(1) 残業の法規制

ア 法定労働時間

労働時間のイメージ画像経営者が知っておくべき日本の労働時間の原則的なルールは、①1日8時間以内、②1週40時間以内、③休日は週に1日以上、というものです(ここでは基本的事項を理解してもらうために特例等を除いています。)。

例えば、1日の労働時間を8時間と設定している会社の場合、1週間の所定労働日を最大で5日としなければ、②のルール(1週40時間以内)に違反することとなります。③のルール(休日は週に1日以上)では1週6日労働させても良いのですが、もし、6日労働させると、1週の労働時間が合計48時間(8時間×6日)となり、②のルールに違反することになるからです。

現在、日本では多くの会社で週休2日制が採用されています。上記の①から③のルールでは、例えば、1日の労働時間を6時間、勤務日を週6日としたり(この場合、1週36時間)、週のうち5日を7時間、1日を5時間(この場合、1週40時間)したりすることも、法的には可能です。

しかし、日本も諸外国と同様、土日を休日とする週休2日制を採用している会社が比較的多いです。

その他、日本では、お盆(祖先の霊を祀る行事で8月15日を中心とする3日から5日程度)と年末年始(12月31日から1月3日)の期間を休日としている会社が多くあります。これは法律上の義務ではありませんが、日本における慣行であり、労務管理の参考知識として押さえておきましょう。

 

イ 労使協定の締結

アで述べた法定労働時間は、原則的なルールであり、絶対に法定労働時間を超えて労働させること(時間外労働)が認められないわけではありません。実際に、日本では、多くの会社で時間外労働が行われています。すなわち、1日の労働時間が法定労働時間である8時間を超えることはよくあります。むしろ、日本の労働者は諸外国に比べると労働時間が長いと言われています。

ただし、会社が労働者に時間外労働をさせるには、そのための協定を、労働組合や労働者の代表者と締結する必要があります。

なお、この協定は、労働基準法36条に規定されていることから、「36協定」と呼ばれています。

この協定を締結せずに時間外労働を行わせた場合、会社には罰則の適用があるので注意が必要です。

 

ウ 割増賃金

残業などのイメージ画像36協定を締結した場合、時間外労働や休日出勤が可能ですが、通常の賃金に加えて、割増賃金を支払う必要があります。

例えば、時間外労働の割増賃金の基本的な計算は、次のとおりです。

時間外労働の時間数☓1時間あたりの賃金☓1.25※

※1か月の時間外労働の合計が60時間を超えた場合は1.5となります(中小企業等は当面の間、1.25)。

例えば、ある労働者が1か月10時間の時間外労働を行い、1時間あたりの賃金が1000円であったとします。

この場合、1万2500円を通常の賃金とは別に、割増賃金として支払わなければなりません。

10時間☓1000円☓1.25=1万2500円

このように、時間外労働を行わせた場合、通常の賃金よりも割増された賃金を支払わなければなりません。

さらに、休日労働の割増賃金の計算は、次のとおりです。

休日労働の時間数☓1時間あたりの賃金☓1.35

深夜労働(午後10時から午前5時)の割増賃金の計算は、次のとおりです。

深夜労働の時間数☓1時間あたりの賃金☓0.25※

※時間外かつ深夜の労働の場合:0.25+0.25=0.5
法定休日かつ深夜の労働の場合:0.35+0.25=0.6

 

(2)トラブルのパターン

(1)では、日本における残業等の法規制の基本を解説しました。

これを踏まえて、ここでは中国等の海外企業特有のトラブルのパターンを解説します。

ア 年俸制

海外企業が日本で事業活動を行う場合、よくある誤解は「年俸制だから残業代を支払う必要がない」というものです。

年俸制とは、1年間の賃金を決定する給与形態をいいます。例えば、年俸500万円の場合、当該労働者が1年間の賃金の総額は500万円ということになります。あくまで1年間の総額であり、年初に500万円を一括で支払うものではありません。日本の法律では、賃金を毎月1回以上支払うという原則がありますので、通常は、年俸として提示した金額を12分割し、毎月12分の1(年俸480万円であれば、毎月40万円となります。)を支給したりしています。

これに対して、月給制とは、1か月あたりの賃金を取り決め、これを毎月支払うというものです。他に、1日あたりの賃金を毎日支払う日給制というものもありますが、日本の会社の多くは月給制を採用しています。

年俸制と月給制の違いは、事前に1年間に支払われる賃金の総額が確定しているかどうかです。月給制の場合、賞与の金額は会社の業績や個人の成績によって変動しますが、年俸制の場合は変動することはありません。

海外企業の場合、年俸制を採用していることが比較的多くあります。特に、ホワイトカラーで、比較的に高い給与の労働者に対して、この年俸制を採用するのが典型です。月給制の相場よりも、高い賃金を支給する年俸制では、残業代が含まれており、別途支払う必要がないと誤解されていることがあります。使用者側としては、1年間に支給する総額が確定しており、かつ、通常よりも高い賃金を支払っているのだから、残業代が含まれていると考えているのです。

しかし、日本では、年俸制であっても、法定労働時間を超えて残業させた場合、別に時間外割増賃金を支払わなければなりません。この点を誤解している海外企業が多いので、注意が必要です。実際に、年俸制を採用している企業が労働者から残業代を請求される裁判は多く、私の事務所でも多くの企業の方からご相談を受けています。この種の事案の特徴は、残業代の請求額が高額になることです。これは、年俸制の賃金が高いことが原因です。すなわち、使用者側としては、残業代を含むものとして、年俸制の合意を労働者と行っているので、残業代の計算の基となる「1時間あたりの賃金」の額が月給制の労働者と比べて高額なる傾向があるのです。使用者は、残業代を含むものとして支払っているつもりだったのに、裁判ではそれが認められず、かつ、高額な残業代を請求されるため、負担は大きいといえます。

 

【トラブルの回避方法】
年俸制は、1年間に支払う額が確定しており、かつ、月給よりも高い賃金の場合が多いので、プロフェッショナルとして成果を出すことを期待されている労働者のモチベーションをあげるために採用するメリットはあると思います。
しかし、年俸制を採用する場合、基本的には、残業代を含むものとはならないため、時間外労働があった場合は、毎月割増賃金を支払う必要があります。
また、例外的に残業代を含ませることができます。そのためには、最低限、年俸のうち、通常の賃金部分と割増賃金の部分が明確に区分されているという要件が必要です。
例えば、就業規則や雇用契約書等に次のような記載が必要です。
「年俸500万円(内30万円については45時間分の時間外割増賃金を含む。)」
上記の記載例は、年俸500万円の中で、具体的な一定の金額が具体的な時間の時間外割増賃金であることを明示しています。年俸制に残業代を含ませる場合、最低限、このような明確区分の要件を満たしていなければならないことに注意してください。また、このような契約を締結する場合は、事前に労働法専門の弁護士にご相談されることをお勧めしています。

 

ィ 勤務時間管理

タイムカードのイメージ画像海外企業の傾向として、労働者の勤務時間の管理が不十分であるということがあげられます。

勤務時間管理とは、労働者が具体的に、どの程度(時間や労働の内容)労働したかを管理することです。特に、残業問題の点では、労働時間の管理が重要です。労働時間を管理する方法は、タイムカード、ICカード、業務日報など、いろいろとありますが、日本ではタイムカードが多く用いられています。すなわち、労働者に始業時刻(勤務開始)、休憩開始時刻、休憩終了時刻、終業時刻(勤務終了)について、機械を通してカードに打刻させます。

勤務時間管理を十分に行っていない場合、労働者側から未払い残業代を求めて裁判を起こされると会社は対応に苦慮します。

すなわち、労働者から過去の未払い残業代について、請求された場合、会社はまず、実際にどの程度時間外労働があったのかを調査しなければなりません。そのとき、記録が残っていないと十分な調査ができず、事実関係が不明確となります。その場合、会社は労働者側に反論したくても、説得力のある反論が難しくなります。

未払残業代の請求については、労働者側に具体的な労働時間についての主張立証が求められますが、日本では、使用者が勤務時間管理の義務があると考えられているため、使用者側から具体的な反論がないと、労働者の主張が認められるリスクが高い傾向です。

 

【トラブルの回避方法】
勤務時間管理の方法としては、法律では必ずしも、機械を使用しなければならないというものではなく、使用者自らが目視等で確認し、始業時刻等を記録する方法でも違法ではありません。
しかし、トラブル防止のためにはタイムカードやICカード等の機械を使用するか、労働者自身に日報を記録させた方がよいでしょう。使用者が作成した記録等を提出すると、労働者側から「偽造した」などと主張されることがあり、信用性が問題となります。
これに対し、機械による記録や労働者自身が作成した記録であれば、偽造と主張される心配はほとんどありません。したがって、勤務時間管理はタイムカード等の利用をお勧めします。

海外企業が注意すべき安全配慮義務はこちらからどうぞ。

残業問題について、よりくわしくは労働特化サイトをごらんください。

 

 

 

弁護士コラム一覧