遺産分割協議書を無効にするには?弁護士が解説

遺産分割協議書を無効にするには、遺産分割協議が法律上の要件を満たしていないことを主張することが必要です。

遺産分割協議書は、相続人全員で遺産の分割の仕方を話し合って決める遺産分割協議をして、合意した内容を記載した書面のことをいいます。

この遺産分割協議書は、協議の内容に従った不動産の名義変更や預貯金の払い戻しなどに利用される、相続手続き上非常に重要な文書ですので、慎重に作成する必要があります。

しかし、それでも、締結した遺産分割協議書の内容を争いたいという場面もあるでしょう。

そのような場合、遺産分割協議の無効や取消しを主張することが考えられます。

ここでは、遺産分割協議がどのような場合に無効や取消しとなるのかや、その場合の手続きや注意点などを、弁護士が解説します。

 

遺産分割協議書に納得がいかない場合

遺産分割協議書の内容を争う方法としては、無効と取消しの主張をすることが考えられます。

遺産分割協議書の無効

「無効」とは、当事者が行った法律行為の効力が初めから生じないことをいいます。

無効な法律行為を行った場合は、なんら意思表示をすることなく、当然に無効となります。

また、無効は法律行為を行った人以外でも誰でも主張でき、期間制限もありません。

法律行為が無効になるのは、簡単にいうと、その法律行為の要件を定める法律上の要件を満たしていない場合です。

遺産分割協議が無効になる場合としては、以下のようなものが考えられます。

  1. ① 相続人の一部が協議に参加していなかった場合
  2. ② 相続人でない者が協議に参加していた場合
  3. ③ 民法上の法律行為の無効に当たる場合(意思能力がない相続人がいた場合など)

 

 

遺産分割協議書の取消し

「取消し」とは、いったん生じた法律行為の効力を、初めにさかのぼって失わせることをいいます。

典型例は、詐欺取消しや錯誤取消しであり、取消されるまでは、法律行為は有効です。

取消すことができるのは、法律上取消権が認められている者だけに限られ、期間制限もあります。

また、遺産分割協議を取消すことができるケースとしては、相続人が詐欺・強迫や錯誤に基づいて遺産分割協議を行ってしまったような場合です。

 

無効と取消しの違い

意思表示が必要かどうか

以上見てきた通り、「無効」と「取消し」の間には、まず、当事者による意思表示が必要かどうかに違いがあります。

すなわち、無効の場合は法律上当然無効ですので、なんらかの意思表示は不要ですが、取消しの場合は、取消す旨の意思表示がない限りは有効なものと扱われますので注意が必要です。

 

誰が主張できるのか

また、無効は、当事者に限らず誰でも主張することができますが、取消しを主張できるのは、制限行為能力者(未成年者や成年被後見人など)、詐欺・強迫や錯誤に基づいて瑕疵(キズ)のある意思表示をした者などの取消権者に限られます(民法120条)。

 

期間制限の有無

さらに、取消しは無効とは異なり、主張することができる期間に制限があります(民法126条)。

例えば、詐欺を例にとってみると、騙されたことに気がついた時から5年、または、騙されたことに気がつかなくても法律行為の時から20年経つと取消しを主張することができなくなってしまいます。

 

 

遺産分割協議書が無効となるケース

遺産分割協議書が無効となるケースとしては、以下のような例が挙げられます。
遺産分割協議書が無効となるケース

一人でも遺産分割協議に参加していない相続人がいる場合

遺産分割協議は、相続人全員で行う必要があります。

相続人が1人でも参加せずに行われた遺産分割協議は、原則として無効となります。

もし、相続人となるべき者が行方不明の場合は、不在者の財産管理人を選任し、代わりに参加してもらう必要があります(民法25条、28条参照)。

参考:民法|e-GOV法令検索

なお、厳密には、相続人だけではなく、包括受遺者(例えば、遺言の中で、「遺産の半分を(相続人でない)Aに与える」などと書かれていることがあり、この遺産の受取人として指定されたAのことを包括受遺者といいます)や相続分の譲受人がいればそれらの者も遺産分割協議の当事者となりますので、それらの包括受遺者や相続分の譲受人を除いて遺産分割協議を行うことはできません。

 

利益が相反する親が子供の代理人として協議に参加した場合

未成年の子は、原則として自ら単独で遺産分割協議を含む法律行為を行うことができませんので、通常は、未成年者の親が、子の法定代理人として、法律行為を行うことになります。

そのため、遺産分割協議の場合においても、適切な判断ができない子に代わって、親が子を代理して協議に参加しても良さそうですが、親と子の利益が相反する場合には、代理することはできません。

すなわち、その親と子がともに相続人である場合に、親が子を代理することを認めると、親が子の取り分を少なくして自分に有利な内容で遺産分割協議が成立したことにする、ということができてしまうため、子に大きな不利益が生じうることになります。

このような行為は、利益相反行為(りえきそうはんこうい)とよばれ、子の利益を守るため、家庭裁判所に特別代理人の選任を請求しなければならないと定められています(民法826条1項)。

この特別代理人の選任をせず、親が子の法定代理人として行った遺産分割協議は、無権代理行為となり(最判昭46.4.20)、本人である子には効果が帰属しないことになります。

参考:最判昭46.4.20|最高裁ウェブサイト

結果として、相続人全員による遺産分割協議がなされていないことになるため、遺産分割協議書全体が無効となります。

なお、親が相続放棄していて、子も一人しかいないようなケースでは、親と子の利益は相反する関係にないため、特別代理人選任の必要はありません。

 

協議に参加した相続人が意思能力を欠いていた場合

相続人が意思能力を欠いている場合、その者はそもそも遺産分割協議を有効に行うことができません(民法3条の2)。

「意思能力」とは、自分の行為の利害得失を判断できる知的能力のことを意味します。

たとえば、重度の精神障害者は、協議内容を正しく理解できませんので、意思能力がないとされています。

遺産分割協議に参加した相続人のうち、1人でも意思能力を欠く者がいた場合、遺産分割は無効になります。

なお、このような場合は、意思能力を欠く相続人について、後見開始の審判等を裁判所に申し立てた上、裁判所に選任された成年後見人に遺産分割協議に参加してもらう必要があります。

 

その他

その他、遺産分割に定めた条項が公序良俗に反する場合も、その条項は無効となります(民法90条)。

例えば、遺産に違法薬物が存在していたようなケースで、転売代金を分割するような場合などですが、現実的に問題になることはほとんどないでしょう。

 

 

遺産分割協議書を取り消せるケース

遺産分割協議を取消せる場合としては、以下の例が挙げられます。

  • 重大な勘違いをしたまま協議書に署名押印してしまった場合
  • 騙されて協議書に署名押印してしまった場合
  • 脅されて協議書に署名押印してしまった場合

 

重大な勘違いをしたまま協議書に署名押印してしまった場合

遺産分割の内容について重大な勘違いをしたまま署名してしまった場合、遺産分割協議を錯誤により取消すことができます(民法95条1項)。

参考:民法|e-GOV法令検索

例えば、時価3000万円の価値がある不動産を、ほとんど価値のないものであると誤解して、他の相続人に譲った、というようなケースが考えられます。

ただ、ここで注意しなければならないのは、遺産分割の際に基礎とした事情(動機)について勘違いがあった場合に、遺産分割協議書を錯誤により取消すには、その事情が他の相続人に対してあらかじめ表示し、その事情を前提に協議がなされたことが必要です(同条2項)。

例えば、実際にはそのような事情はないのに、「ある土地の近隣に新しい駅ができるから、将来的にその時の時価が跳ね上がる」と勘違いして、他のより時価の高い土地を他の相続人に譲ることに合意したような場合、この「ある土地の近隣に新しい駅ができるから、将来的にその時の時価が跳ね上がる」という動機が、他の相続人に表示されて、かつ、それを前提に遺産分割されたときにはじめて錯誤に基づく取消しが可能になります。

ただ、このようなケースでも、その相続人に重大な過失がある場合には、錯誤取消しを主張できません(同条3項)。

すなわち、新駅の開発計画などないことは少し調べればわかるような場合には、重大な過失があるとして取消しが認められないことになるでしょう。

さらに、錯誤による取消しが認められる場合でも、そのような事情を知らない第三者に対しては、錯誤による取消しを主張できません(同条4項)。

例えば、遺産分割後、相続人から遺産の譲渡を受けた第三者が、詐欺の事実を知らず、知らないことについて過失もないと言える場合(すなわち、善意無過失の場合)には、その第三者に対しては取消しを主張することができません。

このように錯誤に基づく取消しの主張には、様々な制限がありますので、注意が必要です。

 

騙されて協議書に署名押印してしまった場合

他の相続人や第三者に騙されて遺産分割協議に同意した場合は、遺産分割協議を取消すことができます(民法96条1項)。

引用元:民法|e-GOV法令検索

例えば、他の相続人が、被相続人の重要な財産の存在を隠していたような場合が典型例です。

なお、相続人以外の第三者に騙されていた場合は、他の相続人が善意無過失の場合に限り、遺産分割協議の取消しが認められます(同条2項)。

また、錯誤と同様に、詐欺取消しについても、詐欺の事実を知らない善意無過失の第三者には、詐欺取消しを主張できない点は要注意です(同条3項)。

 

脅されて協議書に署名押印してしまった場合

他の相続人や第三者に、脅されて(強迫されて)遺産分割に同意した場合も、遺産分割協議書を取り消すことができます(民法96条1項)。

参考:民法|e-GOV法令検索

なお、強迫の場合は詐欺の場合と異なり、第三者によって脅迫されて署名してしまった相続人は、他の相続人が善意無過失であっても、取消すことができます(同条2項反対解釈)。

詐欺の場合との違いはもう一つあります。

すなわち、強迫取消しについては、強迫の事実を知らない善意無過失の第三者にも、遺産分割協議の取消しが認められます(同条3項)。

詐欺と強迫とで扱いが異なるのは、詐欺の被害者には、騙された側にも落ち度があることがある一方で、強迫を受けた被害者には落ち度があるとはいえないため、より保護するべきであると考えられているためです。

 

 

無効・取消しの主張が難しいケース

取消権が時効消滅している場合

遺産分割協議の内容に、先に触れたような取消事由が存在する場合でも、取消権は以下のいずれかの期間が経過すると時効によって消滅します(民法126条)。

  1. ① 取消事由に気づいてから5年
  2. ② 遺産分割協議のときから20年

なお、無効と取消しの違いのところで触れた通り、取消しの場合と異なり、遺産分割協議書の無効事由が存在する場合に、無効であると主張することは期間制限なく行うことができます。

 

第三者に遺産が渡っている場合

例えば、相続人が、遺産分割で得た土地を売却し、その土地を買った第三者が不動産登記も済ませたような場合、その第三者が、錯誤や詐欺について善意無過失である場合、第三者に対し取消しを主張することはできないため、その土地の返却を求めることはできません。

なお、他方で、強迫取消しの場合には、上記のような場合でも取消しを主張することができます。

 

無効や取消しのための手続き

ここでは、遺産分割協議を無効または取消しをする方法や手続きについて、説明します。

相続人間の話し合いで無効・取消しを主張する

遺産分割協議について、無効事由又は取消事由がある場合、まずは他の相続人に対して、その旨の意思を伝え、話し合いで解決することが考えられます。

話し合いがうまくまとまれば、新たに遺産分割協議書を作成し、新しい分割協議書を元に遺産分割手続きを行えます。

なお、当事者同士ので話し合いが難しい場合、弁護士に間に入ってもらうと良いでしょう。

 

家事調停をする

一人でも話し合いに応じない相続人がいた場合は、家事調停を申し立てることになります。

家事調停とは、家族や親族などの間のもめ事について、家事審判官(裁判官)と民間から選ばれた調停委員が中立の立場で間に入り、非公開の場で、それぞれの当事者から言い分を聴きながら、話し合いによって適切な解決を目指す制度です。

この調停において、無効・取消しが認められた場合、遺産分割協議はなかったことになります。

 

 

遺産分割の無効確認請求訴訟

調停が不成立となった場合は、遺産分割協議の無効確認等の民事訴訟を提起する必要があります。

なお、遺産分割協議を取消す場合も、取消しの効果は遺産分割協議の無効であるため、当初から無効事由がある場合と同様に、無効確認等請求訴訟を提起することになります。

また、調停前置主義となっていますので、調停を経ずにいきなりこの訴訟を提起することはできません(家事事件手続法257条1項、244条)。

参考:家事事件手続法|e-GOV法令検索

 

 

無効や取り消しの時効

無効の主張に時効は存在しない

「無効・取消しの主張が難しい場合」で触れた通り、遺産分割協議書の無効事由が存在する場合に、無効であると主張することは、期間制限なく可能であり、時効にかかってしまうことはありません。

 

取消しの主張は時効にかかる可能性がある

他方で、こちらもすでに触れた通り、取消権は、取消事由に気づいてから5年、又は、遺産分割協議のときから20年の期間が経過すると時効によって消滅します(民法126条)ので注意が必要です。

 

 

遺産分割協議書の効力を争うポイント

遺産分割協議が無効あるいは取消しになると、遺産分割協議をやり直すことになります。

遺産分割協議の効力を争う際には、以下の点にも注意しましょう。

できるだけ早く行動する

上で解説したように、法律上、無効については期間の制限はありません。

また、取消しについては取消事由に気づいてから5年、遺産分割協議のときから20年間主張が可能です。

しかし、時間が経つと証拠資料を集めるのが難しくなり、無効や取消しの立証ができなくなるおそれがあります。

そのため、遺産分割協議書に納得がいかない場合、早め早めに行動するようにしましょう。

 

税金がかかってしまう場合がある

遺産分割協議をやり直すと、相続財産に贈与税や不動産取得税などがかかってしまう可能性があります。

なぜなら、成立した遺産分割協議書の内容に基づいて、既に遺産分割を行っていた場合、遺産分割協議のやり直しによって取得した遺産は相続ではなく贈与ないし売買の扱いになるためです。

 

遺産分割協議に強い弁護士に相談する

遺産分割協議の効力を争うためには、無効事由又は取消事由が必要です。

何が無効事由ないし取消事由に当たるかの判断自体難しい場合も多く、取消の主張には期間制限もあります。

また、いざ遺産分割協議のやり直しをするに際しては、上で触れた通り、税務問題に直面することもあります。

このように、遺産分割協議のやり直しは、注意すべき点が多岐にわたるため、困っていることやわからないことがある場合は、税務にも詳しい遺産分割に強い弁護士へ相談することをおすすめします。

 

 

まとめ

遺産分割協議の内容に、無効事由や取消し事由があった場合、無効・取消しを主張して、遺産分割協議をやり直すことができる可能性があります。

無効・取り消しのためには、まずは当事者間で話し合いを行い、それが難しければ、調停又は訴訟によって解決することになります。

また、無効の主張には期間制限はありませんが、取消しの主張は期間制限がありますし、遺産が既に第三者に渡ってしまっている場合など、そもそも取消しを主張できないケースもあり、専門的な知識が不可欠です。

もし、遺産分割協議の効力を争うことをお考えの場合は、悩む前に弁護士などの相続の専門家に相談しましょう。

当事務所には相続問題に注力する弁護士・税理士で構成される相続対策チームがあり、遺産分割協議を強力にサポートしています。

遺産分割協議についてお困りのことがあれば、当事務所にお気軽にご相談ください。

 

 

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