となりやすい、不動産や非上場会社の株式についても、相続専門の弁護士であれば評価が可能でしょう。
このように、専門家に依頼されることは大きなメリットになると考えられます。
裁判所の手続きを利用する
共同相続人間に協議が調わないとき、または協議をすることができないときは、各共同相続人は、家庭裁判所に、遺産分割調停の申立てを行うことが出来ます。
また、遺産分割については、調停の申立てのみならず、審判の申立てを行うことも可能ですが、遺産分割は当事者間の協議による解決が望ましいと考えられているため、遺産分割の審判の申立てをしても審判の開始前に職権により調停に付されることがほとんどです。
そこで、特別の事情がない限り、当事者だけの話合いがまとまらなければ遺産分割調停の申立てをします。
調停手続きにおいては、相続人の範囲、遺産の範囲などの前提問題をまず確定し、その後遺産の評価、特別受益・寄与分の主張を踏まえた具体的分割方法について合意の形成をはかっていきます。
そして、調停の場においても共同相続人間で合意が成立する見込みがない場合、または成立した合意が相当でない場合、調停不成立ということになり、当然に審判手続に移行することになります。
家庭裁判所の手続で懸念されるのは解決まで長年月を要する可能性があるということです。
家庭裁判所は公的な機関であり、こちらの望むペースでは期日を開いてくれません。
ケース・バイ・ケースではありますが、筆者の感覚としては概ね1から2ヶ月に1回程度期日が入り、終了するまで1年を超えることがたくさんあります。
また、裁判所まで毎回行くとなると、精神的にも負担になるかと思われます。
そのため、まずは専門家に交渉してもらい、それでもまとまらなければ家裁の手続きに移行する、という方法を試されても良いかと思われます。
遺産分割協議のやり方
遺産分割協議は、次のような方法で行います。
まずは、誰が相続人となるのかを調べて確定します。
相続人とは、被相続人の遺産を相続することができる人のことで、具体的には被相続人の配偶者(妻・夫)、子ども、両親・祖父母、兄弟姉妹が相続人にあたります。
また、法律(民法)は相続人の優先順位を定めており、より優先順位の高い者だけが遺産を相続します。
被相続人の相続人を調べるためには、被相続人の生まれてから亡くなるまでのすべての戸籍謄本等(戸籍謄本、除籍謄本、改製原戸籍)を集めて、親族関係を洗い出します。
親族関係を洗い出したら、親族関係図を作成して相続人となる人を確認します。
こちらのページでは弁護士監修の「相続権判定シート」を提供していますので、ぜひご活用ください。
次に、相続の対象となる遺産をもれなく調査して洗い出します。
相続対象の遺産には、土地や建物などの不動産、現金や預貯金、株式、自動車・時計・美術品などの動産といったプラスの財産だけでなく、借金や住宅ローンなどのマイナスの財産も含まれます。
遺産の調査は、遺産の内容を示す書類(不動産の登記簿謄本や預貯金の通帳など)を手がかりにして行うのが確実です。
遺産を洗い出したら、その遺産を金銭的に評価します。
遺産の適切な評価は遺産を公平に分けるために必要不可欠です。
遺産の中に不動産や非上場株式が含まれる場合、その時価を適切に評価しなければなりません。
一般の方がご自身で時価を査定するのは難しいため、相続問題に詳しい弁護士や税理士に相談することを強くおすすめします。
相続人と相続財産の調査が終わったら、相続人全員で遺産の分け方について話し合いをします(遺産分割協議)。
遺産分割協議は、相続人全員が合意したときに成立します。
遺産分割協議の中では、必要に応じて、上で説明した「特別受益」や「寄与分」などの主張を行います。
遺産分割協議が成立したら、遺産分割協議書を作成します。
遺産分割協議書を作成することは法律上の義務ではありません。
しかし、後から「自分は合意していなかった」「勝手に遺産分割協議を進められた」等と言い出す相続人が出てきてトラブルとなることを防止するために、遺産分割協議書はできるだけすみやかに作成することを強くおすすめします。
また、相続した遺産について名義変更や相続税の申告といった相続手続きにおいて、遺産分割協議書の提出を求められる場合があることから、これらの手続きをスムーズに進めるためにも、遺産分割協議書は早めに作成しておくことが大切です。
遺産分割協議のメリット
遺産分割協議を行うメリットは以下のとおりです。
未分割のリスクやデメリットを回避できる
相続開始後、遺産分割を行わずに放置しておくと、上で解説した様々なリスクやデメリットが想定されます。
遺産分割協議をすることで、このようなリスクやデメリットを回避できます。
遺産を自分のものに確定できる
遺産分割は、誰がどの遺産を取得するかを話し合う手続きです。
遺産分割協議が成立すれば、自分がその遺産を取得したかを確定することが可能です。
その結果、その遺産を売却したり、賃貸するなどして自由に処分することも可能となります。
相続人間の関係を円満に保つ
相続が起こった後、遺産の帰属を不明確にしておくと、他の相続人から不信感を持たれることが想定されます。
例えば、遺産を一人占めしたのではないか、自分の取り分が少ないのではないか、などと誤解されるかもしれません。
遺産分割協議をすると、誰がどの遺産を取得したかが明らかとなるためこのような不信感を防止するとともに、相続人同士の関係を良好に保つことが期待できます。
まとめ
以上、遺産分割協議の期限や遺産分割協議を行わない場合のリスク等について、くわしく解説しましたがいかがだったでしょうか?
遺産分割は、法律上は、相続開始後であれば無期限と言えます。
しかし、遺産の権利が不確定な状態が続くため、できるだけ早い段階で、スタートされたほうがよいでしょう。
また、遺産分割の協議が進まない場合は、専門家に間に入ってもらうことなどを検討すると良いでしょう。
いずれにせよ、なるべく早い段階で、専門家にご相談されることをおすすめします。
当事務所の相続対策チームは、相続問題に注力する弁護士・税理士のみで構成される専門チームであり、遺産分割について強力にサポートしています。
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