労災申請の手続きは次の流れとなります。
この労災申請の手続きの流れについて、以下で詳しく解説していきます。
目次
労災の申請とは
労災の申請とは、労災の補償を受けるために必要な、労働基準監督署への申請手続きのことです。
ここでいう労災とは、労災保険制度のことを指します。
労災保険とは、会社等で働く従業員が、業務や通勤のためにケガを負ったり、病気にかかった場合(「労働災害」が発生した場合)に、治療費や休業時の生活費などに充てるために、国がお金を支給してくれる制度です。
国からのお金の支払いを受けるために、国の窓口である労働基準監督署へ申請書等の提出が必要となっており、これがいわゆる「労災の申請」です。
労災(労災保険制度)については、こちらのページでより詳しく解説していますので、ぜひ合わせてご覧ください。
参考資料:労災保険給付の概要|厚生労働省他
労災申請の手続きの流れ
一般的な労災の申請の手続きの流れは下記の図のとおりです。
※なお、労災病院や労災指定の医療機関(指定医療機関等)で治療を受けた場合に、その治療費等を労災保険給付で負担する場合には、手続きが一部異なります。これについても以下の解説で説明しています。
(なお、遺族補償給付などの場合には、従業員側の対応事項についてはご遺族が対応されることになりますが、ここではわかりやすさの観点から「従業員」と記載しています。)
①労働災害の発生
まず、労働災害が発生します。
これをきっかけとして、従業員や会社の方々は労災の申請などの手続きについて意識を向けることになると思います。
労働災害とは、業務や通勤のために従業員がケガを負ったり、病気にかかった場合の、その事故のことをいいます。
なお、労働災害が発生した場合は、必要に応じて病院での治療等を受けることになると思いますが、従業員の方は治療のために必要になった支払の領収書をなくさずに取っておくようにしましょう。
労災申請の手続き時に必要となる場合があります。
②従業員が労働災害について会社へ報告
労働災害が発生した場合、従業員は、早めに会社に労働災害にあってしまったことを報告しましょう。
なお、労働災害の発生について報告を受けた会社は、労働基準監督署に対して「労働者死傷病報告」を提出する必要があります(労働安全衛生法第100条第1項、労働安全衛生規則第97第1項)。
この会社による「労働者私傷病報告」の義務は、労災の申請手続きとは別の話ですが、これに違反すると、会社が法律違反による罰(50万円以下の罰金)を受けるおそれがあります。
会社側で忘れずに対応するようにしましょう(労働安全衛生法第120条第5号)。
参考資料:労働者死傷病報告|厚生労働省
③労災申請のための請求書作成および資料収集(医師の診断書、会社による証明書等)
続いて、従業員の方は、労災申請のための請求書を作成し、また、申請の際に必要な資料を集めていただくことになります。
請求書については、申請する保険給付によって書式が違っています。
また、添付する資料についても、保険給付の種類によって必要なものが異なります。
この点については、以下の「◯労災申請に必要な書類」でより詳しく説明していますのでそちらもご確認ください。
④労働基準監督署へ労災の請求書および添付資料を提出
請求書および添付資料を準備したら、これを従業員から労働基準監督署へ提出する必要があります。
労働基準監督署は各地区ごとに置かれており、「労災課」などの部署で申請を受け付けています。
なお、窓口での提出だけでなく、郵送での提出も可能です。
なお、労災病院や労災指定の医療機関(指定医療機関等)などで治療を受けて、その治療費等を労災保険給付で賄う場合には、労働基準監督署ではなく、その医療機関宛に労災の請求書(療養給付請求書)を提出することになります。
この場合、労災病院や労災指定の医療機関を通じて、労働基準監督署に請求書が届けられます。
⑤労働基準監督署による調査
労災の請求書を受理した労働基準監督署では、申請内容を確認し、労災保険給付の要件が満たされているかを調査します。
具体的には、労働基準監督署は、申請された書類の内容を検討することに加えて、必要に応じて、従業員や会社その他の関係者(同僚など)に対して、追加書類の提出や聴取(インタビュー)を求めることになります。
⑥支給・不支給の決定の通知
労働基準監督署は、調査の結果、労災保険給付の支給または不支給の決定をし、その結果は従業員(請求を行った方)へ文書によって通知されます(労働者災害補償保険法施行規則第19条第1項)。
通常の場合、会社に対してはこの通知はなされませんので、労災保険給付の結果について、会社は従業員に確認を取る必要があります。
第十九条 所轄都道府県労働局長又は所轄労働基準監督署長は、保険給付に関する処分(法の規定による療養の給付及び二次健康診断等給付にあつては、その全部又は一部を支給しないこととする処分に限る。)を行つたときは、遅滞なく、文書で、その内容を請求人、申請人又は受給権者若しくは受給権者であつた者(次項において「請求人等」という。)に通知しなければならない。
なお、仮に不支給決定がなされた場合で、これに不満がある場合には、決定を覆してもらうよう請求する手続き(不服申立て手続。具体的には労災保険審査請求制度など)も用意されています。
ただし、実際の不服申立ての手続きには一定の条件(不支給決定があったことを知った日から60日以内など)があります。
ご検討の際には弁護士や労働基準監督署へ早期に相談するようにしましょう。
⑦補償金が振り込まれる(支給決定の場合)
最後に、支給決定があった場合には、請求書に記載した銀行口座へ労災保険の補償金が振り込まれます。
従業員としては、想定している通りの金額が振り込まれていることを念の為確認するようにしましょう。
なお、労災病院や労災指定の医療機関で治療(原則、無償)を受け、その医療機関あてに労災の請求書(療養給付請求書)を提出した場合には、労働基準監督署からその医療機関宛に直接医療費が振り込まれます。
労災に必要な手続きチェックリスト
従業員側チェックリスト
以上で手続きの流れを見てきました。
これらを前提に、労災申請の手続きについて、従業員側(従業員やご遺族)で必要な手続きのチェックリストを作成しましたのでご活用ください。
会社側チェックリスト
続いて、労災申請の手続きに関して会社側についても必要な手続きのチェックリストを作成しましたのでご活用ください。
労災申請から給付までの期間はどのくらい?
労災申請(労働基準監督署へ請求書等を提出)をしてから、支給・不支給決定が出るまでにはどのくらいの時間を要するのでしょうか。
厚生労働省が公表している資料において、一定の相場が示されているのでご紹介します。
- 療養補償給付 :おおむね1か月
- 休業補償給付 :おおむね1か月
- 障害補償給付 :おおむね3か月
- 遺族補償給付 :おおむね4か月
※ただし、いずれも場合によってはこれ以上の期間を要する場合があります。
それぞれの補償の意味についてはこちらをご覧ください。
ただし、ここにも記載されています通り、実際にかかる時間は労働災害の内容によってケースバイケースで異なりますので、長い時間がかかってしまうことも考えられます。
その場合にも焦らず、労働基準監督署の調査が進むのを待つようにしましょう。
参考:請求(申請)のできる保険給付等|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
労災申請に必要な書類
労災申請に必要となる書類について見ておきましょう。
①請求書
第一に、労災申請のための請求書を作成する必要があります(労働者災害補償保険法施行規則第12条の2第1項など)。
②事業主証明
また、一定の項目について、会社(事業主)から証明※をもらう必要があります(労働者災害補償保険法施行規則第12条の2第2項など)。
※会社から、その内容にお墨付きをもらうことです。
第十二条の二 療養補償給付たる療養の費用の支給を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
一 労働者の氏名、生年月日及び住所
二 事業の名称及び事業場の所在地
三 負傷又は発病の年月日
四 災害の原因及び発生状況
五 傷病名及び療養の内容
六 療養に要した費用の額
七 療養の給付を受けなかつた理由
八 労働者が複数事業労働者である場合は、その旨
2 前項第三号及び第四号に掲げる事項については事業主の証明を、同項第五号及び第六号に掲げる事項については医師その他の診療、薬剤の支給、手当又は訪問看護を担当した者(以下「診療担当者」という。)の証明を受けなければならない。ただし、看護(病院又は診療所の労働者が提供するもの及び訪問看護を除く。以下同じ。)又は移送に要した費用の額については、この限りでない。
3 第一項第六号の額が看護又は移送に要した費用の額を含むものであるときは、当該費用の額を証明することができる書類を、同項の請求書に添えなければならない。
③その他
他にも、請求する給付の種類・内容によって、治療費等の領収書や、賃金台帳、出勤簿の写し、死亡診断書、戸籍謄本等が必要になります。
以下の厚生労働省HPにて、請求する給付の種類ごとに、必要な書類等が説明されているリーフレットも掲載されています。
必要に応じてこちらもご参照ください。
必要資料のまとめ
以上を表にまとめると以下のとおりです。
備考 | 入手先 | |
---|---|---|
請求書 | 厚労省所定の書式。請求する給付の種類によって異なる。 | 厚労省ウェブサイト |
医師の診断書、証明 | 傷病の証明書。 給付種類によって、請求書に証明記入すれば足りる場合も。 |
医師 |
事業主証明 | 負傷又は発病の年月日と災害の原因及び発生状況についての会社の証明。請求書と一体となっている。 | 会社 |
治療費等の領収書 | 治療費等を請求する場合 | 病院等 |
賃金台帳 | (休業補償の場合) | 会社 |
出勤簿の写し | (休業補償の場合) | 会社 |
死亡診断書 | (遺族補償の場合) | 医師 |
戸籍謄本 | (遺族補償の場合) | 市役所等 |
※保険給付の種類や労災事故のケースによって、他にも書類が必要になる場合があります。
労災申請に必要な費用
続いて、労災申請に必要な費用を見ておきましょう。
大きく、実費と弁護士へ依頼する費用に分かれます。
実費
労災保険は国から保証を受けるための制度ですので、あまり実費が掛かるものではありません。
例えば、申請時に必要な医師の診断書についても、その作成費用は原則として労災保険が負担してくれます。
ただし、例外的に、請求書の医師証明欄を医師に記入してもらうための費用については、基本的には従業員側が証明費用を自己負担することになります。
他にも、労基署へ請求書を提出する際の郵送費や交通費、戸籍謄本(遺族補償給付のために)の発行を市役所へ申請する際にかかる手数料など、諸費用が発生します。
弁護士に依頼する場合
以上の通り、実費については限定的です。
もっとも、労災申請の手続きやそのための準備については、上で説明した通り、かなり複雑です。
さらに、労災保険給付の種類や、労働災害の内容によっては、より一層高度な作業が必要になることもあります。
そこで、従業員の方は治療等に専念していただき、できるだけ専門家の手を借りることも考える必要があります。
また、会社の場合、労災手続に精通した弁護士に相談し、サポートを受けることで、調査や手続きに要する負担が減り、本来の業務に専念できます。
そのため、従業員・会社ともに弁護士に依頼するための費用を検討することになります。
弁護士費用は事務所によって異なりますが、信頼できる弁護士であれば、予め料金表などを説明しますので、依頼前に確認するようにしましょう。
労災申請をスムーズに行うための5つのポイント
最後に、労災申請をスムーズに行うための5つのポイントをお伝えします。
①できるだけ速やかに手続する
労働災害にあってしまうと、その治療にどうしても気を取られます。
また、治療を受けながら働き続ける場合、労災申請の手続きまで準備するのは非常に大変です。
会社側の場合、本来業務が忙しいため労災手続を優先できない事情が想定されます。
そのため、どうしても後回しにしてしまいがちですが、労災申請にも、期間制限(時効)があるため、できるだけ早めに手続きを済ませる必要があります。
期間が過ぎてしまうと、労災申請が認められないことになってしまう可能性が高いので注意しましょう。
②労基署に対しは正確に報告する
労働災害について労働基準監督署に対して嘘の報告をしてしまうと、法律違反による罰金を受けてしまう可能性があります(労働安全衛生法第100条、第120条第5号)。
労働申請の手続きに関連して、会社や従業員の方が、労働基準監督署から説明や報告を求められる場合がありますが、この場合にうっかり嘘の説明や報告をしてしまわないように、慎重に対応する必要があります。
もちろん、労災申請において、労働基準監督署に提出する請求書などの書面の記載についても、正確な内容を記載することが必要ですので、慎重に対応しましょう。
第百条 厚生労働大臣、都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、事業者、労働者、機械等貸与者、建築物貸与者又はコンサルタントに対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。第百二十条 次の各号のいずれかに該当する者は、五十万円以下の罰金に処する。
五 第百条第一項又は第三項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかつた者
上記で解説したように、労災の請求書の記載の中で、会社は「負傷又は発病の年月日」と「災害の原因及び発生状況」について、証明することが求められています。
この記載内容を巡って後日トラブルになることがあるため注意が必要です。
典型的なトラブルとしては、従業員が記載した内容が事実に反する場合です。
例えば、災害の原因として、実際に会社に落ち度はなかったのに、会社側に落ち度があったかのような記載があったとします。
会社担当者が事実関係を確認せずに、この記載内容を証明した場合、虚偽の報告となります。
また、後日、その従業員から会社に対して、安全配慮義務違反を理由として損害賠償請求をされるリスクがあります。
これに対し、会社が事実関係を争ったとしても、労災の請求書において自らの非(過失など)を認めていることから、請求を退けることが難しくなります。
このような問題があるため、従業員だけでなく会社側も労災の請求書の記載内容については注意してください。
できるだけ労災問題にくわしい弁護士へ事前に相談されることをおすすめいたします。
③厚生労働省のホームページを活用する
このページでも複数紹介していますが、厚生労働省のホームページでは労災申請のための従業員や会社の不安を取り除くため、様々な情報公開をしています。
厚生労働省のホームページは労災に関する情報の宝庫ですので、ぜひ有効利用しましょう。
④会社と従業員の関係にお互い注意する
労災申請においては、従業員と会社の協力が必要です。
会社としても、従業員を助けるために積極的に協力することが多いです。
もっとも、会社にとっては、労災保険が支給決定されてしまうと、それを理由として、従業員から追加で損害賠償請求※を受けてしまうリスクがあります。
そのため、会社と従業員との関係によって、あるいは、労働災害に関する会社と従業員の意見の食い違いによっては、会社と従業員との関係がこじれてしまうことも珍しくありません。
そのようなことになると、会社・従業員の双方にとって不幸ですので、お互いにコミュニケーションを深めて、できるだけ協力関係を維持できるように意識しましょう。
安全配慮義務とは、従業員が働く際に、会社が従業員の生命や健康を危険から保護するよう配慮すべき義務をいいます。
企業の中には、労災として処理すれば、労災保険から従業員に補償されるため、企業が従業員に支払うものはないとお考えかもしれません。
しかし、その考えは誤りです。
労災保険が支払いの対象としているのは、治療費、交通費、休業損害、逸失利益です。
つまり、慰謝料、後遺障害慰謝料といった慰謝料については、そもそも労災保険で補償の対象となっていません。
したがって、従業員は、労災保険で補償されない慰謝料の部分を企業に対して請求してくる可能性が十分にあります。
安全配慮義務違反について、くわしは下記のページをご覧になってください。
⑤労災手続に詳しい弁護士へ相談する
このページで解説したように、労災の仕組みは、一般の方にとって複雑でわかりにくいです。
しかし、労災が認められるか否かは、労災事故にあった従業員の方にも、会社にも大きな影響を及ぼします。
従業員の方にすれば、会社に対して損害賠償請求しなくても、国から休業補償などを受け取ることで、損害の一部を回復できます。
また、労災が認められると、会社を休んでいても、基本的に会社から解雇されることはありません。
すなわち、安心して、生活するためのお金をもらい、治療に専念できるのです。
他方で、会社としても、労災事故が発生すると、安全配慮義務の責任を追求される可能性があります。
また、労災はめったに発生するものではないため、何をどうすればいいかわからず、まずは手続きについて、調査が必要な状況でしょう。
このように、労災事故は従業員、会社の双方に大きな影響を及ぼすため、専門家に相談しながら進めていくべきです。
法律のプロフェッショナルである弁護士の中でも、労災手続に数多く携わったことがある方は多くはないはずです。
そのため、どのようにして労災問題に詳しい専門家を探すかが問題となります。
お勧めとしては、労災についてのウェブサイトの情報です。
労災に関して、豊富な情報を掲載している法律事務所であれば、労災に力を入れているといえるからです。
また、その法律事務所に所属している弁護士が労災などの人身障害分野に注力していれば、経験もあるかと思われます。
はじめて相談する場合には勇気がいるかもしれませんが、ぜひ一歩を踏み出して、まずは電話をしてみましょう。
労災分野に詳しい弁護士に相談することで、疑問点がなくなり、解決のための道筋を教えてもらえることが期待できます。
労災申請の手続きの流れについてのQ&A
労災保険の申請は誰がするのか?
労災の申請は、原則として、被災した従業員本人が行います。
もっとも、従業員は申請の際に「負傷又は発病の年月日」や「災害の原因及びその発生状況」等の項目について、会社の証明を受けることを求められます。
そのため、会社は従業員から上記証明の協力を求められることが予想されます。
この場合に、会社としては事実を有無を確認した上で、証明すべきであり、事実と異なる証明を行うと、後々トラブルに発展する可能性があるため注意が必要です。
労災の手続きに期限はありますか?
労災の申請には給付の種類ごとの期限があります。
例えば、治療費については治療費を支出してから2年、休業給付については休業して賃金の支払いを受けられない日から2年が期限(時効)となっています。
他方で、障害給付や遺族給付については、生活保障の側面が強いということもあって、2年ではなく5年となっています。
労災申請の期限について、くわしくはこちらをご覧ください。
まとめ
本ページでは、労災申請の手続きについて詳しく解説してきました。
労災申請の手続きは、労働災害にあった従業員自身で対応することも多く、また、保険給付の種類によって書類が異なるため、複雑です。
ぜひ、このページを参考に労災申請の手続きについて理解を深めてください。
それでもなお、労災申請の手続きについて不明な点があれば、早いうちに労働法に詳しい弁護士へ相談して、不安を解消することを強くお勧めします。
そして、労働災害・労災事故については、お立場が従業員か会社かによって、必要となるサポートが大きく異なります。
デイライト法律事務所では、トップクラスのサービスを提供するため、それぞれの立場に応じた専門チーム(従業員側は人身障害部、会社側は企業法務部)がご対応します。
ぜひ、お気軽にご相談ください。