労働者災害補償保険とは?弁護士がわかりやすく解説

労働者災害補償保険とは、労働者の業務上の事故や通勤途中の事故による怪我や病気に対して、補償を行う公的な保険制度です。

労働者の安全と健康を守るための重要な制度である労働者災害補償保険について理解を深めることで、万が一の際に適切な対応ができるようになります。

この記事では労働者災害補償保険について、労働者災害補償保険の概要、対象になる範囲、補償内容、手続き方法などについて、弁護士が解説します。

労働者災害補償保険とは?

労働者災害補償保険は、労働者が業務上の事由または通勤によって負傷したり病気になったりした場合に、被災した労働者や遺族を保護するために必要な保険給付を行う制度です。

このような業務中や通勤途上の事故を「労働災害」といい、労働災害に対する公的な保険制度が、「労働者災害補償保険」です。

労働者災害補償保険は、「労災保険」や「労災」などと省略されることもあります。

ただし、「労働災害」、すなわち労災事故そのものを指して「労災」ということもあるため、「労災」と略された場合は、どちらの意味で使用されているのかを文脈から判断する必要があります、

たとえば、「労災を使用する」といった場合、事故を使用するというのは日本語として成立しないため、労災保険の制度を使用するという意味だと判断できます。

 

労働者災害補償保険の趣旨

労働者災害補償保険は、労働者が仕事中に遭遇する事故や健康障害に対して経済的な保障制度を設けることで、働く人々が安心して職務に取り組むことができるための制度であり、労働者とその家族の生活を支える重要な役割を果たしています。

たとえば、建設業や製造業のような作業現場における職業では、重機や工具による事故のリスクが高いことが想像できますが、労働災害の危険はこのような職業に限られません。

オフィスワーカーであっても、転倒等による怪我のリスクがないわけではありませんし、過重労働による精神疾患等の可能性も無視できません。

このように考えますと、現場での仕事に限らず、どんな職業にも多かれ少なかれ怪我や病気の危険が伴っているということができます。

労働者災害補償保険が整備されていることにより、労働者はそのようなリスクを過度に心配することなく、安心して仕事に専念することができるのです。

 

労働者災害補償の保険料

労働者災害補償保険は、事業主が保険料を全額負担する強制加入の保険制度です。

労働者は保険料を負担することなく、保険給付を受けることができます。

労働者災害補償保険は、労働基準法に定められた使用者の災害補償責任を担保する制度としての性格も持っています。

このため、会社が使用者として果たすべき責任の一環として、保険料の全額を負担することとなっているのです。

 

 

労働者災害補償保険の対象になるのは?

労働者災害補償保険の対象となる範囲について、詳しく見ていきましょう。

 

労働者災害補償保険の補償対象となる職種

労働者災害補償保険の補償対象は「労働者」であり、労働者とは、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義されています(労働基準法9条)。

参考:労働基準法|電子政府の総合窓口

つまり、雇用形態や職種に関わらず、事業主に雇用され、賃金を得ている人が労働者災害補償保険の対象となります。

労働者災害補償保険の対象となる主な職種や雇用形態は、次のとおりです。

  • 正社員
  • 契約社員
  • 派遣労働者
  • パートタイム労働者
  • アルバイト
  • 日雇い労働者

これに対して、次のような場合は、労働者災害補償保険の対象にならないと考えられています。

  • 役員
  • 個人事業主、フリーランス
  • 家族従業者
  • ボランティア活動の参加者

ただし、実態として労働者としての働き方をしていると認められれば、役員や個人事業主といった地位や契約形態にかかわらず、労働者災害補償保険の対象となる可能性があります。

労働者災害補償保険の適用は、最終的には職種や地位ではなく、雇用の実態によって判断されることになります。

 

労働者災害補償保険の補償対象となる事故

労働者災害補償保険の補償対象となる事故は労働災害であり、大きく分けて「業務災害」と「通勤災害」の2種類があります。

 

業務災害

業務災害とは、労働者が業務上の事由によって負傷したり、疾病にかかったり、障害が残ったり、死亡したりすることを指します。

具体的には、作業中の事故による怪我や出張その他の外回り中の事故などのほか、業務との因果関係が認められれば、過労死や過労自殺なども業務災害となります。

 

通勤災害

通勤災害とは、労働者が通勤途上で負傷したり、疾病にかかったり、障害が残ったり、死亡したりすることを指します。

通勤とは、労働者が就業に関して、住宅と就業場所の間を合理的な経路及び方法により往復することをいいます。

このため、通勤経路から逸脱したり、途中で私的な行為を行ったりした場合、その時点で通勤災害とは認められなくなるのが原則です。

しかし、日常生活上必要な行為による逸脱・中断の場合は、通勤災害として認められるケースがあります。

たとえば、日用品の購入やATMの利用、子供の送迎などで通常の経路を外れた場合は、日常生活上必要な行為として通勤災害が認められる余地があります。

 

労働者災害補償保険の補償対象となる給付

労働者災害補償保険では、様々な補償が保険給付として用意されています。

主な給付としては、次のようなものがあります。

なお、同じ療養に対する給付であっても、業務災害の場合は「療養補償給付」、通勤災害の場合は「療養給付」というように、異なる給付となります。

制度上は別の給付ではありますが、内容的には類似しており、両方を指す趣旨で「療養(補償)給付」のように表記されることがあります。

 

療養(補償)給付

業務上・通勤上の負傷や疾病の治療に必要な治療費が支給されます。

 

休業(補償)給付

業務上・通勤上の負傷や疾病の療養のために休業し、賃金を受けられない場合、休業4日目から給付基礎日額の80パーセント(特別支給金20パーセントを含む)が支給されます。

 

障害(補償)給付

業務上・通勤上の負傷や疾病が治ゆ(症状固定)し障害が残った場合に、障害等級に応じて年金または一時金が支給されます。

 

遺族(補償)給付

業務上・通勤上の事由で労働者が死亡した場合に、遺族の人数や状況に応じて年金または一時金が支給されます。

 

葬祭料・葬祭給付

業務上・通勤上の事由で労働者が死亡した場合、葬祭を行う者に対して支給されます。

 

傷病(補償)年金

業務上・通勤上の負傷や疾病が療養開始後1年6ヶ月を経過しても治ゆせず、かつ傷病等級に該当する場合に支給されます。

 

介護(補償)給付

障害(補償)年金または傷病(補償)年金の受給者のうち、一定の障害により常時または随時介護を必要とする状態にある場合に支給されます。

労働者災害補償保険では、このように被災した労働者の状況に応じた多彩な給付を設けており、従業員の生活を保障し円滑な社会復帰を支援しています。

労働者災害補償保険による補償内容の詳細については、以下のページをご覧ください。

 

 

労働者災害補償保険の補償範囲はどこまで?

労働者災害補償保険の補償範囲は労働災害であり、労働災害は「業務災害」と「通勤災害」に分けられます。

 

業務災害

業務災害とは、業務上の事由による病気や怪我のことをいい、病気や怪我が業務上の理由によるものといえるかは、「業務遂行性」と「業務起因性」の2つの要件の有無によって判断されます。

事故が業務災害といえるためには、業務遂行性と業務起因性の双方を満たす必要があります。

 

業務遂行性

業務遂行性とは、災害が発生した時点で労働者が事業主の指揮命令下で業務を遂行中であったことをいいます。

労働者が事業場内で仕事に従事している場合や、休憩時間中でも事業場内で行動している場合、事業主の支配下にあると認められます。

また、出張や運送・配達等のように事業場の外での作業中であっても、それが会社の指示に基づくものであれば、事業主の管理下にあると判断されます。

 

業務起因性

業務起因性とは、業務と傷病等との間に一定の因果関係があることを指します。

つまり病気や怪我が、業務によって引き起こされたものであることが必要ということです。

たとえば、作業中の事故によって怪我をしたような場合であれば、それが業務に起因するものであることの認定は比較的難しくありません。

しかし病気の場合は、それが業務によって引き起こされたものか、業務とは関連しない疾病なのかは、慎重に判断しなければはっきりしません。

業務起因性が認められるためには、単に怪我等が業務中に発生したしたというだけでは不十分であり、業務内容や労働時間、労働環境といった要素を考慮し、怪我等の発生と業務が具体的にどのように関連しているのかを判断することになります。

労働者災害補償保険の補償範囲の詳細は、以下のページをご覧ください。

 

 

労働者災害補償保険法の補償範囲はどこまで?

通勤災害

通勤災害は、合理的な経路及び方法によって、就業に関して次の移動を行っている際の怪我や病気のことをいいます(労働者災害補償保険法7条2項)。

参考:労働者災害補償保険法|電子政府の総合窓口

  • 住居と就業の場所との間の往復
  • 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
  • 住居と就業の場所の往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)

通勤災害における「通勤」とはこれらの間における移動をいうため、その経路を逸脱し、または移動を中断した場合は、その後の移動は原則として通勤となりません(労働者災害補償保険法7条3項)。

ただし、逸脱又は中断が日用品の購入など日常生活上必要な行為でやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、逸脱・中断が終了し経路に復帰して以降は、通勤と認められることがあります(労働者災害補償保険法施行規則8条)。

参考:労働者災害補償保険法施行規則|電子政府の総合窓口

一般的なイメージの通勤、つまり職場と住居の直接的な移動中であればあまり問題となりませんが、買い物等の日常生活上の行為によって経路から外れた場合は、補償範囲となるかの判断が難しくなってくることがあります。

 

 

労働者災害補償保険はいくらもらえる?

労働者災害補償保険で給付される金額は、災害の程度や給付の種類によって異なります。

主な給付について、具体的な金額や計算方法をご紹介します。

 

療養(補償)給付

療養(補償)給付は、労災の治療のための給付で、原則として医療サービスの現物給付の形となります。

つまり、労災の指定医療機関であれば、被災者本人は医療費を負担することなく病院を受診することができます。

療養(補償)給付によって、被災者は治療費の負担を心配することなく医療サービスを受けることができます。

 

休業(補償)給付

休業(補償)給付は、休業により賃金の給付を受けられない場合の給付であり、休業4日目から、1日につき給付基礎日額の80パーセント(特別支給金20パーセントを含む)が支給されます。

給付基礎日額は、原則として災害発生前3ヶ月間の平均賃金により算定したものであり、概ねその人の日給相当額と考えることができます。

休業(補償)給付は、休業の必要性がなくなって仕事ができるようになった場合には給付が終了します。なお、休業が継続したまま、後遺症が残った場合には、条件を満たせば障害(補償)給付へと移行します。

症状固定についての詳細は、以下のページをご覧ください。

 

障害(補償)給付

労働災害のために労働者に一定の後遺障害が残った場合、障害(補償)給付が支給されます。

給付は障害等級(1級~14級)に応じて、1級から7級までの場合は年金、8級から14級に該当する場合は一時金が支給されます。

支給金額は、給付基礎日額と障害等級に基づいて計算されます(労働者災害補償保険法施行規則別表第1)。

参考:労働者災害補償保険法施行規則|電子政府の総合窓口

障害等級1級~7級の場合:年金給付
 例:1級の場合、給付基礎日額の313日分(年額)
障害等級8級~14級の場合:一時金給付
例:8級の場合、給付基礎日額の503日分

 

遺族(補償)給付

労働者が労働災害によって死亡した場合、遺族に対して遺族(補償)給付が支給されます。

遺族とは、労働者の配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹であり、労働者の死亡の当時にその労働者の収入によって生計を維持していた場合は年金(労働者災害補償保険法16条の2第1項)、それ以外の場合は一時金が支給されます(同法16条の6第1項)。

参考:労働者災害補償保険法|電子政府の総合窓口

支給金額について、遺族(補償)年金は受給者の人数や受給の順序によって異なり、給付基礎日額の153日分から245日分(年額)となります(労働者災害補償保険法別表第1)。

一方、遺族(補償)一時金では、給付基礎日額の1,000日分が支給されます(労働者災害補償保険法別表第2)。

 

葬祭料・葬祭給付

葬祭料・葬祭給付は、葬儀を行う者(通常は遺族)に対して葬儀費用として給付されるものであり、金額としては、「315,000円に給付基礎日額の30日分を加えた額」または「給付基礎日額の60日分」のいずれか高い方が支給されます(労働者災害補償保険法施行規則17条)。

参考:労働者災害補償保険法施行規則|電子政府の総合窓口

 

傷病(補償)年金

傷病(補償)年金は、労災の療養開始から1年6ヶ月が経過しても治ゆに至らず、かつその症状が傷病等級(1級~3級)に該当する場合に支給されます。

支給金額は傷病の等級に応じて、給付基礎日額の245日分~313日分となります(労働者災害補償保険法別表第2)。

参考:労働者災害補償保険法|電子政府の総合窓口

 

介護(補償)給付

介護(補償)給付は、労働者が業務上の事故や疾病により重度の障害を抱え、介護が必要な状態にある場合に支給される給付です。

金額は、労働者が「常時介護を要する状態」であるか、「随時介護を要する状態」であるかに応じて、次のように定められています(労働者災害補償保険法施行規則18条の3の4)。

参考:労働者災害補償保険法施行規則|電子政府の総合窓口

最高限度額 最低保障額
常時介護を要する者 177,950円 81,290円
随時介護を要する者 88,980円 40,600円

労働者災害補償保険における支給金額の詳細については、こちらの記事をご覧ください。

 

 

労働者災害補償保険の支給のための手続きとは?

労働者災害補償保険の給付を受けるためには、所定の手順で手続きを行う必要があります。

手続きのおおまかな流れは、次のとおりです。

労働者災害補償保険の支給のための手続き

①会社への報告

業務上の事故や疾病が発生した場合、速やかに会社に報告します。

 

②労働者災害補償保険の請求手続き

労働者(または遺族)は、必要な請求書と添付書類を準備し、管轄の労働基準監督署に提出します。

 

③労働基準監督署による審査・決定

労働基準監督署は、提出された書類をもとに、業務上の災害であるかどうかを調査します。

労働基準監督署は調査結果に基づいて、労働者災害補償保険給付の支給または不支給を決定し、結果を請求者に通知します。

労働者災害補償保険の手続きの詳細は、以下のページをご覧ください。

 

 

労働者災害補償保険についてのQ&A

労働者災害補償保険の申請書の書き方とは?

ポイントは、給付の種類に応じて適切な様式を選択することです。

正確な申請書の記入は、労働者災害補償保険の給付をスムーズに受けるための重要なステップです。

労働者災害補償保険の申請書を書くにあたってポイントとなるのは、給付の種類に応じて適切な様式を選択することです。

労働者災害補償保険にはさまざまな給付が設けられていることをご紹介しましたが、これらのうちいずれを申請するのかに応じて、決められた様式を使用しなければなりません。

たとえば、同じ休業に対する給付であっても、業務災害に対する休業補償給付であれば様式第8号、通勤災害に対する休業給付であれば様式第16号の6といったように、給付に応じて細かく様式を使い分ける必要があります。

その上で、労働者の住所や氏名、事故の発生日や発生状況等について、所定の事項を正確に記入します。

申請書の記入に不安がある場合は、労働基準監督署の窓口で相談しながら記入することもできます。

また、労働者災害補償保険の申請書についてさらに詳しくお知りになりたい場合は、以下のページをご覧ください。

 

 

まとめ

この記事では労働者災害補償保険について、労働者災害補償保険の概要、対象の範囲、補償内容、手続き方法などについて解説しました。

記事の要点は、次のとおりです。

  • 労働者災害補償保険は、労働者の業務上や通勤途中の事故による怪我や病気に対して補償を行う公的保険制度である。
  • 労働者災害補償保険の対象者は、雇用形態に関わらず賃金を得ている労働者全般であり、正社員だけでなくパート・アルバイトなども含まれる。
  • 労働者災害補償保険の補償内容には、療養(補償)給付、休業(補償)給付、障害(補償)給付、遺族(補償)給付などがあり、災害の程度や状況に応じて支給される。
  • 労働者災害補償保険の給付を受けるには適切な手続きが必要で、会社への報告、労働基準監督署への請求書提出などのステップがある。

当事務所では、労災問題を多く取り扱う人身傷害部の弁護士が相談から受任後の事件処理を行っています。

また、電話相談、オンライン相談(LINE、ZOOM、Meetなど)により、全国対応が可能ですので、お気軽にご相談下さい。

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