目次
労災とは?
労災は、従業員が仕事中や通勤途中に怪我をしたり病気に罹ることをいいます。
うつ病といった精神的な病についても仕事上のストレスが原因で発症した場合には労災として認められる場合があります。
うつ病等精神疾患の労災認定基準
うつ病が労災として認められるためには、以下の3つの要件該当性をもって判断します。
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- 要件①:認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 要件②:発症前おおむね6ヶ月以内に仕事による強いストレスを受けたこと
- 要件③:業務以外の心理的負荷や従業員個人の要因により発病したとは認められないこと
要件①:認定基準の対象となる精神障害を発病していること
うつ病は労災認定の対象となる精神障害に含まれます。
要件②:発症前おおむね6ヶ月以内に仕事による強いストレスを受けたこと
医者からうつ病と診断されただけでは、直ちに労災として認定されるわけではありません。
うつ病が発症する前のおおむね6ヶ月の間に仕事上で強いストレスが加えられていることが必要です。
強いストレスが加えられたか否かは「特別な出来事」とその他の「具体的な出来事」の内容をもって判断されます。
特別な出来事
特別な出来事に該当する出来事が認められた場合には、ストレスの程度は「強」と評価されます。
【 特別な出来事の類型 】
出来事の類型 | 具体例 |
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自身の重大な業務上の傷病 | 生死に関わる、極度の苦痛を伴う、または永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気や怪我をした |
業務上の重大事故 | 業務に関連し、他人を死亡させ、または生死に関わる重大な怪我を負わせた |
業務に関する性犯罪の被害 | 望まない性的行為やわいせつ行為などのセクシャルハラスメントを受けた |
極度の長時間労働 | 発病直前1ヶ月おおむね160時間を超えるような時間外労働 |
その他の「具体的な出来事」
特別の出来事に該当する出来事がなかった場合は、その他の具体的出来事を「強」「中」「弱」と評価します。
その他の具体的な出来事が複数存在する場合には以下のように評価されます。
複数の出来事の全体を一つの出来事と評価して判断します。
原則として最初の出来事を具体的出来事として「強」「中」「弱」を判断します。
もっとも、最初の出来事に関連して生じた出来事がある場合はこれらも踏まえて「強」「中」「弱」を判断します。
関連しない出来事が複数生じた場合は、出来事の数、それぞれの出来事の内容、時間的な近接の程度を考慮して全体の評価をします。
例えば、最初の出来事が「中」で、その後に最初の出来事と関連しない「中」の出来事が複数発生した場合は、出来事の数、それぞれの出来事の内容、時間的な近接の程度を考慮して「強」また「中」であるかを判断します。
図で表すと以下の通りになります。
【 ストレスの程度が「強」の場合 】
出来事の類型 | 具体例 |
---|---|
事故や災害の体験 | 重度の病気や怪我をした |
仕事の失敗、過重な責任の発生等 |
|
役割・地位の変化 | 退職を強要された |
パワーハラスメント | 上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた |
対人関係 | 同僚等から、暴行またはひどいいじめ・嫌がらせを受けた |
【 ストレスの程度が「中」の場合 】
出来事の類型 | 具体例 |
---|---|
事故や災害の体験 | 悲惨な事故や災害の体験、目撃をした |
仕事の失敗、過重な責任の発生等 |
|
仕事の量・質 |
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役割・地位の変化等 |
|
対人関係 |
|
セクシャルハラスメント | セクシャルハラスメントを受けた |
長時間労働がある場合の基準
長時間労働に従事することもうつ病発症の原因となり得ることから、長時間労働を以下の3点から評価します。
- ① 「特別な出来事」としての「極度の長時間労働」
- ② 「出来事」としての長時間労働
- ③ 他の出来事と関連した長時間労働
- 発病直前1ヶ月におおむね160時間を超えるような時間外労働がある場合
- 発病直前3週間に1月あたりおおむね120時間以上の時間外労働がある場合
→ストレスの程度は「強」と評価されます。
発病前の1ヶ月から3ヶ月間の長時間労働を出来事として評価します。
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- 発病前の2ヶ月間連続して1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行った場合
- 発病直前3ヶ月に1月あたりおおむね100時間以上の時間外労働がある場合
→ストレスの程度は「強」と評価されます。
出来事が発生した前や後に長時間労働(月100時間程度の時間外労働)があった場合、心理的負荷の強度を修正する要素として評価します。
- 転勤して新たな業務に従事し、その後月100時間程度の時間外労働を行った場合
→ストレスの程度は「強」と評価されます。
なお、上記時間外労働時間数は目安であって、この基準に至らない場合でもストレスの程度を「強」と判断する場合があります。
ストレスの程度についてご自身で判断がつかない場合は、専門の弁護士にご相談いただければと思います。
引用元:精神障害の労災認定|厚生労働省
要件③:業務以外の心理的負荷や従業員個人の要因により発病したとは認められないこと
うつ病を発症していたとしても仕事と全く関係のない理由で発症している場合は労災にはあたりません。
例えば、可愛がっていたペットが亡くなったことが原因で仕事が手に付かず、うつ病を発症したといった場合は労災として認められません。
そこでうつ病が仕事上のストレスが原因で発症したことを説明する必要があります。
そのためには、うつ病が仕事上のストレスが原因で発症したことを説明できるだけの証拠があることが重要です。
例えば、うつ病の原因が長時間労働にある場合は、普段使用しているパソコンのログイン・ログオフの履歴を画面上に表示した上でそれをスマホ等で撮影して保存するという方法があります。
他にも、うつ病の初期症状を感じたときは病院に受診して仕事上のストレスが原因であることを医者に説明してカルテ上に残してもらうことも考えられます。
うつ病が仕事上のストレスが原因で発症したといえるためにはどのような証拠があれば良いのかについては、専門の弁護士に相談することをお勧めします。
労災の手続きの流れ
労災の手続きの流れはおおむね以下の流れになります。
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②従業員が所定の請求書を労働基準監督署に提出します。
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③労働基準監督署長によって、事故が労災に当たるのかについての調査を行います。
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④③の調査の結果、労災給付の決定or不支給決定がなされます。
労災の手続きについて詳しく確認されたい場合はこちらをご覧ください。
労災が認定される従業員の4つのメリット
①治療費を負担する必要がない
うつ病の治療には病院への受診や薬の処方等で治療費がかかります。
もっとも、うつ病が労災と認定されれば、労災保険の給付を受けることができ、治療費を負担する必要がなくなります。
②休業補償などの給付を受けることができる
うつ病が理由で仕事を休まざるをえなくなった場合に、休んだ期間について補償を受けることができます。
休業補償として給付される金額は、給付基礎日額の60%と特別支給金の20%です。
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給付基礎日額の60%の計算式は以下の通りです。
給付基礎日額とは、労災発生日または労災による傷病が発生したと診断された日の直前3ヶ月間の賃金の総額を3ヶ月間の暦日数で割ったものとなります。
なお、上記賃金にボーナスは含みません。
給付基礎日額の20%の計算式は以下の通りです。
給付基礎日額の60%の計算式と同様に給付基礎日額を計算します。
③治療のために仕事を休んだことによって解雇されない
労災が原因のうつ病の治療を理由に仕事を休んだとしても、法律上会社はこれを理由に従業員を解雇することは原則できません。
これにより安心してうつ病の治療に専念することができます。
④労災保険給付の支給基準において従業員の過失割合の影響を受けない
従業員の中には、うつ病が発症したのは自分の時間管理が甘かったからだとか、仕事のミスを埋めるために頑張ったのだから自業自得だと思われる方がいるかと思います。
しかし、仮に従業員の方に落ち度があったとしても、これを理由に労災保険の支給額が減額されることはありません。
労災が認定される従業員の4つのメリットについて詳しく確認されたい場合はこちらをご覧ください。
労災が認定される会社の7つのデメリット
①安全配慮義務違反を追求される可能性がある
労働契約上の会社は、「労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をする」(労働契約法5条)義務が課されています(専門用語では「安全配慮義務」といいます。)。
うつ病を発生させるような職場環境を作った、あるいは放置した場合、会社は安全配慮義務違反となります。
安全配慮義務に違反した場合は、会社は従業員に対して損害賠償責任を負うことになります。
慰謝料
労災保険では慰謝料については支給されません。
したがって、従業員からうつ病が発症して本来できた仕事ができなくなったことに対する迷惑料を請求されることになってしまいます。
休業損害
会社はうつ病を発症した従業員に対して、治療のために休んだ期間に応じて本来働いてもらうことができたお金を支払わなければなりません。
その他
上記項目の他には、入院雑費等の実費や死亡した場合の葬儀費用等後遺障害や死亡した場合に逸失利益が挙げられます。
②裁判を起こされる可能性
労災を理由に裁判を起こされた場合、裁判に対応する必要があり、本来有効に活用しえた時間を消費することになってしまいます。
また、うつ病を出すような職場環境であることが広く世間に知れ渡ることになります。
そうすると、その会社に就職しようと思っていた有望な人材の獲得の機会を失うことに発展する可能性があります。
③事故対応による生産性の低下
うつ病を発症した従業員が会社において重要な役割を担っていた場合、代わりとなる人材を確保することができず、会社の生産性が低下する恐れがあります。
④社会的信用の失墜
一度裁判を起こされてしまえば、テレビや新聞で報道されることにより、会社と従業員との間の問題が公の場にさらされることになります。
うつ病を発症させるような職場という事実自体が、会社に対する不信感を生み、それまで優良な会社と思われていたのに手のひらを返したようにイメージが悪化することになりかねません。
⑤解雇制限のリスク
従業員が仕事上のストレスが原因でうつ病を発症した場合、その治療のために会社を休んだとしても、会社はその従業員を解雇することは原則できません。
⑥労災保険料が上がることや罰則も考えられること
職場で労災を発生させてしまった場合、労災保険料が増加したり、場合によっては罰則が適用されることになってしまいます。
⑦行政処分を受ける可能性があること
国や都道府県の許可を受けて営業するような許認可業種(建設業や派遣業など)では、労災事故が発生すると、法令に違反したとして、指示処分などの行政処分の対象となることがあります。
労災が認定される会社の7つのデメリットについて詳しく確認されたい場合はこちらをご覧ください。
精神疾患と労災に関するQ&A
役員がうつ病の場合も労災の対象となる?
労災保険法上の「従業員」に該当する可能性があること
労災保険は、日本国内の従業員を対象としています。
会社・自営業主・家事従事者など従業員以外の方は労災保険の対象にならず、労災保険給付を受けることができません。
もっとも、従業員性が強い兼務役員の場合には、労災保険給付を受けられることがあります。
労災保険の特別加入制度
特別加入制度とは、従業員以外のうち、仕事内容や、事故状況からみて、従業員に準じて保護する必要がある人に、一定の要件の下に労災保険に特別に加入することを認めている制度です。
この制度によって労災保険に加入できる方々は例は以下の通りです。
中小事業の社長等の役員は、従業員とともに従業員と同様の業務に従事する場合が多いことから加入が認められることがあります。
建設の事業などの自営業者は、いわゆる一人親方として、従業員を雇わずに自分自身で仕事を行うため、従業員に準じて保護されます。
引用元:労災保険への特別加入|厚生労働省
労災が認定されると裁判でも勝てる?
うつ病が労災と認定された場合に、裁判上でも当然に会社に安全配慮義務違反が認められるとは限りません。
もっとも、全く無関係というわけではありません。
特に、うつ病は、発症の原因となったストレス要因を特定することが難しく、色々なストレスが重なって発症する場合もあります。
仮に、うつ病が労災と認定された場合、裁判においては会社の安全配慮義務違反を決めるにあたっては、非常に重要な判断資料となります。
以上のように、うつ病が労災と認定されることは裁判の結果を左右することになりますので、早期に専門の弁護士に相談されることをお勧めします。
まとめ
- 労災とは、従業員が仕事中に怪我をしたり病気に罹ることをいう
- うつ病の労災認定基準の認定基準は
要件①:認定基準の対象となる精神障害を発病していること
要件②:発症前概ね6ヶ月以内に仕事による強いストレスを受けたこと
要件③:業務以外の心理的負荷や従業員個人の要因により発病したとは認められないこと
をもって判断される - 役員がうつ病に罹患した場合、原則としては、労災保険の適用はない。
もっとも、例外的に、従業員性が強い兼務役員の場合や労災保険の特別加入制度に加入している場合は、補償対象に含まれる。 - 労災認定がなされると裁判上で重要な判断材料になりうる
労災事故は、お立場が従業員か会社かで、必要となるサポートが異なります。
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