平成29年12月に、平成30年度税制改正大綱が閣議決定されました。
改正内容には、所得税の給与所得控除額や基礎控除額の変更も含まれ、多くの方々の生活にも直結してきそうな改正ですので、所得税法の改正の一部について、具体的な事例も交えながら、解説したいと思います。
なお、下記は基礎的な部分から説明をしておりますので、結論だけを知りたい方は、最後の項目「まとめ」だけをお読みください。
給与所得控除額の変更
給与所得について、給与所得控除額が下記のとおり変更されます。
① 給与所得控除額が一律「10万円」引き下げられます。
② 控除額の上限額適用の給与収入が 850万円となり、その上限額が 195万円に下がります。
これらの改正が、所得税にどのように影響してくるのかを説明します。
まず、給与所得の計算式を理解する必要があります。
「給与収入」とは、源泉徴収票に書いてある税金を払う前の額のことを指します。
よく「額面は〇〇万円、手取りは〇〇万円」ということがありますが、額面とは「給与収入」のことを示し、手取りとは「税金を源泉徴収」された後の額のことです。
※源泉徴収とは、会社が給与収入からあらかじめ支払うべき税金を差し引いておくことのことをいいます。会社が、サラリーマンの代わりに税務署に税金を納めているというイメージです。
そして、「給与所得控除」とは、個人事業主の「必要経費」にあたるものです。ただし、必要経費が実際に事業に関連した支出のみを差し引くのに対して、給与所得控除は、現実に支出したか否かにかかわらず、給与収入の額によって法律上決められた額となっています。
上記①②のとおり、平成30年改正で、下記のとおり変更されることになっています。
給与収入金額 | 現行法 | 改正後 |
---|---|---|
162.5万円以下 | 65万円 | 55万円 |
162.5万円超180万円以下 | 収入金額×40% | 収入金額×40%-10万円 |
180万円超360万円以下 | 収入金額×30%+18万円 | 収入金額×30%+8万円 |
360万円超660万円以下 | 収入金額×20%+54万円 | 収入金額×20%+44万円 |
660万円超850万円以下 | 収入金額×10%+120万円 | 収入金額×10%+110万円 |
850万円超 | 195万円 | |
1000万円超 | 220万円 |
当然ですが、給与所得が増えれば、所得税額は大きくなり、給与所得が減れば、所得税額は小さくなります。
そして、上記改正点①は、上記式の「給与所得控除」の部分が10万円少なくなるわけですから、マイナスする分が減ることになり、給与所得は増えることになります。
次に、改正点②の影響を見ていきますと、上限額が変わったので、上限以上の方が影響を受けることになります。そのため、850万円を超える給与収入の方は今までよりも給与所得控除が減り、給与所得が増えることになります。
なお、「収入」と「所得」は意味が同じように思えるかもしれませんが、法律上は全く異なる概念ですので、注意してください。
これらのことを見ると、増税ではないかと思うかもしれませんが、実際には、次の項で説明する「基礎控除」が増えたため、増税となるのは、給与収入が「850万円を超える人」だけになります。
基礎控除額の変更
③ 基礎控除の額が従来の 38万円から 48万円になり、「10万円」引き上げになります。
④ 合計所得金額が 2400万円を超える人については、段階的に控除額が減り、2500万円を超える人については、基礎控除の適用がなくなります。
基礎控除というのは、給与所得控除と何が違うのかと思うかもしれませんが、全く異なるものです。基礎控除と給与所得控除の違いを理解するためには、所得税の計算ステップを理解する必要があります。
所得税というのは、下記のようなステップを踏んで計算されます。
② それらの所得のうち、8種類の所得のプラス部分を合算したものが「総所得金額」と呼ばれます。
③ 総所得金額から所得控除を差し引いたものが「課税総所得金額」と呼ばれます。
④ 課税総所得金額に税率を適用することで所得税額が算出されます。
※なお、今回は基礎部分の説明となるため、上記説明では損益通算及び税額控除等の細かい話はあえて省略しております。
給与所得控除というのは、①の段階で、給与所得を計算する際の計算式に含まれていたものであることは、すでにご説明したとおりです。
一方、基礎控除というのは③で考慮される「所得控除」の一つです。
ただ、給与所得控除であろうと、基礎控除であろうと、最後に税率を適用するまでに控除されることは変わらないため、サラリーマンにとっては、どちらの控除であっても結論には変化ありません。
今回の改正では、給与所得控除が 10万円減少した分、基礎控除が 10万円増加しましたので、結局、850万円以下の給与収入しか得ていない人にとっては、増税でも減税でもないという結論となります。
しかし、個人事業主にとっては、給与所得控除の減額の影響がありませんので、基礎控除が 10万円増加し、減税となっています。ただ、この点にもからくりがあるので、次の項で説明します。
青色申告特別控除額の変更
次は、青色申告特別控除額の変更についてです。
今回の税制改正では、
⑤ 青色申告特別控除額が原則として「10万円」引き下げられます。
⑥ ただし、国税電子申告・納税システム(e-Tax)を用いての申告をした場合には、従来通り 10万円の引き下げのない 65万円の青色申告特別控除額となります。
青色申告というものを何となく聞いたことがある方も多いかと思いますが、青色申告制度の目的とは、「信頼できる帳簿等に基づいている申告を優遇することで、『信頼できる帳簿をつける』ことを推奨すること」にあります。
つまり、青色申告というのは、個人事業主で適正に帳簿等を付けている人が受けられる優遇措置のようなものです。この優遇がない申告を白色申告と言ったりします(白色申告は法律に定められた用語ではありませんが、一般的に用いられております。)。
この青色申告をしている人(青色申告者)には様々な優遇がありますが、その優遇措置の一つが、青色申告特別控除と呼ばれる所得控除です。ちなみに白色申告をしている人(白色申告者)には、特別控除というものはありません。
この青色申告特別控除額が引き下げられるというのが⑤の改正であり、e-Taxを使ってくれれば控除額はそのままでいいよというのが、⑥の改正です。要は、基礎控除額を上げた分を青色申告特別控除額で調整するとともに、税務署の負担も減るe-Taxの活用を促す改正をするということでしょう。
基礎控除額が 10万円上がることによって、個人事業主にとって減税になりそうですが、正確には、青色申告特別控除額が下がるため、e-Taxをしていない青色申告者は減税されないことになります。
一方で、青色申告者であってもe-Taxをしている方か、白色申告者にとっては減税となるのです。
これら1~3の改正は、2020年から適用となるもので、2018年からの適用ではないことには注意してください。所得税の申告自体は2020年が終わってからなので、2021年の2~3月に申告する分から適用される改正ということです。
具体的事例による増税、減税の検討
なお、下記事例については、上記の改正の影響を見るための検討例なので、給与所得控除、基礎控除、青色申告特別控除以外の控除は無視しております。
事例1
給与収入:500万円、その他の所得無し
給与所得:給与収入500万円 - 給与所得控除154万円 = 346万円
課税総所得金額:346万円 - 基礎控除38万円 = 308万円
所得税:(308万円 × 10%)- 97500円 = 21万0500円
給与所得:給与収入500万円 - 給与所得控除144万円 = 356万円
課税総所得金額:356万円 - 基礎控除48万円 = 308万円
所得税:(308万円 × 10%)- 97500円 = 21万0500円
結果として、改正前後で、税金は変わりません。
事例2
給与収入:1200万円、その他の所得無し
給与所得:給与収入1200万円 - 給与所得控除220万円 = 980万円
課税総所得金額:980万円 - 基礎控除38万円 = 942万円
所得税:(942万円 × 33%)-153万6000円 = 157万2600円
給与所得:給与収入1200万円 - 給与所得控除195万円 = 1005万円
課税総所得金額:1005万円 - 基礎控除48万円 = 957万円
所得税:(957万円 × 33%)- 153万6000円 = 162万2100円
結果として、改正後では、所得税が5万円程度多くなっています。
事例3
事業所得:500万円(青色申告者であり、e-TAXしていない)、その他所得無し
課税総所得金額:500万円 - 基礎控除38万円 - 青色申告特別控除65万円 = 397万円
所得税:(397万円 × 20%)- 42万7500円 = 36万6500円
課税総所得金額:500万円 - 基礎控除48万円 - 青色申告特別控除55万円 = 397万円
所得税:(397万円 × 20%)- 42万7500円 = 36万6500円
結果として、改正前後で、税金は変わりません。
事例4
事業所得:500万円(青色申告者であり、e-TAXしている)、その他所得無し
課税総所得金額:500万円 - 基礎控除38万円 - 青色申告特別控除65万円 = 397万円
所得税:(397万円 × 20%)- 42万7500円 = 36万6500円
課税総所得金額:500万円 - 基礎控除48万円 - 青色申告特別控除65万円 = 387万円
所得税:(397万円 × 20%)- 42万7500円 = 34万6500円
結果として、改正後では、所得税が2万円程度少なくなっています。
事例5
事業所得:500万円(白色申告者)、その他所得無し
課税総所得金額: 500万円 - 基礎控除38万円 = 462万円
所得税:(462万円 × 20%)- 42万7500円 = 49万6500円
課税総所得金額:500万円 - 基礎控除48万円 = 452万円
所得税:(452万円 × 20%)- 42万7500円 = 47万6500円
結果として、改正後では、所得税が2万円程度少なくなっています。
事例6
給与収入:3000万円、その他所得無し
給与所得:給与収入3000万円 - 給与所得控除220万円 = 2780万円
課税総所得金額:2780万円 - 基礎控除38万円 = 2742万円
所得税:(2742万円 × 40%)-279万6000円 = 817万2000円
給与所得:給与収入3000万円 - 給与所得控除195万円 = 2805万円
課税総所得金額:2805万円 - 基礎控除0万円 = 2805万円
所得税:(2805万円 × 40%)- 279万6000円 = 842万4000円
結果として、改正後では、所得税が25万円程度多くなっています。
まとめ
上記に説明した結論として、以下のとおりとなります。
(コラムで説明した限りで改正の影響があるかどうかを表記しております。)
改正の影響を受けない人
・給与収入が 850万円以下の人
・個人事業主で青色申告者かつe-Taxしていない人
改正後に増税となる人
・給与収入 850万円を超える人
※特に給与収入が 2620万円を超える場合には、増税の幅が大きくなります。
改正後に減税となる人
・個人事業主で青色申告者かつe-Taxをしている人
・個人事業主で白色申告者
当事務所では、法律だけではなく、税金についても税理士登録をした弁護士が他の税理士とも連携を取りながら、アドバイスをさせていただきますので、税金について分からないことがあれば気軽にご相談ください。
※これらの改正は、2020年の所得から適用されるものです。
※上記改正点は、所得税だけではなく、住民税でも同様の改正がされる予定であり、住民税を含めた増税や減税の額は上記具体例よりも大きくなります。
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