インフォームドコンセントとは、治療などについて医師から患者に説明をし、患者がその内容を理解した上で、自分の治療について同意・決定するというプロセスをいいます。
数十年前から、「インフォームドコンセント」という言葉をよく聞くようになりました。
インフォームドコンセントが広まる前は、治療方針は専門家である医師が決めるものであり、患者が口を出すことは難しい状況がありました。
しかし、「患者にとって、治療方法は、自分の生命身体や生活に大きな影響を及ぼすものなのだから、自分で納得して決定できるようにするべきだ」という「患者の自己決定権」を尊重する考えが広まり、インフォームドコンセントが法的にも要求されるようになってきました。
今回は、インフォームドコンセントの意味、法律上の根拠、必要性、問題点についてご説明し、インフォームドコンセントについて判断した裁判例についてもご紹介していきます。
目次
インフォームドコンセントの意味
インフォームドコンセントとは、患者に治療等の医療行為について説明を行い、十分に理解を得たうえで、同意を得る手続をいいます。
インフォームドコンセントは、欧米を中心として発達し、日本でも、昭和40年ごろから紹介・研究されるようになりました。
そのころにちょうど、日本では、国民の人権意識の高まり、権威的な医療への不信が生じていました。
そのため、インフォームドコンセントは、患者の自己決定権を保障するために必要なものとして、日本にも受け入れられるようになったのです。
インフォームドコンセントを簡単に
インフォームドコンセントについて、もう少し簡単にご説明します。
インフォームドコンセントでは、まず、医師から患者に対し、
- 病気の状況
- 治療の選択肢
- それぞれの選択肢のメリット・デメリット
を、各ケースに応じて具体的に説明します。
そうして説明を受けた患者は、説明されたメリット・デメリットについて自らの価値観に照らして考え、治療をするかどうか、どの治療にするかを選びます。
がんが見つかった場合を例に、説明してみましょう。
がんが見つかった場合には、医師は、まず病状(がんのある個所、進行状況など)について説明し、その患者の具体的な病状に照らして、どのような治療の選択肢(手術、放射線治療など)があるか、手術をしたらどうなるか(メリット・デメリット)、放射線治療をしたらどうなるか、といったことについて、患者が理解できるように説明します。
患者は、こうした説明を受けた上で検討し、どの治療を選ぶかを決定します。
この決定には、それぞれの患者の価値観が反映されます。
患者が、「とにかく長生きをしたい」と考えていれば、がんを取り切れる可能性の高い手術を選択するかもしれません。
他方、「寿命自体は短くなるとしても、QOL(クオリティ・オブ・ライフ。生活の質)をなるべく長く維持して余生を過ごしたい」と考える患者の場合は、体力が落ちる手術ではなく、放射線治療を選択するかもしれません。
注:上記はあくまで一例であり、手術をすることによって寿命が延びるか、QOLが下がるという影響が出るかは、個別の患者の状況により異なります。
このように、医師の目から見て選んだ「適切な治療」を一方的に実施するのではなく、患者が自らの価値観に照らして「適切な治療」を選ぶことができる権利(自己決定権)を保障するために行われるのが、インフォームドコンセントなのです。
インフォームドコンセントの法律の根拠
インフォームドコンセントは、医師と患者の間の診療契約上の義務(説明義務)とされています。
つまり、インフォームドコンセントを行うべき義務の法律上の根拠は、第一義的には、医師と患者が締結した診療契約ということになります。
診療契約を根拠とせずに不法行為責任(民法709条)を追及する場合も、説明義務違反があれば、医師に過失があるとされています。
インフォームドコンセントにより保護される「患者の自己決定権」については、憲法13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」に含まれるものとして、保護されると考えられています。
インフォームドコンセントは必要なの?
患者の自己決定権を保障するために必要!
インフォームドコンセントは、患者が自分のことについて自分で決定する権利(自己決定権)を保障するために、必要なものです。
治療の結果は、結局のところ患者自身が引き受けることになるのですから、自分に対して行われる治療について、患者自身で納得して決めることができるということは、とても大切な患者の権利です。
インフォームドコンセントは、こうした患者の自己決定権を保障するために、とても重要な役割を果たしています。
インフォームドコンセントが適切に行われるようになったことにより、患者は、自分の価値観に従った治療の選択をすることができるようになったのです。
患者と医師の信頼関係を築くためにも大切
十分なインフォームドコンセントを行うことは、患者と医師の間の信頼関係を築くためにも役立ちます。
人と人との間の信頼関係は、十分にコミュニケーションを取ることで強くなっていきます。
インフォームドコンセントは、まさに医師と患者の対話の場となりますので、この場を上手く活用することができれば、医師と患者の信頼関係を深めることに役立ちます。
日常の診療における説明をする場面でも、丁寧な説明を心がけることで、医師と患者の間の信頼関係が強くなります。
医師と患者の間に信頼関係があれば、何か問題が起こったときにも、訴訟などのトラブルに発展するリスクを低くすることができます。
インフォームドコンセントの問題点
説明が形式的になる可能性があること
インフォームドコンセントでは、医師が、患者に理解できるように、治療等に関して説明する必要があります。
そのため、本来は、目の前にいるそれぞれの患者の状況、理解度、心情などに合わせて、患者が十分に理解できるよう、配慮して説明を行わなければなりません。
しかし、現状では、「これだけの説明をしていれば違法とはならないだろう」という内容を、どの患者にも一律に、同じように説明していることもあるのではないかと思われます。
これでは、本来必要とされている、「それぞれの患者が十分に理解した上での同意」が得られるか怪しくなってしまうという問題があります。
緊急時にインフォームドコンセントを行うことの難しさ
緊急時にインフォームドコンセントを行うことの難しさも、インフォームドコンセントの問題点だといえます。
例えば、すぐに処置をしなければ命にかかわる上、本人の意識があいまいで、家族などとも連絡が取れていない、という状況では、インフォームドコンセントを行うことなく、処置をすることもやむを得ないでしょう。
上のように緊急性がはっきりしている例については、比較的ご納得いただきやすいと思うのですが、実際には、インフォームドコンセントを行う余裕があるか否かの判断が難しい場合もあります。
なるべく早く処置を行わないと命が危なくなる可能性も一定程度あるけれども、患者が意識を取り戻すまで待っても問題ない可能性もあり、見通しが難しい場合などには、インフォームドコンセントを行うために処置を先延ばしにすべきか、判断に迷うこともありえます。
このような場合の取扱いを明確化できないかどうかも、インフォームドコンセントの問題点の一つといえるでしょう。
「知らないでいたい希望」も尊重する必要がある
患者の中には、「自分の余命が限られていることを知りたくない」などという人もいます。
患者がそのような希望を表明した場合、どのように対処すべきなのでしょうか?
このような場合、「知りたくない」というのもまた、患者の自己決定だともいえるので、この患者の意思を尊重し、インフォームドコンセントは行わないこととすることが考えられます。
厚生労働省による「診療情報の提供等に関する指針」でも、「医療従事者は、患者が「知らないでいたい希望」を表明した場合には、これを尊重しなければならない。」とされています。
とはいえ、医師には法的に説明義務が課されており、これに違反すると法的責任(賠償責任)を問われる可能性もある、という実情もあります。
この点を考えると、医師としては、「知りたくない」と言っている患者にも、念のため、後で訴訟を起こされないために、インフォームドコンセントを行っておきたくなるかもしれません。
また、手術などの治療の必要性がある場合に、「この手術・治療を行わないと命が危ない」ということを告げることができないとなると、どのように手術の必要性について説明をしたらよいかが難しくなることもあり得ます。
患者が「知りたくない」という希望を出している場合にどのように対応するかも、インフォームドコンセントの一つの課題といえるでしょう。
インフォームドコンセントに関する裁判例
インフォームドコンセントに関する代表的な裁判例をご紹介します。
乳がんに関する事例
乳がんの治療のために乳房切除術を行う患者に対し、当時未確立な療法(術式)とされていた乳房温存療法についても説明すべき義務があったことを認めた最高裁判例があります(最高裁判所平成13年11月27日民集55巻6号1154頁)。
引用元:裁判例結果詳細 | 裁判所 – Courts in Japan
このケースの判決で、最高裁は、次のように判断しています。
- ① 医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と症状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務がある。
- ② 他に選択可能な療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や存在などを説明すべき義務があるというべきである。
このように、最高裁は、医師には、病状、手術の内容、危険性、他の選択可能な治療方法などに関する説明義務があることを明確に認めました(①)
加えて、未確立の医療技術であっても、一定の条件を満たす場合には、医師自身は実施する意思がなくとも、その医療技術について説明すべき義務があるとも判示しました(②)。
未破裂脳動脈瘤のコイル塞栓術に関する事例
未破裂脳動脈瘤のコイル塞栓術に関する事例でも、最高裁の判決が出されています。
この事例では、未破裂の脳動脈瘤が見つかった患者に、必ずしもすぐに実施する必要はないコイル塞栓術を予防的に実施しました。
ところが、術中に瘤外にコイルが逸脱するなどして脳梗塞が生じ、残念ながら、患者は死亡してしまいました。
このケースでは、患者には、コイル塞栓術を実施するほかに、特に治療をすることなく保存的に経過を見る、開頭手術を行う、という選択肢もありました。
この事例での説明義務違反について、最高裁は、上にご紹介した平成13年最高裁判決の①の部分と同様に医師の説明義務を認めた上で、以下のように判断しました(最判平成18年10月27日裁判集民事221号705頁)。
引用元:裁判例結果詳細 | 裁判所 – Courts in Japan
- ① 「医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たって、医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には、その中のある療法(術式)を受けるという選択肢と共に、いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し、そのいずれを選択するかは、患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものでもあるし、また、上記選択をするための時間的な余裕もあることから、患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように、医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失についてわかりやすく説明することが求められる」
- ② 本件で、医師らは、開頭手術のメリット・デメリット、コイル塞栓術のメリット・デメリットを、患者に対して、分かりやすく説明する義務があった。
- ③ また、患者は当初開頭手術を選択していたけれども、その後の手術前のカンファレンスにおいて、動脈瘤の位置などから、開頭手術はかなり困難であることが新たに判明したというのであるから、医師らは、患者がこの点も踏まえて開頭手術の危険性とコイル塞栓術の危険性を比較検討できるように、患者に対して、カンファレンスで判明した開頭手術に伴う問題点について具体的に説明する義務があった。
- ④ 以上からすれば、医師らには、患者に対し、①,②の説明をした上で、開頭手術とコイル塞栓術のいずれを選択するのか、いずれの手術も受けずに保存的に経過を見ることとするのかを熟慮する機会を改めて与える必要があったというべきである。
上の判決では、予防的な治療の場合について、時間的余裕もあることにかんがみ、熟慮の機会を与えるべく、考えられる治療法について、違いや経過観察も含めた各選択肢のメリット・デメリットについてわかりやすく説明する義務がある、との判断をしています。
医師の説明義務違反に関する判決については、上でご紹介した平成18年最高裁判決も含め、以下のページでより詳しくご紹介しています。
まとめ
この記事では、インフォームドコンセントについて、意味、法律上の根拠、必要性と問題点、各種裁判例について解説しました。
インフォームドコンセントは、患者の自己決定権を保障するための大切なものです。
インフォームドコンセントが十分に行われていなかった場合、患者は、医師に対し、説明義務違反による損害賠償(慰謝料)を請求することができます。
医師の説明が十分でなかった、とのご不満をお持ちの方は、一度当事務所までご相談ください。
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