労災と傷病手当とでは、労災の方が従業員にとってお得といえます。
※被害者の方が、労災保険による補償と傷病手当金のどちらの補償を受けるかを自由に選べるわけではありませんので、ご注意ください。
受け取ることができる金額の点では、労災保険の休業(補償)給付は、休業特別支給金と合わせると「給付基礎日額」の80%が支給されますが、傷病手当金は、過去1年分の給与を平均した金額の約67%しか支給されません。
また、支給される期間の点では、労災保険の休業(補償)給付は、通常、症状固定日(治療終了日)まで支給されますが、傷病手当金は、傷病手当金の支給開始日から通算1年6ヶ月までと期間が限定的に決まっています。
このように、金額の面でも支給期間の面でも、労災保険の補償の方がお得であることがわかります。
ここでは、労災の概要や傷病手当金の支給条件等を説明したうえで、労災保険の補償の方がお得になる理由や労災と傷病手当金の注意点などについて詳しく解説しております。
傷病手当金とは?
傷病手当金とは、従業員が、仕事以外の出来事または通勤・退勤中でないときの出来事によってケガしたり、病気になったりした場合の補償のことをいいます。
第一条 この法律は、労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法(昭和二十二年法律第五十号)第七条第一項第一号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。
引用元:健康保険法|電子政府の窓口
傷病手当金は、従業員が加入している健康保険から給付されるものです。
傷病手当金を受け取るためには、以下の条件をすべて満たす必要があります。
- ① 業務外のケガや病気で治療中であること
- ② 治療のため仕事ができないこと
- ③ 4日以上仕事を休んでいること
- ④ 会社から給与の支払いがないこと
①業務外のケガや病気で治療中であること
傷病手当金は、あくまでも、仕事以外の出来事や通勤・退勤中でないときの出来事が原因で生じたケガや病気に対する補償となります。
仕事上の出来事や通勤途中での出来事が原因で生じたケガや病気は、労災保険による補償の対象となります。
②治療のため仕事ができないこと
傷病手当金を受け取るためには、従業員が、今まで従事していた仕事ができない状態であることが必要となります。
仕事ができない状態であるかどうかは、主治医の先生の意見や従業員の業務内容などの事情を考慮して判断されます。
③4日以上仕事を休んでいること
傷病手当金は、ケガや病気が原因で仕事を休み始めた日から連続して3日間(この3日間を「待期期間」といいます。)は支給されません。
傷病手当金は、仕事を休み始めた日から数えて4日目から補償の対象となるため、4日以上仕事を休んでいることが必要となります。
なお、3日間の待期期間には、土日・祝日や有給休暇を使用した日も含まれます。
④会社から給与の支払いがないこと
会社から給与の支払いがある場合、従業員が傷病手当金を受け取ると、二重に利益を得ることになるため認められません。
そのため、会社から給与の支払いがないことが条件となります。
なお、会社が、従業員に対して、給与の一部を支給している場合には、本来支給される傷病手当金から支給された分の給与を減額して支給されます。
傷病手当金について、詳しくは全国健康保険協会のホームページもご参照ください。
参考:病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)|全国健康保険協会
労災とは?
労災とは、労働災害の略称で、従業員が、仕事中または通勤・退勤中の出来事によってケガしたり、病気になったり、障害・死亡したりすることをいいます。
従業員が労災にあった場合、労災保険から一定の補償を受けることができます。
労災について、さらに詳しくご確認いただきたい場合には、以下の記事もご参照ください。
労災(労働災害)には、①業務災害と②通勤災害の2種類があります。
- ① 業務災害とは、従業員が、仕事中の出来事によってケガをしたり、病気・障害・死亡したりすることをいいます。
- ② 通勤災害とは、従業員が、通勤・退勤中の出来事によってケガしたり、病気・障害・死亡したりすることをいいます。
業務災害については以下で詳しく解説しております。
通勤災害については以下で詳しく解説しております。
労災保険からの給付には、次のような8種類の給付があります。
- 療養(補償)給付
- 休業(補償)給付
- 傷病(補償)年金
- 障害(補償)給付
- 遺族(補償)給付
- 介護(補償)給付
- 葬祭料(葬祭給付)
- 二次健康診断給付
ここでは、傷病手当金との関係で重要な「休業(補償)給付」と「傷病(補償)年金」について説明いたします。
その他の給付内容について詳しくお調べになりたい場合は、以下の記事をご参照ください。
休業(補償)給付
休業(補償)給付とは、労災事故が原因で仕事ができなくなり、会社を欠勤したり、有給休暇を利用して休まれたりしたことで給与が減少したことに対する補償のことをいいます。
労災保険からの休業(補償)給付には、①休業補償給付、②休業特別支給金の2種類があります。
- ①休業補償給付は、労災保険から「給付基礎日額」の60%が支給されます。
- ② 休業特別支給金は、労災保険から「給付基礎日額」の20%が支給されます
※「給付基礎日額」は、次の計算式によって算出します。
「給付基礎日額」= 労災事故直近3ヶ月間の給与総額 ÷ 労災事故直近3ヶ月の暦日数
※「直近3ヶ月間の給与総額」には、基本給、残業代・付加給、家族手当、交通費などが含まれます。
※「直近3ヶ月の暦日数」とは、例えば、9月(30日)、10月(31日)、11月(30日)であれば、91日となります。
なお、以下で解説する「傷病(補償)年金」と合わせて二重に休業補償給付・休業特別支給金を受け取ることはできないため、注意しましょう。
傷病(補償)年金
傷病(補償)年金とは、労災が原因のケガや病気等の治療を1年6ヶ月継続しても治っておらず、次の等級(1級〜3級)のいずれかに該当する場合に受け取ることができる補償のことをいいます。
等級 | 給付金額 | |
---|---|---|
1級 | 傷病(補償)年金 | 給付基礎日額の313日分 |
傷病特別支給金(一時金) | 114万円 | |
傷病特別年金 | 算定基礎日額の313日分 | |
2級 | 傷病(補償)年金 | 給付基礎日額の277日分 |
傷病特別支給金(一時金) | 107万円 | |
傷病特別年金 | 算定基礎日額の277日分 | |
3級 | 傷病(補償)年金 | 給付基礎日額の245日分 |
傷病特別支給金(一時金) | 100万円 | |
傷病特別年金 | 算定基礎日額の245日分 |
なお、「休業(補償)給付」と合わせて二重に傷病(補償)年金を受け取ることはできません。
すなわち、傷病(補償)年金を受け取るための条件をすべて満たし、傷病(補償)年金を受給した場合には、休業(補償)給付を受け取ることはできません。
他方、前述した傷病等級に該当しなかった場合には、休業(補償)給付の支給条件を満たす限り、休業(補償)給付を引き続き受け取ることができます。
労災と傷病手当の違い
労災保険から給付される補償と傷病手当金による補償の違いをまとめると、次の表のようになります。
労災保険 | 傷病手当金 | |
---|---|---|
ケガや病気の原因 | 業務中の出来事 または 出退勤中の出来事 |
業務以外の出来事 または 出退勤中でないときの出来事 |
休業補償の計算方法 | 休業(補償)給付:「給付基礎日額」の60% × 休業日数
休業特別支給金:「給付基礎日額」の20% × 休業日数 ※「給付基礎日額」は、「労災にあった日の直前3ヶ月間の給料の総額」÷「労災にあった日の直前3ヶ月の暦日数」で計算します。 |
「1日あたりの金額」× 休業日数
「1日あたりの金額」 ※「傷病手当金の支給開始日の以前12ヶ月間の各標準報酬月額を平均した額」は、おおよそ月給と近い金額になることが多いです。 |
支払期間 | 治療終了日(症状固定日)まで ※治療開始後1年6ヶ月を経過しても治らず、傷病等級(1級〜3級)に該当する場合には、労災保険の休業補償から傷病(補償)年金に切り替えられて補償されます。 |
支給開始日から通算1年6ヶ月 |
労災と傷病手当はどっちがお得?
労災保険と傷病手当金とでは、以下の3つの観点から、労災保険からの給付の方が経済的にはメリットが大きいです。
※なお、被害者が、労災保険による補償と傷病手当金のどちらの補償を受けるかを自由に選択できるわけではありませんので、お気をつけください。
①支給金額
支給金額について、労災保険からの休業補償は、休業特別支給金と合わせると給付基礎日額の80%が支給されます。
他方、傷病手当金は、過去12ヶ月分の給与を平均した金額の約67%しか支給されません。
②支給期間
また、支給期間について、労災保険からの休業補償は、治療終了日(症状固定日)まで補償を受けることができます。
他方、傷病手当金は、傷病手当金を受け取り始めた日から通算1年6ヶ月間と期間が決まっています。
③補償の対象者
労災保険による補償は、正社員以外にも、アルバイト、パートタイマー、契約社員等であっても対象になります。
傷病手当金は、本人が健康保険に加入している必要があるため、ご家族や配偶者の扶養に入っている場合は、被保険者ではないため補償対象になりません。
このように、支給金額、支給期間、補償の対象者の観点から、傷病手当金よりも労災保険からの補償の方がお得であるといえます。
労災と傷病手当は併用できる?
労災保険からの補償と傷病手当金による補償を併用することはできません。
なぜなら、労災保険からの補償と傷病手当金による補償とでは、その補償対象が異なるからです。
労災保険による補償は、仕事中または通勤・退勤中の出来事によるケガや病気への補償であるのに対し、傷病手当金による補償は、仕事以外の出来事または出退勤中でないときの出来事によるケガや病気への補償となります。
例えば、従業員が、以前、労災保険から休業補償の給付を受けていたが、休業補償の給付と同じケガや病気が原因で再び労務不能になった場合には、傷病手当金による補償を受けることはできません。
また、労災保険から休業補償の給付を受けている期間中は、たとえ業務外の出来事や通勤中でないときの出来事によるケガや病気が原因で労務不能になったとしても、傷病手当金による補償を受けることはできません。
ただし、この場合、労災保険から休業補償として支給されている金額が、健康保険から傷病手当金として支給されている金額より少ないとき(「休業補償の金額」<「傷病手当金の金額」の場合)は、その差額分が支給されます。
労災と傷病手当の注意点
補償の支給開始期間は4日目から
労災保険による休業補償も健康保険による傷病手当金も、ケガや病気が原因で仕事を休み始めた日から3日間は支給されません。
労災保険からの休業補償や健康保険からの傷病手当金が補償されない3日間のことを「待機期間」といいます。
補償されない3日間の「待機期間」のカウント方法は、休業補償と傷病手当金とで異なりますので注意が必要です。
労災の「待機期間」の数え方
休業補償の「待機期間」には、土日祝日などの休日や有給休暇を使用した日が含まれ、必ずしも3日間休業が連続している必要はありません。
例えば、火曜日に業務中の労災にあってしまい、水曜日は休業、木曜日は出勤したが、金曜日に休業した場合、火曜日・水曜日・金曜日が待機期間の3日間としてカウントされます。
傷病手当金の「待機期間」の数え方
傷病手当金の「待機期間」には、土日祝日などの休日や有給休暇を使用した日が含まれますが、連続して3日間休業している必要があります。
例えば、月曜日に業務外の出来事が原因でケガをしてしまい、火曜日は休業したが、水曜日は出勤し、木曜日と金曜日に休業した場合、月曜・火曜・木曜・金曜の合計4日間休業していますが、連続して3日間休業しているわけではないので、待機期間が完成したことにはなりません。
そのため、この場合、連続して3日間休業するまでは、傷病手当金を受け取ることはできません。
他方、次のような場合には、連続した3日間の待機期間が完成しますので、休業4日目から傷病手当金を受け取ることができます。
ケース① 月曜日に業務外の出来事が原因でケガをしてしまい、火曜日以降についても休業した場合
この場合、月曜・火曜・水曜の合計3日間の休業で、連続した3日間の休業(待機期間)が完成しているため、木曜日以降に欠勤した分の傷病手当金が支給されることになります。
ケース② 月曜日に業務外の出来事が原因でケガをしてしまい、月曜日、火曜日、水曜日と休業したが、木曜日に出勤した場合
この場合、月曜・火曜・水曜の合計3日間休業しているため、連続して3日間の休業が完成しています。ただし、木曜日に出勤しているため、傷病手当金の支給は金曜日の分から受け取ることができます。
この場合、日曜、月曜、火曜の合計3日間で連続した3日間の待機期間が完成します。なぜなら、傷病手当金の待機期間には、土日祝日などの休日や有給休暇を使用した日も含んでカウントするからです。そのため、水曜日以降の欠勤した分を傷病手当金として受け取ることができます。
労災と傷病手当では補償される期間が違う
労災保険からの休業(補償)給付と健康保険からの傷病手当金とでは、支給される期間がそれぞれ異なります。
休業(補償)給付の期間
労災保険からの休業(補償)給付は、次の①〜③の条件を満たす限り、治療終了日(症状固定日)まで補償を受けることができます。
- ① 仕事中または通勤・退勤中の出来事が原因でケガ、病気、障害等になったこと
- ② ①の治療のために働くことができないこと
- ③ 会社から給与を受け取っていないこと
傷病手当金の期間
健康保険からの傷病手当金は、傷病手当金の支給開始日から通算1年6ヶ月間まで補償を受け取ることができます。
例えば、傷病手当金の支給開始後、一定期間仕事をした場合、この仕事をした期間も含めて1年6ヶ月が補償期間となりますので、ご注意ください。
労災と傷病手当についてのQ&A
労災申請中に傷病手当を申請できますか?
労災申請中に傷病手当金の申請を行うこと自体は可能です。
なぜなら、労災申請と傷病手当金の申請を同時に行うことは、申請を同時に行っているだけで補償を二重に受け取っているわけではないからです。
ただし、労災申請と傷病手当金の申請を同時に行った後、労働基準監督署から労災であるという認定がされた場合には、労災に切り替えられることになります。
このとき、健康保険から傷病手当金をすでに受け取っている場合には、受け取った傷病手当金を返還する必要があります。
なぜなら、傷病手当金を受け取ったままにすると、労災保険からの補償と合わせて二重に補償を受け取ることになるからです。
労災保険からの給付と健康保険からの傷病手当金とを二重で受給することはできないので注意しましょう。
なお、傷病手当金の申請を先行して行うことがあります。
傷病手当金を申請した場合に、労災の申請を同時に行っていることを説明すると、通常、労災保険給付の請求が認定された場合の傷病手当金返還の誓約書を提出する必要があります。
労災保険給付の請求が認定された場合の傷病手当金返還の誓約書を提出することで、傷病手当金の支給が仮決定されます。
労災認定されなかった場合に傷病手当をもらえる?
従業員がケガや病気になった原因の事故について、労働基準監督署から労災認定されなかった場合、傷病手当金を受け取ることができます。
前述のとおり、労災保険からの補償とは、業務中の出来事が原因でケガや病気等になった場合の補償のことをいいます。
他方、健康保険からの傷病手当金とは、業務外の出来事が原因でケガや病気等になった場合の手当金のことをいいます。
このように、労災保険からの補償と健康保険からの傷病手当金は、択一的な関係にあるため、それぞれの条件を満たすのであればどちらかの補償を受け取ることができます。
まとめ
以上、労災保険による補償と健康保険の傷病手当金について、両者の違いや支給金額、支給期間などについて詳しく解説いたしましたが、いかがだったでしょうか。
労災とは、「労働災害」を省略した言葉で、従業員が、業務中の出来事(出勤・退勤中の出来事も含みます。)によってケガ、病気、障害・死亡したりすることをいいます。
傷病手当金とは、従業員が、業務外の出来事によってケガ、病気、障害・死亡したりした場合の補償のことをいいます。
労災保険からの補償と傷病手当金との違いは、業務中の出来事かどうかで区別するため、どちらかの補償は受け取ることができます。
金額については、労災保険からの休業補償は、休業(補償)給付として「給付基礎日額」の60%、休業特別支給金として「給付基礎日額」の20%、合計80%が支給されますが、健康保険からの傷病手当金は、過去12ヶ月分の給与を平均した金額の約67%しか支給されないため、労災保険からの休業補償の方がお得といえます。
支給の期間についても、労災保険からの休業補償は、支給条件を満たす限り、症状固定日(治療終了日)まで支給されますが、健康保険からの傷病手当金は、通算1年6ヶ月という期間の制限があるため、労災保険からの休業補償の方がお得といえます。
補償を二重に受け取ることはできないため、労災保険からの補償と健康保険からの傷病手当金を同時に受け取ることはできません。
ただし、申請自体を同時にすることは可能なので、労災申請と傷病手当金の申請を同時に行うことは可能です。
当法律事務所の人身障害部には、様々なケースに応じた労災事故を取り扱う弁護士が多数在籍しているため、労災事故に精通した弁護士が、ご相談から事件解決までサポートさせていただくことができます。
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