長時間労働による死亡に関して労基署の対応を教えて下さい。

解説する弁護士のイメージイラスト従業員が長時間労働により死亡したと指摘されています。労基署は今後どのように対応してくるでしょうか?

Answer

弁護士西村裕一イラスト過労死については、社会的な問題意識の高まりによって、労基署も厳しく対応するようになっています。抜き打ちの立入調査の後に、送検の可能性も高く、事業主は刑事処分を受けるリスクがあります。

また、遺族に対する賠償という民事上の責任も生じます。

 

過労死についての法改正

過労イメージ近年、長時間労働を主な原因とする業務上の過重負荷による脳、心臓疾患による死亡について、社会的に注目されています。こうした社会的関心を背景に、法律上も予防のための対策を規定するようになりました。

この点、労働安全衛生法では、事業者は週単位の時間外労働が1か月100時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められる労働者に対しては、医師による面接指導を行った上で、その結果を記録しなければならないことと規定しています(安衛法66条の8第1項ないし3項、同規則52条の2)。

そして、事業者は、この面接指導の結果に基づいて、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について医師の意見を聴かなければならず(安衛法66条の8第4項)、その意見を勘案して必要があると認めるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講じなければならないとされています(同5項)。

また、平成14年には、「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」と題する通達が出されています(平成14年2月14日基発021201号)。

この中で、「業務による脳・心臓疾患の発症の防止のためには、疲労回復のための十分な睡眠時間又は休息時間が確保できないような長時間にわたる過重労働を排除するとともに、疲労が蓄積するおそれのある場合の健康管理対策の強化及び過重労働による業務上の疾病が発生した場合の再発防止措置の徹底が必要である。」と言及されており、労基署としての監督体制については、月45時間を超える時間外労働が行われているおそれがあると考えられる事業場に対しては監督指導、集団指導を実施することとなっています。

そして、実際に過重労働による業務上の疾病を発生させた事業場であって労働基準関係法令違反が認められるものについては、司法処分を含めて厳正に対処するとも定められており、労基署も過労死について重要な問題と位置づけています。

過重労働に対する労基署の監督

過重労働による健康障害防止のための監督指導等

(1)月45時間を超える時間外労働が行われているおそれがあると考えられる事業場に対しては監督指導、集団指導等を実施する。

(2)監督指導においては、次のとおり指導する。

 月45時間を超える時間外労働が認められた場合については、事業者が、当該労働をした労働者に関する作業環境、労働時間、深夜業の回数及び時間数、過去の健康診断の結果等に関する情報を、産業医(産業医を選任する義務のない事業場にあっては、地域産業保健センター事業により登録されている医師等の産業医として選任される要件を備えた医師。)(以下「産業医等」という。)に提供し、事業場における健康管理について産業医等による助言指導を受けるよう指導する。併せて、過重労働による健康障害防止の観点から、時間外労働の削減等について指導を行う。

 月100時間を超える時間外労働が認められた場合又は2か月間ないし6か月間の1か月平均の時間外労働が80時間を超えると認められた場合については、上記アの指導に加え、事業者が、作業環境、労働時間、深夜業の回数及び時間数、過去の健康診断の結果等の当該労働をした労働者に関する情報を産業医等に提供し、当該労働を行った労働者に産業医等の面接による保健指導を受けさせ、また、産業医等が必要と認める場合にあっては産業医等が必要と認める項目について健康診断を受診させ、その結果に基づき、当該産業医等の意見を聴き、必要な事後措置を速やかに行うように指導する。

 限度基準に適合していない36協定がある場合であって、労働者代表からも事情を聴取した結果、限度基準等に適合していないことに関する労使当事者間の検討が十分尽くされていないと認められたとき等については、協定締結当事者に対しても必要な指導を行う。

(3)事業者が上記(2)のイの措置に係る指導に従わない場合については、当該措置の対象となる労働者に関する作業環境、労働時間、深夜業の回数及び時間数、過去の健康診断の結果等を提出させ、これらに基づき労働衛生指導医の意見を聴くこととし、その意見に基づき、労働安全衛生法第66条第4項に基づく臨時の健康診断の実施を指示することを含め、厳正な指導を行う。

 

 

労災保険の認定基準

こうした過労死の問題について、労災保険での認定に当たり、一定の基準を設けています。まず、対象となる疾病については、脳血管疾患虚血性心疾患等が挙げられています(下図を参照)。

そして、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、業務量、業務内容、作業環境等具体的な負荷要因を考慮し、同僚等にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断するとされており、労働時間の評価の目安については、

①発症前1か月ないし6か月間にわたって、1か月当たり概ね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性は弱いと評価できる

②おおむね45時間を超えて時間外労働が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できる

③発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる

とされています。

過労死の認定対象となる脳・心疾患

脳血管疾患

脳梗塞・脳内出血

・くも膜下出血

・脳梗塞

・高血圧性脳症

 

虚血性心疾患等

心筋梗塞・心筋梗塞

・狭心症

・心停止(心臓性突然死含む)

・解離性大動脈瘤

 

 

使用者の民事責任と裁判例

長時間労働を原因とする過労死の問題について、使用者には、安全配慮義務ないし健康配慮義務違反に基づく損害賠償という民事責任が生じます。

そして、近年の裁判例として、前述の労災認定基準を超える長時間労働などの過重労働が認められれば、使用者において、脳、心疾患の発症が基礎疾病などの業務外の事由によるものであることを首肯させる特段の事情を立証できない限り、安全配慮義務ないし健康配慮義務違反に基づく損害賠償責任も免れないという傾向があるとされています(菅野635頁)。

【裁判例】住友重工ツールネット事件(千葉地松戸支判平成26年8月29日労判1113号32頁)

病院(事案の概要)

営業所長として勤務していた労働者が急性心筋梗塞を発症し、死亡したケースで、当該労働者の遺族が使用者に損害賠償請求を行った事案。当該労働者の死亡について、労災保険では、裁判に先立って、業務起因性が認められていた。

(判旨)

千葉地裁松戸支部は、死亡した労働者が急性心筋梗塞発症の6か月前に平均して月80時間以上の時間外労働があった上に持ち帰り残業や県外への出張もあったことを認定して、長時間労働と急性心筋梗塞による死亡との間に相当因果関係を認め、遺族に約3600万円の賠償を認めた。

 

 

メンタルヘルス関連

脳、心臓疾患だけでなく、長時間労働によりうつ病をはじめとする精神疾患を発症するケースも増えてきています実際、精神障害の労災認定申請件数が、1998年度の42件から2010年度には1181件まで激増しており、労災保険の基準も適宜見直しがなされてきています。

この点、平成23年に策定された「心理的負荷による精神障害の認定基準について」によれば、精神疾患の業務起因性が認められる要件として、
①当該精神疾患が業務との関連で発症する可能性のある一定の精神疾患に当たること、
②発症前のおおむね6か月間に業務による強い心理的負荷が認められること、
③業務以外の心理的負荷および個体側要因により発症したとは認められないこと
を挙げています(平成23年12月26日基発1226第1号)。

そして、下記の電通事件など、賠償責任が争われた事例も多くあります。

【裁判例】電通事件(最判平成12年3月24日労判779号13頁)

うつ病(事案の概要)

大学卒業後に入社した労働者が長時間労働の恒常化を原因として、うつ病を発症し、その後自殺した事案で当該労働者の遺族が損害賠償を求めた事案。

(判旨)

最高裁は、以下のように述べて、労働者の健康に配慮する義務を使用者に認めた。

「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を
負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」

その上で、本件では、自殺した労働者の就労状況が入社後まもなくから日付の変わった翌午前1時、2時頃に帰宅するようになっていたこと、その後は自宅に帰宅しない日も多くなり、帰宅しても午前6時30分ないし7時頃で、午前8時には再び出勤していたという状態であったことを踏まえ、上司が当該労働者の就労状況や健康状態の悪化を認識しながら、負担を軽減する措置をとっていない過失があると判断しました。

この電通事件では、使用者である電通が遺族に対して1億6800万円もの賠償を行ったとされており、企業に与える影響は計り知れません。企業が従業員に恒常的に長時間労働を課すことは過労死のリスクを高め、高額な賠償責任を負うことにつながります

社会的にも働き方の多様性、ワークライフバランスの重要性が叫ばれている状況ですので、見直しが急務です。

 

 

労基署の対応

サラリーマン残業帰りイメージ前述のとおり、過重労働に伴う疾病、自殺などの発生については、労基署はかなり対応を強化しているというのが実情です。

平成28年には、再び電通で、長時間労働により新人社員が自殺してしまうという事件が起こってしまいました。この件について、いわゆる「かとく」が電通本社だけでなく、関連会社にも抜き打ちで立入調査を行ったことは記憶に新しいところです。この件は、平成28年12月になって、会社だけでなく幹部社員が送検されました。

平成29年に入っても、砺波労働基準監督署が違法な長時間残業による過労死が発生した事案で当該企業を送検しています(砺波労働基準監督署平成29年3月15日)。

したがって、過労死が発生した場合には、送検されて刑事処分を科せられる可能性が非常に高い状況であるといえます。

また、こうした事故が発生すると報道により企業名が明らかとなり、近年よく使用される「ブラック企業」とのレッテルを貼られてしまうことになります。くれぐれもそうしたことがないように、企業としては予防が求められています。

労働時間のあり方やその管理の方法については、各企業によって適切なモデルが異なりますしたがって、それぞれの業種に合わせた形で対応を検討する必要があります。

当事務所では、企業法務チームの弁護士がそれぞれ注力する業種をもち、アドバイスやサポートをしております。まずは一度ご相談ください。詳しくはこちらからどうぞ。

 

 

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