平成29年3月15日、最高裁判所は刑事事件における令状なしのGPS捜査を違法であると判断しました。
この判例により、刑事事件においては、公権力の捜査において裁判所が発付する令状がない場合は、GPS捜査によって収集した証拠資料は令状主義に反する違法収集証拠として証拠能力が認められないこととなります。
GPSによる位置情報の資料は、民事事件においても証拠として提出される場合があります。
この判決が民事事件の証拠能力に及ぼす影響はあるのでしょうか?
民事事件におけるGPS証拠の証拠能力
民事事件の「証拠」は、原則として証拠能力の制限はありません。
証明できる力の大きさ(証明力)に違いはあっても、基本的に提出するという点においては制限されないということです。
しかし、民事事件の証拠であっても「著しく反社会的な手段を用いて、人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ない」とされています。
東京高判 昭和52年7月25日酒席での会話を秘密録音(発話者の許可を得ずに会話を録音した)で採取し、その録音資料を証拠として提出したという事例です。
東京高裁は、このような事例の場合では「著しく反社会的な手段法にはあたらない」として証拠能力を肯定しました。
もっとも、今回の判例のようなGPSによる位置情報の証拠資料は、「その性質上、公道上のもののみならず、個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて、対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能に」し、「個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うから、個人のプライバシーを侵害し得るものであり、またそのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において、公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり、公権力による私的領域への侵入を伴う」として、車両所有者の「位置情報に関するプライバシー権」の侵害を理由に、刑事事件の捜査上、その証拠の収集にあたっては令状が必要になると判断されています。
秘密録音による証拠収集は、相手に対する発話を録音する以上、一定程度のプライバシー権の放棄があることを前提とすると、GPSによる証拠資料の収集は、車両は公道等を走るとはいえ、その目的地等については私的領域に入ることもあるため、プライバシー権を放棄しているとはいえなさそうです。
民事事件と刑事事件での証拠の取り扱い
そうなると、最高裁の判断を前提に、GPSによる証拠収集自体が、民事事件の証拠収集であってもプライバシー権といった重要な権利を侵害しうるものといえ、民事事件においても「人格権侵害を伴う方法によって採集されたもの」として収集した証拠資料の証拠能力が否定されてしまうようにも思えます。
しかし、民事事件との違いとして、刑事事件は、公権力が私人に対し、身体拘束や刑事罰等の強い制限を加える効果を生じます。
そのため、刑事事件においての証拠の収集にも、人権に対する侵害がどの程度生じるかを慎重に判断し、捜査の必要性相当性があったとしても人権侵害を伴うものについては、事前に裁判所にその捜査をすることについての許可、すなわち「令状」の発付を原則にして、捜査の適法性を担保しているのです。
一方、民事事件では、刑事事件に比べてその結果として生じる効果の人権的制約は小さく、証拠収集に令状等が求められるものではありません。
また、証明しなければならない事件の内容の多くが、私的領域にわたる事実です。
そのため、捜査当局の権力濫用を重視する必要のない民事訴訟では、証明したい事実に対する当該「証拠」の必要性等を鑑み、収集方法に身体を拘束したり、強迫等の手段を用いたりというような程度の「著しい反社会性」があるとはいえない限り、原則として証拠能力を肯定されると考えてよいのではないでしょうか。
そうであるとすれば、GPSによる位置情報の取得によって収集した証拠資料も、基本的にその証拠自体の証拠能力が否定されるものではないでしょう。
この点、民事訴訟において、GPSによる証拠収集についての最高裁の判断はされておらず、民事訴訟上の違法収集証拠についても下級審裁判例・学説が多岐にわたることを付言しておきます。
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