医療過誤の訴訟とは、患者やその遺族が病院やクリニックなどの医療機関に対して、医療過誤、医療事故についての損害賠償を求める裁判のことをいいます。
医療過誤の訴訟は、専門的な判断が求められる裁判の一つです。そのため、どうしても裁判にかかる期間が長くなってしまったり、医学的な知識が必要になってきます。
また、医療過誤を判断する資料について、多くのものが患者側ではなく、病院やクリニックなどの医療機関側にあるという点も挙げられます。
このページでは、医療過誤の訴訟とはどのようなものか、その特徴や裁判の手続の流れ、ポイントなどを弁護士が解説いたします。
医療訴訟とは
医療訴訟とは、患者やその遺族が病院やクリニックに対して、医療過誤、医療事故の責任を追及し、損害賠償を求める裁判のことをいいます。
例えば、
- 手術すべき場所を間違えられてしまった
- 手術した際に使用した器具が身体の中に残っていた
- 入院中の経過観察を怠ったため、その間に亡くなってしまった
- 薬の投与量を誤って、体調が悪化した
といったものが医療過誤となり得ます。
医療過誤(いりょうかご)とは、医療行為を提供する病院やクリニックに、人為的な落ち度があったと法的に認められることです。
私たちは病気やけがをした場合や体調不良を感じた場合、病院やクリニックに行きます。
このとき、私たちは病院やクリニックに病気やけがの原因を把握してもらい、それに対する適切な治療をしてもらうことを求めています。
もちろん、人はいつか必ず死にますので、現代の進歩した医学をもってしても、そもそも対処できないもの、一定の治療をしても治らないものも当然あります。
つまり、医療過誤の判断は、病気を治せないことの全てをいうのではなく、そのときの医療水準を踏まえて、病院やクリニックに期待される対応が取られたといえるのかどうかをチェックすることでなされるということになります。
そして、病院やクリニックに人為的な落ち度があったと認められた場合には、その落ち度によって生じた損害の賠償を求めることができます。
民法の根拠しては、債務不履行(さいむふりこう)、不法行為(ふほうこうい)の2つがあります。
この賠償を求める方法には、
- ① 示談交渉
- ② ADRなどの調停手続
- ③ 訴訟
の3つが考えられます。
以下では、③の医療過誤の訴訟についてみていきます。
医療過誤の訴訟の特徴
医療過誤の訴訟についての特徴としては、以下のような点が挙げられます。
①長期化しやすい
裁判所の調査データである司法統計によると、令和3年度は全地方裁判所で審理された医療行為に対する損害賠償請求の事件の合計820件のうち、1年以内で終了している件数は191件と23%程にとどまっています。
そして、1年以上2年以内の案件が223件で全体で一番多く、2年以上かかっている案件は406件と実に半数近くに及んでいます。
引用元:表21 第一審通常訴訟既済事件数―事件の種類及び審理期間別 ―全地方裁判所
このように、他の事件に比べると、裁判にかかる時間が長く、解決までにかなりの時間がかかるということが医療過誤の訴訟の特徴といえます。
②争点が専門的な判断になりやすい
医療過誤の訴訟は、先ほど解説したとおり、その当時の医療水準に照らして適切な対応が取られたといえるかどうかが問題となります。
裁判官も医学についてはプロではありません。
そのため、この判断をするためには、
- 当時の医療水準はどのようなものであったか
- そのときのシチュエーションに置かれた医師や看護師としては、どうすることが通常求められていたか
という点について明らかにしていかなければなりません。
そのため、争点が専門的な判断になりやすく、ときには、その病気について詳しい医師に意見を求めるといったことも必要になります。
このように医療過誤の訴訟は、医学的な知識や判断が求められるため、専門的な裁判であるといえます。
なお、東京や大阪などの大都市圏の裁判所では、医療過誤の訴訟を主に取り扱う、専門部や集中部と呼ばれる部門があり、そこで裁判が進められます。
③証拠が病院やクリニック側にあることが多い
医療過誤の訴訟では、医療過誤があったかを判断するために当然証拠が必要です。
しかしながら、患者側にはそうした証拠が最初からたくさんあるということはほとんどありません。
なぜなら、医療過誤の訴訟で重要になるカルテや検査画像などのデータは病院やクリニック側が持っているものであるからです。
また、当時の医療水準に関する証拠(医学論文)や担当した医師が患者にどのように対応したのかということについても、患者側というよりは病院やクリニック側に資料があるのが通常です。
このように、医療過誤の訴訟では、証拠が病院やクリニック側にあることが多いという特徴があります。
この特徴を踏まえて、患者側では、訴訟に至る前の証拠収集というのがとても大切になってきます。
医療過誤訴訟の流れ
医療過誤の訴訟の流れとしては、主に以下のようになります。
①証拠収集
まずは、病院やクリニックの対応について、何があったのかを把握するために、裁判に先立って証拠収集を行います。
具体的には、カルテの取得です。
カルテの取得には、任意の手続による開示と裁判手続による開示があります。
任意の手続による開示
この手続は個人情報の開示という患者自身の権利により病院やクリニックに対してカルテの開示を求める手続です。
具体的には、病院やクリニックに開示を希望する旨、開示してもらう文書の種類、期間などを記載して申請を行います。
大きな病院であれば、医事課という部署が主にカルテ開示の手続を担当しています。
申請書類と免許証などの本人確認書類(必要書類は病院によって異なります。)を提出して行います。
裁判手続による開示
この手続は証拠保全という申立てを裁判所に求めることによって行う方法です。
特に、昔はカルテは紙で管理されていることがほとんどであったため、医療過誤が問題となる場合に、カルテを改ざんしたり、破棄したりすることが病院やクリニック側で容易でした。
そのため、任意の手続による開示の方法で開示を請求しても、その段階で病院やクリニックが対応する段階で、改ざんしたカルテを提出したり、一部しか開示しなかったりという可能性がありました。
そこで、証拠保全を行うことで、裁判所が介入して、病院やクリニックに証拠保全決定を出し、裁判官や申し立てた患者側の弁護士が直接病院やクリニックに赴いて、カルテを確認するという流れになります。
なお、あまりに事前に病院やクリニックに通知をすると改ざんのリスクが生じるため、1時間ほど前に保全決定書を病院やクリニックに通知するという流れが通常です。
②証拠検討
①の証拠収集により、カルテなどの医療記録を取得したのちに、その中身を検討します。
その際に、
- 患者の置かれていた状況、症状の内容
- 施された処置の内容
- 患者の症状の経過
- 画像所見、検査所見
などを確認し、病院やクリニック側に医療過誤が認められる可能性がどの程度あるのかを検討します。
ときには、他の医師の見解を聞いたり、裁判での協力をお願いしたりということも必要になります。
③訴訟提起の決定
②の証拠検討の上で、訴訟を提起するかどうか、裁判での見通し、患者側の意向などを確認して決定をします。
④訴状の作成
訴訟を提起することが決定した場合、訴状を作成します。
訴状には、判決で求める内容(「請求の趣旨」といいます。)とその内容を構成する原因となる事実(「請求原因事実」といいます。)を記載しなければなりません。
⑤第1回期日の決定
訴状を裁判所へ提出すると、形式面の審査が裁判所で行われます。
形式面での審査が終了すると、原告である患者側と裁判所で第1回の裁判期日の日程調整を行い、訴状や証拠書類を病院やクリニック側へ郵送(送達)します。
⑥病院側の答弁書提出
病院側は、第1回期日までに訴状に記載された内容について答弁書を作成し、提出します。
この段階では、ほとんどのケースで病院やクリニックにも代理人弁護士がつくことになります。
⑦争点整理
2回目以降は、患者側と病院側でそれぞれ自分の主張とそれに関する証拠を提出しあうことになります。
裁判期日では、互いに提出された主張や証拠を整理し、両者の言い分が異なっている点はどこか、裁判の争点がどこにあるのかを整理していきます。
この争点整理については、回数が決められているわけではなく、具体的な事案の互いの主張の内容によって、随時行われていきます。
この段階では、証拠は書面のものを提出していきます。
⑧証人尋問・本人尋問
互いの主張や書面での証拠がひととおり提出された段階で、証人尋問が行われます。
証人として考えられるのは、
- 患者の家族
- 看護師
- 薬剤師
- 理学療法士、作業療法士、言語聴覚士
- 医療法人の担当医
などで
本人として考えられるのは、
- 患者本人
- 病院やクリニックの代表者の医師
となります。
証人尋問や本人尋問は
- ① 主尋問(味方からの質問)
- ② 反対尋問(相手からの質問)
- ③ 再主尋問(味方からの再質問)
- ④ 補充尋問(裁判官からの質問)
という流れで実施します。
なお、尋問の前には、宣誓書という書類にサインをして自分の記憶に沿って話し、嘘をつかないという約束をします。
⑨判決
証人尋問と本人尋問が終了すると、審理を終結(「結審」(けっしん)といいます。)し、裁判官が判決の言い渡しを行います。
医療過誤訴訟にかかる費用とは
医療過誤訴訟にかかる費用としては、主に裁判費用、弁護士費用、鑑定費用などの実費がかかります。
以下、それぞれの費用について説明します。
裁判費用
裁判を行うには、裁判所に申立てに関する手数料を支払わなければなりません。
この手数料は、請求する金額によって変わってきます。300万円までの裁判手数料は以下のとおりです。
訴額 | 必要な印紙額(第1審) |
---|---|
10万円まで | 1,000円 |
20万円まで | 2,000円 |
30万円まで | 3,000円 |
40万円まで | 4,000円 |
50万円まで | 5,000円 |
60万円まで | 6,000円 |
70万円まで | 7,000円 |
80万円まで | 8,000円 |
90万円まで | 9,000円 |
100万円まで | 10,000円 |
120万円まで | 11,000円 |
140万円まで | 12,000円 |
160万円まで | 13,000円 |
180万円まで | 14,000円 |
200万円まで | 15,000円 |
220万円まで | 16,000円 |
240万円まで | 17,000円 |
260万円まで | 18,000円 |
280万円まで | 19,000円 |
300万円まで | 20,000円 |
なお、480万円以上500万円までで3万円、980万円以上1,000万円までで5万円の手数料が必要になります。
この手数料に加えて、それぞれ提出した書類の郵送などの郵券代が必要になります。
医療過誤訴訟の場合はどうしても書類が多くなるため、必要な郵券代も少なくとも数万円はかかるでしょう。
弁護士費用
医療過誤訴訟を患者や家族の本人だけで行っていくのはとても難しいことで、ほとんどのケースでは、弁護士に依頼して裁判を進めていくことになります。
そのため、医療過誤訴訟では、弁護士に依頼する費用が必要になります。
医療過誤訴訟は、とても専門的な知識を必要とする裁判ですので、そもそも全ての弁護士が対応できるものではなく、先ほど紹介したように長期化することが多いため、弁護士費用もどうしても高くなってしまいます。
しかしながら、この弁護士費用は医療過誤訴訟を行う上で必要不可欠な費用でしょう。
デイライトに依頼した場合の弁護士費用は、実際に弁護士がご相談をお伺いしてお見積もりをお出しさせていただいております。
鑑定費用
医療過誤訴訟では、検査画像を他の医師に見てもらったり、医学的な意見を出してもらったりと協力してもらう医師が必要になるケースが多くあります。
こうした医師に対して、鑑定費用や意見書作成にかかる費用がかかります。
この費用については、具体的なケースごとに異なりますが、医師に対する費用はどうしても高くなりがちで、鑑定費用などは30万円〜50万円程度は必要になることが多いでしょう(事案によりそれ以上必要なケースもあります。)。
医療過誤訴訟のポイント
医療過誤訴訟を進めるにあたっての主なポイントを解説していきます。
①証拠資料を集める
先ほど訴訟の流れを説明しましたが、医療過誤訴訟においては、何よりもカルテをはじめとする証拠資料を集めることがとても重要です。
ただ、症状がある、手術をしたら具合が悪くなったという結果が生じているからといって、そのことだけで、医療過誤が認められるわけでは決してありません。
あくまで、病院やクリニック側に人為的な落ち度が認められなければいけないのです。
そのため、闇雲に裁判をすればよいというわけではなく、きちんと証拠資料を集めて、分析をする時間が必要なのです。
この点を怠ると裁判はうまくいかないでしょう。
②裁判以外の方法も検討する
証拠資料を集めた上で、いきなり裁判をするかどうかもきちんと検討すべきでしょう。
いきなり裁判をすると、裁判の中で初めて相手側である病院・クリニックの見解や主張を把握することになります。
裁判前に請求文書を病院やクリニック側に送付する、医療ADRを申し立てる、医師会に相談するなどの手段も裁判前に検討した上で、裁判をするのかを決定した方がよいことが多いでしょう。
③医療過誤にくわしい弁護士に相談する
医療過誤訴訟は、医学的な知識が必要不可欠です。
そのため、どの弁護士でも対応できる裁判ではありません。
けがや病気についての理解、鑑定についての協力体制、医師面談の経験などの経験が一定程度なければ、対応は難しいでしょう。
ですので、医療過誤訴訟を考えている場合には、医療過誤にくわしい弁護士に相談をすることがポイントです。
まとめ
今回は、医療過誤の訴訟について、そもそも医療過誤とはどのようなものか、医療過誤訴訟の特徴や裁判の流れ、費用、そして、医療過誤の訴訟のポイントについて解説をしました。
デイライトでは、数多くの交通事故によるけがの補償をめぐる対応で培った医学的な知識を活かし、人身障害部に所属する弁護士が医療過誤に関する問題のご相談・医療過誤の訴訟に対応しております。
まずは、一度ご相談ください。