出産事故とは、出産時の事故により母親や子どもの身体に何らかの被害が及ぶことを言います。
出産事故は、大量出血、心停止、不適切な薬剤投与など様々な原因で起こります。
その中には、医師が手を尽くしても避けようがなかった事故も、医師の過失によって起こってしまった事故もあります。
出産事故があると、新しい命を迎えて新しい生活を送るはずだった家族は、非常に大きな衝撃を受ける上、生活の再設計も余儀なくされます。
また、事故の原因・責任の解明などが必要になる場合もあります。
今回の記事では、出産事故について、出産事故の種類や、出産事故に遭う確率、出産事故が起こった際の対処法などについて解説していきます。
出産事故とは?
出産事故とは、出産時の異変により、母親や子どもに害が及ぶことを言います。
出産事故には様々なものがあり、母親や子どもに重い障害が残るケース・死亡するケースもあります。
また、医師の過失が関わっているものもありますが、そうではないものもあります。
出産事故の種類
出産事故としては、以下のようなものがあります。
急な大量出血による事故
出産の際に大量の出血があることで、出産事故になる場合があります。
癒着胎盤、前置胎盤、巨大筋腫合併、多胎などの可能性がある場合は、大量出血になる可能性が高いので、自己血貯血などの準備をする、高次施設での分娩に切り替えるなどの対応を行います。
ただ、このような対応をしていても、予想を上回る大量出血が発生し、対処が困難になることもあります。
また、事前に大量出血になる可能性が高いことをうかがわせる兆候がなくとも、分娩時に大量出血を起こしてしまうこともあります。
産科での出血には、DIC(播種性血管内凝固)が起こりやすいという特徴もあります。
DICとなると、血が固まりにくくなり、出血が助長され、血が止まらなくなり、大量出血となって母親の死亡につながってしまいます。
血栓ができたことによる事故
妊娠中は血が固まりやすくなっており、血栓もできやすくなっています。
この血栓が、脳、心臓、肺などの血管を詰まらせてしまうと、脳梗塞、心筋梗塞、肺血栓塞栓症などになってしまいます。
これらの発見・対応が遅れ、母子の死亡、後遺障害を引き起こしてしまい、出産事故となることもあります。
薬剤を投与したことによる事故
出産時には、分娩誘発、感染症防止などのために、母体に薬剤を投与することがあります。
この薬剤の投与が適切でないと、出産事故につながることがあります。
たとえば、分娩誘発薬を過剰に投与すると、胎児が低酸素症を起こす、母体が子宮破裂を起こすなどの危険があります。
子宮破裂を起こしたことによる事故
陣痛が来ている最中に、子宮が破裂してしまうこともあります。
子宮破裂のリスクが高いケースとしては、陣痛が強すぎる、帝王切開などで子宮にメスを入れたことがある、分娩誘発を行っているなどのケースがあります。
子宮破裂を起こすと、
- 母体は大量出血となる
- 胎児は子宮外の腹腔内に脱出してしまい、胎児機能不全となる
といったことが起こる可能性があり、母子ともに死亡してしまう危険があります。
分娩方法が適切でなかったことによる事故
分娩方法には、自然分娩、吸引・鉗子分娩、帝王切開などがあります。
出産の際には、それぞれの母子の状況に適した分娩方法を、適切な方法で用いなければなりません。
たとえば、自然分娩中に胎児が低酸素状態になっているような場合は、できるだけ早く外に出してあげるため、吸引・鉗子分娩や帝王切開に移行する必要がある場合もあります。
吸引分娩や鉗子分娩を行う際は、器具を用いることができる時間、回数、方法などにも注意すべき点があります。
こうした分娩方法の選択や実施方法が適切でないと、出産事故につながってしまうことがあります。
出産事故の確率
出産事故全体の確率を示す公的な統計は見当たりませんが、出産による死亡率(出産死亡率)は、統計から導き出すことができます。
まず、「令和4年(2022) 人口動態統計(確定数)の概況」によると、2022年に「妊娠、分娩及び産じょく」が死因となった死者数は33人(p18)となっています。
同じ統計をみると、年間出産数は78万5938件(うち出生数77万0759人、死産数1万5179人)(p9、10)となっています。
これらの数値から計算すると、出産により母親が死亡する割合は、出産10万件に対して4.1人となります。
この数値は、「妊娠、分娩及び産じょくで死亡した女性の割合」のみを表したものですので、
- 妊娠、分娩、産じょくにより障害を負った女性
- 出産時の事故で死亡した子ども
- 出産時の事故で障害を負った子ども
は、含まれていません。
これらの人数を含めれば、出産事故に遭う確率はもっと高くなると考えられます。
ただ、現代の日本の出産死亡率は、歴史的、国際的に見て低い水準にあるといえる状態にあり、全般的に見れば、現在、日本は、安全に出産に臨むことができる状況にあるということができると思われます。
出産死亡率に関する説明については、以下のページが詳しくなっております。
出産事故の原因
出産事故の原因には様々なものがあります。
その一部をご紹介します。
なお、出産によって死亡する医学的な原因については、以下のページでも詳しく解説しています。
母親や子どもに基礎疾患があった
母親や子どもに基礎疾患があったことが、出産事故の原因となる場合もあります。
たとえば、母親に妊娠高血圧症候群がある場合には、大量出血、脳出血、胎児機能不全などのリスクが上がり、出産中に事故が発生する可能性が高くなってしまいます。
突然のトラブル
出産時には、突然の大量出血、心停止、呼吸不全など、事前に予想しなかった突発的な事態が起こることもあります。
その中には、突然の脳卒中によるもの、羊水塞栓症(分娩時に何らかの原因によって、比較的多量の羊水及び胎児成分が母体血中に流入して引き起こされる病態)によるものなどがあります。
こうしたものの中には、発症してすぐに重篤な状態になるものもあり、対応が間に合わないまま、死亡に至ってしまうケースもあります。
医療機関の体制が不十分だった
出産時にトラブルが起こった場合は、輸血、緊急の帝王切開術、開腹手術などが必要になります。
しかし、小規模のクリニックや助産施設では、こうした対応ができる体制が整えられていない場合もあります。
出産施設を選ぶ際は、できるだけ、医師・看護師・助産師の人数、連携病院の有無、緊急時の搬送態勢などの安全性についても考えて選ぶようにしましょう。
特に、基礎疾患があり出産事故のリスクが高い場合には、医師とよく相談し、必要であれば、設備の充実した総合病院で出産するようにしましょう。
医療関係者の連携不足
出産事故に限らず医療事故の背景には、医療関係者同士の連携不足がある場合があります。
例として、2021年に起こった出産事故をご紹介します。
これは、担当医が常位胎盤早期剥離に気づかずに不適切な対応を続け、新生児が重症新生児仮死の状態で生まれることとなってしまったという事案です。
生まれたお子様は、別の病院に搬送されましたが、翌日死亡してしまいました。
このケースでは、胎盤早期剝離を疑った助産師もいたのに、主治医などとのスタッフ間で情報が共有されず、不適切な治療が続いてしまい、事故に至ってしまいました。
病院側は、院内調査の結果、過失があったことを認めました。
病院側の説明によると、担当医は、長年産科医を担ってきた自負があったことから、周囲の提言を重要と認識していなかった、助産師の中には提言しても取り合ってもらえないと感じていた人もいた、とのことです。
このような医療関係者の連携不足が、出産事故などの医療事故を招くこともあります。
参考:医療事故はなぜ起きた?「胎盤早期剥離」で赤ちゃん死亡 主治医は“1人で4市町担当” | TBS NEWS DIG (2ページ)
医療ミスがあった
医師の過失による医療ミスによって、出産事故が起こることもあります。
母子に生じているトラブルについての診断や対処法を誤った、必要な検査や分娩監視を怠った、高次施設への搬送が遅れた、術後の管理に手違いがあったなど、さまざまな医療ミスが起こり得ます。
医療ミスの具体例、医療ミスが起こった場合の医師の責任については、以下のページもご参照ください。
出産事故発生時の対処法
不幸にして出産事故が発生してしまった場合、ご本人や周囲の方は、突然の事態にどう対応すればよいのでしょうか。
ここでは、考えられる対処法をいくつかご紹介します。
病院と話し合う
出産事故が起こった場合、まずは担当医から、何が起こったか(経緯、原因、責任の所在)、これからどうなるか(症状の見通し、回復の見込み、治療法など)などについての説明を受けることになるでしょう。
病院側の説明は、院内での調査と並行して、複数回にわたって行われることもあります。
母親か子どもに重大な障害が残ってしまった場合には、今後どのようにして介護していけばよいかなどについても話を聞く必要があります。
病院に医療ソーシャルワーカーが在籍していれば、どのような介護サービスや公的な援助が利用できるかの相談もできるかもしれません。
参考:JASWHS | 公益社団法人 日本医療ソーシャルワーカー協会
出産事故の原因、責任に関する病院の説明に納得ができない場合は、
- 病院で院内調査をするよう求める
- 弁護士に依頼するなどして自ら調査・責任追及を行う
ことなどが考えられます。
病院が責任を認めている場合には、そのまま和解のための交渉に入る場合もあります。
和解の席では、賠償金の支払いだけでなく、医師の謝罪、再発防止策の策定などを求めることもあります。
今後の生活設計を考える
母親又は子どもに障害が残ってしまった場合や母親が死亡してしまった場合には、生活が大きく変わることがありますので、今後の生活設計を考える必要があります。
介護のために必要な器具などがあれば、それを購入・レンタルする手配をします。
障害者手帳の入手、障害年金受給の手続なども必要になってきます。
母親が亡くなっていたり、障害を負っていたりすれば、介護や子育てを手伝ってくれる人を見つける必要がある場合もあります。
解剖を行う
出産事故で母親か子どもが死亡してしまった場合、病院から病理解剖を申し入れられることがあります。
このとき、ご遺族は、大切な家族の身体に死後もメスを入れられることへの拒否感から、解剖を拒否してしまうことがあります。
このようなお気持ちになることは、至極もっともなことです。
しかし、できることなら、出産事故でご家族が亡くなられた場合は、解剖を行うことをお勧めします。
実は、解剖を行わなければ正確な死因が明らかにならないケースは、少なくないのです。
正確な死因が分からないと、病院の責任を追及しようとしても、「医師の処置のせいで死亡した」という因果関係を証明することができず、責任追及が困難になる可能性があります。
また、正確な死因が分かる方が、病院側でも、今後同様の事態が起こらないようにする再発防止策につなげることができます。
解剖については、一度、積極的に考えてみることをお勧めいたします。
産科医療保障制度を利用する
産科医療補償制度とは、出産時の医療行為に過失があったか否かに関わりなく、通常の分娩で生まれた子どもに重度の脳性麻痺が発生した場合に、補償金を給付する制度です。
分娩時の事故で重度の脳性麻痺のお子さまが生まれた場合、産科医療保障制度を利用して補償金を受け取ることも一案です。
補償金の額は、一時金600万円、子どもが20歳になるまで月額10万円、合計3000万円となっています。
医療過誤に強い弁護士に相談する
出産事故が医療過誤によるものではないかとのお気持ちがある場合は、早いうちに、医療過誤に強い弁護士に相談することをお勧めします。
医療過誤に強い弁護士であれば、病院からの説明の際にも同席してくれ、病院側との交渉の窓口にもなってくれますし、解決方法に関するアドバイスもしてくれます。
また、病院側に対する責任追及について考える場合も、医療過誤に強い弁護士がいれば、
- カルテ等の証拠の収集
- 病院側の法的責任の有無についての見通しについてのアドバイス
- 損害賠償額の見積もり
- 責任追及の方法に関するアドバイス
などをしてもらうことができます。
医療過誤は弁護士に相談するべきである理由については、以下のページで詳しく解説しています。
出産事故についてのQ&A
無痛分娩で死亡する理由は何ですか?
無痛分娩で死亡する理由には、出産全般に伴うものと、無痛分娩特有のものがあります。
無痛分娩特有のものとしては、痛みを和らげるための麻酔をする際に起こる事故、麻酔中毒などがあります。
日本は安全に出産できますか?
日本の出産死亡率は国際的に見て低い水準にありますので、日本は安全に出産できる国であるといえます。
しかし、安全性は、どの施設で出産するか、母子の健康状態は良好か、といった要素によって変わってきます。
出産する際は、母親と胎児の状態をよく把握し、それぞれに合った出産施設を探すことが大切になります。
例えば、癒着胎盤、前置胎盤などの場合には、医師と相談し、必要であれば、施設の整った高次施設での出産にする方が安全性が高まると思われます。
また、胎児に発育不全がある、大きな病気がある、といった場合には、新生児科が併設されている総合病院で出産することも考える必要があります。
母子ともに大きな支障なく出産に臨めそうあれば、身近なクリニックや助産院での出産を選択することも問題ないでしょうが、その場合でも、設備の状況や医師・助産師・看護師などの数、近隣の病院との連携体制、緊急時の搬送態勢など安全性に関する事項について確認しておくことが大切です。
まとめ
今回は、出産事故について解説しました。
出産事故は、今でも無くなってはいません。
出産は危険を伴うものなので、いつ誰が出産事故に遭ってもおかしくありません。
出産事故があり、医療過誤かもしれないとの気持ちを持たれた場合は、なるべく早く、医療過誤問題に詳しい弁護士に相談するようにしましょう。
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