財産分与の基準時とは?【弁護士が事例で解説】

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財産分与の基準時とは、「夫婦の協力関係が終わった時点」を指し、別居時となることが多い傾向ですが、状況によって異なります。

離婚を決意するに当たって、夫婦の財産をどのようにして分けるかは、夫婦の今後の人生に直結する非常に大切なものです。

しかし、実際の協議では、「いつ時点の・どの」財産が、財産分与の対象になるのかについて、夫婦間で激しい対立が繰り広げられることが多々あります。

そこで、「いつ時点の・どの」財産が、財産分与の対象になるのかを決める基準として、「基準時」というものがあります。

「基準時」とは、「夫婦の協力関係が終わった時点」を指しますが、その時点は、画一的ではありません。

本稿では、いくつかのパターンを例に、「基準時」の設定の思考方法を解説していきます。

財産分与とは?

財産分与とは、離婚に伴い、結婚生活で夫婦が築いた財産を分け合うことをいいます。

財産分与は、離婚の際に夫婦の公平を図る制度として民法768条に規定されています。

【根拠条文】

民法(財産分与)

第768条 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。(以下略)

引用元:民法|電子政府の窓口

 

〜財産分与の内容〜

財産分与には、大きく3つの内容があります。

財産分与の内容 定義 適用例
清算的財産分与 結婚生活で夫婦が「協力して」築いた財産を公平に配分するための財産分与。 共同で取得した財産や収入を均等に分ける場合。
扶養的財産分与 配偶者の経済的弱者に対して、離婚後も生活を維持するための財産分与。 収入格差が大きく、一方が経済的に不安定な場合。
慰謝料的財産分与 配偶者が離婚により受けた心理的苦痛や損害を補償するための財産分与。 配偶者の不貞行為や虐待が原因で離婚し、相手方に補償を求める場合。

このうち、一般に「財産分与」と言うと、清算的財産分与を指すことが多いです。

この記事では、(財産分与=清算的財産分与)を指して説明していきます。

財産分与では、原則として、特段の事情がない限り、2分の1ずつの割合で公平に分与することになります。

例外として、一方の資産が非常に多く、その理由が稼働する一方の特別な資格や能力による場合(野球選手、お医者さんなど)では、財産分与の割合を調整することもあります。

 

 

財産分与の対象となる財産とは?

財産分与とは、結婚生活で夫婦が協力して築いた財産を分け合うことを指すことは、先ほど説明しました。

そうすると、財産分与の対象となる財産は、結婚生活で夫婦が協力して築いたと評価できる財産に限られます。

夫婦のどちらの名義であるかは関係なく、結婚生活で夫婦が協力して築いた財産は、財産分割の対象となります。

このような財産のことを、「夫婦共有財産」と言います。

例えば、夫婦の一方が専業主婦であっても、稼働する夫婦の一方が仕事に専念できるのは、他方の家事労働や育児に支えられているからですので、夫婦の一方の名義で取得した給与は、夫婦共有財産にあたります。

主に、次のような財産が、夫婦共有財産に当たることが多いです。

夫婦共有財産に当たることが多いもの

上のように、財産分与の対象はプラスの財産だけでなく、マイナスの財産(ローンなどの借金)も含むので注意してください。

 

特有財産とは?

特有財産とは、夫婦の一方が「結婚生活とは関係なく」取得した財産のことです。

例えば、結婚前から有していた貯蓄や、親の相続によって得た財産などです。

特有財産は、夫婦が協力して築いた財産ではありませんので、離婚のときに財産分与の対象とはなりません。

こなお、本来は特有財産に当たる財産であっても、結婚前に夫婦間で共有財産とすることを合意すれば、財産分与の対象とすることも可能です。(このような合意のことを、「夫婦財産契約」と言います。)

また、夫婦いずれの特有財産であるかが曖昧な財産については、積極的な立証がない限り、夫婦の共有に属するものとして扱われます。

根拠条文
民法762条2項 =「夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属する。」

引用元:民法|電子政府の窓口

 

 

財産分与の基準時には2つの意味がある

→対象財産を確定する基準時と、評価の基準時

さて、ここまでの説明で財産分与において「なに」(What)が財産分与の対象となるかはイメージができたと思います。

では、今度は、「いつ」(When)の財産が財産分与の対象となるのかについて解説していきます。

ここからが、本稿のメインテーマとなります。

しっかりと説明していくので、最後までお付き合いください。

まず、「いつ」の財産を財産分与の対象とするかについて、基準として設定した時点のことを「基準時」といいます。

では、財産分与をするに当たって、どうして「基準時」を設定する必要があるのでしょうか?

財産分与の「基準時」を設定することには、次の2つの意味があります。

1つ目は、「なに」が財産分与の対象となる財産であるかを「確定」するためです。

財産分与の対象とする財産は、上でも説明したように、「夫婦が結婚生活中に協力して築いた財産」です。

「夫婦の協力関係が終わった以降に取得した財産」は「特有財産」として、原則として、財産分与の対象から外れます。

確かに、離婚が成立するまでは、夫婦は依然として、結婚状態が続いています。

しかし、財産分与の対象となる財産は、「夫婦が結婚生活中に協力して築いた財産」ですので、「夫婦の協力関係が終わった」時点を設定しなければ、財差分与の対象となる財産を確定することができません。

財産分与の対象となる財産を確定できなければ、いつまで経っても、どの財産をどのように分け合うかという財産分与の中身の協議を始めることができなくなってしまいます。

そうならないために、財産分与の対象となる財産を確定するため、「基準時」の設定が必要となるのです。

これが、「基準時」を設定する、1つ目の意味です。

2つ目は、財産分与の対象となる財産を、「評価」(How much)するためです。

基準時を設定することで、「いつの財産」が分与の対象となるかを確定することはできました。

では、財産分与をする時点で、その対象物の価値が変動していた場合、どのように処理すれば良いのでしょうか?

具体例を使って、分かりやすく説明します。

例えば、財産分与の対象として自宅不動産があったとします(別居時に自宅不動産が存在したとします。)。

夫婦の別居時の時価が3000万円であったものが、離婚するときに時価が増減した場合、いつの時点を基準として評価するのかが問題となります。

実際に、別居してからすぐに離婚しない方々は多く、評価の時点をいつにするかも争いとなることがあります。

そのため、「基準時」の設定には、財産を確定するという役割の他にも、「財産の評価額を決める」という役割もあるのです。

これが、「基準時」を設定する、2つ目の意味です。

 

 

いつからいつまでが財産分与の対象となる?

原則は同居してから別居時まで

いつの時点の財産が対象となる?

では、「基準時」はどのように決められるのでしょうか。

これまでの説明にあったように、「基準時」は、①財産分与の対象財産が「いつの時点」の財産かを確定するものです。

より簡単に言えば、ある財産が「夫婦共有財産」であるか、それとも「特有財産」であるかを区別するために、基準時の設定が必要となります。

そして、夫婦共有財産とは「結婚生活で夫婦が協力して築いた財産」ですので、特有財産との分け目は「夫婦の協力関係が終わった時点」までに取得している財産か否かということになります。

そのため、財産分与の基準時は、「夫婦の協力関係が終わった時点」ということになるのです。

そして、「夫婦の協力関係が終わった時点」とは、大きく分けて、「別居時」と「離婚時」の2つが考えられます。

 

〜基準時の原則は「別居時」〜

実務では、原則として、「別居時」を基準時として、別居時点に存在する財産について、財産分与の対象とします。

基本的には、「夫婦の協力関係」は家事の分担や家計のやりくりなど、同居の関係があってはじめて認められるものと考えられているからです。

そのため、同居関係が解消されて別居状態になった場合には、その時点を「夫婦の協力関係が終わった」として、財産分与の基準時とするのです。

これが、「基準時」を「別居時」とする実務の考え方です。

参考判例裁判例には、「清算的財産分与は、夫婦の共同生活により形成した財産を、その寄与の度合いに応じて分配することを、内容とするものであるから、離婚前に夫婦が別居した場合には、特段の事情がない限り、別居時の財産を基準にしてこれを行うべきであ…る。」と判示したものがあります。(名古屋公判平21・5・28)」

 

〜例外的に「離婚時」が基準時とする場合〜

では、例外的に「離婚時」が基準時になるのは、どのような場合なのでしょうか。

それは、離婚前に夫婦が別居しなかった場合などが典型です。

協議離婚で比較的穏便に離婚が成立する夫婦は、別居をしていないことも多いので、基準時を「離婚時」にして財産分与をします。

 

いつからの財産が対象となる?

上で解説したように基本的には結婚してから築いた財産が対象となります。

もっとも、財産分与は夫婦の経済的な協力関係がある場合にこれを公平に精算することを目的としています。

そのため、結婚前に同棲していたような場合、同居開始時点からの財産が対象となる可能性もあります。

 

 

財産の評価の基準時

財産分与は、本来的には、「夫婦の協力関係が終わった時点」(原則として「別居時」)に存在する財産を対象とします。

しかし、対象財産の価値が変動するような場合、その評価については財産分与を行う時点、すなわち「離婚時」を基準に行うものと考えられます。
それでは、以下、財産分与の評価が問題となる財産別に解説していきます。

 

不動産

不動産の評価額は、別居後も、地価の高騰などにより、分与の時点では別居時から大きく変動していることがあります。

この場合、別居時の評価額をベースに財産分与をしてしまうと、当事者が別居後の不動産価格の騰落の読み合いを始めて、協議をわざと長期化させたりする危険性が生じます。

そこで、不動産の評価は、「分与時」(裁判の場合は正確には口頭弁論終結時)の時価を基準とするのが一般的です。

なお、実務上は直近の不動産業者の査定書をもとに評価額を決めることが多いです。

 

株式等の有価証券

株式についても、別居してから分与の時点までに、株式会社の経営状況によって、株価が大きく変動する可能性があります。

そのため、不動産と同様に、「分与時」の時価を基準にして評価額を決めます。

実務上、上場株式については、分与時の時価をインターネットや日経新聞等で確認することとなります。

しかし、非上場株式については、市場価格が出回っていませんので、株式の時価を計算するのは容易ではありません。

株式の価格をきちんと調査する方法としては、公認会計士に鑑定を依頼するなどの方法がありますが、公認鑑定士の鑑定は決して安価ではないので、実際に調査を経ることはほぼありません。

そこで、実務では、株式価格の簡易的な評価方法として、次の4つの評価方式が多く採られています。

  1. ① 「純資産方式」= 会社の総資産価額から債務と法人税などを控除した額を発行済株式数で割った額とする。
  2. ② 「配当還元方式」= 会社の配当金額を基準として、これを発行済み株式数で割った額とする。
  3. ③ 「類似業種比準方式」= 会社の類似業種の会社群の株式に比準して評価する。
  4. ④「収益還元方式」= 将来の予想年間税引利益を資本還元率で割ったものを発行済株式数で割った額とする。

上記の評価方法についても、財産分与に精通した専門家でなければ使いこなすのは難しいため、非上場株式の評価については専門家へのご相談を強くおすすめいたします。

 

自動車

自動車もまた、別居してから分与されるまでの間に、売却、事故や経年劣化などにより、価値が大きく変わっている場合があります。

そのため、不動産と同様に、「分与時」の価額を基準に評価額を決めます。

ただし、別居後に夫婦の一方の不注意の事故によって、対象財産である自動車の価値が下がるのは、落ち度のないもう一方にとっては、不公平な結果になってしまいます。

このような場合には、「別居時」の査定額をベースに評価額を決めたり、受け取った保険金の額を評価額にするなど、調整が必要となります。

 

貴金属

貴金属においても、特に金の価格などは、国際経済の影響を受けて、大きく取引価格が変動することがあります。

離婚協議が、取引価格の騰落といった投機的な読み合いになってしまうのを避けるために、貴金属についても、価格が大きく変動している場合には、「分与時」をベースに評価額を決めるのが望ましいでしょう。

 

 

基準時が問題となる典型的な事例

単身赴任をしているケース

財産分与の基準時が、基本的には、「別居時」になることを先ほど説明しました。

では、単身赴任中に離婚した場合、基準時は、「単身赴任が始まった時」になるのでしょうか?

この点、多くの事例では、単身赴任それ自体は、財産分与にいう「別居」とは区別されているとして、「単身赴任が始まった時」とはしません。

なぜなら、単身赴任中で一緒に生活をしていない場合であっても、仕送りをしていたり、定期的に自宅で一緒に生活をしたりしていれば、「夫婦の協力関係」は続いていると言えるからです。

そのため、単身赴任中に離婚した場合、基準時は、「夫婦が離婚を申し出た日」とされることが多いです。

 

【ワンポイント:夫婦が離婚を申し出た日について】

離婚問題においては「離婚を申し出た」事実について争いとなることがあります。

例えば、離婚を求める側が離婚に必要な別居期間が経過したことを立証するために何年何月何日に「離婚を申し出た」と主張します。

これに対し、離婚をしたくない側がそのような事実はなかったと反論する場合が典型です。

このような言った言わないの争いを避けるために、当事務所の離婚弁護士は弁護士名による文書(内容証明郵便等)での離婚申し入れを行っています。

 

家庭内別居が主張されるケース

家庭内別居の場合には、家事は夫婦それぞれが自分でやるといったように、「夫婦の協力関係」がおよそ考えられない状況になります。

この場合、理論上は、家庭内別居の開始時点を捉えて、「夫婦の協力関係が終わった」ものとして、「基準時」とすることも可能ではあります。

しかし、家庭内別居であっても、同居している以上は、生活スペースを共有していたり、家賃を折半していたりと、完全に経済的な協力関係がなくなったとは言えないことがほとんどです。

そのため、家庭内別居が始まった時点が「基準時」と認められない可能性もあります。

 

【ワンポイント:家庭内別居の基準時について】

家庭内別居であることを明確にする場合、当事務所では弁護士名による文書(内容証明郵便等)での離婚申し入れを行っています。

 

 

財産分与の基準時についてのQ&A

結婚前に内縁・同棲している場合はどうなる?

結婚前に内縁・同棲している場合であっても、財産分与の「基準時」は、「夫婦の協力関係が終わった時」、つまり、「別居時」ないし「離婚時」になります。

そのため、「基準時の設定」という意味では、結婚前に内縁・同棲していたかどうかは特に関係はないことになります。

ただし、結婚前に内縁・同棲していたか否かは、夫婦の一方が結婚前に取得した財産が、「特有財産」に当たるかという議論で影響が生じます。

結婚前に取得した財産は、基本的には、「結婚生活と関係なく取得した財産」として、特有財産に当たります。

しかし、結婚前に内縁・同棲していた場合には、事実上の夫婦としての結婚生活があったとして、結婚前に取得した財産であっても、夫婦の共有財産として、財産分与の対象となることがあるのです。

結婚前に内縁・同棲していた時に取得した財産が、財産分与の対象となるかは、「事実上」「夫婦が協力して築いた財産」と言えるかによって判断されます。

その際には、カップルに事実上の夫婦であるとの認識があるか否かが重要になり、夫婦としての振る舞いがあったかという点や、夫婦としての経済的一体性があったかという点などを考慮することになります。

 

 

まとめ

いかがだったでしょうか?

離婚を考えるに当たって、「基準時」という言葉は、なかなか聞き慣れない言葉だったかと思います。

協議離婚する多くの夫婦は、「基準時」というものを意識しないままに、当然に「離婚時」に存在する財産を分け合うものと考えて、財産分与を行っているのが現状です。

「基準時」の設定は、財産分与のスタート地点を決めるものですので、しっかりと話し合って設定しなければ、いくらその後の財産開示や分与割合の協議がうまく行ったとしても、不公平な財産分与になってしまったり、納得感が得られないものになってしまいます。

本稿が、少しでも、円満な離婚の成立の一助になることを願っております。

また、「基準時」の設定は、離婚に至る過程によっては、高度な専門的判断が必要となる場合があります。

なかなか夫婦間で協議が整わない場合には、お近くの弁護士に相談されることをオススメします。

 

 

#財産分与

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