労災の慰謝料とは?
従業員が業務上の理由や通勤によって怪我を負ったり、病気に罹ってしまったり、あるいは亡くなってしまい、そのことについて労災が認定されるような場合(労災事故の場合)には、会社が、従業員(あるいはそのご遺族)に対して、精神的な被害を受けたこと等に対する損害賠償金(慰謝料)を支払う場合があります。
これがいわゆる、「労災の慰謝料」と呼ばれるものです。
このページでは、労災の慰謝料がどんなものか、その相場はいくらか等について詳しく説明していきます。
なぜ会社は労災の慰謝料を払う義務がある?
会社には、なぜ労災の慰謝料を支払う義務があるのでしょうか。
労災の慰謝料についてその根拠を見ていきましょう。
そもそも、労災の慰謝料は、従業員が会社のせいで被った損害について、会社へ賠償請求することによって支払われるものであり、労災保険のような公的な補償金とは性質が異なります。
そして、一般的に、損害賠償請求の法律上の根拠は、ケースバイケースで複数に別れているため、労災の慰謝料の根拠になるものも複数存在しています。
具体的には、労災の慰謝料の根拠は、①安全配慮義務違反を理由とする場合と、②使用者責任を理由とする場合に大きく別れます。
①安全配慮義務違反を理由とする場合
会社は、従業員が生命、身体等の安全を確保しながら働けるように配慮をする義務があります(労働契約法第5条)。
これが、会社の安全配慮義務です。
労働契約法 第5条(労働者の安全への配慮)
第五条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
引用元:労働契約法|e-Gov法令検索
会社がこの安全配慮を十分にできていなかったことによって労災事故が発生したといえる場合には、会社には安全配慮義務違反の責任があります。
そして、この場合、会社は労災事故によって従業員に生じた一定の損害を賠償する義務(つまり、慰謝料などの支払いに応じる義務)を負うことになります(※)。
※なお、この安全配慮義務違反による損害賠償請求には、法的には2つの種類(法律構成)があります。
- 債務不履行に基づく損害賠償請求(民法第415条)
- 不法行為に基づく損害賠償請求(民法第709条、710条等)
裁判などでは、この2つがまとめて主張されることが多いです(「選択的併合」といいます)。
民法 第415条 (債務不履行による損害賠償)
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。
引用元:民法|e-Gov法令検索
民法 第709条(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
民法 第709条(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
引用元:民法|e-Gov法令検索
②使用者責任を理由とする場合
安全配慮義務違反を理由とする場合のほか、使用者責任を理由とする場合もあります。
従業員が業務を通じて誰かに損害を負わせた場合、会社は、その被害者の損害を賠償する責任を負っています(民法第715条)。
これが、使用者責任です。
会社が直接的に事故に関与していない場合には、損害を賠償するべき責任を負うのは直接その事故の原因を作った加害者側の従業員のみになるのが原則です(民法第709条、第710条参照)。
しかし、従業員による加害行為について、事故に直接関与していない会社に対しても責任を広げて及ぼしているのが使用者責任の特徴です。
これにより、例えば、従業員が怪我等を負ってしまった原因が、別の従業員による嫌がらせやミスである場合には、会社は使用者責任に基づいて損害を賠償する義務を負うことになります。
他にも、上司によるパワハラが原因で部下がうつ病に罹ってしまった場合なども従業員が損害を負わせた場合に当たるので、使用者責任に基づいて会社が賠償義務を負うことになります。
民法第715条(使用者等の責任)
第七百十五条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
〜〜〜
引用元:民法|e-Gov法令検索
③その他
労災の慰謝料の根拠は①②の場合が多いですが、事例によっては、その他の理由で会社に慰謝料が請求される可能性もあります。
例えば、会社が危険な業務命令を下して、その結果として従業員が怪我を負ったような場合には、会社が直接事故の原因を作ったことになります。
したがって、使用者責任の場合とは異なり、一般的な不法行為責任(民法第709条、第710条)を根拠として、会社が慰謝料の支払義務を負うことが考えられます。
労災保険には慰謝料は含まれていないので注意
労災認定を受けた労災事故の場合には、従業員は労災保険によって国から補償を受けられます。
それにも関わらず、さらに、会社からも慰謝料が支払われることを不思議に思う方がいるかも知れません。
しかし、労災保険による国からの補償は、実際に従業員が受けた損害の全てを補填しているわけではありません。
労災保険の補償は基本的に以下の項目に限定されます。
- 療養補償給付
- 休業補償給付
- 障害補償給付
- 遺族補償給付
- 葬祭料給付
- 傷病補償年金
- 介護給付
- 二次健康診断等給付
そして、精神的な苦痛に対する補償(慰謝料)については、労災保険で補償の対象とされていません。
そのため、従業員は、労災保険で補償を受けられない慰謝料について、別途会社に対して直接請求して補填を求めることになるのです。
なお、労災保険の補償対象となっている治療費などについても、必ずしも全額補償されるわけではなく、所定割合の金額が支払われるに過ぎませんので、これらの不足分についても従業員は会社に対して直接請求することが考えられます。
労災の慰謝料の相場は?
労災の慰謝料はどれくらいの金額になるのでしょうか。
ここでは、ケースによって分類した慰謝料の種類ごとに、労災の慰謝料の相場を見ていきましょう。
入通院慰謝料の相場
従業員が怪我の治療をするために入院や通院をしたことによって生じる慰謝料を入通院慰謝料といいます。
入通院慰謝料は、入院期間と通院期間の長さによって計算されるのが一般的です。
入通院慰謝料の相場は以下の表の通りです。
※横軸(黄)=入院期間 縦軸(青)=通院期間
(単位:万円) | 0月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0月 | 0 | 53 | 101 | 145 | 184 | 217 | 244 | 266 | 284 | 297 | 306 | 314 | 321 |
1月 | 28 | 77 | 122 | 162 | 199 | 228 | 252 | 274 | 291 | 303 | 311 | 318 | 325 |
2月 | 52 | 98 | 139 | 177 | 210 | 236 | 260 | 281 | 297 | 308 | 315 | 322 | 329 |
3月 | 73 | 115 | 154 | 188 | 218 | 244 | 267 | 287 | 302 | 312 | 319 | 326 | 331 |
4月 | 90 | 130 | 165 | 196 | 226 | 251 | 273 | 292 | 306 | 316 | 323 | 328 | 333 |
5月 | 105 | 141 | 173 | 204 | 233 | 257 | 278 | 296 | 310 | 320 | 325 | 330 | 335 |
6月 | 116 | 149 | 181 | 211 | 239 | 262 | 282 | 300 | 314 | 322 | 327 | 332 | 337 |
7月 | 123 | 157 | 188 | 217 | 244 | 266 | 286 | 304 | 316 | 324 | 329 | 334 | 339 |
8月 | 132 | 164 | 194 | 222 | 248 | 270 | 290 | 306 | 318 | 326 | 331 | 336 | 341 |
9月 | 139 | 170 | 199 | 226 | 252 | 274 | 292 | 308 | 320 | 328 | 333 | 338 | |
10月 | 145 | 175 | 203 | 230 | 256 | 276 | 294 | 310 | 322 | 330 | 335 | ||
11月 | 150 | 179 | 207 | 234 | 258 | 278 | 296 | 312 | 324 | 332 | |||
12月 | 154 | 183 | 211 | 236 | 260 | 280 | 298 | 314 | 326 |
例えば、2ヶ月の入院を要した場合の慰謝料の相場は、101万円になります。
また、3ヶ月の入院を要した後に、6ヶ月の通院を要した場合の慰謝料の相場は、211万円になります。
後遺障害慰謝料の相場
従業員に後遺症が残ってしまい、その症状が所定の後遺障害に該当する場合に生じる慰謝料を、後遺障害慰謝料といいます。
後遺障害慰謝料の相場は、後遺障害の等級によって以下の表のようになります。
等級 | 慰謝料金額 |
---|---|
第1級 | 2800万円 |
第2級 | 2370万円 |
第3級 | 1990万円 |
第4級 | 1670万円 |
第5級 | 1400万円 |
第6級 | 1180万円 |
第7級 | 1000万円 |
第8級 | 830万円 |
第9級 | 690万円 |
第10級 | 550万円 |
第11級 | 420万円 |
第12級 | 290万円 |
第13級 | 180万円 |
第14級 | 110万円 |
例えば、労災事故によって残った後遺症が第5級の認定を受けた場合の慰謝料の相場は、1400万円ということになります。
死亡慰謝料の相場
従業員が労災事故によって死亡した場合に生じる慰謝料を、死亡慰謝料といいます。
死亡慰謝料は、死亡した従業員が家庭でどのような立場であったかによって相場が決まっています。
死亡慰謝料の相場を表にまとめると以下のとおりです。
ケース | 死亡慰謝料の相場 |
---|---|
被災した従業員が一家の支柱の場合 ※家庭の収入の大半を担っていた場合 |
2800万円 |
被災した従業員が母親や配偶者の場合 ※収入の大半を担っているわけではなく、かつ、子育てや家事全般を担っていた場合 |
2500万円 |
その他の場合 ※未婚の場合など |
2000万円〜2500万円 |
なお、死亡の場合には、遺族自身の精神的な苦痛について、ここで見た金額とは別に遺族自身の慰謝料が認められる場合もあります。
労災の慰謝料が高額になるケースは?
労災の慰謝料の相場は上で見てきたとおりですが、実際には、相場よりも労災の慰謝料が高額になるケースもあります。
逆に、従業員側に過失があることによって、相場よりも労災の慰謝料の金額が低くなるケースもあります。
以下で、それぞれについて見ていきましょう。
労働災害における慰謝料請求が増額される場合
労災の慰謝料が相場よりも高額になる場合は、被災した従業員の損失が特に大きいといえるような事情が存在する場合です。
また、会社側が特に悪質と言えるような場合にも慰謝料額が増額されやすい傾向にあります。
具体的には、以下のような場合に労災の慰謝料額が相場より増額されることが多いです。
例えば、
- 労災事故の原因となった会社の業務が悪質であり、それによって特に被害が拡大したと思われる場合
- 労災事故後の会社の対応が不適切で、特に被害が拡大した場合
- 会社が、労災後の従業員や遺族に対して精神的にダメージを与えるような扱い(嫌がらせや暴言など)をした場合
例えば、
- 被災した従業員が妊婦であり、労災事故が流産の理由となった場合
- 労災事故のために、重要なライフイベント(結婚、転職、近親の葬式等)を逃した場合
- 労災事故によって、従業員の持病の悪化が著しくなった場合
- 労災事故が原因で、従業員が重度のトラウマを抱えることになった場合
以上の他にも、損害が大きいことを裏付けるような特殊な事情がある場合で、その損害を現時点では明確に算定することが難しい場合などには、慰謝料が増額されることがあります(※)。
例えば、
- 将来的に手術や治療が必要となる見込みがある場合
- 将来的に、後遺症の影響で持ち家のリフォームなどが必要となり、それに高額な費用を要する可能性がある場合
※なお、拡大した損害が具体的に算定できる場合には、慰謝料とは別の項目で、具体的に損害賠償請求されることが多いです。
以上、慰謝料が相場より増額される可能性のある場合を見てきましたので、慰謝料金額を算定する場合の参考にしてください。
なお、相場よりも慰謝料が増額されるためには、それなりの根拠を必要とします。
従業員側で、慰謝料の増額を検討する場合には、主張をしっかり吟味して証拠などを集める必要があります。
一方、従業員から増額の主張をされた会社側でも、従業員の主張が妥当なものなのか、慎重に検討する必要があります。
そして、慰謝料の算定は法的に高度な検討を要するので、金額が大きい場合には弁護士に相談することを強くおすすめします。
従業員側に過失があると減額になる場合も
同様に、労災の慰謝料が相場よりも減額になる場合があることも覚えておきましょう。
具体的には、従業員側にも労災事故についての過失がある場合に、その過失の程度によって慰謝料額が相場よりも減額されます。
これを過失相殺といいます。
例えば、労災事故の当時に従業員も歩きスマホや、飲酒運転など、危険な行為をしており、それも一因となって労災事故が発生・拡大した場合などには、過失相殺によって慰謝料が減額になる可能性が高いです。
なお、従業員側の過失がどの程度労災事故の原因となったか(過失割合)によって、減額される割合が変わります。
労災が発生した際に注意すべきポイントは?
最後に、労災が発生した場合に注意すべきポイントを、会社・従業員のそれぞれの立場ごとに見ていきましょう。
会社側が気をつけるべきこと
弁護士に相談して見通しを立てる
会社としては、従業員から慰謝料の請求を受ける可能性を早めに認識して、弁護士に相談し、どの程度の支払いを要する可能性が高いか、どのくらいの慰謝料が妥当な事故か、などを事案分析しておくようにしましょう。
証拠を集める
また、従業員側にも過失がありそうな事故については、その事故の過失割合をどのように考えるのが妥当かを検討し、従業員側の過失を主張するための証拠などを早めに収集しておくのが良いでしょう。
従業員などのケアをする
その一方で、労災事故が発生した場合には被災した従業員やその遺族に対するケアを慎重に行い、従業員の精神的苦痛を最小限度に留めるよう、気を配るようにしましょう。
間違っても、従業員を勝手に敵視して不当な嫌がらせをするようなことは避けましょう。
労災事故は未然の防止が最も重要となります。
将来起こりうる労災事故を防止するために、会社としては、従業員に対する安全教育を実施したり、必要な研修を受講させることを検討しましょう。
例えば、パワハラ・セクハラやメンタルヘルス対策については、労働問題専門の弁護士であれば、研修サービスを提供してくれる可能性があります。
会社に顧問弁護士がいれば、そのような研修を実施してくれるか確認されると良いでしょう。
労災事故は、ときとして賠償額が高額化します。
特に、死亡事故や重傷事故が発生した場合、高額な慰謝料の支払い義務が予想されます。
よほど資金に余裕がある会社以外では、債務超過に陥る可能性もあります。
このようなリスクを回避するために、使用者賠償責任保険などの加入を検討しましょう。
ただし、保険業者の中には、不必要な保証を提案する業者もいるので注意が必要です。
保険については、自社の状況に照らして必要なものに加入するようにすべきです。
会社側の労働問題に精通した弁護士であれば、必要な保険の範囲について助言してくれる可能性がありますので、ご相談されることをお勧めいたします。
従業員側が気をつけるべきこと
従業員側としては、労災保険による国からの補償では十分な補償を得られない場合があることを知ることが大切です。
そして、不足する慰謝料等は会社に請求することを検討しましょう。
もっとも、被災した従業員が自ら会社と交渉するのは大変で、あまり現実的ではない場合も多いです。
自分の代わりに会社と交渉したり、場合によっては訴えを起こすサポートをしてもらえるよう、早めに弁護士へ相談することが大切です。
弁護士に対しては、自分の精神的苦痛が特に高いなどの事情があればすべてを正直に話して相談し、相場よりも大きい慰謝料を得られる可能性がないか、弁護士にアドバイスをもらいましょう。
特に、従業員側(労働者側)の対応を専門にしている弁護士に相談することをおすすめします。
まとめ
このページでは、労災の慰謝料について、詳しく解説しました。
労災の慰謝料は、労災保険とは別に、従業員が会社に対して損害賠償を請求するまで問題にならないため、従業員も会社側も案外見落としがちです。
会社としては、労災事故が一段落したあとに唐突に訴訟等を提起されて慌てて対応することにもなりかねませんので、労災事故があった場合には予め対応を検討しておくのがいいでしょう。
そして、労災の慰謝料について不明な点や、悩ましい点があれば、積極的に弁護士に相談することをおすすめします。
なお、弁護士は、従業員側を主に担当する弁護士と、会社側を主に担当する弁護士に大きく分かれていることが通常ですので、相談する弁護士についても検討が必要になります。
デイライト法律事務所は、会社側の法律事務所として、労災の慰謝料に関する会社からの相談やトラブル対応の依頼について、多くの解決実績を有しています。
労災の慰謝料に関するお悩みをお持ちの会社の方は、ぜひ当事務所の弁護士までご相談ください。