労災は、使える条件が整っていれば使った方が良いです。
労災を使わなければ、被災した従業員にとって損をすることが多いです。
労災を使うかどうかについては、労災のメリットやデメリットを従業員側、会社側のそれぞれの立場で理解する必要があります。
本記事では、労災事案に注力している弁護士が、労災を使うべきかどうか、労災のメリット・デメリット、労災の注意点などについて解説しております。
労災を申請すべきかどうか迷っている従業員の方、労災の処理をして会社に不利益がないか心配な会社の担当者の方は、ぜひ本記事をご覧になってください。
労災は使わない方がいい?
結論としては、原則、労災は使った方が良いです。
労災を使わない方が良いケースは、基本的にないです。
その理由としては、以下で解説するとおり、特に従業員側の視点で労災を使った場合のメリットは多いですが、デメリットはほとんどないからです。
労災を使う従業員のメリットとデメリット
従業員のメリット
治療費等を負担してもらえる
労災の申請をすれば、治療費等の補償を受けることができます。
治療費については、労災の適用がある事案では、健康保険は使えない運用になっています。
このような運用から、労災の適用のある事案で労災の申請をしなければ、従業員の10割負担で治療を受けることになり、従業員の負担が大きくなるといえます。
治療費以外にも、休業補償等が労災から支払われることがあります。
後遺障害がある場合は、後遺障害を認定してもらえる可能性がある
治療しても完全に治らなかった場合には、労災に対して後遺障害の申請を行うことができます。
後遺障害は、残存した症状に応じてランクが定められており、1級〜14級まで等級があります。
参考:障害等級表|厚生労働省
そして、認定された等級に応じて、労災から支給がされます。
従業員のデメリット
会社に嫌がられる?
労災の申請は、会社に代行してもらうということもあります。
もっとも、会社に労災の申請の代行等を頼むと、露骨に嫌がられるケースもあるようです。
その理由として考えられるのが、会社にとって労災申請等の手続きが面倒だからというものです。
しかし、労災の申請は法律上用意された制度であり、申請等は積極的に行うべきです。
そして、労災の申請などで会社に嫌がられたりしても、会社は労災の申請を理由とした減給や解雇は原則できないので、従業員にとって大きなデメリットとはいえないでしょう。
また、労災は従業員自ら申請できるため、会社が嫌がったとしても申請自体に影響はそこまでありません。
会社のメリットとデメリット
会社のメリット
会社が請求を受ける損害賠償の額が少なくなる可能性がある
会社に安全配慮義務違反などが認められる場合、従業員の方から会社が損害賠償請求を受けることになります。
その際に、すでに労災から受けている損害は、一部控除されることになります(これを「損益相殺」といいます)。
損益相殺の結果として、会社が請求を受ける損害賠償の額が少なくなる可能性があります。
会社のデメリット
労災保険料の増加の可能性
労災にはメリット制という仕組みがあります。
メリット制とは、簡単に申し上げると、労災の発生率に応じて保険料が増減される仕組みです。
このメリット制の下では、労災の発生率が高いと、会社が負担する保険料が増加してしまいます。
なお、メリット制が適用される事業は、一定の要件を満たす事業に限定されています。
メリット制については、以下の厚生労働省の解説をご参照ください。
対応時間を作らなければいけない
労災の各種書類作成など、会社の担当者の時間が取られてしまうことがデメリットとして挙げられます。
もっとも、面倒だからといって労災の対応を何もしないのは、法令上の助力義務や証明協力義務(労働者災害補償保険法施行規則第23条1項、2項)に違反することになりますので、対応時間を作らなければいけないことはやむを得ないことといえます。
第二十三条 保険給付を受けるべき者が、事故のため、みずから保険給付の請求その他の手続を行うことが困難である場合には、事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない。
2 事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない。
労災を使うのは義務なのか?
従業員の立場から言えば、労災を使うことは義務ではなく権利です。
つまり、労災を使うかどうかは従業員が決めることができます。
労災を使わない方がいいケースとは
労災を使わない方がいいケースは、基本的にないかと思います。
労災が使える条件なのであれば、使わないという選択肢は取るべきではないでしょう。
労災を使った方がいいケースとは
上記の裏返しになりますが、労災を使える場合には従業員が労災から様々な補償を受けることができますので、基本的にはほとんどの事案で労災を使うべきというのが執筆者の見解です。
労災の注意点
労災だけでは損害の全部を回復できない場合がある
労災の申請をすれば、全て労災から負担してくれるというわけではありません。
労災で回復できない損害は、労災が起きた会社から回収することが考えられます。
労災だけでは全て回収できない損害の例としては、慰謝料や休業損害です。
したがって、労災を申請しただけで満足してはいけません。
会社は労災隠しをしないこと
会社は、労災が起きた場合には、労働基準監督署長に、労働者死傷病報告書を提出しなければなりません(労働安全衛生法第100条1項、労働安全衛生規則第97条1項)。
参考:労働安全衛生法|e−Gov法令検索
参考:労働安全衛生規則|e−Gov法令検索
この労働者死傷病報告書をわざと提出しなかったり、虚偽の内容を記載して提出すると労災隠しとなってしまいます。
労災隠しは、犯罪であり、50万円以下の罰金に処せられる可能性があるので(労働安全衛生法第120条5号)、会社は労災隠しをしないように気をつけなければなりません。
労災に強い弁護士に相談する
労災は非常に専門性の高い領域で、素人の方のみで対応するのは、賠償金の受領等の様々な場面で損をしてしまう可能性があります。
適切な対応、申請をするためには、まずは専門家である弁護士に相談してみてください。
また、弁護士に相談するにあたって重要なことは、「労災に強い」弁護士を見つけることです。
労災に強い弁護士を見つけるには、労災の解説記事を多く執筆しているか、労災の解決実績があるか等を指標にするのが良いかと思います。
労災の使用に関するQ&A
通勤災害の場合は労災を使わない方がいい?
通勤災害の場合も基本的には労災を使うべきです。
通勤災害の場合も、労災の申請をした方が、従業員目線に立って考えた場合はメリットが多いです。
たしかに、通勤災害の場合で相手方が車両のケースでは、自賠責保険や任意保険会社などから一定の賠償を受けることが可能です。
もっとも、以下の理由から、労災の申請をすることをお勧めします。
- ① 長期治療が必要な場合の対応の良さ
任意保険会社は、一定の時期になれば一方的に治療の打ち切りを打診してきます。
この点について、労災の場合、治療の必要性の判断は任意保険会社と比較して緩やかな印象ですので、安心して通院することができます。 - ② 被害者にも過失がある場合
過失がある事案では、通常、自己の過失分について治療費の自己負担分が発生します。
もっとも、労災を使用すると、被害者の過失部分について治療費の自己負担分が発生しないことから、最終的に被害者がもらえる金額が増額する可能性があります。
コロナの場合は労災を使わない方がいい?
コロナの場合も、状況によっては労災を申請した方が良いです。
以下のようなケースでは、コロナで労災が申請できる可能性があります。
- 医療(例:医師や看護師)や介護の従事者が新型コロナウィルスに感染した場合
- 感染経路が業務によることが明らかな場合
- 感染経路が不明でも、当該従業員が感染リスクの高い業務に従事しており、その業務により感染した可能性が高い場合
自分の不注意で怪我。労災は使わない方がいい?
自分の不注意で怪我をした場合も労災を使うべきです。
自分の不注意の怪我でも、労災の適用される要件が満たされる場合は、労災は申請することができます。
労災の給付については、過失分を差し引くという過失相殺はされません。
労災の要件等について、詳しくはこちらをご覧ください。
労災を使うとボーナスが減る?
労災を使ったことを理由としてボーナスが減ることはないと考えられますが、別の理由でボーナスが減らされる可能性はあります。
ボーナス(賞与)をどのような条件でどのぐらいの金額を支給するかについては、基本的に会社の裁量で決めることができます。
ボーナスの支給条件等は、通常、就業規則(賃金規程)等に記載されており、それに従って支給等がなされるはずです。
労災を使用したことを直接的な理由としてボーナスが減らされることは考えにくいですが(仮に、労災を使用したことが減額の理由となるような規程があった場合は、無効となるでしょう)、出勤率の関係などでボーナスが減額される可能性はあります。
もっとも、減額されたボーナスについては、ボーナス特別支給金として労災から受け取れる可能性があります。
参考:ボーナスは労災の支給額に加味されるのでしょうか。|厚生労働省
まとめ
本記事をご覧になっていただいた方には、労災は基本的に使うべき制度であることがお分かりいただけたかと思います。
もっとも、労災は複雑な制度であり、どのように対応したら良いかわからないことも多いでしょう。
デイライト法律事務所では、労災などの人の怪我に関する法律問題を中心に扱う人身障害部があります。
オンライン相談を用いて全国的に対応しておりますので、労災でお困りの方はぜひ一度ご相談ください。