債権法分野の大幅な改正
民法の一部を改正する法律が2017年5月、国会の審議を経て可決成立しました。
改正案が施行されるのは公布(2017年6月2日)から3年以内とされているので、2020年のうちには民法の規定が大きく変わることになります。
改正は多岐にわたるため、そのすべてをご紹介することはできませんが、中でも重要となる改正の一部を解説していきます。
定型約款というルールの新設
「定型約款」とは、分りやすくいうと、不特定多数の人を相手にする取引において、あらかじめ画一的で同一内容のものとして取り決められている条項のことです。
具体的には、運送取引における運送約款、保険取引における保険約款といったもののほか、インターネットを通じた物品販売における購入約款などをイメージするとわかりやすいと思います。
この定型約款を利用した取引を「定型取引」といいます。
定型約款の規定はこれまでの民法には規定されていなかったものですし、インターネットを利用した取引をされている経営者の方も多いと思いますので、押さえておく必要があります。
キーワードは(1)合意、(2)表示、(3)変更・周知です。
(1)合意
本来、契約を締結するためには、当事者間で個別の条項について合意しておかなければなりません。しかし、不特定多数の顧客を相手にする場合は、現実的に不可能です。
そのため、あらかじめ画一的に作成された条項(=定型約款)を契約内容とすることに合意しておく、あるいはその定型約款を相手に表示していれば、いちいち個々の条項を確認せずとも、個別の条項についても合意したものとみなされます。
実際の契約の場面では「~約款に合意のうえ・・・」との文言を契約書に盛り込むといった対応をとることになります。
もっとも、どんな内容でもよいわけではありません。
具体的には、①「相手方の権利を制限し、または相手方の義務を加重する条項で」②「信義則に反して相手方の利益を一方的に害するもの」については、合意しなかったものとみなされるため、十分に注意しておかなければなりません。
(2)表示
定型取引を行う合意をした場合、相手から求められれば、定型約款の内容を表示しなければなりません。
必ず事前に表示しなければ合意ができないわけではありませんが、約款の内容を知りたい相手方にはその要請に答えるべきであり、これを拒否する(=不当な内容がもりこまれていることを疑わせる)のであれば、個別の条項を合意したとはみなされない(=相手方を保護する)ものとして扱われます。
(3)変更・周知
定型約款の合意をしたとしても、社会情勢の変化等により、内容を変更する必要も出てくると思います。
そこで、改正民法は、相手との個別の合意をせずとも、変更された約款によって相手を拘束することができます。
もっとも、変更にも制限があります。具体的には、①相手方の一般の利益に適合すること、②契約目的に反せず、変更内容が合理的であることが要求されています。
そのため、定型約款を利用する経営者の方としては、変更する方が相手方に利益であること(裏から言えば、変更しない方が相手方に不利益であること)について、しっかりとした根拠をもって説明ができるようにしておかなければなりません。
なお、変更の際は、①変更する旨、②変更後の内容、③変更後の約款の効力発生時期について、インターネット等を通じて周知しておかなければなりません。
消滅時効が短くなる
会社を経営していくうえで重要となるものの一つに債権回収が挙げられると思います。債権が時効消滅をしていないか、特に長期にわたって取引を続けている相手がいる場合は注意が必要です。
(1)権利を行使できることを知って5年
これまで民法上の債権の消滅時効は10年と定められていました。しかし、債権者が権利行使の機会を得たのであれば、早期に法律関係を確定させるのが合理的である、というのが改正の背景にあります。
そのため、今後の債権管理には注意をする必要があります。
(2)協議を行う旨の合意
とはいえ、やむなく時効期間が迫ってくることもあると思います。現行民法であれば、裁判上の請求(訴訟を提起する)といった措置を講ずる必要がありました。
これを受け、改正民法では、「権利について協議を行う旨の合意が書面でなされた場合」は、時効の完成が最大1年間は猶予されます。また、制限はありますが、再度の合意をすることもできます。
このように、協議を行う旨の合意書を当事者間で作成しておくことで、裁判手続きを経ることなく、早期に時効完成を防ぐことができるようになります。
解除のルール変更
取引をしているなかで、「もうこの相手と取引を続けたくないな。」と思われる場面は正直あると思います。
特に、相手に債務の不履行があったもののそれが不可抗力だった場合は、損害賠償が請求できるわけでもなければ、契約関係を解消することもできません。
このようなケースを踏まえ、民法の改正により解除が認められやすくなります。
(1)現行制度
これまでの解除制度は、「債務者に対する責任追及手段」と考えられていました。そのため、取引関係を解消するためには、相手方に帰責性(取引における落ち度)を見出す必要がありました。
しかし、債務の不履行につき相手に落ち度がなかったものの取引関係は解消したいといったニーズから、解除制度を「債権者を契約の拘束力から解放するための手段」へと転換することになりました。
(2)改正後
その結果、相手方に落ち度がなかったとしても、解除権を行使して、契約関係を解消することができるようになります。
もっとも、解除がみとめられない場合もあります。
具体的には
ア 債権者自身に落ち度があるとき
イ 債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとき
という2つの場合が規定されています。
まず、アについては、債権者を契約の拘束力から解放するという制度趣旨からすれば、債権者自身に落ち度がある場合には解放を認めるのは不当であるという考えに基づきます。
次に、イについては、相手の落ち度が軽微なものであれば、損害賠償で補填すべきだ、という考えに基づきます。
こうみると、相手が債務を履行しない場合、落ち度があるときは当然として、落ち度がないときにも解除を認める一方で、落ち度が軽微であれば解除は認めない、という建付けになっている点に若干不自然さを感じるところもありますが、解除できる範囲が広げられたという点では、大きな変更点であるといえます。
基本的には「債務の不履行につき、自分に落ち度がなければ、契約を解除できる」と理解しておけばよいと思われます。
請負 ~不適合責任~
(1)仕事の完成と報酬請求権
現行法では、請負人が仕事を完成させなければ報酬を請求することはできません。
そして、「仕事の完成」は「仕事が当初の請負契約で予定していた最後の工程まで終えているか否かを基準として判断すべき」とされていました(東京地裁平成14年4月22日判決)。
改正法では、「可分な部分」について「注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす」ことが明文化されました。
つまり、最後の工程まで終えていなかったとしても、途中の部分までで報酬を請求できることが明確になりました。
(2)瑕疵
改正法では「瑕疵」という表現が「契約の内容で定めたものと適合しないもの」(=不適合)と改められました。
現行法では、仕事完成前は債務不履行責任、完成後は瑕疵担保責任と考えられていましたが、今後はその区別がなくなり、完成の前後を問わず債務不履行責任となります。
(3)不適合が発見された場合の請求期間
現行法では、瑕疵があった場合の修補や損害賠償責任を負うのは、目的物を「引き渡した時から一年以内」でした。
一方、改正法では「その不適合を知った時から一年以内」となったため、期間が延長されました。
そのため、引き渡した時から1年が経過した後に発見された不具合についても請負人は責任を負わなければならない点に注意が必要です。
改正事項はまだまだたくさん!
明治29年(1896年)に制定されて以来大きな改正がなされないまま今日まできたのが、上記のような契約を中心とした債権法分野でした。
紙幅の関係でそのすべてをご紹介することはできませんが、うっかりしたところで足をすくわれないよう注意しておく必要があります。
民法改正による影響等について気になられる経営者の方は多いと思います。
今後の経営に関わる点ですので、お困りの際はいつでもお気軽に当事務所にご連絡ください。
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