養育費の一括払いは可能ですか?【弁護士が解説】
養育費とは、子どもが経済的・社会的に独り立ちできるようになるまでに要する生活費、医療費、教育費などの費用のことです。
離婚する夫婦の間に対象の子がいる場合、その子の養育費は、子どもを直接養育しない親(非監護親)も負担しなければなりません(民法766条1項)。
養育費は毎月の支払いが一般的ですが、支払い義務者の同意があれば一括払いもできます。
しかし、一括払いにはメリットだけではなく、デメリットもあるため、慎重に検討すべきです。
今回は、実際の相談事例をもとに、養育費の一括払いにはどのような注意点があるか、また具体的な計算方法を、離婚問題に精通した弁護士が詳しく解説いたします。
養育費の一括請求を考えられている方はぜひ参考になさってください。
目次
養育費とは
養育費とは、子どもが社会人として独立自活ができるまでに必要とされる費用です。
養育費の内容としては、子の衣食住の為の費用・健康保持のための医療費・教育費が含まれます。
養育費は一括で請求できる?
原則として、養育費を一括で支払ってもらうことはできませんが、夫が任意に一括払いを受け入れた場合には養育費の一括払いの合意をすることは可能です。
養育費は、日々未成年者のために必要となる費用であり、性質上、定期的に給付されるべき金銭だからです。
そのため、妻が養育費の一括払いを請求し、夫がその請求を拒否している場合には、裁判所は養育費の一括払いの請求を認めず、月々の養育費の支払を認めるに止まります。
これは、質問者のように夫が職を転々としているような場合でも同様です。
妻としては、夫がいつ無職になり養育費を支払わなくなるかわからない状況が続くよりも、今少しでも多くの養育費を回収できた方が良いと考えるのはもっともですが、夫が養育費の一括払を拒む以上、養育費は毎月支払ってもらうほかないのです。
ただし、夫が任意に養育費の一括払いに応じた場合には、養育費を一括で支払ってもらう旨の合意をすることは可能です。
一括払いの合意ができた場合の条項例
夫が、養育費の一括払いを任意に受け入れてくれた場合には、その旨の合意書を作成しましょう。
なお、調停手続の場合には裁判所が調停調書を作成するため、別途合意書を作成する必要はありません。
合意書を作成する場合の条項例は以下のとおりです。
公正証書は必要?
離婚公正証書は、長期間の支払いが続く養育費や医者帳の分割払いなどの場合に、権利者(もらう側)に大きなメリットがあります。
義務者(支払う側)が支払わなくなったとき、公正証書をもとに、強制執行が可能となるからです。
養育費の一括払いの場合、1回限りの支払いですから、その後の強制執行は想定できません。
そのため、わざわざ公正証書を作成するメリットはないと考えられます。
しかし、公正証書が必要でない事案でも、合意した離婚条件については、その合意内容を記載した書面(離婚協議書)を作成しておくことをお勧めいたします。
書面を作成しておくことで、後から「言った言わない」のトラブルを避けることが可能となります。
なお、当事務所では離婚協議書のサンプルをホームページ上で公開しており、無料で閲覧やダウンロードが可能です。
養育費の一括払いのメリット・デメリット
養育費の一括払いは、裁判所に認めてもらえるものではなく双方の同意が必要であるところ、双方メリット・デメリットを踏まえ慎重に判断すべき事項となります。
以下、立場ごとに想定されるメリット・デメリットを挙げていきます。
■ 支払われる側 | |
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メリット | デメリット |
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■ 支払う側 | |
メリット | デメリット |
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養育費は贈与税の課税対象となる?
贈与税は、一人の人が1年間にもらった財産の合計額が110万円を超えると課税される税金です。
養育費の一括払いの場合、110万円を超えることが想定されるため、贈与税が課税されるかが問題となります。
この点について、国税庁は下記の通リ公表しています。
引用:国税庁
これによれば、養育費を将来分まで含めて一括として受け取り、銀行に預けると、「通常必要と認められるもの」に該当せず、贈与税の課税価格に参入されることとなります。
したがって、一括払いの場合、現在の行政の運用としては課税リスクがあると考えられます。
養育費を一括で請求する際の計算方法
一括払いの合意は、その後に起こり得るある程度の事情変更を前提としていると考えられ、事情変更による養育費の追加請求をすることは通常の事情変更の場合よりも困難になると考えられます。
裁判例の中には、以下のような事例があります。
判例 養育費の追加請求を求めた裁判例
養育費の一括払いを受けた後、これを子どもの私立学校の学費や学習塾代等の教育費で使い果たした場合に、さらに養育費の分担を求めることができるかが問題になった事例
この事例では、子の親権者が受領した養育費を計画的に使用して養育にあたれば養育費の不足を生じなかったにもかかわらず、単に無計画に養育費を使い尽くしたような事情の下では、養育費の一括払いをする旨の調停成立後にその内容を変更すべき事情の変更が生じたとはいえないとして養育費の追加請求を認めませんでした。
【東京高決平10.4.6】
養育費の一括払いの合意は、その一括払いにより養育費の支払いを全て解決しようというものですから、信義則の点からも養育費の追加請求には問題があるものと考えられます。
しかしながら、一括して受領した養育費を親権者が子どものためではなく自己のために浪費してしまったようなケースで、子自身が義務者に扶養料の支払請求をした場合には、子自身には親権者が養育費を使い切った責任はないことから、義務者には扶養料の支払責任が生じうることに注意が必要です。
養育費を一括で請求する際の計算方法
一括払いの場合、次の2つの計算が考えられます。
①月額の養育費の合計額とする
例えば、1ヶ月の養育費の適正額が5万円の場合、その額を前提として、20歳までの合計額を支給するという方法です。
120ヶ月(12ヶ月 × 10年)ですので、600万円となります。
5万円 × 120 = 600万円
なお、月額の養育費の相場について、当事務所では自動計算機をホームページ上に公開し、簡単に判定できるようにしています。
②養育費の合計額から一定程度減額する
養育費は、本来、長期間に渡って支払えばよく、一括払いは法律上の義務ではありません。
すなわち、一括払いは、権利者(もらう側)にとって大きなメリットがあり、義務者(支払う側)には大きなデメリットといえます。
そのため、単純な合計額ではなく、一定程度減額するということが考えられます。
具体的な減額の金額は、当事者間の話し合いの状況によりますが、例えば、中間利息を控除するという方法が考えられます。
「中間利息を控除する」とは、現在の600万円と、長年月にわたって分割で受け取る600万円とでは経済的価値が異なるという考え方にもとづき、合計額に一定の係数(ライプニッツ係数など)を乗じて算出する計算の仕方を言います。
ライプニッツ係数は、交通事故の賠償金の計算などではよく使われる係数です。
10年のライプニッツ係数は8.5302となるため、一括払いの金額は511万8120円となります。
600万円 ✕ 8.5302 = 511万8120円
借り入れによる支払いの可能性はある?
養育費の問題では、借金をしてでも一括払いをしてほしいと考える方も多くいらっしゃいます。
しかし、養育費の合計額は多くの場合、高額となります。
そのため、借金をしてまで一括払いに応じてくれるというケースはとても少ないと考えられます。
例えば、支払い義務者側が不貞行為を行った有責配偶者で、かつ、離婚をもとめているような事案であれば、交渉しだいでは銀行から融資等を受けて一括払いに応じてくれる可能性もあります。
ただし、そのようなケースは珍しいというのが個人的な印象です。
まとめ
以上、養育費の一括払いについて、詳しく解説しましたがいかがだったでしょうか。
養育費は、本来、一括払いは義務ではありません。
しかし、義務者が任意に応じてくれれば一括払いも可能です。
もっとも、一括払いにはメリットだけではなく、デメリットもあるため、慎重に検討すべきです。
また、一括払いの場合でも、少なくとも合意書の作成をお勧めいたします。
そのため、まずは離婚問題を専門とする弁護士にご相談のうえ、一括払いの是非について助言をもらうことをお勧めいたします。
この記事が離婚問題でお困りの方にとってお役に立てれば幸いです。
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